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コメント(72)
マルガレーテ・ブーバー・ノイマン「スターリンとヒットラーの軛のもとで」（ミネルヴァ書房）
「ナチスの政権掌握（１９３３年）前後，ドイツ共産党指導部はナチの手を逃れてソ連邦に亡命を余儀なくされた。著者のマルガレーテ・ブーバー・ノイマンと，彼女の伴侶ハインツ・ノイマンもそのなかのひとりであった。だが，当時，かれらにとって『社会主義の祖国』ソ連邦もまた，安住の地ではなかった。アン・アプルボームによると，１９３３年以前にスターリンに殺されたドイツ共産党政治局員の数は，ヒットラーに殺された数よりも多かった。さらにナチの政権掌握後にソ連に亡命したドイツ共産党幹部６８人のうち，４１人が処刑されるか，収容所で死んでいる。今まさに，スターリンの大テロルの嵐が吹き荒れようとしていたのだ。マルガレーテの伴侶ハインツ・ノイマンも，また，逮捕・粛清という悲劇的結末をむかえている。一方，マルガレーテは，ソ連邦北カザフスタンにあるカラガンダ強制収容所へ送られる。その後，ヒットラー・スターリン協定にもとづいてナチスの手に引き渡され，ヒットラー・ドイツのラーヴェンスブリュック強制収容所へ収容された。本書は，この二つの強制収容所を体験した彼女の克明な記録である。」（「訳者あとがき」より）
「ナチスの政権掌握（１９３３年）前後，ドイツ共産党指導部はナチの手を逃れてソ連邦に亡命を余儀なくされた。著者のマルガレーテ・ブーバー・ノイマンと，彼女の伴侶ハインツ・ノイマンもそのなかのひとりであった。だが，当時，かれらにとって『社会主義の祖国』ソ連邦もまた，安住の地ではなかった。アン・アプルボームによると，１９３３年以前にスターリンに殺されたドイツ共産党政治局員の数は，ヒットラーに殺された数よりも多かった。さらにナチの政権掌握後にソ連に亡命したドイツ共産党幹部６８人のうち，４１人が処刑されるか，収容所で死んでいる。今まさに，スターリンの大テロルの嵐が吹き荒れようとしていたのだ。マルガレーテの伴侶ハインツ・ノイマンも，また，逮捕・粛清という悲劇的結末をむかえている。一方，マルガレーテは，ソ連邦北カザフスタンにあるカラガンダ強制収容所へ送られる。その後，ヒットラー・スターリン協定にもとづいてナチスの手に引き渡され，ヒットラー・ドイツのラーヴェンスブリュック強制収容所へ収容された。本書は，この二つの強制収容所を体験した彼女の克明な記録である。」（「訳者あとがき」より）
池田浩士「闇の文化史 モンタージュ１９２０年代」(インパクト出版会)
「たえず運動しつづけ，無限の彼方へ飛び去りつづける星々が，ある一瞬，出逢いの時をもち，ひとつの星座をかたちづくるように，われわれの歴史も，遠く離れた人間や問題が鮮烈な光を発しながら邂逅する時をもっている。星々のあいだにじつは存在する無限のへだたりを埋め，そこにひとつの星座を見出すのは，われわれである。宇宙の運動につれて星座は移り，やがて個々の星々も離れてひとつのまとまりは消える。だが，別の一瞬，思いがけなく，いくつかの見なれた星が別の新しい星座の一因となってまたたいているのを，発見するかもしれない。−いつの時代にもあるこうした出逢いを，本書は<１９２０年代>のなかに見ようとするのである。」(「序章」より)
「『闇の文化史』のテーマのひとつは，それゆえ，１９３０年代との不可分の連関のなかで２０年代を見つめることだった。そして，２０年代をも３０年代をも『いま』の直接的な，生きた前史として見つめなおすことだった。やがて支配を獲得するファシズムの産屋を探る作業が，猛威をふるったファシズムの帰結を検証する仕事に劣らず重要であることを，それは噛みしめようとした。社会主義・共産主義の革命に対する『反動』としてナチズムを含むファシズムを規定する歴史観とは異なる歴史像を，それは確認しようとした。いっそう凄惨な『世界の終末』を体現することになるファシズム運動がひとつの『革命』運動にほかならず，スターリニズムに帰結した社会主義・共産主義の運動がまた『革命』運動として出発した，という重層的な現実を描き出すことが，潜在的な意図のひとつだった。・・・そして，この解体と組み立ての作業は，１９３０年代も１９２０年代も前世紀の遠い過去となった現在の眼前になお新たな『世界の終末』が立ちはだかっているかぎり，過去のものとはなりえないだろう。」(「コレクション版へのあとがき」より)
「たえず運動しつづけ，無限の彼方へ飛び去りつづける星々が，ある一瞬，出逢いの時をもち，ひとつの星座をかたちづくるように，われわれの歴史も，遠く離れた人間や問題が鮮烈な光を発しながら邂逅する時をもっている。星々のあいだにじつは存在する無限のへだたりを埋め，そこにひとつの星座を見出すのは，われわれである。宇宙の運動につれて星座は移り，やがて個々の星々も離れてひとつのまとまりは消える。だが，別の一瞬，思いがけなく，いくつかの見なれた星が別の新しい星座の一因となってまたたいているのを，発見するかもしれない。−いつの時代にもあるこうした出逢いを，本書は<１９２０年代>のなかに見ようとするのである。」(「序章」より)
「『闇の文化史』のテーマのひとつは，それゆえ，１９３０年代との不可分の連関のなかで２０年代を見つめることだった。そして，２０年代をも３０年代をも『いま』の直接的な，生きた前史として見つめなおすことだった。やがて支配を獲得するファシズムの産屋を探る作業が，猛威をふるったファシズムの帰結を検証する仕事に劣らず重要であることを，それは噛みしめようとした。社会主義・共産主義の革命に対する『反動』としてナチズムを含むファシズムを規定する歴史観とは異なる歴史像を，それは確認しようとした。いっそう凄惨な『世界の終末』を体現することになるファシズム運動がひとつの『革命』運動にほかならず，スターリニズムに帰結した社会主義・共産主義の運動がまた『革命』運動として出発した，という重層的な現実を描き出すことが，潜在的な意図のひとつだった。・・・そして，この解体と組み立ての作業は，１９３０年代も１９２０年代も前世紀の遠い過去となった現在の眼前になお新たな『世界の終末』が立ちはだかっているかぎり，過去のものとはなりえないだろう。」(「コレクション版へのあとがき」より)
池田浩士「虚構のナチズム」(人文書院)
「おおよそ１９１０年生まれから２５年生まれまでのものたちにとって，国民社会主義は，カビが生えたような状況を攪乱するひとつの青年運動であった。・・年少者たちにとってはまさに，その運動はきびきびして，実効的で，未来を指し示しているように見えた。・・・国民社会主義的な世界観は・・・旧来の支配体制と権威体制に歯向かうような平等主義的要素を含んでいたのである。それに加えて，ヴァイマル共和国の末期に明らかになりつつあったドイツ社会の経済的，政治的，文化的な危機を，１９３３年と３８年とのあいだに首尾よく解消することに成功した権力は，とりわけ年少者たちにたいして深い印象を与えずにはいなかった。いったいだれが『新しい時代』とともに行進したくないなどと思うであろうか？」(「序章」より)
「ナチズムをも含むファシズムは，阻止されるべくして阻止されなかったのだ。これにはもちろん多くの理由と原因があるだろう。だが，それらのうちの少なからぬものは，たとえば経済的根拠や物理的な諸要因と客観的・具体的に関連していたのではない。ナチズムの運動が現実の力を持ちえたのは，それが人びとの夢や希望を，いわば土壌とし養分として生きたからである。それゆえにまた，ナチズムそのものが，ナチズムにもとづく政治・社会体制そのものが，大きな虚構でしかなかったのである。ナチズムに対するボイコットや反対は，この虚構を撃つことができなかった。虚構は，現実以上に現実的な力を持っていた。そのデマゴギーを論理的に批判し非難することで，ナチズムの虚構を撃つことはできない。」(「あとがき」より)
「おおよそ１９１０年生まれから２５年生まれまでのものたちにとって，国民社会主義は，カビが生えたような状況を攪乱するひとつの青年運動であった。・・年少者たちにとってはまさに，その運動はきびきびして，実効的で，未来を指し示しているように見えた。・・・国民社会主義的な世界観は・・・旧来の支配体制と権威体制に歯向かうような平等主義的要素を含んでいたのである。それに加えて，ヴァイマル共和国の末期に明らかになりつつあったドイツ社会の経済的，政治的，文化的な危機を，１９３３年と３８年とのあいだに首尾よく解消することに成功した権力は，とりわけ年少者たちにたいして深い印象を与えずにはいなかった。いったいだれが『新しい時代』とともに行進したくないなどと思うであろうか？」(「序章」より)
「ナチズムをも含むファシズムは，阻止されるべくして阻止されなかったのだ。これにはもちろん多くの理由と原因があるだろう。だが，それらのうちの少なからぬものは，たとえば経済的根拠や物理的な諸要因と客観的・具体的に関連していたのではない。ナチズムの運動が現実の力を持ちえたのは，それが人びとの夢や希望を，いわば土壌とし養分として生きたからである。それゆえにまた，ナチズムそのものが，ナチズムにもとづく政治・社会体制そのものが，大きな虚構でしかなかったのである。ナチズムに対するボイコットや反対は，この虚構を撃つことができなかった。虚構は，現実以上に現実的な力を持っていた。そのデマゴギーを論理的に批判し非難することで，ナチズムの虚構を撃つことはできない。」(「あとがき」より)
カール・シュミット「独裁」（未来社）
「シュミットが独裁論を発表した１９２１年をはさむ国際・国内的状況は，ロシアの地において，世界史上初の社会主義国家が誕生し，『プロレタリア独裁』がいよいよ現実の形をとって大きく歩みはじめていた時点であり，また，かれの祖国ドイツは，敗戦後の未曾有うの政治的・経済的混乱＝例外状態の『るつぼ』にあった。強烈なナショナリスト政治学者シュミットは，かかる国際的・国内的危機状況を眼前にして，そうした状況を一国も早く切り抜け，強大なドイツ国家の再建をはかる有効な処方箋として独裁論を提起したものと思われる。」
