天然記念物コミュの上高地

　長野県長野県松本市安曇上高地

　1928年03月24日、名勝・天然保全地区に指定。
　1952年03月29日、特別名勝・特別天然記念物に指定。

　中部山岳国立公園内。
　飛騨山脈(北アルプス)南部にある信濃川水系梓川上流一帯の堆積平野で、一般的には大正池から横尾までの前後約10km・幅最大約１km程度の標高約1500mの地域を指し、この高度でこれだけの広さの平坦地は、日本では稀有です。
　狭義には観光拠点の河童橋周辺のみを指す場合もありますが、特別名勝・特別天然記念物指定エリアは、焼岳-奥穂高岳-槍ヶ岳-大天井岳-常念岳-蝶ヶ岳-徳本峠-霞沢岳の稜線に囲まれた113.27k㎡の広大なエリアで、松本市の面積の約12％・旧安曇村の面積の約28％にも及んでいます。
　梓川は太古には岐阜県側へ流れていましたが、焼岳火山群の白谷山の噴火活動によって堰き止められた池が生じ、そこに土砂が堆積して成立したと推定されています。最終氷河期のウルム氷期には、上高地の上部に位置する槍沢と涸沢には山岳氷河が発達し、最も拡大した時期には氷河の末端が上高地最深部の横尾にまで達していたと考えられており、現在も氷河によって形成されたカール地形が残っています。
　気候的に山地帯(落葉広葉樹林帯)と亜高山帯針葉樹林の境界線付近の高度に位置しているため、ブナ・ミズナラ・シナノキ・ウラジロモミ・シラビソ・トウヒ等、両者の森林の要素が混在し、更にヤナギ類やカラマツを中心とする河川林や湿原が広がるなど、豊かな植生で知られています。
　気候は亜寒帯湿潤気候で、１月の平均気温は-7.7℃しかなく、最低気温は-30℃を下回り、日中の最高気温でも-20℃を下回る事がある厳寒の地です。８月の平均気温は19.7℃で、日中でも22℃程度にしかならず、夏季でも冷涼です。一部で最暖月の平均気温が10℃に到達せず、ツンドラ気候に分類される地域すらあります。
　綿津見命(ﾜﾀﾂﾐﾉﾐｺﾄ)の子で、穂高岳に降臨したとされる穂高見命(ﾎﾀｶﾐﾉﾐｺﾄ)を祭神とする安曇野市の穂高神社〔延喜式名神大社〕〔国幣小社〕の奥宮が明神池、嶺宮が奥穂高岳山頂にあるため、古来、神垣内(ｶﾐｺｳﾁ)と呼ばれ、人跡希少な聖地でしたが、松本藩領となった17世紀に神河内徳郷(ｶﾐｺｳﾁﾄｸｺﾞｳ)と呼ばれていた明神池付近に、樹木伐採のための松本藩の役人小屋が作られ、以後、森林伐採が続いたため、明るく開けた独特の景観が形成されました。即ち、この景勝は人為的要素が大きいのです。
　明治18(1885)年には牧場が開設されていますが、当時は長野県内でも殆ど知られていない山間僻地に過ぎませんでした。
　ところが、明治26(1893)年に英国人司祭のウォルター=ウェストン(1861～1940)が地元猟師の上條嘉門次(ｶﾐｼﾞｮｳｶﾓﾝｼﾞ；1847～1917)を案内役として神垣内から前穂高岳に登頂、明治29(1896)年に日本アルプスを英国に紹介したため、欧米人登山家の間で北アルプス登山の基地として注目され始めました。この頃から漢字表記も「上高地」とされる事が増えて行きます。
　大正４(1915)年には焼岳の大噴火で梓川が堰き止められ、大正池が形成されますが、その水を発電に利用するために、手掘り工事により釜トンネル開削工事が開始され、大正13(1924)年に開通しています。昭和２(1927)年には中ノ湯まで車道が開通し、昭和３(1928)年には霞沢発電所への取水ダムが大正池に設置されています。同年には、上高地の河童橋を題材にした芥川龍之介の小説『河童』が発表されたため、一挙に全国的知名度が高まり、翌年には国の名勝・天然記念物に指定されて、中ノ湯まで乗合バスの運行が始まります。
　昭和８(1988)年ななると乗合バスが大正池まで延長されて帝国ホテルが開業し、一挙に観光開発が進展、翌年には中部山岳国立公園に指定されています。なお、牧場は翌年までに閉鎖されました。
　昭和10(1935)年には乗合バスが河童橋まで延長され、穂高連峰や槍ヶ岳の登山基地として多くの人々が山岳地図を手に登山へ訪れるようになったのです。
　昭和40年代になると、夏季は大量の観光客が押し寄せるようになり、道路渋滞が酷くなったため、昭和50(1975)年には７・８月のマイカー規制が開始され、平成８(1996)年からは通年のマイカー規制が実施されています。観光バスに関しても平成16(2004)年から７・８月の規制が開始され、平成28(2016)年からは10月まで規制期間が延長されました。
　梓川や大正池には渡りをしないマガモが定住しており、殆どの個体は人を恐れません。ニホンザルも通年住んでおり、冬季は下北半島の北限ニホンザルよりも厳しい条件である当地で越冬します。ツキノワグマも多数棲息するため注意が必要です。
　魚類に関しては、梓川や大正池には元々イワナが優占種として棲息していましたが、大正14(1925)以降、カワマスやブラウントラウトが放流され続けたため、現在ではイワナ・カワマス・ブラウントラウトの純粋種の他に、三魚種の自然交雑種が棲息し、イワナは優占種では無くなっています。
　また、平成12(2000)年頃から、従来見られなかったゲンジボタルが梓川沿いの池で確認されるようになりました。上高地の水温は年間通して10度以下で、ホタルの成育には適しませんが、この池は温泉の影響で水温が高くて、餌となるカワニナも生息しており、ホタルが増殖する条件が整っていたのです。平成22(2010)年に発表された遺伝子解析結果によると、全て西日本に棲息するゲンジボタル起源の遺伝子であったため、人為的に持ち込まれたと推定されるに至りました。