【有】ブロイラーコミュの告尾と因果　そして社内調整

　　
　

　「先輩。ブロイラーみたいな顔ですね」

　そうはいえない。

　「先輩。若鶏が良く似合いますね」

　なにかおかしい。

　

　「先輩。ブロイラーってなんだかヒドイ顔してますよね」

　この言葉は食用の若鶏ブロイラーに顔など存在せず、
　まして人間が自らの食欲、
　まぁ野菜のみを食べても人間は元来生きていける
　はずのものであるのだが、
　そのなんというか元来人間の持つ別の野性的な欲求、

　「肉的なものなんぞもたまには食べたい」

　「医者は野菜と肉の割合は八対二ぐらいでね
　　なんて仰りますがね、
　　本当のところ肉が五、野菜も五、
　　あわよくば肉を六くらいは食べたいわねぇ」

　

　　んぅん、やっぱりお肉って美味しい

　という野蛮極まりない欲求に駆られ、
　その野蛮極まりない欲求、煩悩の末、
　家畜、【有】ブロイラーで扱う商品でいえば
　若鶏を屠殺する。

　喜代彦自身、
　どこか悪寒のする嫌なものを感じてはいるのだが、
　そのことについて深く考えると頭の奥が少し重く、
　痛みすら感じるので本能的に避けていた。

　
　まぁ、要するに尊厳のある食べ物に対し
　「ヒドイ顔」
　などというたいそう失礼な言葉を使うことに
　ひとつの問題があり、
　なぜこの冷蔵庫裏の喫煙所で告尾先輩に
　ブロイラーの顔つきについて突然話をするのか
　という点においてもひとつの問題、
　疑問が残るところである。
　

　しかし当の喜代彦自身は、
　この沈黙を破る話の切り口として、
　社内調整の一環として
　なにかやはり話をせねばならないという
　強迫観念に苛まれていることに気付いており、
　やはり話といえばどうしても気になる、
　告尾のひどくガタガタにガタついた顔つきについて
　ここはひとつ触れるより仕方がない。
　が、しかしそうは仰るものの、
　いくら社内調整の術とはいえ、
　これから先の円滑な社内環境整備において、

　「先輩。ブロイラーみたいな顔ですね」

　などと言ってしまえば、
　社内環境整備はおろか、
　暫くの沈黙のあと、
　告尾の赤く茶色く汚れ、
　長くくすんだマットホワイトのエプロンの袖から
　信じられないような大きさの
　業務用のブロイラー卸し包丁が飛んできそうな
　気がしていた。
　頭のよろしくない
　喜代彦の分析的思考をつかさどる左脳でさえ

　「そうはいったらいかんよほんとに。」

　と警鐘をしていた。

　頭の左側の奥が少しだけ痛かった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく