ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

第三舞台(サードステージ)コミュの「朝日のような夕日をつれて」を語りましょう

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
第三舞台の代表作、「朝日のような夕日をつれて」について語り合うトピックがないようなので、立ててみました。
この作品を観終わると、忘れたつもりになっても必ず私達を追いかけてくる絶望と、それでも確かにそこにある希望の明るさについて、いつも深く感じ入ってしまいます。
「朝日」は87、91、97と、映像に残っているものは全部観ましたが、キャストや台詞が微妙に変わって、それぞれのよさがありますよね。
どの年代でも、どんな話題でも結構です。
朝日について語り合いましょう!

コメント(67)

>necomiさん
おお、伝説ですか〜85。どういう意味で伝説なんでしょう。「最後まで秘密の秘密兵器」みたいなものかしら(笑)。
岩谷さん亡き後で、研究員役は山の手事情社の池田さんでした。その後筧さんが継いで確立した役ですね。

83年版の戯曲、そんな貴重なものになっていたとは!
それだけ時間が経っているということなんですね。私にとってはグリーン基調のこの本がバイブルのようなものになっています。
実は今、友人に貸しちゃってるんですよ。ずいぶん暗記してますけど、さすがに記憶だけでは無理なので(笑)返ってきたらぜひまた書き込ませていただきますね。
ちなみに玩具はルービックキューブリベンジを真似た360面体の「丸い四角」でした。無限の組み合わせが、再びあの日と同じ配列をするとしたら・・・。
初書き込みさせていただきます。

私は第三舞台を初めて見てショックを受け、それまで培ってきた芝居感がすべて崩れてしまった記憶があります。ですがその経験が今の自分にどれだけ影響しているかを考えると感慨深いものがあります。

「朝日〜」はちょうど上京時に97を上演されたのですが、並んで並んでチケットを必至の思いで手に入れたのに、どうしても所用を外せず、泣く泣く断念した覚えがあります。
今だったらどんな事情があろうとも観に行くだろうな、と思いつつ。
後に映像で見ることが出来ましたが、やはり生芝居の素晴らしさを見ることが出来なかったのは残念でなりません。

観る事が出来た方々が羨ましい今日この頃です。
昨日、'91のVHSビデオをDVDに焼き直すために
ダビングしながら久々に再生しました。
「ビー・ヒア・ナウ」から第三舞台を見始めた
遅ればせの?ファンですが、
一番体の芯から衝撃を叩き込まれたのは
「朝日〜」の'91でした。今も、震えます。

再生中、「最後の手紙」のシーンに合わせて
台詞をつぶやいてみたのですが、
(当時私はこの台詞を暗記していました・・(汗))
は、早い。信じられないくらい早い。
つぶやくだけでも、一切追いつけませんでした。
他のシーンでも時々台詞が聞き取れず、
“よくもまぁこれを聞いていたものだ”と
随分年を取ったような気分になりました。
・・当時も時々聞き取れていなかったかもしれませんが。

あの頃、最後の手紙〜群唱部分をつぶやくたびに
感じていた、寂寥のようなもの。
叩き込まれた、あきらめのような覚悟。
今、30代になってこの台詞に向き合うと
少しだけ、その覚悟が肯定的になっている気がします。
今日も地球は回っていて、何を信じようとも
生き抜いていかなければならないのだから。
立ち続けるしんどさの中に、
日々の繰り返しでしか掴めない手応えを
感じつつあるのです。
こちらへはご無沙汰な書き込みです。

僕が生で見た「第三舞台の」朝日は「97」のみですが、97を見る前に手に入れていた「91」のビデオを見て、衝撃を受けました。
初めて生で見た「スナフキンの手紙」にも思い入れが強くありますけど、それを遥かに上回るすごさ。こんなに疾走感に溢れ、それでいてテーマの重さや言葉の一言一言が胸に突き刺さる芝居は、初めてでした。

実は…、91の頃ってまだ高校生だったこともあってか、コーカミさんの戯曲は本に穴が開くほど読みふけっていたくせに、なぜか劇場へ足を運べなかったんですね。
結果、思い腰を上げられたのは活動休止後の94年になってから。直接的なきっかけは、友達に誘われてたまたま見た、名もない劇団がシアターグリーンで打った、別の「朝日」でした。それでも面白かった。めちゃくちゃ面白くて、ジーンときてしまったんです。「おいおい、じゃあ、本家の朝日はこんなものじゃないだろう。いったい、第三舞台の朝日はどんなすごいことになってるんだ!」と、当時驚愕したものです。そんなことを経て、満を持して見たビデオの朝日は、とても素晴らしいものでした。涙が出て止まらなかったです。多分、やっと本家に出会えた嬉しさと、生を見られなかった悔しさが混じってたんじゃないかな。