「ヴァイマル時代におけるシュミット『独裁論』の真の狙いは，『委任独裁』の概念を，当時の政・財界や思想界の指導層にさらには国民各層に浸透・是認させ，最終的にはその理論を現実政治に適用させることにあった，といってよい。
なぜか。それは，シュミットが，ヴェルサイユ条約体制下にあるドイツの悲惨と屈辱をはね返し，再びドイツ民族の過去の栄光をよびもどすためには，戦後新しく採用されたヴァイマル共和国の議会制民主主義に基づく政治運営方式では，西欧列強にも，また東欧社会主義国（レーニン政府）にも対抗できない，と認識していたからである。『中欧の盟主』としての強大なドイツ国家の再建，その処方箋こそが，シュミットの『独裁論』であった。」（「解説」より）
「シュミットが独裁論を発表した１９２１年をはさむ国際・国内的状況は，ロシアの地において，世界史上初の社会主義国家が誕生し，『プロレタリア独裁』がいよいよ現実の形をとって大きく歩みはじめていた時点であり，また，かれの祖国ドイツは，敗戦後の未曾有うの政治的・経済的混乱＝例外状態の『るつぼ』にあった。強烈なナショナリスト政治学者シュミットは，かかる国際的・国内的危機状況を眼前にして，そうした状況を一国も早く切り抜け，強大なドイツ国家の再建をはかる有効な処方箋として独裁論を提起したものと思われる。」
「ヴァイマル時代におけるシュミット『独裁論』の真の狙いは，『委任独裁』の概念を，当時の政・財界や思想界の指導層にさらには国民各層に浸透・是認させ，最終的にはその理論を現実政治に適用させることにあった，といってよい。
なぜか。それは，シュミットが，ヴェルサイユ条約体制下にあるドイツの悲惨と屈辱をはね返し，再びドイツ民族の過去の栄光をよびもどすためには，戦後新しく採用されたヴァイマル共和国の議会制民主主義に基づく政治運営方式では，西欧列強にも，また東欧社会主義国（レーニン政府）にも対抗できない，と認識していたからである。『中欧の盟主』としての強大なドイツ国家の再建，その処方箋こそが，シュミットの『独裁論』であった。」（「解説」より）
レーナ＆トーマス・ギーファー「冷戦の闇を生きたナチス」（現代書館）
「１９８３年２月クラウス・バルビーがボリビアで逮捕され，フランスに引き渡された。バルビーに対する訴訟手続きは，その何十万倍もの殺人をあつかっていた一連の強制収容所訴訟よりも国際的に大きな注目をあびた。その特別な関心の理由は，かつてのリヨンのゲシュタポ長官がフランス人の抵抗運動を粉砕する差異に果たした役割にあった。この役割のため，彼はフランス人にとって，ナチの恐怖と占領のシンボルとなったのである。もう一つの理由，ことにアメリカ合衆国でセンセーションをまきおこした理由は，この「リヨンの殺人鬼」の逃亡にかかわるものだった。この親衛隊員は，連合軍の戦犯リストにその名をつらねていたにもかかわらず，戦後のドイツでアメリカの秘密情報機関のために働いていた−しかも彼はアメリカ人によって意図的，計画的にフランス人の逮捕からまぬがれつづけ，最終的に南アメリカにひそこに連れだされていたのだ。このことから私たちは，「ラットライン」（ねずみの抜け道）という言葉を想起した。それは，逃亡ルートをあらわすアメリカの秘密情報機関の隠語で，このルートにのって秘密情報員が敵地からひそかに連れだされ，安全地帯に送られるのである。最終的にあきらかになったのは，バルビーはけっして例外ではなく，第三帝国崩壊後このような「ラットライン」の完璧なネットワークが存在し，そこを通ってナチ党員や戦争犯罪人が刑罰をのがれることができたということである。」（序文より）
「１９８３年２月クラウス・バルビーがボリビアで逮捕され，フランスに引き渡された。バルビーに対する訴訟手続きは，その何十万倍もの殺人をあつかっていた一連の強制収容所訴訟よりも国際的に大きな注目をあびた。その特別な関心の理由は，かつてのリヨンのゲシュタポ長官がフランス人の抵抗運動を粉砕する差異に果たした役割にあった。この役割のため，彼はフランス人にとって，ナチの恐怖と占領のシンボルとなったのである。もう一つの理由，ことにアメリカ合衆国でセンセーションをまきおこした理由は，この「リヨンの殺人鬼」の逃亡にかかわるものだった。この親衛隊員は，連合軍の戦犯リストにその名をつらねていたにもかかわらず，戦後のドイツでアメリカの秘密情報機関のために働いていた−しかも彼はアメリカ人によって意図的，計画的にフランス人の逮捕からまぬがれつづけ，最終的に南アメリカにひそこに連れだされていたのだ。このことから私たちは，「ラットライン」（ねずみの抜け道）という言葉を想起した。それは，逃亡ルートをあらわすアメリカの秘密情報機関の隠語で，このルートにのって秘密情報員が敵地からひそかに連れだされ，安全地帯に送られるのである。最終的にあきらかになったのは，バルビーはけっして例外ではなく，第三帝国崩壊後このような「ラットライン」の完璧なネットワークが存在し，そこを通ってナチ党員や戦争犯罪人が刑罰をのがれることができたということである。」（序文より）
Ｊ・Ｆ・ミュラシオル「フランス・レジスタンス史」(白水社文庫クセジュ)
「第二次大戦期のフランスにおけるナチス・ドイツの侵略支配とその傀儡であるヴィシー政権に抗して英雄的な闘いを展開した民衆の自発的活動を，我々の世代の日本人が「レジスタンス」の名のもとに知るようになったのは，『鉄路の闘い』を嚆矢とする一連の映画作品を通してではなかったろうか。昭和３０年前後に，各地で催されたフランス名画祭を彩った作品の多くも，直接，間接の差こそあれ，このテーマを扱っていた。もとよりその全てがこの活動の実像や全貌を伝えていたわけではなく，のちになって幾多の修正がレジスタンス神話に加えられることになるものの，それは『神を信じる者も信じない者も，皆祖国には忠実であった』，とうたった詩人の国に対する憧憬の念を弱めるものではなかった。」「あれほど『本土決戦』を怒号しながら，アメリカ占領軍に対してただの一人もそれを敢行しなかった日本人の意識構造から見ると，個人主義に徹し，規律や束縛を嫌うはずのフランス人が自己の生命，財産はもちろん，家族や友人のそれをも危うくするこの活動に自発能動的に参加したことなどは容易には理解しがたい。百年戦争におけるジャンヌ・ダルクの出現そのものが謎であり，その事蹟にも説明不可能な部分が多いように，無名の一大佐の亡命と抵抗への呼びかけもやはり現代史の謎と言わざるを得ない。」(「訳者あとがき」より)
「第二次大戦期のフランスにおけるナチス・ドイツの侵略支配とその傀儡であるヴィシー政権に抗して英雄的な闘いを展開した民衆の自発的活動を，我々の世代の日本人が「レジスタンス」の名のもとに知るようになったのは，『鉄路の闘い』を嚆矢とする一連の映画作品を通してではなかったろうか。昭和３０年前後に，各地で催されたフランス名画祭を彩った作品の多くも，直接，間接の差こそあれ，このテーマを扱っていた。もとよりその全てがこの活動の実像や全貌を伝えていたわけではなく，のちになって幾多の修正がレジスタンス神話に加えられることになるものの，それは『神を信じる者も信じない者も，皆祖国には忠実であった』，とうたった詩人の国に対する憧憬の念を弱めるものではなかった。」「あれほど『本土決戦』を怒号しながら，アメリカ占領軍に対してただの一人もそれを敢行しなかった日本人の意識構造から見ると，個人主義に徹し，規律や束縛を嫌うはずのフランス人が自己の生命，財産はもちろん，家族や友人のそれをも危うくするこの活動に自発能動的に参加したことなどは容易には理解しがたい。百年戦争におけるジャンヌ・ダルクの出現そのものが謎であり，その事蹟にも説明不可能な部分が多いように，無名の一大佐の亡命と抵抗への呼びかけもやはり現代史の謎と言わざるを得ない。」(「訳者あとがき」より)
ピエール・ヴィラール「スペイン内戦」(白水社文庫クセジュ)
「１９３６年７月にスペインは，再び１９世紀を想い起こさせるような一つの激しい衝突を体験した。この衝突の一方には，地主，軍人，そして聖職者(いくつかの地方では彼らに従うことに慣れてきた大衆がそれに続いた)が，他方には，フランス革命の諸原則に魅せられた中間的フルジョワジーと，空想的社会主義から引継いだモデルに従って(ただ単に)革命を考えるようになったごく貧しい民衆がいた。
しかし，衝突が起きたのは，２０世紀の３０年代のただなかにおいてである。この時代に階級闘争は，ヨーロッパでは，攻撃に優れた侵略的国家主義と，この脅威の前に孤立してしまう危険にさらされ，包囲されているという強迫観念を持った１９１７年ロシア革命の継承者たちとの間の対立の様相を呈した。１９３６年から３９年にかけて，反ファシズムであると同時に反共産主義であることは危険である。西欧の民主主義諸国家は，反スターリン主義の革命的諸政党と同様に，その危険を身をもって経験した。したがって，スペインの保守主義と伝統主義が，ナチスとファシストの行動や方法を採用し，彼らと提携することができたのに対して，スペイン共和国は，確実で継続的な外からの救いの手を，政権の座にある共産党，つまりソ連共産党にしか見出せなかった。」(「最終的考察」より抜粋)。
「１９３６年７月にスペインは，再び１９世紀を想い起こさせるような一つの激しい衝突を体験した。この衝突の一方には，地主，軍人，そして聖職者(いくつかの地方では彼らに従うことに慣れてきた大衆がそれに続いた)が，他方には，フランス革命の諸原則に魅せられた中間的フルジョワジーと，空想的社会主義から引継いだモデルに従って(ただ単に)革命を考えるようになったごく貧しい民衆がいた。
