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みどりのテーブルコミュの緑の人々のあり方

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ドイツ発祥の緑の人は、近年になって反政党的政党の旗印をおろした。
現実主義と理想主義の妥協の結果であるのだと思う。
政治はかけひきであるようなので、そういった妥協も致し方がないのかもしれない。

だがしかし、である。

仮にこの国で緑の人の連帯を作ろうとするときに、現在のヨーロッパにおける妥協の産物である緑の党を作ろうとするならば、失敗するだろうし、緑の人の存在意義が低下してしまうと思う。

市民運動と政治は少なくとも対等でなければならず、直接民主主義の要素をもっと政治に取り入れるべきだと思うし、政治家や政党が天下国家を語り、天下国家を語る政治家や政党という専門集団が作る社会に市民が生きるという国の形や精神構造を僕は受け入れられない。政治参加というものは、それは暮らしの延長として存在しなければならないと僕は思う。たとえばドイツでDie Grunenが発祥した頃のヒッピー系とか農村コミューン系の支持層に僕は親近感を覚える。

比較不能な価値が存在するこの世において、立憲民主主義とは私的空間と公共空間を切り離し、公共空間を政治の対象とするものだ。そしてその公共空間は、公共の精神に基づいた個人の政治的選択の総和によって形作られるべきであるが、現実の政治は特殊利益の調整の場に成り下がっている。議会制民主主義は限界でどこぞの確か国家元首が提唱している「多様な価値観の共存主義」みたいなのを直接民主主義で実現したほうがいいようにも思う。

近視眼的な利益調整の結果として何が起こっているかといえば、限界を超えた全体利益の追求である。

このままでは22世紀まで持たないのだ。

ローマクラブによる「成長の限界」という3部作が1970年代から15年おきに刊行されている。世界の政治に警告し、ブッシュのような政治家や石油メジャーのような財界も無視できなかったこのレポートの内容は衝撃的であるが、実は極めて楽観的なシナリオに基づいてシミュレーションをしている。

どこが楽観的かというと、世界を均質とし、格差はなく、戦争や、重大な事故や災害は起こらないという前提条件でシミュレーションしているのである。成長の限界に記載されている最新シミュレーション(2002年前後を現在としている)によると、2050年より前に成長のピークを迎え、その前から資源枯渇、食糧不足、環境悪化により人間社会が崩壊していくという結論が全てのシナリオで得られる。そして現在のレベルはすでに持続可能なレベルを20%超過していると報告されている。資源枯渇、食糧不足、環境悪化の影響をまともに受けるのは貧困層である。貧困層が自らの存在の尊厳をかけて富裕層と闘争することは容易に想像できる。その闘争による損失や不幸がどれほど甚大になるか、シミュレーションではまったく考慮されていないのである。

要するに、平和な世界を求める限り、物質的豊かさを求める個人に対して妥協できるような段階ではないのだ(豊かさとは格差である)。個人の価値観を根底から変革するような、そういう精神的革命を引き起こすような社会運動が必要なのだ。

そういう強靱な意志を持つ緑の人であれば、大きな存在意義があるし、先見性や直感力のある多くの人の支持をきっと受けられるだろうと僕は思うのである。和を尊ぶ日本人は順応力が異常に高いため、政治家が世論を形成してしまうという逆転現象がそこここにみられる。うちのおじいちゃん、おばあちゃんを見ててもホントにそう思う。神風特攻隊を作ってしまった日本人にとって、政治は極めて甚大な影響力を持つのだ。

だから僕は、日本の緑の人は理想主義を貫きとおし、その発言力によって、日本人の社会参加意識を覚醒させるべきだと思う。

緑の人として連帯することは極論すれば生き方の選択である。

個人主義・小集団主義を超えて主体的意識を私的空間から公共空間にまで拡張し、22世紀まで持続不可能なレベルに既に達している環境の悪化・生態系の破壊・資源の枯渇を直視し、物質主義・経済成長至上主義と決別し、人類を頂点とする生態系の崩壊を回避するとともに平和で多様な人間社会を実現するために行動する人の連帯が緑の人の実体である。

緑の人の連帯は企業や労働組合といった特殊組織の特殊利益を追求する政治集団ではない点において資本主義政党とも社会主義政党とも異なり、いわば人類の良心に基づいて意思表示する個人の連帯である。

この連帯は、共通の価値観に基づく連帯感と、持続可能で平和な社会を模索するための知識の共有と、良心と良識に基づく社会的意思表示とによって形成されるものであって人為的な強制力によって維持される関係ではない。

一方、議会制民主主義における緑の人の代表者は、緑の人として連帯している個々人の良心と良識に基づく社会的意思表示の総体によって、自らの政治的意志表示を拘束される。すなわち緑の人の代表者である議員は、緑の人の社会的意志表示の総体を議会で表明するための媒体である。

緑の人の代表者は、特殊集団の利益調整の手段と化した盲目的な政治の場においてもなお、毅然として人類の良心と良識を代表することを使命とする。

川田さんや皆さんは、どのようにお考えなのでしょうか。

コメント(7)