その後、スナフキンでさらに衝撃を受けた僕は、「やんすネット」に啓示を受けるかのようにインターネットへ足を踏み込んでいきます。だいぶ前には第三舞台とインターネットをテーマにした日記なんか書いてたし(笑)。今僕がミクシィにいることの何%かは、第三舞台のおかげです。

今ビデオを見返しても全く色あせない「朝日」、いつか第三舞台の名前で、新たに書き直された脚本で、紀伊国屋劇場で公演が行われるのを待ちつづけている反面、果たして2011年の封印解除後に、僕が納得できる朝日が見れるのかどうかという不安も正直よぎったりして。まさしくファン冥利に尽きる贅沢な悩みです。

でも、僕はコーカミさんを今でも信じてます。
もう1回、朝日、やってくれますよね? って。
こちらのトピでは初めましてm(_ _)m。

世界への懐疑とか一種のアンチテーゼの提示は時々に応じて鴻上さんなら大丈夫な気がします。(KOKAMI@〜の最新公演もそんなネタ振りに思えますし。未見ですがサードステージのhpみる限りでは;)
”朝日〜”はある意味基本が柔軟なので、時代に沿った内容で演じられることは可能なんじゃないかと....(多分に希望的観測も混ざってますが;)

台詞回しは、ずっととんでもなく早いですが、あれは鴻上さんが2時間以上のお芝居したくないってのもあるんじゃないでしょうか?(2時間以上の集中は無理といわれてますし、北野映画もそれ(作品は二時間以内にまとめる)は意識してると読んだことありますが、映画演劇系で割と昔からしつこくそれを行ってたのは鴻上さんと言う印象があります)

”朝日〜”を普通のペースで演じた日にはとても二時間では無理なんじゃないかとも思います。

段々キツくなるでしょうけど、大高、小須田、筧、名越、伊藤(敬称略)の”朝日〜”が見たいです
necomiさん:

いえいえ、どうぞお気になさらず。
インターネットもそうでしたけど、コーカミさんの先見の明にはホントに驚かされました。しかも、それが「他者と他者のコミュニケーション」の部分に特化しているのがスゴかったですね。スナフキンについては別にメチャクチャ思い入れがあるので、ここではここまでにしておきます。

朝日のすごさをどう表現したらいいのか、これまで友達とかに説明するのにずいぶんと悩んだんですけど、僕個人としては、その表現の一つとして「膨大な長さの、様々な概念を2時間に詰め込んでしまうほどのダイナミズム」みたいなこともあるじゃないかと思っています。

最後のみよこの遺言。みよこが再び分子レベルで再度同じ「みよこ」として出現する可能性を「生まれ変わり=リンカーネーションを信じる」と言い切り信じる。そこに横たわる、想像も出来ないような時間軸と距離感とミクロとマクロ。僕はそこにやられました。すごいとつぶやくしかなかったです。しかも、そこに人間と人間の関係性とか、すっごく身近な事象を入れてくるんですもの。もう、圧倒されるしかなかったですね。

他にもいろいろスゴイところはあるんですけど、僕はこんなことをスッゴク感じましたねえ。

paul25さん:

芝居を2時間以内に納めるって言うのは、コーカミさんがいろんなところで書いてましたから、そういう意向もたぶんにあると思うんですけど、僕はそれに加えて、上で書いたような「途方もない時間軸を疾走する」感覚をあの超ハイスピードな台詞回しで表現したかったんじゃないのかな、なんて勝手に納得しています(笑)。

あの台詞回し、91をビデオで見たり、97を生で見た印象しかないんですけど、しょっぱなは必ずしも超っ速じゃないような気がするんですよね。最初から速いのは速いんですけど、さらに加速度がついていく感じ。で、「たとえばそれは…」の部分で最高潮に達する、みたいな。それが、疾走感をさらに書き立てるんじゃないかなと。うーん、妄想ですね!(笑)
>nekomiさん
初期の戯曲ですと、既存の演劇論に対し鴻上さんは批判(パロデイ化)してますね(というか、野田さんも新劇批判ワルキューレ辺りでもしてましたし元々小劇場、アングラ世代、つかさん等の世代 が商業演劇にたいするアンチテーゼでもあったりしましたから)

