ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

現代風俗研究会コミュの【現風研】2012年3月例会のご案内

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
例会案内とあわせ、ホームページの辻パパ連載も更新しました。また、ワークショップ「プロレス文化研究会」ホームページに、前回の研究会のレポート(岡村正史さん作成)を掲載しました。

・現代風俗研究会
 http://www.genpoo.org/

・プロレス文化研究会
 http://www.genpoo.org/pbk/


***********************************************************


2012年3月例会のご案内


■日時 3月24日(土)午後2時~5時

■報告者 安田昌弘さん(京都精華大学)

■会場 徳正寺さん(Google Map:http://goo.gl/w3ZeR

■テーマ「文化のグローバリゼーション
~京都ブルースの事例から」

■趣旨

♪シカゴに来てぇ 二年が経った
 だけどいいこと ありゃしねえ
 メンフィスから 汽車に乗って やってきたけれど
 ほかの 奴らは 上手いこと やってるけど
 この俺 だけが 落ちぶれちゃった
 街の片隅で 小さくなって ひとり暮らしてる

 98年に解散した大阪のブルースバンド・憂歌団の「シカゴバウンド」(1975年)といううたです。このうたを聴くたびに、私はある種の不思議な感覚にとらわれます。それは、どうもこのうたが一人称で語られていることにあるようです。大阪出身の4人組が、大都市シカゴで落ちぶれてしまった「俺」の心情を日本語で歌い上げる。大抵の場合、この歌が好きな人は(少なくとも私は)、「俺」はメンフィスの田舎から夢を抱いて大都市シカゴに来て、数年後に夢破れて落ちぶれた黒人ブルースミュージシャンだと勝手に想像して、「ホンモノらしさ」を感じています。でも、実際には、このうたはかなりちぐはぐな要素で構成されています。歌詞の内容から考えても、「俺」がどんな肌の色で、どんな仕事を求めていて、なぜシカゴにいて、どうしてメンフィスに帰りたがっているのかはわかりません。そもそもどうして「俺」は日本語で歌っているのでしょうか。

 文化のグローバリゼーションというと、コンテンツ輸出とかクールジャパンとか、なにかそういう大層なお話が想起されるかもしれませんが、今回は、日本(語)のブルースが持っているこのような多義性、あるいは重層的なアイデンティティのあり方を通して、グローバルなるものとローカルなるものの結びつき方について考えてみたいと思います。ともすると私たちは、グローバルなるものを一方的に振り返ってくる(災厄に近い)なにものかとして捉え、ローカルなるものをそのような災厄に抗おうとする(ロマンティックな)なにものかとして二項対立的に捉えようがちではないでしょうか。しかし、そのような単純な構図だと、どうして1970年代初頭の京都で急にブルースがブームになったのか(ブルース自体はその100年以上前からあります)とか、そもそもどうしてそれが京都から始まったのかなど、答えられない疑問があります。また、京都や大阪から日本のブルースバンドが次々と誕生し、憂歌団のようにだんだん日本語で歌うようになった経緯や、そうした活動を通して逆に「本場」とされるアメリカのブルースミュージシャンにさえ影響を及ぼしてゆく経緯からも、一方通行あるいは相互拮抗という単純な構図では捉えられない、もっと複雑な相関関係が見て取れると思います。

 本発表では、このような問題意識を踏まえつつ、京都ブルースを事例に、グローバルとローカルの二項対立という単純な図式の乗り越えを模索してみたいと思います。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

現代風俗研究会 更新情報

現代風俗研究会のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。