しかし，衝突が起きたのは，２０世紀の３０年代のただなかにおいてである。この時代に階級闘争は，ヨーロッパでは，攻撃に優れた侵略的国家主義と，この脅威の前に孤立してしまう危険にさらされ，包囲されているという強迫観念を持った１９１７年ロシア革命の継承者たちとの間の対立の様相を呈した。１９３６年から３９年にかけて，反ファシズムであると同時に反共産主義であることは危険である。西欧の民主主義諸国家は，反スターリン主義の革命的諸政党と同様に，その危険を身をもって経験した。したがって，スペインの保守主義と伝統主義が，ナチスとファシストの行動や方法を採用し，彼らと提携することができたのに対して，スペイン共和国は，確実で継続的な外からの救いの手を，政権の座にある共産党，つまりソ連共産党にしか見出せなかった。」(「最終的考察」より抜粋)。
マイネッケ「ドイツの悲劇」(中公文庫)
「マイネッケが最初に目を向けるのは，フランス革命および産業革命以後人口の増加と大工業の発展にともなって頭をもたげ，１９世紀から２０世紀にかけて歴史の主要な潮流となった二つの大波，国民的運動と社会主義運動の存在である。この両者はやがて鋭く対立し，死の十字を描くようになったが，同時に両者を融合しようとする動きも現れた。ヒトラー主義のただ一つの積極的意味は，両者を合流させようとした点にあったが，しかしナチスは暴力的な仕方でそれを行おうとしたために，完全にその意味が失われ，社会的傾向と国民的傾向は最悪の形で結びつけられることになった。」
「(ドイツの)軍国主義は，人間を一定の機構のなかでもっとも合理的にまた有能に訓練するが，その機構の外部にある一般的な政治的ないし人間的な問題に対しては完全に盲目的な人間をつくり出す。ところが，このような人間がある年齢に達すると，それまで抑圧されていた形而上学的な要求が，突然めざめる場合がある。すると彼は，折から流行している何か国家や個人のためになりそうな事柄に無批判的にとびつき，それまでの専門内の合理主義者とはまったく違った，熱狂的・偏執的な世界改革者として出現する。このような人間タイプの形成がナチス運動の有力な地盤をつくり出した。」
「なるほど権力国家的ーマキアヴェリズム的思考はドイツに限られたわけではなかったが，それを意識的に理論づけ，世界観的なものに高めようとする傾向は，ドイツに特殊なものであった。『ドイツの権力国家思想の歴史はヘーゲルとともに始まったのだが，この思想はヒトラーにおいて，もっともひどい，またもっとも不運な高揚と酷使を経験し』たのである。」
「良心と思想の自由は本来キリスト教精神に由来するものであり，これこそドイツと西欧との文化的交流を可能にしたものであったが，ヒトラーはキリスト教を拒否し，きたるべき地上的幸福に対する信仰をこれに代えようとしたことによって，西欧との関係を切断し，過去のドイツとの関係をも切断した。」
(訳者の解説から抜粋)
「マイネッケが最初に目を向けるのは，フランス革命および産業革命以後人口の増加と大工業の発展にともなって頭をもたげ，１９世紀から２０世紀にかけて歴史の主要な潮流となった二つの大波，国民的運動と社会主義運動の存在である。この両者はやがて鋭く対立し，死の十字を描くようになったが，同時に両者を融合しようとする動きも現れた。ヒトラー主義のただ一つの積極的意味は，両者を合流させようとした点にあったが，しかしナチスは暴力的な仕方でそれを行おうとしたために，完全にその意味が失われ，社会的傾向と国民的傾向は最悪の形で結びつけられることになった。」
「(ドイツの)軍国主義は，人間を一定の機構のなかでもっとも合理的にまた有能に訓練するが，その機構の外部にある一般的な政治的ないし人間的な問題に対しては完全に盲目的な人間をつくり出す。ところが，このような人間がある年齢に達すると，それまで抑圧されていた形而上学的な要求が，突然めざめる場合がある。すると彼は，折から流行している何か国家や個人のためになりそうな事柄に無批判的にとびつき，それまでの専門内の合理主義者とはまったく違った，熱狂的・偏執的な世界改革者として出現する。このような人間タイプの形成がナチス運動の有力な地盤をつくり出した。」
「なるほど権力国家的ーマキアヴェリズム的思考はドイツに限られたわけではなかったが，それを意識的に理論づけ，世界観的なものに高めようとする傾向は，ドイツに特殊なものであった。『ドイツの権力国家思想の歴史はヘーゲルとともに始まったのだが，この思想はヒトラーにおいて，もっともひどい，またもっとも不運な高揚と酷使を経験し』たのである。」
「良心と思想の自由は本来キリスト教精神に由来するものであり，これこそドイツと西欧との文化的交流を可能にしたものであったが，ヒトラーはキリスト教を拒否し，きたるべき地上的幸福に対する信仰をこれに代えようとしたことによって，西欧との関係を切断し，過去のドイツとの関係をも切断した。」
(訳者の解説から抜粋)
ジュリアン・ジャクソン「フランス人民戦線史」(昭和堂)
「世界史の転換期ともいえる激動の現局面に照応して，わが国でも，１９３０年代の世界経済恐慌とファシズムの台頭の時期にフランスで経験された人民戦線運動がになった役割と，その崩壊の諸契機を明確に再検討する必要が大きいように私には思われる。この運動は，恐慌下の隣国ドイツで政権を掌握したナチスがヨーロッパ諸国の国際関係を緊張させる状況のなかで，第三共和制フランスの議会制民主主義を震撼させた右翼諸同盟に対抗して，広範な勤労諸階層の生活防衛の要求を結集する反ファシズム運動として高揚した。『自由とパンと平和』の要求が，この運動を進めた諸政党・諸団体の共同綱領の課題であった。各国から反ファシズム統一戦線の典型として多くの関心を集めた運動であり，１９３６年６月には，フランス社会党の党首レオン・ブルムを首相とする人民戦線政府が，同年春におこなわれた総選挙の結果にもとづいて成立した。この新しい政府は，フランスの労働争議史に前例がなかった『工場占拠』をともなうストライキの全国的な広がりにささえられて，同年６月７日夜の『マティニョン協定』の締結で知られる労働争議調整の新しい方式と，週賃金減額をともなわない世界最初の週４０時間労働制の法的確定をはじめとする社会政策の画期的な改革や，幾つかの経済政策を，勤労諸階層の『購買力』の回復によって恐慌から離脱しようとする課題に向けて実現した。しかし，その前途を経営者層の対応と経済過程からの障害に制約されて，経済の回復が容易に進まなかったので，翌３７年２月には諸改革の『休止』を首相ブルムが声明し，６月下旬に総辞職した。そして，１９３６年夏に閣議決定されたスペイン内戦不干渉政策とその後の国際関係の急迫した緊張をめぐって，窒息死させられた運動である。」(「訳者あとがき」より)
「世界史の転換期ともいえる激動の現局面に照応して，わが国でも，１９３０年代の世界経済恐慌とファシズムの台頭の時期にフランスで経験された人民戦線運動がになった役割と，その崩壊の諸契機を明確に再検討する必要が大きいように私には思われる。この運動は，恐慌下の隣国ドイツで政権を掌握したナチスがヨーロッパ諸国の国際関係を緊張させる状況のなかで，第三共和制フランスの議会制民主主義を震撼させた右翼諸同盟に対抗して，広範な勤労諸階層の生活防衛の要求を結集する反ファシズム運動として高揚した。『自由とパンと平和』の要求が，この運動を進めた諸政党・諸団体の共同綱領の課題であった。各国から反ファシズム統一戦線の典型として多くの関心を集めた運動であり，１９３６年６月には，フランス社会党の党首レオン・ブルムを首相とする人民戦線政府が，同年春におこなわれた総選挙の結果にもとづいて成立した。この新しい政府は，フランスの労働争議史に前例がなかった『工場占拠』をともなうストライキの全国的な広がりにささえられて，同年６月７日夜の『マティニョン協定』の締結で知られる労働争議調整の新しい方式と，週賃金減額をともなわない世界最初の週４０時間労働制の法的確定をはじめとする社会政策の画期的な改革や，幾つかの経済政策を，勤労諸階層の『購買力』の回復によって恐慌から離脱しようとする課題に向けて実現した。しかし，その前途を経営者層の対応と経済過程からの障害に制約されて，経済の回復が容易に進まなかったので，翌３７年２月には諸改革の『休止』を首相ブルムが声明し，６月下旬に総辞職した。そして，１９３６年夏に閣議決定されたスペイン内戦不干渉政策とその後の国際関係の急迫した緊張をめぐって，窒息死させられた運動である。」(「訳者あとがき」より)
松嶋敦茂「経済から社会へ パレートの生涯と思想」(みすず書房)
「世紀の転換点，知的変革の時に出現した大体系家パレートは，さまざまな顔をもっている。ワルラスの後継者，一般均衡理論および新厚生経済学の開拓者，そして社会学の父の一人，民主主義的エリート論者，さらには＜ファシズムのマルクス＞とすら呼ばれる。」(紹介文より)
「・・・前年秋の『ローマ進軍』で権力を掌中に収めていたイタリア・ファシズムは，いまだ脆弱であった自己の権力基盤の強化のため，パレートの思想を利用しようとした。『エリート』による大衆支配の不可避性の是認，社会主義・民主主義・議会主義・ヒューマニズムへの辛辣な批判，権力手段としての『強力』(暴力)の重視，というパレートの政治・社会思想の一つの−しかし主要な−側面はファシストにとって好都合なものであったに違いない。」(「序章」より抜粋)。
著者は元滋賀大学経済学部教授。著書に「功利主義は生き残るかー経済倫理学の構築に向けて」(勁草書房)などがある。
「世紀の転換点，知的変革の時に出現した大体系家パレートは，さまざまな顔をもっている。ワルラスの後継者，一般均衡理論および新厚生経済学の開拓者，そして社会学の父の一人，民主主義的エリート論者，さらには＜ファシズムのマルクス＞とすら呼ばれる。」(紹介文より)
「・・・前年秋の『ローマ進軍』で権力を掌中に収めていたイタリア・ファシズムは，いまだ脆弱であった自己の権力基盤の強化のため，パレートの思想を利用しようとした。『エリート』による大衆支配の不可避性の是認，社会主義・民主主義・議会主義・ヒューマニズムへの辛辣な批判，権力手段としての『強力』(暴力)の重視，というパレートの政治・社会思想の一つの−しかし主要な−側面はファシストにとって好都合なものであったに違いない。」(「序章」より抜粋)。