演劇論も面白いですが、はまると理屈至上で楽しめなくなったりもします。

真剣に学ぶと現実の舞台とはカイリしてしまう危険もあるように思います

トピの主旨と大きくはずれて申し訳ありませんm(_ _)m。
流れと全然違って申し訳ありません。
なにやらどこかで観たようなものを見かけたもので…。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=168023&media_id=17

↑
これって「ヒールライフ」や「イデアライフ」そのものじゃないですかね?
違うところといえば、仮想世界での行動が現実の社会に反映されること。
でも、やはりこの世界に生きている「人」も、それはそれなりにもがき苦しんでいるようです。

鴻上さんのすごいところは、作品中に出てくるシステムや概念が、何年後かに必ず現実のものとなるところだと、僕は思います。

それはバーチャルリアリティしかり、インターネットしかり、そしてこの"second life"しかり。
yooouth-keさん:

初めまして!

僕もセカンドライフを見て「きたな」と思いました。
おーい、コーカミさん、今こそこれで朝日を書くべきなんじゃないのか!?みたいなことも思ってみたり(笑)。

セカンドライフって、自分の好きなときに外見を変えられるそうですね。しかも、yooouth-keさんの仰るとおり仮想通貨をおおっぴらに現金に換金できるし、多数の大企業が広告媒体として進出もしていて、現実と仮想がオーバーラップしている。すげーもんがでてきちまいました。

ハビタットを富士通が始めたときもおったまげましたけどね(で、それを朝日91で取り上げていることにさらに驚くわけですけど)。近い将来、そんなおったまげをまた経験することになるんでしょうかね…。
最初の朝日では、ルービックキューブリベンジがベースでした。大ブームになった6面体のルービックキューブ。その進化形が48面体(だったかな)のリベンジ。難しかったのか飽きられたのか、こちらはあまり流行りませんでした。

面合わせの、アナログで単純なパズル。作中にもありましたがなぜ人はこんなものに夢中になったのだろう、というような玩具です。どこの家にも1個はあってしかも完成を見ずに放り出されていた(笑)。

朝日では360面体の「丸い四角」をつくるところから始まる。みよこの願いがそこにあったからです。無限の組み合わせを分子配列になぞらえて、気の遠くなるような時間の後、いつか必ず偶然に生まれる、彼女自身の再生。
「リインカーネーション、生まれ変わりを私は信じます」という台詞が、絶望の中にある哀しいほどの希望をもって叫ばれる。今思い出しても戦慄します。

私にとってこの「丸い四角」のインパクトは絶大でした。「無意味な玩具」に意味を見出したという点で凄いと思ったし、朝日という作品の出発になったことは間違いないですが、これも時代が移れば観る者に通じない観念になる。ビデオゲーム、バーチャルライフとなるにつれ、テーマもわかりやすくなりました。

演劇はナマモノで、当時の時代背景が色濃く反映されるものです。米ソの冷戦と核戦争の不安は、若者がどれほどバカみたいに遊んでいても、未来像の中にどうしても払拭できないものでした。核戦争による人類滅亡は、つまりは遠いリアルだったのです。第三舞台が当時言われた「明るい絶望」も、そうした時代の空気が生んだのかもしれません。
セカンドライフ関連?ですが、ソニーがPS3で、セカンドライフ
っぽい「HOME」っていうサービスを始めるみたいですね。

ついにそういう世界が家庭用ゲーム機で再現されるって
いうのは、鴻上さんの先見の明なんだろうなあ、と思います。
さすがに究極の存在である、イデアライフやヒールライフの
実現は出来ないと思いますが(360面体のルービックキューブと
同じように)。

・・・なんとなーく、立花トーイの社長と部長で、
「PS3の時も同じ事を言いましたよ」
「お黙り!その悪魔の名前を私の前で私の前で二度と使って
ごらんなさい!」

と、数年後の朝日でネタにならないかなあ、と密かに願って
います。
あと、説教落語司令官、三遊亭円楽の後釜は誰になるんでしょうね。
当時言われてたのは「明るい虚無」でしたね。訂正します。

>necomiさん
第三舞台初期の作品はバブル前で、むしろ享楽とは対極にあった気がしますね。一見ネアカ(死語?)に見えても底にあるネクラな真面目さは隠せない。あるいは貧乏くささにおいて(笑)。アングラ否定はあったけど脱却はできてない感じでした。
80年代後半以降は小劇場が明るくてオシャレになり、チケットは高くなり(泣)、芝居にもそういう「ニオイ」がしました。

