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言語学コミュの接続助詞「と」:「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」

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 川端康成『雪国』の冒頭ですが、この「と」は「ば」にすることはできません。「国境の長いトンネルを抜ければ雪国になる」と現在形にする他ありません。

「と」の場合、話者はトンネルを通り越後の雪国に観念的に移動させられます。しかし、ば」の場合は即現実に引き戻されます。ここに「と」の相違、特徴があります。

この「〜と〜た(過去形)」は話者の観念的な移動から「発見・発生」の意味に広がっていきます。

 接続助詞「と」は「〜と」で表される仮定、事態に話者が観念的に移行・進行して行きます。そして、その移行した地点・時点での結果が続きます。

「〜と〜た(過去形)」の観念的移動から「発見・発生」の意味に拡張し次のようになります。

 ・学校へ行くと桜が咲いていた。(移動→発見)
 ・ホテルに入ると正面に噴水があった。(移動→発見)
 ・家に帰ると猫が出迎えてくれた。(移動→発見)
 ・窓を開けると冷気が侵入してきた。(行動→発見)

「○○すると××た」という表現は、話し手自身か観念的な話者が移動・進行するときに使います。したがって、「××」には変化、あるいは変化した結果が言い表されなければなりません。

 過去形だけではなく「〜すると○○する(だ)」と現在形が続く場合もあります。この場合も、仮定、事態に話者が観念的に移行・進行し、その移行した地点・時点での変化、結果が続きます。

 ・梅雨になると、雨が続く。
 ・この道を真っすぐ行くと、右手に郵便局があります。
 ・混みあうとかなり並ばなければなりません。
 ・3個以上買うと割引してくれます。

のように「と」の後に変化、あるいは変化した結果が続きます。

 辞書類はこの「と」をどのように説明しているのでしょうか。
 
 goo辞書
ば/と/たら/なら の解説 - 小学館 類語例解辞典
https://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/17223/meaning/m0u/%E3%81%9F%E3%82%89/
を見ましょう。
=======引用開始=========

 ▽(1)ここで彼がヒットを打つと同点だ
 ▽(2)一〇を三で割ると一が余る
 ▽(3)こんなに雪が積もると家から出られない
 ▽(4)新聞によると地価がまた上がったそうだ
 ▽(5)トンネルを抜けるとそこは雪国だった


「と」は、仮定条件(例文(1))、恒常条件(例文(2))、確定条件(例文(3))、単純接続(例文(4))のほかに、前件が後件の直前の動作・状態を表わす用法(例文(5))がある。「と」は、後件が命令・許可・希望・意志などの表現である場合には用いることができない。なお、「たとえ雨が降ろうと登山を決行する」のような逆接仮定条件を表わす「と」が別にある。
=======引用終了==========

これらの例文も、「ここで彼がヒットを打つと」のように話者自身が「彼がヒットを打つ」という事態、時点に移行し、「同点だ」とその結果を述べています。他の例文も同様です。しかし、「3」の解説は、「仮定条件(例文(1))、恒常条件(例文(2))、確定条件(例文(3))、単純接続(例文(4))」と現象を述べるだけで、接続助詞「ば」の解説

>>2 「ば」は、仮定条件(例文(1))、恒常条件(例文(2))、確定条件(例文(3))、単純接続(例文(4))のほかに、並列(例文(5))も表わす。

と何ら変わりません。これでは、「と」と何が異なるのか全く不明です。さらに、「前件が後件の直前の動作・状態を表わす用法(例文(5))がある」と「トンネルを抜けると〜」の説明をしていますが、これも単に結果の解釈に過ぎず、「と」の移行→発見という本質的な意義が全く理解できていません。また、

>>「と」は、後件が命令・許可・希望・意志などの表現である場合には用いることができない

というのは、既に話者自身、観念的な話者が仮定、事態に移行・進行し、その移行した地点・時点に立っているので当然の結果というに過ぎません。それを結果論、現象論として述べているに過ぎません。

 残念ながら、話者の認識とその運動を捉えることができない現在の言語論、日本語学ではこうした仮定法、条件法の解明は不可能であることを露呈しています。■

コメント(22)

接続助詞「と」と同様に「たら」も話し手は現在いる立場から観念的に未来に移行しますが、その相違については別途Topiを立てます。

ここで述べた観念的な話者の分離、移行という認識のあり方の理解なしに仮定、条件の相違を論じることはできず、現在の辞書、文法論、文論はこの点で限界、欠陥を露わにしています。■
ここで述べた観念的な話者の分離、移行という認識のあり方の理解なしに仮定、条件の相違を論じることはできず、現在の辞書、文法論、文論はこの点で限界、欠陥を露わにしています。■
サイデンステッカーは『雪国』の冒頭を、

 The train came out of the long tunnel into the snow country.