著者は元滋賀大学経済学部教授。著書に「功利主義は生き残るかー経済倫理学の構築に向けて」(勁草書房)などがある。
ハンス・モムゼン「ヴァイマール共和国史」（水声社）
「モムゼンは，ヴァイマール共和国への関心は，ヒトラーとナチス運動がなぜ政治権力を奪取し，暴力とテロに基づいた支配を確立し得たのかという点にあるとしている。ヴァイマールの実験は，権威主義的特徴を持った社会が民主化にいたる過程での構造的危機と可能性のモデルであった。モムゼンは，ヴァイマール共和国の崩壊は，進歩したヨーロッパ社会での伝統的な道徳の完全な崩壊であるとみなしており，彼は，このヴァイマール共和国とナチズムの研究から，自由と民主主義を保障する社会と国家の制度的基礎の確保が重要であるとしている。彼は，ヴァイマールからアウシュヴィッツへの歴史的発展の教訓は，自由への脅威に対抗することであるとしている。彼は，近代社会における自由と民主主義の確立を目指すことが，彼の学問ならびに政治的姿勢の基本であると言えよう。」（「訳者あとがき」より）。
著者は，労働運動，ヴァイマール共和国，ナチズムの歴史を主要な研究領域とするドイツ現代史の研究者。元ルール大学教授。
「モムゼンは，ヴァイマール共和国への関心は，ヒトラーとナチス運動がなぜ政治権力を奪取し，暴力とテロに基づいた支配を確立し得たのかという点にあるとしている。ヴァイマールの実験は，権威主義的特徴を持った社会が民主化にいたる過程での構造的危機と可能性のモデルであった。モムゼンは，ヴァイマール共和国の崩壊は，進歩したヨーロッパ社会での伝統的な道徳の完全な崩壊であるとみなしており，彼は，このヴァイマール共和国とナチズムの研究から，自由と民主主義を保障する社会と国家の制度的基礎の確保が重要であるとしている。彼は，ヴァイマールからアウシュヴィッツへの歴史的発展の教訓は，自由への脅威に対抗することであるとしている。彼は，近代社会における自由と民主主義の確立を目指すことが，彼の学問ならびに政治的姿勢の基本であると言えよう。」（「訳者あとがき」より）。
著者は，労働運動，ヴァイマール共和国，ナチズムの歴史を主要な研究領域とするドイツ現代史の研究者。元ルール大学教授。
Ｐ・シュミッター，Ｇ・レームブルッフ編「現代コーポラティズム?・? 団体統合主義の政治とその理論」(木鐸社)
「コーポラティズムとは，次のような一つの利益代表システムとして定義できる。すなわち，そのシステムでは，構成単位は，単一性，義務的加入，非競争性，階統的秩序，そして機能別の分化といった属性をもつ，一定数のカテゴリーに組織されており，国家によって(創設されるものでないとしても)許可され承認され，さらに自己の指導者の選出や要求や支持の表明に対する一定の統制を認めることと高官に，個々のカテゴリー内での協議相手としての独占的代表権を与えられるのである。」(第１章より抜粋)
本書は新自由主義登場前の，ヨーロッパ福祉国家体制で支配的だった政・労・資対等の「三者協議制」や戦後日本における政・官・財のネットワーク(本書では戦後日本のこうした体制を，労働者代表が強い権限を持っているヨーロッパ福祉国家体制と対比する形で，「労働なきコーポラティズム」と呼んでいる)を主な考察の対象としたもので，必ずしもファシズム期のコーポラティズムを扱ったものではありませんが，コーポラティズムを扱った文献の乏しい中で，参考文献として挙げておきます。
「コーポラティズムとは，次のような一つの利益代表システムとして定義できる。すなわち，そのシステムでは，構成単位は，単一性，義務的加入，非競争性，階統的秩序，そして機能別の分化といった属性をもつ，一定数のカテゴリーに組織されており，国家によって(創設されるものでないとしても)許可され承認され，さらに自己の指導者の選出や要求や支持の表明に対する一定の統制を認めることと高官に，個々のカテゴリー内での協議相手としての独占的代表権を与えられるのである。」(第１章より抜粋)
本書は新自由主義登場前の，ヨーロッパ福祉国家体制で支配的だった政・労・資対等の「三者協議制」や戦後日本における政・官・財のネットワーク(本書では戦後日本のこうした体制を，労働者代表が強い権限を持っているヨーロッパ福祉国家体制と対比する形で，「労働なきコーポラティズム」と呼んでいる)を主な考察の対象としたもので，必ずしもファシズム期のコーポラティズムを扱ったものではありませんが，コーポラティズムを扱った文献の乏しい中で，参考文献として挙げておきます。
ウィリアム・Ｌ・シャイラー「第三帝国の興亡 １〜５」(東京創元社)
「第三帝国の歴史を書こうとするのは時期尚早である、時間が展望を与えてくれる後世の著述家に任せるべきであるとの意見もあるかもしれない。その意見は、わたしがある取材で赴いたパリでとくに多かった。歴史家たる者は、ナポレオン時代からのちのことは扱うべきではないとわたしは言われたのである。
この意見には一理も二理もある。たいていの歴史家は、一国の、一帝国の、一時代のことを書くのに、五十年や百年、あるいはそれ以上も待つ。しかしこれは、適切な資料が出現して信頼に足る材料が手に入るまでにはそれだけの年月がかかるというのが、その主たる理由ではあるまいか。しかし展望は得られるとしても、その時代の生活や雰囲気、書こうとする歴史上の人物に直接触れていないと、必然的に何か失われはしないだろうか。」
「ヒトラー・ドイツの真実を正確に知ることはきわめてむずかしく、わたしがつねにそれに成功したわけではない。山なす資料のおかげで、二十年前には可能とは思えなかった真実への途をたどることはできたが、しばしばその浩瀚さのゆえに混乱した。しかも人間による記録や証言に、厄介な矛盾撞着は避けがたい。」(「はじめに」より)
かつて「ナチスもの」の定番としてロングセラーを続けた同時代ジャーナリストによる第三帝国興亡史の新装版です。
各巻の構成は以下のとおり。
第１巻 アドルフ・ヒトラーの台頭
ヒトラーの出自とその思想 政権掌握への過程 ドイツのナチ化 レームと突撃隊の粛清
第２巻 戦争への道
ヴェルサイユ条約破棄 オーストリア併合 ミュンヘン会談 チェコスロヴァキアの消滅
第３巻 第二次世界大戦
独ソ不可侵条約の締結 ポーランド侵攻 第二次世界大戦勃発 デンマーク・ノルウェー征服
第４巻 ヨーロッパ征服
フランス降伏 イギリス侵攻作戦失敗 独ソ開戦 スターリングラード攻防戦 独軍の敗走
第５巻 ナチス・ドイツの滅亡
ホロコースト ムッソリーニの失墜 ヒトラー暗殺未遂事件 ベルリン陥落 ヒトラーの死
著者(１９０４−１９９３)はジャーナリスト、元ＣＢＳヨーロッパ支局長として、ドイツのオーストリア併合など数々の歴史的事件の報道に携わる。本書は１９６０年に出版され、全米図書賞を受賞しました。
「第三帝国の歴史を書こうとするのは時期尚早である、時間が展望を与えてくれる後世の著述家に任せるべきであるとの意見もあるかもしれない。その意見は、わたしがある取材で赴いたパリでとくに多かった。歴史家たる者は、ナポレオン時代からのちのことは扱うべきではないとわたしは言われたのである。
この意見には一理も二理もある。たいていの歴史家は、一国の、一帝国の、一時代のことを書くのに、五十年や百年、あるいはそれ以上も待つ。しかしこれは、適切な資料が出現して信頼に足る材料が手に入るまでにはそれだけの年月がかかるというのが、その主たる理由ではあるまいか。しかし展望は得られるとしても、その時代の生活や雰囲気、書こうとする歴史上の人物に直接触れていないと、必然的に何か失われはしないだろうか。」
「ヒトラー・ドイツの真実を正確に知ることはきわめてむずかしく、わたしがつねにそれに成功したわけではない。山なす資料のおかげで、二十年前には可能とは思えなかった真実への途をたどることはできたが、しばしばその浩瀚さのゆえに混乱した。しかも人間による記録や証言に、厄介な矛盾撞着は避けがたい。」(「はじめに」より)
かつて「ナチスもの」の定番としてロングセラーを続けた同時代ジャーナリストによる第三帝国興亡史の新装版です。
各巻の構成は以下のとおり。
第１巻 アドルフ・ヒトラーの台頭
ヒトラーの出自とその思想 政権掌握への過程 ドイツのナチ化 レームと突撃隊の粛清
第２巻 戦争への道
ヴェルサイユ条約破棄 オーストリア併合 ミュンヘン会談 チェコスロヴァキアの消滅
第３巻 第二次世界大戦
独ソ不可侵条約の締結 ポーランド侵攻 第二次世界大戦勃発 デンマーク・ノルウェー征服
第４巻 ヨーロッパ征服
フランス降伏 イギリス侵攻作戦失敗 独ソ開戦 スターリングラード攻防戦 独軍の敗走
第５巻 ナチス・ドイツの滅亡
ホロコースト ムッソリーニの失墜 ヒトラー暗殺未遂事件 ベルリン陥落 ヒトラーの死
著者(１９０４−１９９３)はジャーナリスト、元ＣＢＳヨーロッパ支局長として、ドイツのオーストリア併合など数々の歴史的事件の報道に携わる。本書は１９６０年に出版され、全米図書賞を受賞しました。
エンツォ・トラヴェルソ「全体主義」(平凡社新書)
「全体主義という言葉は、２０世紀に現れた圧制が古典的な専制とはまったく異なっているとの自覚から案出された。にもかかわらず、この言葉の乱用は、スターリニズムやファシズムといった政治の現実を明るみに出すよりも、それらの実態を隠蔽するのに寄与してきた。本書は、全体主義の概念がたどってきた変遷の全体を見通しうる地図を描いてみせることで、この概念の複雑で多様な意味内容を明快に整理する。つまり本書は、ひとつの概念の歴史を通じて、２０世紀という最も身近な過去を理解する試みである。」(大澤真幸の紹介文より)
著者はイタリアに生まれ、ジェノヴァ大学卒業後、「ポテーレ・オペライオ」(アウトノミアの中心的グループ)のシンパとして活動、１９８５年からフランスに在住し、現在はアミアンのピカルディー大学およびパリ社会科学高等研究院で教鞭をとる。