遊び続けるシーンはまんま「ゴドーを待ちながら」ですが、確かに「必死に」遊ぶ彼らは当時のどこか刹那的な生き方に通じたのかも。何やってたってどうせ核戦争で死んじゃうんだから、みたいな。核戦争三部作ができたのはもちろん、「天使は瞳を閉じて」で「ベルリン・天使の詩」を下敷きにしたのも、この流れがあるような気がします。

少なくとも私には、時代の流れと第三舞台は切り離せないように思います。この点に関しては時代論者?なんでしょうか。84年から90年代半ばまで欠かさず見続けましたが、もう一度会いたいと願い続けても二度とはかなわないものがあることを今、痛感しています。まるで「丸い四角」に再生を託した、みよこのようですね(笑)。
今やってる映画「キサラギ」
とても面白かったんですが・・・

自殺したアイドルをめぐる5人の男の物語。
男たちは始終喪服で、ダンスあり。

似てませんか?
映画のコメントでは誰も指摘しないので、ここで言いたくなりました。

おお、キサラギちょうど明日観に行く予定なんです。
楽しみだなあ。
3月14日 24:15〜26:40(3月15日) NHK-BS2
ミッドナイトステージ館
第三舞台「朝日のような夕日をつれて'87」放映
のようです。





ふらぁ〜と覗いたら
テレビ情報exclamation
放送前に知ることができてうれしいですわーい(嬉しい顔)
早速チャンネルガイドにアカマルしましたるんるん

87年というと・・
第三舞台を知らない頃かなぁ。
んexclamation & question
IQエンジンの頃でしょうかexclamation & question
なかなかNHKでは見られない「朝日」。
見ました。
いや〜。
皆さん、お若いですね。
私は「87年」は間に合わなかった世代ですが、
ネタは7割ぐらいは見たような。
でも、私の好きな「小劇場病」は入っていませんでした。
おトイレに行っていたときにはやっていたのかもしれませんが(笑)。

前説の渡辺保氏と高泉淳子さんのトークもなかなかでした。
東宝系の評論家の渡辺さんが、
割とクールな目で第三舞台を評価するなかで、
鴻上さんの音楽の使い方がとてもうまい、としていました。
それに対して、
同じ早稲田の劇研にいた高泉さんは、
私は、その鴻上さんの音楽の使い方がイヤで、と言っていたのが印象的でした。
第三舞台をあまりヨイショするよりは、
こうした距離感をおいた方が安心して本編に入っていけますね。

ほんとは、本編の演劇だけ録画に残しておこうとしていたのですが、
前説で紹介されていた、80年代の鴻上さんのいろんな貴重映像(早稲田祭での講演など、当時のNHKが情報番組で紹介したようなもの)があって、
これも削除できないなあと思いました。

NHKさん、このほかにも、昔の第三舞台の舞台を放映してください〜。
昨日見ました。

汗って結構大事ですね。
昨日会社から帰ってきたらちょうど始まってたので見ました。
DVD版と何かが違うなぁと思ってたんですが、
DVDでは権利関係でミュージカル病の所がモザイク等で変えられてた所が、
この放送では上演当時の撮影フィルムそのまま放映されてましたね。
しかもタイトルやスタッフロールもすごい昔っぽい香りが・・・(笑
<スタッフロール曲が「ウォー・アイ・ニー」でしたし

これってNHKが昔放送したフィルムなのかな?と思いました。
はじめて書き込みします。はじめまして。

暇に任せてmixi内を徘徊していて、このコミュ見つけてしまいました。
第三舞台、当方は87年の朝日が初めてでした。高校生後半の頃でしょうか。歳がばれますがね。
このときは、まずは小劇場演劇自体が初体験(なにせ、それ以前に見たのが、区立小学校で行った日生劇場の「魔法を捨てたマジョリン」ですから・・・)そりゃ圧倒されます。圧倒されすぎて、正直、覚えていない。
あとで映像で断片的に確認して、自分の記憶と照らし合わせて87年のイメージが出来上がってしまった感じです。

いずれにしても、このときからです。

追いつかないと息がつづかないかのように、戯曲集、サイン本を買い求め、上の方のかたにもいらっしゃいましたが、暗記しましたねえ。今でも「朝日」の10数行は、頭に入っています。記憶力ゼロなのに・・・とにかく、若かった(笑)。