SAVOYさん、早速コメントありがとうございました。

政治に踏み込んでいくためのインタフェースとしての機能を持たなければならないというのはそのとおりだと思っていますが、具体的で現実的で実効性のある手段となると、よく考える必要がありますね。漠として持っているイメージとしては、オピニオンリーダーとか、リサーチャーとかがいて、その人たちの知識を皆で共有しながら、自由闊達な意見交換をいろんなオープン空間を使って行います。中には議員になりたいという方もいるでしょうから、そういう方に対して推薦の可否を民主的に決めます。緑の人のメンバーとかシンパは推薦者に対して投票するでしょう。多選は認めるべきじゃないと思いますが。

一方、暮らしや土地から乖離した党執行部が天下国家を語り、トップダウンで党運営が決まるなんていうシステム思考が仮に「日本」の「緑の党」を構想している緑のテーブルのマジョリティなら、別の組織を立ち上げてDie GRUNENを構想していくほうが近道のように思います。足元から世界を考えられる人はいくらでもいます。

時々連帯する柔軟性の必要については僕もそう思います。いわばタスクフォース型組織ですね。そういう柔軟性のある緑の人という組織を国政レベルに大きくしようと考えるときに重要なのは経営学でいうところのブランドマネジメントだと思います。

ボードリヤール風にいえば、緑の人という記号を身につけたいと思わせることですね。あざといやり方ですが、中身がしっかりしていれば卑下するやり方じゃないと思いますし、中身がしっかりしていても見せ方が下手だとうまくいきません。既存政党の延長上で組織運営を考えると、政治に辟易している多くの無党派層を取り込むことはできないと思います。

LOHASがはやったり、アースデイにあれだけ多くの人が集まるのは、そこへの参加を自分自身の自他差別化記号としたいと思う人がいるからですよね。緑の人であることが自他差別化記号になるくらいのブランドマネジメントが必要なんだと思います。LOHASとか、スローライフとか、パーマカルチャーとか、緑の人との親和性は高いと思うので、そのあたりの人たちをターゲットとしてブランドマネジメントしていく必要があると思います。そしておそらく、今はすごくいいチャンスなんだと思います。

ちなみに、緑の党というのは誤訳ですし、「党員」になることがオシャレであるなんてありえないと思いますから、意識して使わないようにしたいものですね。
二見@熊本です。

SAVOYさんの以下の言葉、ストンと腑に落ちました。
そうそう、これこれって感じ!

>NGO/NPOをやっている人たち共有の政治感覚として保持していくようブランディングすべきもの

savoyさん
なるほど。皆さんが実務的にどういう議論をしているか少しわかりました。ありがとうございます。そして大枠で賛成です。

現実問題として政党的組織運営が必要であることは理解しますし、ある程度の規模になればそれでよいのだと思いますが、今まさに立ち上げようとしているときにはあえて自らのアイデンティティを強く主張するのが得策だと思います。

市民運動のための緑は必要ないという点、同感です。
「市民+議員(+有識者)が議会政治に取り組むインターフェース」というのはうまい表現だと思いましたが、その市民が運動している市民でないならば、どうやって組織化しよう(票に結びつけよう)と皆さんは考えているのでしょうか。

組織できる人の数よりも潜在的支持者(集会に来たりしないし名簿にも載ってないけれど票は入れてくれる人)の方が増やせるように思いますが、そういう潜在的支持者というかシンパをどうやって増やして維持していこうと皆さんは考えているのでしょうか。僕はそこに、ブランド化する様な情報発信(内容と演出)の重要性と、組織アイデンティティ(反政党的政党)の重要性を感じています。

かつての惨敗はマーケティング(政治の場でなんていうんでしょ?)の失敗だと感じています。つまり対象を限定して考えすぎたのではないか、もっとファッションのように徐々に浸透させていったほうが良かったのではないかと思うのです。僕が何度か顔を出させていただいていた緑のテーブルの集会は、感性とかスタイリッシュとかいう世界に対してかなり遠い地点にあり、そのことを痛烈に感じました。他の地区では違うのかもしれませんが。

知性の限界を強く感じるとともに、情操とか感性が新しい時代を切り開くのだと信じています。
SOVOYさん

ホワイトバンドのキャンペーンのアプローチはうまいと思っていました。実際どのくらいの効果を挙げていたのか、事情をもしご存知なら教えていただけるとうれしいです。

緑の人の意識を浸透させていくことが目下の重要時だという認識を共有できる皆さんと、連携していきたいと思っています。SOVOYさんのように実戦経験を盛っていらっしゃる人とは特にです。

現在、緑の人を広く知ってもらうために仕掛けていこう、という企画を愛知の若い人が中心になって緑東海と連携しながら考え始めています。今年は「点から面へ」をテーマに連続的にしかけていき、そこでつながった人、組織、企業と連携しながら、来年、大きな集会を名古屋の繁華街の中心にある公園(アースデイと同じ会場)でやろうということで進んでいます。

GW前に第二回目の会合を若手で持ち、GW明けに緑東海を含めた第3回目の会合を持つことになっています。エコリーグのメンバーも巻き込んでいきます。

このコミュニティに参加の皆さんとも企画立案の内容を共有させていただき、いろいろ意見やアイデアをお伺いできればと思っています。

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