「全体主義という言葉は、２０世紀に現れた圧制が古典的な専制とはまったく異なっているとの自覚から案出された。にもかかわらず、この言葉の乱用は、スターリニズムやファシズムといった政治の現実を明るみに出すよりも、それらの実態を隠蔽するのに寄与してきた。本書は、全体主義の概念がたどってきた変遷の全体を見通しうる地図を描いてみせることで、この概念の複雑で多様な意味内容を明快に整理する。つまり本書は、ひとつの概念の歴史を通じて、２０世紀という最も身近な過去を理解する試みである。」(大澤真幸の紹介文より)
著者はイタリアに生まれ、ジェノヴァ大学卒業後、「ポテーレ・オペライオ」(アウトノミアの中心的グループ)のシンパとして活動、１９８５年からフランスに在住し、現在はアミアンのピカルディー大学およびパリ社会科学高等研究院で教鞭をとる。
Ｋ・Ｄ・ブラッハー「ドイツの独裁 ?・?」(岩波書店)
「この『ドイツの独裁』は、『まえがき』のなかで教授自身が気負いをこめて言っているように、『これまでなお欠けていた、ドイツ人の手によるナチズムに関する全面的叙述』の試みであり、そのようなものとして正当な国際的評価を受け、すでにこれまでに、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペインの各国語で翻訳出版されている。内容は、・・・、これまでの全研究の成果を、どちらかというと啓蒙書風のスタイルでまとめたものになっている。しかも、本書の導入部は、ナチズムの根源をドイツ史特有の悲劇的発展の中に求める、いわゆる『連続説』と、これを基本的には、２０世紀の高度工業国家に共通に現れた大衆社会的状況との関連でとらえて『ドイツ的特殊性』という把握を拒否する、いわゆる『非連続説』の対比で始められ、その結論部分は、コミュニズムとファシズムの共通性を強調する『全体主義理論』と、あくまで後者に特有の危険性を重視する『ファシズム理論』との対比のなかで自説を展開している。このような構成は、本書をして、欧米におけるドイツ現代史研究の基本的動向を知るための格好の案内書にしていると同時に、この二つの基本的な論争のなかで、そのいずれの場合についても、安易にどちらか一方の立場に組みすることはせず、むしろより一層包括的な独自の立場を構築しようとしている教授の立場をはっきりと浮き彫りにしているといえよう・・・。(「訳者あとがき」より抜粋)
「この『ドイツの独裁』は、『まえがき』のなかで教授自身が気負いをこめて言っているように、『これまでなお欠けていた、ドイツ人の手によるナチズムに関する全面的叙述』の試みであり、そのようなものとして正当な国際的評価を受け、すでにこれまでに、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペインの各国語で翻訳出版されている。内容は、・・・、これまでの全研究の成果を、どちらかというと啓蒙書風のスタイルでまとめたものになっている。しかも、本書の導入部は、ナチズムの根源をドイツ史特有の悲劇的発展の中に求める、いわゆる『連続説』と、これを基本的には、２０世紀の高度工業国家に共通に現れた大衆社会的状況との関連でとらえて『ドイツ的特殊性』という把握を拒否する、いわゆる『非連続説』の対比で始められ、その結論部分は、コミュニズムとファシズムの共通性を強調する『全体主義理論』と、あくまで後者に特有の危険性を重視する『ファシズム理論』との対比のなかで自説を展開している。このような構成は、本書をして、欧米におけるドイツ現代史研究の基本的動向を知るための格好の案内書にしていると同時に、この二つの基本的な論争のなかで、そのいずれの場合についても、安易にどちらか一方の立場に組みすることはせず、むしろより一層包括的な独自の立場を構築しようとしている教授の立場をはっきりと浮き彫りにしているといえよう・・・。(「訳者あとがき」より抜粋)
宮田光雄「ホロコースト＜以後＞を生きる」(岩波書店)
「《ホロコースト》という言葉は、もともと、ユダヤ教で神に献げられる犠牲＝燔祭を意味する用語です。しかし、いまでは、一般にナチ・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺を指すものとして用いられています。それは、たしかに強制収容所においてガスかまどで焼かれたユダヤ人たちの犠牲を思い起こさせます。
それにしても、《ホロコースト》という呼称は、ユダヤ人とナチスとのあいだに何らかの形で宗教的な対応とつながりがあるかのような印象をあたえないでしょうか。それは、ナチツにたいして、あたかも似非《祭司的》な役割を認めているかのようでもあります。
・・それは、まことに慎重な考慮の上に選ばれたものだったのです。《ホロコースト》の出来事を現代の私たちの意識に定着させることにもっとも尽力したその人物自身、この言葉が意味するニュアンスをよく自覚した上でそうしたのです。その人こそ、ほかならぬエリ・ヴィーゼルでした。・・・
ヴィーゼルは、この《ホロコースト》という言葉を、まったく自覚的に宗教的な犠牲と結びつけて、それも特定の《アケダー》という−創世記２２章においてアブラハムによって献げられたイサクの犠牲の−場面を連想しながら用いているのです。」(「はじめに」より)
本書はホロコースト以後の帰結としての中東問題にも言及している。ホロコースト以後のヨーロッパ・キリスト教社会による「ユダヤ問題」の「最終的解決」としてのイスラエル建国、その帰結としてのパレスチナ問題の発生、パレスチナ問題の中東ーイスラム問題への拡大、という経過を辿れば、現在、世界を震撼させている中東−イスラム問題とは、ヨーロッパ・キリスト教社会の宿弊ともいうべき「ユダヤ問題」の「中東−イスラム問題」への転形、メタモルフォーゼなのだということが分る。そして、こうした視点に立って今日の「中東ーイスラム問題」を見ることは、新たな反ユダヤ主義やその鏡の反面としてのイスラム＝ファシズム論に陥ることなく、イスラエル国家がパレスチナ人に対する新たな「ゲットー」構築に走ったり、中東国家で「プロトコル」が流布されるといった不毛をも乗り越えた、中東問題への視点を獲得することにつながるであろう。
「《ホロコースト》という言葉は、もともと、ユダヤ教で神に献げられる犠牲＝燔祭を意味する用語です。しかし、いまでは、一般にナチ・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺を指すものとして用いられています。それは、たしかに強制収容所においてガスかまどで焼かれたユダヤ人たちの犠牲を思い起こさせます。
それにしても、《ホロコースト》という呼称は、ユダヤ人とナチスとのあいだに何らかの形で宗教的な対応とつながりがあるかのような印象をあたえないでしょうか。それは、ナチツにたいして、あたかも似非《祭司的》な役割を認めているかのようでもあります。
・・それは、まことに慎重な考慮の上に選ばれたものだったのです。《ホロコースト》の出来事を現代の私たちの意識に定着させることにもっとも尽力したその人物自身、この言葉が意味するニュアンスをよく自覚した上でそうしたのです。その人こそ、ほかならぬエリ・ヴィーゼルでした。・・・
ヴィーゼルは、この《ホロコースト》という言葉を、まったく自覚的に宗教的な犠牲と結びつけて、それも特定の《アケダー》という−創世記２２章においてアブラハムによって献げられたイサクの犠牲の−場面を連想しながら用いているのです。」(「はじめに」より)
本書はホロコースト以後の帰結としての中東問題にも言及している。ホロコースト以後のヨーロッパ・キリスト教社会による「ユダヤ問題」の「最終的解決」としてのイスラエル建国、その帰結としてのパレスチナ問題の発生、パレスチナ問題の中東ーイスラム問題への拡大、という経過を辿れば、現在、世界を震撼させている中東−イスラム問題とは、ヨーロッパ・キリスト教社会の宿弊ともいうべき「ユダヤ問題」の「中東−イスラム問題」への転形、メタモルフォーゼなのだということが分る。そして、こうした視点に立って今日の「中東ーイスラム問題」を見ることは、新たな反ユダヤ主義やその鏡の反面としてのイスラム＝ファシズム論に陥ることなく、イスラエル国家がパレスチナ人に対する新たな「ゲットー」構築に走ったり、中東国家で「プロトコル」が流布されるといった不毛をも乗り越えた、中東問題への視点を獲得することにつながるであろう。
バーバラ・ロガスキー「アンネ・フランクはなぜ殺されたか」（岩波書店）
「あなたに怖い夢を見てもらいたくて、わたしはこの本を書いたのではない。
この本には恐ろしいことが書いてある。まるで悪夢のようなことが書いてある。でもこれは夢ではなく、実際に起こったことだ。しかも長い年月にわたって、ずっと続いたことだった。
率直にほんとうのことをいってしまえば、これは殺人のことを書いた本だ。
１２年の間に、およそ６００万人が意図的に殺される事件があった。６００万人といえば、サンフランシスコの人口と同じだ。マイアミの人口の２倍。
かれらは兵士として、殺されたのではなかった。スパイとして殺されたのでもなかった。裁判官や陪審員のいる法廷で、恐ろしい罪をおかしたと責めを受けたわけでもなかった。男も、女も、年寄りも、子供も、区別なく殺された。６００万人の中の１５０万人は１５歳以下の子供だった。
かれらはそろってユダヤ人だったので、殺された。たったそれだけの理由から殺された。」（「あらかじめ知っておいてほしいこと」より）
「あなたに怖い夢を見てもらいたくて、わたしはこの本を書いたのではない。
この本には恐ろしいことが書いてある。まるで悪夢のようなことが書いてある。でもこれは夢ではなく、実際に起こったことだ。しかも長い年月にわたって、ずっと続いたことだった。
率直にほんとうのことをいってしまえば、これは殺人のことを書いた本だ。
１２年の間に、およそ６００万人が意図的に殺される事件があった。６００万人といえば、サンフランシスコの人口と同じだ。マイアミの人口の２倍。
かれらは兵士として、殺されたのではなかった。スパイとして殺されたのでもなかった。裁判官や陪審員のいる法廷で、恐ろしい罪をおかしたと責めを受けたわけでもなかった。男も、女も、年寄りも、子供も、区別なく殺された。６００万人の中の１５０万人は１５歳以下の子供だった。
かれらはそろってユダヤ人だったので、殺された。たったそれだけの理由から殺された。」（「あらかじめ知っておいてほしいこと」より）
ロバート・バクストン「ファシズムの解剖学」(桜井書店)
「著者バクストンが『ドイツ語版および日本語版への序文』にも書いているように、ファシズムの問題は、決して過ぎさった過去の問題だけではなく、現在のわれわれの問題でもあると思います。とくに物量の溢れるなかで、現代のごく普通の市民一人ひとりが不安や不満や焦りや怒りを鬱積させつつある状況のもとでは、いずれそれが飽和状態に達したところで煽動家が出現すれば、未曾有の大衆的発狂状態にいたらないと、いったい誰が断言することができるでしょうか。
いわゆる『９・１１』攻撃直後に全米の９割以上の市民が根拠薄弱なアフガニスタン侵攻にもろ手をあげて喝采をおくったことを、読者諸賢はまだ忘れてはいないことと思います。また２００３年のイラク戦争開戦にあたっても、国際的批判に耳をかたむけることなく、『悪の道か、われわれの道か』と二者択一を迫る大統領のアジテーションに全米の圧倒的多数の市民が盲目的につきしたがっていった姿についても、記憶に残っていることと思います。まさにマイケル・ムーアのいう『アホでマヌケなアメリカ白人』そのものが、そこに群をなして存在していたのではなかったでしょうか。
昨今のヨーロッパでも事態はまったく違うとは言い切れません。差別され排撃される移民労働者の不満、善良な移民系青年たちによる自爆未遂事件のあいつぐ発覚、白人青年たちの焦りなどが、選挙のたびに右翼や極右に流れる票となってあらわれ、社会をいっそう不安へと追い込んでいることは、１９２０−３０年代のヨーロッパ情勢を彷彿とさせるものがないといえるでしょうか。
そればかりではありません。『郵政民営化に賛成なのか反対なのか』と二者択一を迫るべく煽動したある国の首相のたびかさなる演説に、日常のなんともいえない不安と不満をかかえていた青年層を含む決して少なくない国民大衆が魂を吸いとられていって事例が、近年のアメリカやヨーロッパで起こっていることと、歴史文脈的にいったいどれだけ違っていたといえるでしょうか？
むろん、以上のような事例を短絡的にファシズムに直結させてレッテル貼りのようなことをすることは、バクストンも本書のなかでいましめているとおり、禁物です。しかし、いわゆる先進各国で中間層が没落し、社会の分断が進行している現在、不安と不満をかかえた一般市民が、予想もできなかったようＢななんらか新しい社会的熱狂のなかに吸い込まれていくような危険性の存在もあながち否定できないかもしれません。その意味でファシズムに到達するかもしれないような情勢の悪化は、決して過去の問題として終わってしまっていないばかりか、依然として現在のわれわれの問題でありつづけると同時に、今後ますますわれわれが真剣に対面しなければならなくなる問題であるかもしれないのです。」（訳者あとがきより）
著者はコロンビア大学の歴史学教授として長く教鞭をとってきたファシズム研究の第一人者。現在、コロンビア大学名誉教授。
「著者バクストンが『ドイツ語版および日本語版への序文』にも書いているように、ファシズムの問題は、決して過ぎさった過去の問題だけではなく、現在のわれわれの問題でもあると思います。とくに物量の溢れるなかで、現代のごく普通の市民一人ひとりが不安や不満や焦りや怒りを鬱積させつつある状況のもとでは、いずれそれが飽和状態に達したところで煽動家が出現すれば、未曾有の大衆的発狂状態にいたらないと、いったい誰が断言することができるでしょうか。
いわゆる『９・１１』攻撃直後に全米の９割以上の市民が根拠薄弱なアフガニスタン侵攻にもろ手をあげて喝采をおくったことを、読者諸賢はまだ忘れてはいないことと思います。また２００３年のイラク戦争開戦にあたっても、国際的批判に耳をかたむけることなく、『悪の道か、われわれの道か』と二者択一を迫る大統領のアジテーションに全米の圧倒的多数の市民が盲目的につきしたがっていった姿についても、記憶に残っていることと思います。まさにマイケル・ムーアのいう『アホでマヌケなアメリカ白人』そのものが、そこに群をなして存在していたのではなかったでしょうか。
昨今のヨーロッパでも事態はまったく違うとは言い切れません。差別され排撃される移民労働者の不満、善良な移民系青年たちによる自爆未遂事件のあいつぐ発覚、白人青年たちの焦りなどが、選挙のたびに右翼や極右に流れる票となってあらわれ、社会をいっそう不安へと追い込んでいることは、１９２０−３０年代のヨーロッパ情勢を彷彿とさせるものがないといえるでしょうか。
そればかりではありません。『郵政民営化に賛成なのか反対なのか』と二者択一を迫るべく煽動したある国の首相のたびかさなる演説に、日常のなんともいえない不安と不満をかかえていた青年層を含む決して少なくない国民大衆が魂を吸いとられていって事例が、近年のアメリカやヨーロッパで起こっていることと、歴史文脈的にいったいどれだけ違っていたといえるでしょうか？
むろん、以上のような事例を短絡的にファシズムに直結させてレッテル貼りのようなことをすることは、バクストンも本書のなかでいましめているとおり、禁物です。しかし、いわゆる先進各国で中間層が没落し、社会の分断が進行している現在、不安と不満をかかえた一般市民が、予想もできなかったようＢななんらか新しい社会的熱狂のなかに吸い込まれていくような危険性の存在もあながち否定できないかもしれません。その意味でファシズムに到達するかもしれないような情勢の悪化は、決して過去の問題として終わってしまっていないばかりか、依然として現在のわれわれの問題でありつづけると同時に、今後ますますわれわれが真剣に対面しなければならなくなる問題であるかもしれないのです。」（訳者あとがきより）
著者はコロンビア大学の歴史学教授として長く教鞭をとってきたファシズム研究の第一人者。現在、コロンビア大学名誉教授。
ジョゼフ・Ｅ・パーシコ「ニュルンベルク軍事裁判 上・下」(原書房)
極東軍事裁判(東京裁判)をどう捉えるかという問題は、戦後の日本を考えるにあたって常に論争的な主題でありつづけた。しかし、東京裁判は、ナチスを裁いたニュルンベルク軍事裁判とセットになったものであり、両者は一体のものとして捉えなければ、その全体像を明らかにすることができない。例えば、東京裁判において日本軍国主義をナチスに匹敵するファシズムとして断罪するためには、ニュルンベルク裁判におけるユダヤ人ホロコーストに対応する「人道に対する罪」の存在が必要であったが故に、南京虐殺事件が取り上げられたのだというように考えれば、南京虐殺事件がその後も論争の的とされたことの意味がより深く見えてくるであろう。
本書は、類書の少ない中で、ニュルンベルク裁判を扱った書として、紹介しておく。
極東軍事裁判(東京裁判)をどう捉えるかという問題は、戦後の日本を考えるにあたって常に論争的な主題でありつづけた。しかし、東京裁判は、ナチスを裁いたニュルンベルク軍事裁判とセットになったものであり、両者は一体のものとして捉えなければ、その全体像を明らかにすることができない。例えば、東京裁判において日本軍国主義をナチスに匹敵するファシズムとして断罪するためには、ニュルンベルク裁判におけるユダヤ人ホロコーストに対応する「人道に対する罪」の存在が必要であったが故に、南京虐殺事件が取り上げられたのだというように考えれば、南京虐殺事件がその後も論争の的とされたことの意味がより深く見えてくるであろう。
本書は、類書の少ない中で、ニュルンベルク裁判を扱った書として、紹介しておく。
長谷川公昭「世界ファシスト列伝」中公新書ラクレ
以前に著者が中公新書から出していた「ファシスト群像」の改訂版。
本家のイタリア，ドイツだけでなく，余り知られていないロシア，アメリカ，ブラジルなど各国の様々なファシストを紹介している。
これを読むと，ファシストは様々な形態を取るにもかかわらず，共通した「匂い」があり，ファシストというのは，ある一定の人格類型であると感じさせられる。この観点からは，ファシストというのは，心理学的精神分析的考察の対象となしうる。
他方，ファシストが輩出したのは主にあの戦間期の特定の時期であり，戦後のネオ右翼的形態は，排外主義の点ではファシストの系譜を引継ぐ一方，経済社会政策ではむしろ新自由主義的主張を行うなど，ファシストとは規定しづらい主張をしていることが多い。こう見てくると，ファシズムとは，一定の歴史的条件の下で発生した現象であることが分かる。
以前に著者が中公新書から出していた「ファシスト群像」の改訂版。
本家のイタリア，ドイツだけでなく，余り知られていないロシア，アメリカ，ブラジルなど各国の様々なファシストを紹介している。
これを読むと，ファシストは様々な形態を取るにもかかわらず，共通した「匂い」があり，ファシストというのは，ある一定の人格類型であると感じさせられる。この観点からは，ファシストというのは，心理学的精神分析的考察の対象となしうる。
他方，ファシストが輩出したのは主にあの戦間期の特定の時期であり，戦後のネオ右翼的形態は，排外主義の点ではファシストの系譜を引継ぐ一方，経済社会政策ではむしろ新自由主義的主張を行うなど，ファシストとは規定しづらい主張をしていることが多い。こう見てくると，ファシズムとは，一定の歴史的条件の下で発生した現象であることが分かる。
ハナ・アーレント「全体主義の起源１・２・３」（みすず書房）
これも随分昔に読んだ本です。