それ以降の当方の人生は、「ひとりでたちつづけること」を自分なりに翻訳して、自分は大丈夫かなと、
確認(言い訳?)する人生。「ひとりでたちつづけること」の言葉を軸に、ようやく、ものを考え始めることを覚えた高校〜大学時代でした。

鴻上さんの舞台は、「僕たちの好きだった革命」が最新で、このときは10歳年下の後輩(苦笑)を連れて行きましたが、舞台を終えて、その想い・解釈を熱く(あつくるしく)語ることもできず、これなら一人で行ったほうがましかと思ってしまったのが数年前。そういえば、封印公演のファントムペインをヨメと行ったのも、微妙に苦い観劇体験になってしまっていたのでした。

自分で考えすぎると、やっぱり「言葉はいつも、思いに足りない」を実感してしまうんですよね。自分の思いを言葉にしきれないもどかしさも、もちろんあるんですがね。

第三舞台は、やっぱりネット時代を先駆けしすぎて(ピルグリムの「伝言ダイヤル」のときにきざしがあったと思っているのですが)、正直、ネットなかりせば時代の先端を駆け抜け続けていたものを・・・という思いはあります。

この辺の思いを共有できる方(もちろん年齢性別はいずれでも)がいらっしゃればこれに勝る幸せはありません。

セカンドライフが話題になっていましたが、鴻上さんが仮に書くとすれば、「セカンドライフ後」なんでしょうね。とはいえ、セカンドライフ、死んでしまったようですがね・・・

高校時代の衝撃後、期せずしてIT業界にどっぷりつかった身としては、時代と第三舞台の間をいったりきたりして、いまだにどちらも消化しきれない毎日、日々考えています。
morethanthisさんのお話に共感します。
朝日を暗唱した事とか、最近の作品を友人と一緒に見に行って
いまいちな反応を返されてしまったこととか(苦笑)

多分、鴻上さんにとっての理想郷であるネット社会、コミュニティは
「もう一つの日本」(でしたっけ?最近記憶が曖昧なので)のやんすネットの
方にあるんじゃないでしょうかね
できれば、スナフキン世界の方の続編をみてみたかったなあ、と思ったりします。

朝日〜を見ていて最近思ったんですけど、朝日〜の頃って、少年の立場で皆に
混じりたいと思っていてもまともに相手にはされなくても、空回りしててお味噌
でも、そこに居場所はあったんだなあ、と思うんですよ。

で、もしかすると現在って、その少年の立場でいるとKYとかまるっきり無視され
て、居場所がないんじゃないか、そしてそれが今の世の中の息苦しさなんじゃ
ないかなあ、なんてふと思いました。
第三舞台の演目の中で一番好きなのは「朝日のような夕日をつれて」です。97’を劇場で観ました。皆さんの書き込みを読むと、「難しい…」と気後れしますが、劇場で観終わった後に速攻で戯曲集を買って、心の揺さぶりを文章に残したくて、戯曲集に当時の想いを書き込みました。
「じんわりと理解するこの群唱の意味を。人は結局、他人と理解しあうことはない。残るのは常に分かり合えない絶望と自分はずっと独りなんだという孤独。何を求めているのだろう。何を待ち続けているのだろう?どこへ流れて行くのだろう?私はどこに行きたいのだろう。私は何を手に入れたいのだろう。何を手に入れたら満足するのだろう?この絶望と空虚と孤独はどうすれば消えるのだろう?消えはしない。生きるとはそういうことだ。朝日のような夕日。たぶんそういうことなのだろう。「世界は余りにも暗すぎる」朝日のネガティブを「世界はこんなにも明るい」夕日のポジティブに変えてそういう姿勢で生きるしかないのだろう。生きるには。立ち続けるには。
 人はどうして自分を傷つける他者を求めるのだろう。求めてもそこには絶望と空虚と孤独と幻想しかないのに。それでも一緒にいたいと強く願うのはどうしてなのだろう。それでも「必要なんだ」と強く想うのはどうしてなんだろう。答えはみつからない。みつかる日は来るのだろうか?そして答えがみつかった時、私はどうするのだろう?」

 10年前の学生だった私の「朝日のような夕日をつれて」の想いです。
 10年余りがたった今も、未だに答えはみつかりません。成長してないのか、解釈が筋違いだったのか。それでも、私にとって「朝日のような夕日をつれて」は、人生のテーマ(大げさかもしれませんが 汗)です。
 トピの趣旨と違ってたらスイマセン。

ログインすると、残り45件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

第三舞台(サードステージ) 更新情報

第三舞台(サードステージ)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング