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絵画論コミュの『アダムとエヴァ』について

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アダムとエヴァ(アダムとイブ) (Adam und Eve) 1507年
各209×81cm | Oil on panel | Museo del Prado, Madrid
  デューラーの制作した作品中、最も著名な作品のひとつ『アダムとエヴァ』。私が絵を描く事に心ときめかされた作品のひとつです。デューラーは、本作の3年前となる1504年にも同主題の版画を制作しているが、当時は男女を問わず単一的な人間美を表現しているにとどまった作品であったが、本作は二度目のヴェネツィア留学で学んだ、人体比例の研究で得た男女の違いに合った調和的な様式美理論の成果がよく表現されているのと同時に、それはデューラーが独自に築き上げたの理想美を描いたものといわれています。この作品は、画家の創造力と探求心によって生み出した理想的比例研究の頂点を示す作品として、画家を考察する上でも特に重要な作品となったといえます。本作の主題は、天地創造の六日目に、神が自らの姿に似せ、地上の塵から最初の男性≪アダム≫を創造し、≪アダム≫の肋骨から最初の女性≪エヴァ≫を創造した、神によって創造された最初の男女で、ヘブライ語で人間を意味している。またアダムとエヴァが手にしているのは禁断の木の実である≪知恵の実≫で、旧約聖書では(本作中)エヴァの横に描かれる禁断の木に這う蛇の誘惑によってアダムとエヴァが知恵の実を口にし、父なる神の怒りに触れ、楽園を追放させられたとされている。
 日本人であっても、西洋美術に興味をもつと、自然に、絵の主題にあつかわれる『聖書』や『ギリシャ神話』にも興味をもつもので、私も聖書を買い「創世記」を読んだりしたものです。
 アダム=Adam 、『旧約聖書』の「創世記」にある天地創造物語に出てくる、神につくられた最初の人間の名前。この最初の人間がアダムと名づけられたのは、神が人間を土(ヘブライ語でアダーマー)からつくったためだと説明されている。このアダムの肋骨(ろつこつ)をとってつくられたのが人類最初の女イブ(ヘブライ語ではハッウァー)であるという。なおヘブライ語でアダムは、同時に人間一般を意味する語としても用いられる。男が女性に恋いこがれる時に肋骨(ろつこつ)が痛むというのがなんともうまい解釈だと感心したものです。
 このアダムとイブとが、ヘビに欺かれ、神から禁じられていた「善悪を知る樹」の実を食べたために、神はこの2人をエデンの園から追放した。これが失楽園の物語である。『旧約聖書』を正典とするキリスト教では、この物語に人類最初の罪の堕落をみる。そして、このアダムの罪を後のすべての人間は生まれながらに負っている、と考えるのがいわゆる「原罪の思想」である。『新約聖書』はイエス・キリストを第二のアダムとよぶ(「コリント人への第一の手紙」15章45節以下など)。それは、最初の人類アダムが神の命令に背いて罪を犯し、罪の結果である死を全人類にもたらしたのに対し、イエス・キリストは罪を犯さず、しかもその身を十字架に捧げることによって、人類に罪からの解放と永遠の生命を与える救い主になったからであるという。このように、アダムは単に最初の人間というだけでなく、人間の本質を示す典型としても解釈されてきたのだ。
 アダムとエヴァは人間の根源の姿としてとらえられる絵の題材で、大家の多くがアダムとエヴァにチャレンジしています。皆さんは誰の描いたアダムとエヴァが好きですか?

コメント(5)

ミニーさんへ
海外旅行楽しんできてください!ミニーさんのいう作品はおそらくルネサンス初期の画家マサッチオの壁画「楽園追放」でしょう!修復作業がされるまで、二人の腰には落書きのようなイチジクの葉っぱが描き加えられておりました。今ではそれは洗い落とされています。
キリスト教文化圏ではアダムとエヴァが最初の人間ですが、ギリシア文化でも最初の人間を作るプロメテウスの話しがありますね。
 プロメテウス=Prometheus ギリシア神話のティタン神族の1人。アトラスやエピメテウスの兄弟にあたる。ティタン神族とオリンポス神族が覇権を争ったとき、プロメテウスは世界の支配権がゼウスに帰することを予見して彼に味方した。そのため敗れたティタンたちが大地の奥底タルタロスに投げ込まれても、彼だけは神々や人間たちと自由に往来することを許された。しかし、やがて悲惨な状態にある人間に深く同情するようになったプロメテウスは、人間に対して容赦のないゼウスと対立するようになる。犠牲の牛を神々と人間で分け合う方法を決めるときも、またプロメテウスが天上の火を盗み出して人間に与えたときも、ゼウスは痛いめにあった。当時の人間は火をもたず、したがって夜は暗闇(くらやみ)のなかで野獣を恐れ、火を用いて食物を料理することも知らなかったので、彼は大茴香(おおういきよう)の茎の中に天上の火を隠して地上へもたらしたという。さらにプロメテウスは、人間が生きていくために必要な知恵と技術を教え、まさしく人類の文化の恩人であった。が、ここに至ってついにゼウスはプロメテウスと人間に対して仕返しをする。つまり、人間の最初の女パンドラをつくってエピメテウスのもとへ連れてゆき、人間にあらゆる災いをもたらすとともに、プロメテウスを遠いコーカサスの岩山に鎖でつないで大鷲(おおわし)に彼の肝臓を食わせ、夜の間にふたたび肝臓が元どおりに回復するという絶えることのない苦痛を与えた。長い年月ののち、旅の途中のヘラクレスが大鷲を射落としてプロメテウスを救い出し、やがてゼウスとプロメテウスは和解する。
 唯一神のエホバが神に一番近い姿をした人間をつくるというのではなく、プロメテウウスが最初人間の男をつくり、他の動物がつかえない火を与えるという想定が面白いです。それで・・女性はとなると?
 パンドラ=Pandora  ギリシア神話における地上最初の女。プロメテウスが天上の火を盗んで人間に与えたのを怒ったゼウスは、仕返しのため人間に災いをもたらせようと、ヘファイストス(大工・鍛冶の神)に命じて泥から人間の女をつくらせたという。神々はこれにさまざまな性格や技量を与え、飾り物もつけて、プロメテウスの弟エピメテウスのところへ連れていかせた。パンドラとは、「神々からすべての贈り物を与えられた女」の意とも、「すべての神々からの人間への贈り物」の意とも解釈される。エピメテウスは、かねてより兄プロメテウスからゼウスの贈り物を受けないよう戒められていたにもかかわらず、美しいパンドラを見るとそれを忘れ、妻にしてしまう。こうしてゼウスは家の蓄えを片っ端から食い尽くす女という種族を人間界へ送り出し、人間どもに災いをまき散らすことができた。またパンドラは、神々から甕(かめ)(または手箱)をもらってきた。その中にはあらゆる災いや害悪が詰まっていたので、彼女は見てはいけないと忠告されていたが、好奇心から開けてしまい、それらはたちまち四方に飛び散った。このときから人類は、さまざまな病苦と災難などの不幸にみまわれることになる。パンドラはあわてて蓋(ふた)をしたが、その中にはむなしい「希望」だけが残ったという。
西洋思想の二つの根幹思想ともに、女性が災いの元をもたらしたと言う解釈はどういう魂胆なのでしょうね。
 日本神話の最初の女性のイザナミ(伊邪那美命)は、夫と淤能碁呂(おのごろ)島に降(くだ)り、柱の周辺を回りながら愛のことばを交わし、結婚する。伊邪那美命は、次々と多くの国々や神々を生むが、最後に火の神を生んだために亡くなり、黄泉国(よみのくに)(死者の国)へ旅立つとあるが、災いをもたらしてはいないです。
みなさんは、男女の特性をどう見ていますか?

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