従って内容の細部は覚えていませんが，そこで描かれる，自由・平等・博愛の旗印の下に始まった西欧近代が，次第にその内部に退廃と堕落を宿してゆき，その果てにファシズムとスターリン主義という全体主義になだれ込んでゆくという西欧近代精神史のパノラマに，多大の知的興奮を味わったことを今日でも鮮明に記憶しています。
なお，このアーレントの大作も，ファシズムとスターリン主義の共通性を主張する「全体主義」論に立つものですが，注意すべきは，アーレントはソ連邦における全体主義はスターリンの死によって終わったと解していることです（第３巻の緒言）。
このアーレントの見解に従えば，フルシチョフ以降のソ連邦は全体主義国家と評価されるべきものではなく，より一般的な権威主義国家に止まるということになります。また，こうしたアーレントの見解を敷衍すれば，中国の場合も，少なくともポスト毛沢東期に入った��小平時代以降は，全体主義とは言えないということになるでしょう。
これも随分昔に読んだ本です。
従って内容の細部は覚えていませんが，そこで描かれる，自由・平等・博愛の旗印の下に始まった西欧近代が，次第にその内部に退廃と堕落を宿してゆき，その果てにファシズムとスターリン主義という全体主義になだれ込んでゆくという西欧近代精神史のパノラマに，多大の知的興奮を味わったことを今日でも鮮明に記憶しています。
なお，このアーレントの大作も，ファシズムとスターリン主義の共通性を主張する「全体主義」論に立つものですが，注意すべきは，アーレントはソ連邦における全体主義はスターリンの死によって終わったと解していることです（第３巻の緒言）。
このアーレントの見解に従えば，フルシチョフ以降のソ連邦は全体主義国家と評価されるべきものではなく，より一般的な権威主義国家に止まるということになります。また，こうしたアーレントの見解を敷衍すれば，中国の場合も，少なくともポスト毛沢東期に入った��小平時代以降は，全体主義とは言えないということになるでしょう。
藤沢道郎「ファシズムの誕生ームッソリーニのローマ進軍」(中央公論社)
「イタリア・ファシズムはいかに生成し、権力に到達するのか。単なる政治的反動や軍事独裁とは異なる、大衆運動の過激な一翼が成長発展したファシズムの本質的特徴を明らかにする年代記」(紹介文より)
「ファシズム」という言葉の由来でありながら、ナチスに比べると影が薄く、文献も少ないイタリアのファシスト党とムッソリーニについて、その運動の盛衰を年代記風に記述しています。
イタリア・ファシズムがナチズムほど人気がないのは、ナチズムのような悪魔性、狂気性に乏しいせいでしょうが、それだけに、かえって、ファシズム特有の偽者性、デマゴギー、いかがわしさといった側面は、より明瞭に浮き彫りになっています。ナチズムの場合は、一旦、そのシンボル操作にかぶれると自己陶酔に浸れやすいでしょうが、ムッソリーニのカエサル気取りにうっとりとするには、受け取る側が相当にＦＯＯＬになっていることが必要になります。実際には、ファシスト党の支持者も、それほどロマン的心情の下に支持したのではなく、「共産党をやっつけてくれるから」といった功利的打算から支持した者が大多数だったでしょう。それだけに敗色が濃くなると、見捨てられるのも早かったのだろうと思います。
「我々は究極の相対主義者である」というムッソリーニの言を紹介していたのは、この本だったでしょうか。ファシズムの本質を端的に表現した言として印象に残っています。
本書では、ムッソリーニにとってのバプテスマのヨハネともいうべき、ファシズムの先駆者たる作家ダヌンツィオの言動がことさら興味深く読めました。このダヌンツィオの作品「死の勝利」が、最近、岩波文庫から少部数復刊されています。
「イタリア・ファシズムはいかに生成し、権力に到達するのか。単なる政治的反動や軍事独裁とは異なる、大衆運動の過激な一翼が成長発展したファシズムの本質的特徴を明らかにする年代記」(紹介文より)
「ファシズム」という言葉の由来でありながら、ナチスに比べると影が薄く、文献も少ないイタリアのファシスト党とムッソリーニについて、その運動の盛衰を年代記風に記述しています。
イタリア・ファシズムがナチズムほど人気がないのは、ナチズムのような悪魔性、狂気性に乏しいせいでしょうが、それだけに、かえって、ファシズム特有の偽者性、デマゴギー、いかがわしさといった側面は、より明瞭に浮き彫りになっています。ナチズムの場合は、一旦、そのシンボル操作にかぶれると自己陶酔に浸れやすいでしょうが、ムッソリーニのカエサル気取りにうっとりとするには、受け取る側が相当にＦＯＯＬになっていることが必要になります。実際には、ファシスト党の支持者も、それほどロマン的心情の下に支持したのではなく、「共産党をやっつけてくれるから」といった功利的打算から支持した者が大多数だったでしょう。それだけに敗色が濃くなると、見捨てられるのも早かったのだろうと思います。
「我々は究極の相対主義者である」というムッソリーニの言を紹介していたのは、この本だったでしょうか。ファシズムの本質を端的に表現した言として印象に残っています。
本書では、ムッソリーニにとってのバプテスマのヨハネともいうべき、ファシズムの先駆者たる作家ダヌンツィオの言動がことさら興味深く読めました。このダヌンツィオの作品「死の勝利」が、最近、岩波文庫から少部数復刊されています。
山口定「ナチ・エリート」（中公新書）
ナチ党の中核的指導層の実像を様々な角度から考察することを通して，ナチ党の性格を浮き彫りにしようとした書。
ナチ・エリート＝精神病質者説，権威主義的人格説，非人格的人間説，周辺人説，下層中間階級説，「失意のインテリ」説，アイヒマン＝平凡な順応主義者説，ファシストと伝統的支配層の「同盟」理論，ナチ・イデオロギーの機会主義的性格，若い世代の自己主張としてのナチ運動，ナチ党「左派」の評価，親衛隊員に見られる「権力の技術者」的シニシズム，ナチ党と産業界との癒着と相克などなど，よく知られた論点について，如何にも学者らしい，手堅い分析が加えられています。
ナチ党の中核的指導層の実像を様々な角度から考察することを通して，ナチ党の性格を浮き彫りにしようとした書。
ナチ・エリート＝精神病質者説，権威主義的人格説，非人格的人間説，周辺人説，下層中間階級説，「失意のインテリ」説，アイヒマン＝平凡な順応主義者説，ファシストと伝統的支配層の「同盟」理論，ナチ・イデオロギーの機会主義的性格，若い世代の自己主張としてのナチ運動，ナチ党「左派」の評価，親衛隊員に見られる「権力の技術者」的シニシズム，ナチ党と産業界との癒着と相克などなど，よく知られた論点について，如何にも学者らしい，手堅い分析が加えられています。
ノーマン・コーン著・内田樹訳「シオン賢者の議定書」(ＫＫダイナミックセラーズ １９８６年出版)
ユダヤ陰謀論の聖典とされた偽書「シオン賢者の議定書」の成立と流布の過程を考察した書。
かつて、日本赤軍の重信房子が日本の同志宛に出した書簡の中で、この「シオン賢者の議定書」を真正の書であることを前提とした内容を書き記していたことがあり、日本新左翼の先端は遂にナチズムに合流したかと嘆息したことを思い出します。
訳者内田樹氏(本書が出版された時点での肩書きは東京都立大学助手となっています)が、本書の訳者あとがきで、平凡ながら常識的なユダヤ陰謀説批判を述べていますので、引用しておきます。
「私の見る所、『プロトコル』宣布者には二種類がある。その真正性を信じているものと信じていないものである。その真正性を信じている人は知性に欠けた人であり、信じていない人は徳性に欠けた人である。以下にその理由を述べる。
『プロトコル』を本物だと思っている人は（失礼だが）頭が悪い。なぜか。わかり易く説明しよう。『プロトコル』とその類書は堂々と天下に流布している。版元が火事にもならず、校注者が変死するでもなく、読者が秘密警察に拉致されるでもない。この事実を説明するロジックは二つしかない。
（�顱縫轡�ンの賢者はその陰謀の実相を暴露する書物の刊行を停止せしめるほどには実効的に世界を支配していない。
（�髻縫轡�ンの賢者は世界を完全支配しており、『プロトコル』の漏洩と宣布はシオンの賢者が計画実行している。
（�顱砲両豺隋▲轡�ンの賢者の超政府は無能無力であり、これは『プロトコル』中の記述と矛盾する。（�髻砲両豺腓蓮悒廛蹈肇灰襦戮魯轡�ンの賢者の世論操作の一手段であるはずだから、これを宣布する者はシオンの賢者の走狗であり、これを信じる者はその傀儡である。それにシオンの賢者の世界支配戦略は『プロトコル』の故意のリークと宣布、さらにユダヤ人虐殺をも含めたきわめてトリッキーなシナリオでなければならず、『プロトコル』のごとくふざけたものではあり得ない。・・・
『プロトコル』を偽書と知ってこれを商売にしている者たちがもう一方にいる。この人たちが売っているのは情報ではない。精神安定剤である。『プロトコル』は精妙なつくりになっていて、その時々の世界情勢を読み込んで、いくらでも改訂版が作れる。ユダヤ人に牛耳られているのがワシントンであれモスクワであれ、あるいはその両方であれ、『プロトコル』はいくらでも使い回しがきく。『プロトコル』のセールスポイントはこの可塑性と論理の単純さにある。いかに複雑な国際情報も快刀乱麻を断つがごとく善悪二陣営に斬り分けられる。
『世の中は君が思うほど複雑ではない』と『プロトコル』宣布者はささやきかける。『本当はすごく簡単なんだ。あいつらが全部悪くて、君はその被害者なんだ』この御託宣は何時の時代でも耳に快く、心慰められるものだ。」
ノーマン・コーン（１９１５−２００７）はユダヤ系イギリス人の歴史学者。元サセックス大学教授。著書「千年王国の追求」「魔女狩りの社会史」など。
ユダヤ陰謀論の聖典とされた偽書「シオン賢者の議定書」の成立と流布の過程を考察した書。
かつて、日本赤軍の重信房子が日本の同志宛に出した書簡の中で、この「シオン賢者の議定書」を真正の書であることを前提とした内容を書き記していたことがあり、日本新左翼の先端は遂にナチズムに合流したかと嘆息したことを思い出します。