と翻訳した。そして、これを反訳した松野町夫 (翻訳家)は、

 汽車は長いトンネルを抜け雪国に出た。

http://home.att.ne.jp/yellow/townsman/SnowCountry_1.htm


としています。このように、英訳ではここで云う移動の「と」が訳されていません。最初から雪国にいる視点になってます。この「と」の観念的な移動と発見の意味に気付いていません。

 松野町夫は次のように嘆いています。

 原文の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、翻訳者泣かせの文である。この種の和文は英訳が極端に難しい。この文は、複文なのか、それとも重文なのか?トンネルを抜けたのは何だろうか?人か、車か、汽車か?雪国であったのは何か?英文では主語が必須だが、この和文には、主語に相当する主格や主題が出てこない。主語を特定できないので英訳作業に着手できないのだ。「抜ける」とか「〜であった」という動詞は大事にするが、その主体となるもの(名詞)はあっさりと省略されてしまっている。//

そして、

 英語的発想とは、主語を特定し、「ものとものとの関係」を明白にすること、たったこれだけの簡単な話である。たとえば、汽車・トンネル・雪国の3つのもの中から主語となるものを特定し、主語と別のものとを、動詞または前置詞を使用して関連付けるのである。//

と纏めていますが、ここでは作者の視点とその観念的な移動の理解が欠けています。これは文型が定型化され意味を持つ屈折語である英語と、膠着語である日本語の相違が理解できていないことを露呈しています。そして次のように述べています。


ここで、原文と訳文の表現をもう一度比較してみよう。日英の発想の違いが一目瞭然である。

原文: 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。(日本語的発想の文脈依存文)
訳訳文: 汽車は長いトンネルを抜け雪国に出た。(英語的発想の自己完結文)

訳訳文は、汽車・トンネル・雪国の「ものとものとの関係」が明白である。原文をやまとことば本来の名文だとすると、訳訳文は、英語的発想から生み出された新しいタイプの明文(わかりやすい文)である。この種の表現(自己完結文)を積極的に日本語に取り入れることで、日本語は、「あいまいさ」を排除して、さらに豊かな表現を手に入れることができるのではないか。日本語的発想の文脈依存文は文学や詩歌などの芸術分野に、英語的発想の自己完結文(明文)は報告書や説明書などの実務的分野に、という具合に使い分けるのもおもしろい。//

これは、膠着語である日本語に対する無理解という他ありません。

引用:『雪国』を読めば、日英の発想がわかる!
https://langsquare.exblog.jp/8680797/
否定の認識構造
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=101280599

のコメントで取上げたように、否定などの<助動詞>の認識構造について三浦つとむは次のように述べています。


 われわれは、生活の必要から、直接与えられている対象を問題にするだけでなく、想像によって、直接与えられていない視野のかなたの世界をとりあげたり、過去の世界や未来の世界について考えたりしています。

直接与えられている対象に対するわれわれの位置や置かれている立場と同じような状態が、やはりそれらの想像の世界にあっても存在するわけです。観念的に二重化し、あるいは二重化した世界がさらに二重加するといった入子(いれこ)型の世界の中を、われわれは観念的な自己分裂によって分裂した自分になり、現実の自分としては動かなくてもあちらこちらに行ったり帰ったりしているのです。
                        (『日本語はどういう言語か』P205〜206)

この認識の運動を捉えられない限り、仮定、時制表現他の本質を理解することはできません。■


>>[4]

>否定などの<助動詞>の

誤りです。

助動詞ではなく、判断辞や推量辞、意志辞、時制辞などです。特にまとめた分類名はありません。富樫の動辞も活用の有無で分けていますので、語の分類としては内容分けとしては誤りです。
>>[12]

>>語の分類としては内容分けとしては誤りです。

いつもながらの意味不明な日本語による思い付きの陳腐なコメントは芳子さんです。

先ずは、君の妄想品詞体系をTopiなり何なりでキチンと提示してからにして下さい。■

 
>>[13]

>いつもながらの意味不明な

いいえ。





改めて言いますが、

>否定などの<助動詞>の

誤りです。

助動詞ではなく、判断辞や推量辞、意志辞、時制辞などです。特にまとめた分類名はありません。富樫の動辞も活用の有無で分けていますので、助動詞よりなだけで、誤りです。
>>[16]

>>富樫の動辞も活用の有無で分けていますので、助動詞よりなだけで、誤りです。

何を意味不明な寝言、妄言を並べているのですか?????

あんたも、暇ね〜〜〜〜〜!!!!!!

もう少し、時間、頭を有効に使用しましょう!!!

それとも、アルツ〜〜〜〜の前兆かな!!!!!!!!

早めの受診がお薦めです!!!


>>[17]

>何を意味不明な寝言、

いいえ。





改めて言いますが、

>否定などの<助動詞>の

誤りです。

助動詞ではなく、判断辞や推量辞、意志辞、時制辞などです。特にまとめた分類名はありません。ちなみに、富樫の動辞も活用の有無で分けていますので、助動詞よりましなだけで、同じ語かどうかのいわゆる語の分類としては誤りです。
>>[17]

仮に辞を活用の有無で分けるならば、無活用辞に「う」「よう」「まい」があることになります。活用の有無で分けるメリットはありません。

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