訳者内田樹氏(本書が出版された時点での肩書きは東京都立大学助手となっています)が、本書の訳者あとがきで、平凡ながら常識的なユダヤ陰謀説批判を述べていますので、引用しておきます。
「私の見る所、『プロトコル』宣布者には二種類がある。その真正性を信じているものと信じていないものである。その真正性を信じている人は知性に欠けた人であり、信じていない人は徳性に欠けた人である。以下にその理由を述べる。
『プロトコル』を本物だと思っている人は（失礼だが）頭が悪い。なぜか。わかり易く説明しよう。『プロトコル』とその類書は堂々と天下に流布している。版元が火事にもならず、校注者が変死するでもなく、読者が秘密警察に拉致されるでもない。この事実を説明するロジックは二つしかない。
（�顱縫轡�ンの賢者はその陰謀の実相を暴露する書物の刊行を停止せしめるほどには実効的に世界を支配していない。
（�髻縫轡�ンの賢者は世界を完全支配しており、『プロトコル』の漏洩と宣布はシオンの賢者が計画実行している。
（�顱砲両豺隋▲轡�ンの賢者の超政府は無能無力であり、これは『プロトコル』中の記述と矛盾する。（�髻砲両豺腓蓮悒廛蹈肇灰襦戮魯轡�ンの賢者の世論操作の一手段であるはずだから、これを宣布する者はシオンの賢者の走狗であり、これを信じる者はその傀儡である。それにシオンの賢者の世界支配戦略は『プロトコル』の故意のリークと宣布、さらにユダヤ人虐殺をも含めたきわめてトリッキーなシナリオでなければならず、『プロトコル』のごとくふざけたものではあり得ない。・・・
『プロトコル』を偽書と知ってこれを商売にしている者たちがもう一方にいる。この人たちが売っているのは情報ではない。精神安定剤である。『プロトコル』は精妙なつくりになっていて、その時々の世界情勢を読み込んで、いくらでも改訂版が作れる。ユダヤ人に牛耳られているのがワシントンであれモスクワであれ、あるいはその両方であれ、『プロトコル』はいくらでも使い回しがきく。『プロトコル』のセールスポイントはこの可塑性と論理の単純さにある。いかに複雑な国際情報も快刀乱麻を断つがごとく善悪二陣営に斬り分けられる。
『世の中は君が思うほど複雑ではない』と『プロトコル』宣布者はささやきかける。『本当はすごく簡単なんだ。あいつらが全部悪くて、君はその被害者なんだ』この御託宣は何時の時代でも耳に快く、心慰められるものだ。」
ノーマン・コーン（１９１５−２００７）はユダヤ系イギリス人の歴史学者。元サセックス大学教授。著書「千年王国の追求」「魔女狩りの社会史」など。
ヴィットリーニ「シチリアでの会話」（岩波文庫）
「彼は社会の不正や差別をほとんど本能的に理解し，早くから強固な≪反ブルジョア≫の思念を抱いていた。それゆえブルジョア打倒を声高に叫び，民衆の援護を力強く唱える，いわゆる≪ファシズム革命≫に，社会正義の実現のための夢と希望を託すようになった。そして彼自身も，さまざまな集会の場や雑誌上などで，ファシズムの理想をさらに高めるべく先鋭な論陣を張り，逆にファシズムの反動化や革命路線の後退に対しては，辛辣な舌鋒を向けた。彼の言説の影響下に，フィレンツェでは若い世代を中心として，ファシズム体制内反対派もしくはファシズム左派と呼ばれる潮流が強まったほどである。・・・
ところでヴィットリーニがかくも期待を寄せたファシズム革命の理論的支柱は，≪協同体主義（コルポラティビズモ）≫と呼ばれるものであり，その内実に関しては多方面で多様な解釈や論議がなされていたが，ヴットリーニ自身はそれを，一種の社会主義であると，しかも非権威主義的な集産主義を目指すものであると，理解していた。・・・
したがって，ファシズム政府が東アフリカへの戦争を準備しつつあったときにも，イタリア国内で実現不能な協同体主義の理想郷を，エティオピアの原住民とイタリアの貧農移民との≪協和≫によって建設するための，革命的戦争であると信じ，また，エティオピア人民を≪野蛮≫な支配と観衆から解放して≪文明≫を伝播するための，正義の戦争であると思い込んだ。・・・
けれども『バルジェロ』紙上のヴィットリーニの論調には，しだいに危惧の念が兆しはじめていた。ファシズム独自の革命的な戦争であり，理想的な植民地建設である，と信じていたのに，実は旧来の資本主義列強による侵略・占領・収奪・搾取の悪業と，何ら変わらないのではないか。そのような懸念が彼の言説の行間に色濃くなりかけたころに，１９３６年７月１７日，まさしくスペイン内戦が勃発したのである。・・・
イタリア・ファシズム政権がドイツ・ナチズム政権のごときと共謀して，スペインの反乱軍とその背後の聖職者層や特権階級を擁護し，スペインの農民や労働者たちの弾圧と虐殺に乗りだしたこと，すなわちファシズムが貧しい民衆の味方ではなく，富めるブルジョアの手先であること。つまりファシズムが革命などではなく，反動そのものであり，その真髄は正義どころか，ひたすら暴力にすぎないこと。それらの事実は，ファシズムの理想を純粋に真摯に信じつづけてきた者たちによって，とりわけ深刻に受けとめられた。・・・
ヴィットリーニは，スペイン内戦の現実に深く打ちのめされ，事実そのものが突きつける教訓の数々を重く受けとめて，ファシズムから反ファシズムへの困難な転生を遂げた。そしてその経験と思索の総体を『シチリアでの会話』の物語に結晶させた。」（解説より）
「彼は社会の不正や差別をほとんど本能的に理解し，早くから強固な≪反ブルジョア≫の思念を抱いていた。それゆえブルジョア打倒を声高に叫び，民衆の援護を力強く唱える，いわゆる≪ファシズム革命≫に，社会正義の実現のための夢と希望を託すようになった。そして彼自身も，さまざまな集会の場や雑誌上などで，ファシズムの理想をさらに高めるべく先鋭な論陣を張り，逆にファシズムの反動化や革命路線の後退に対しては，辛辣な舌鋒を向けた。彼の言説の影響下に，フィレンツェでは若い世代を中心として，ファシズム体制内反対派もしくはファシズム左派と呼ばれる潮流が強まったほどである。・・・
ところでヴィットリーニがかくも期待を寄せたファシズム革命の理論的支柱は，≪協同体主義（コルポラティビズモ）≫と呼ばれるものであり，その内実に関しては多方面で多様な解釈や論議がなされていたが，ヴットリーニ自身はそれを，一種の社会主義であると，しかも非権威主義的な集産主義を目指すものであると，理解していた。・・・
したがって，ファシズム政府が東アフリカへの戦争を準備しつつあったときにも，イタリア国内で実現不能な協同体主義の理想郷を，エティオピアの原住民とイタリアの貧農移民との≪協和≫によって建設するための，革命的戦争であると信じ，また，エティオピア人民を≪野蛮≫な支配と観衆から解放して≪文明≫を伝播するための，正義の戦争であると思い込んだ。・・・
けれども『バルジェロ』紙上のヴィットリーニの論調には，しだいに危惧の念が兆しはじめていた。ファシズム独自の革命的な戦争であり，理想的な植民地建設である，と信じていたのに，実は旧来の資本主義列強による侵略・占領・収奪・搾取の悪業と，何ら変わらないのではないか。そのような懸念が彼の言説の行間に色濃くなりかけたころに，１９３６年７月１７日，まさしくスペイン内戦が勃発したのである。・・・
イタリア・ファシズム政権がドイツ・ナチズム政権のごときと共謀して，スペインの反乱軍とその背後の聖職者層や特権階級を擁護し，スペインの農民や労働者たちの弾圧と虐殺に乗りだしたこと，すなわちファシズムが貧しい民衆の味方ではなく，富めるブルジョアの手先であること。つまりファシズムが革命などではなく，反動そのものであり，その真髄は正義どころか，ひたすら暴力にすぎないこと。それらの事実は，ファシズムの理想を純粋に真摯に信じつづけてきた者たちによって，とりわけ深刻に受けとめられた。・・・
ヴィットリーニは，スペイン内戦の現実に深く打ちのめされ，事実そのものが突きつける教訓の数々を重く受けとめて，ファシズムから反ファシズムへの困難な転生を遂げた。そしてその経験と思索の総体を『シチリアでの会話』の物語に結晶させた。」（解説より）
マウ/クラウスニック「ナチスの時代ードイツ現代史ー」(岩波新書)
「物心ついて以来、君主制の秩序しか知らなかった国民にとっては、帝制の崩壊は自分の意識のもっとも深い層まで揺り動かされることを意味した。この崩壊についての心構えができており、君主制の滅亡が歴史的な社会変化の避けがたい帰結であることを理解できたものは、ほんの少数にすぎなかった。国民大衆は伝統的な秩序の崩壊を、予想できなかった災厄としてたえ忍んだが、新しい秩序をつくる責任をわかちあう段になると、彼らは無力だった・・・」(３７頁)
「革命は伝統的な権威を倒したが、それに代わるべきもの、思考や生活上の慣習にしばられている人間が信頼をよせたいと思うもの(その上に権威がきずかれる)を、何ひとつつくり上げなかった。ヒトラーが独裁者にのし上がった秘密は、彼がこれをすばやく感じとり、すでに存在していた『指導者』を求める声を、自分にひきつけた点にある。」(４０頁)
「物心ついて以来、君主制の秩序しか知らなかった国民にとっては、帝制の崩壊は自分の意識のもっとも深い層まで揺り動かされることを意味した。この崩壊についての心構えができており、君主制の滅亡が歴史的な社会変化の避けがたい帰結であることを理解できたものは、ほんの少数にすぎなかった。国民大衆は伝統的な秩序の崩壊を、予想できなかった災厄としてたえ忍んだが、新しい秩序をつくる責任をわかちあう段になると、彼らは無力だった・・・」(３７頁)
「革命は伝統的な権威を倒したが、それに代わるべきもの、思考や生活上の慣習にしばられている人間が信頼をよせたいと思うもの(その上に権威がきずかれる)を、何ひとつつくり上げなかった。ヒトラーが独裁者にのし上がった秘密は、彼がこれをすばやく感じとり、すでに存在していた『指導者』を求める声を、自分にひきつけた点にある。」(４０頁)
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