市野川容孝コミュの論潮（２月）

この１年をふりかえるために、１年分のコラムを、一つずつこの場でアップすることにしました。

***********************
市野川容孝「論潮〈２月〉」『週刊読書人』2005年2月11日号

批判としての共‐想起──他者の受難へと自らを開いていくこと

　ある過去の出来事について、人びとが周期的に、共に想い出すこと。デュルケームは、それを「記念的儀礼」と呼び、それは人びとの集合意識と連帯を強化すると言った。しかし、その集合意識や連帯が、集団的ナルシシズムや排外主義に陥ることなく、奥行きの深い、豊穣なものとなるためには、問題の共‐想起はアレゴリカルであることを求められるだろう。アレゴリーにおいて、事物は「己れ自身ではない他のなにかになり」、それ「そのものではない他のなにかについて語ることになる」（ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』）。
　『諸君！』の特集「中国と靖國と〈歴史カード〉」は、小泉首相の靖国参拝に批判的な中国を反批判する論考を並べることで、敗戦後60年をめぐるある種の「記念的儀礼」を間接的に目論んでいるようだ。古森義久は、反日リベラルと目されてきたあるアメリカ人記者の、現在の中国の歴史教育に対する批判を、客観的判断として援用しながら、中国の反日ナショナリズムを叩き、富士通名誉会長の山本卓眞は、小泉首相の靖国参拝を憂慮する財界人同輩を、経済優先の弱腰として叩き、水谷尚子は、日本人憎悪を一層、煽っているとして、中国の映像文化の現状を告発する。そして、自民党の古賀誠と靖国神社宮司の南部利昭は、中国が何を言おうが、靖国を「日本固有の精神文化」として大切にせよと説く。だが、これらの主張をアレゴリカルに読み解けば、反日ナショナリズムによる歴史歪曲という中国批判の裏には、日本の側のナショナリズムが透けて見えるし、論者たちが意図的に隠したがる日本の側の罪が、逆に一層はっきり見えてくる。
　全く対照的で、印象深かったのは、韓洪九の「〈苦痛の連帯〉をもとめて」だ（『前夜』2005年冬）。批判的まなざしを、解放後の韓国内部の「親日派」問題と、これに結びついた軍事独裁体制に向ける韓は、さらにベトナム戦争での韓国軍の加害責任について語る中で、日本軍「慰安婦」として連行されたハルモニたちが、自分たちに支給された「定着金」を、このベトナム問題解明のために差し出したことにふれている。自らの受難から、別の加害と、そこでの他者の受難へ自らを開いていくこと。韓は、こう問う。「日本の平和博物館で最も多く展示される主題が、空襲ですね。しかしなぜ空襲という被害について、たとえば朝鮮戦争の際に平壌を中心とする北朝鮮全域に行なわれた空襲や、あるいはベトナムで行なわれた空襲、そしていま現在イラクで行なわれている空襲をつなげられないのか」。
　今年は、阪神・淡路大震災から10年でもある。新潟中越地震とインド洋の津波は、阪神・淡路を一層、強く思い起こさせ、この想起はさらに反転して、これら最近の受難へと押し戻されていくが、10年を節目に「記念的儀礼」を行なうには、まだ多くのことが欠けている。なぜなら、集合意識や連帯とは逆行する形で、被災地の復興住宅では高齢者の「孤独死」が依然、大きな問題だからだ（額田勲「〈いのち〉の現場から」『世界』）。さらに額田は、長田、兵庫、灘の激震三区のこの５年間の自殺者が、長期不況ですでに上昇している全国平均を、さらに３割も上回っていると指摘する。池田清「被災地は復興したのか」（同）は、この10年の「復興」が、被災市民が元の地域に戻り、暮らしを再建する「生活復興」では実はなく、多国籍企業の立地のための都市整備と大規模開発によって経済を成長させる「開発復興」にすぎなかったと見る。池田は、「生活復興」を犠牲にしたこうした「開発復興」が、「構造改革」の地方版に他ならないと続けるが、この指摘が正しく、また、目下の構造改革が、日本の戦後体制の「改革」を目指すものだとするなら、震災後の10年をふりかえるということは、そのまま戦後60年と日本の現在をふりかえることに通じていくだろう。
　高村薫は、阪神大震災の犠牲者の圧倒的多くは、高齢者と低所得者だったが、すべての国民は平等と記した憲法に照らせば、これは本来あってはならないことであり、最低限、命ぐらいは平等であるべきだと説く（「いまのままだと日本は地震で滅びます」『論座』）。高村は、防災に限っても、命の平等は10年前から保障されていなかったと批判しているのだが、命の平等を（例えば英語を介して）「生活の平等」と読み換えるなら、これは10年前以上に痩せ細ってきている。その含意が多岐にわたるとはいえ、リベラリズムの大合唱の中で、平等や連帯という理念や、従来の社会保障制度が、ますます解体されているからだ。
　だが、必要なのは、従来のシステムをそのまま守旧することではない。『現代思想』の特集「フリーターとは誰か」の諸論考が直接、間接に提起しているように、「非典型」労働者の側から、従来の労働運動を批判的に問いなおす必要があろう。西谷敏が言うように、従来の企業別正社員組合の殻に閉じこもっている限り、「非正規労働者にも開かれた組織」へと脱皮しない限り、労組の再生もありえない（「変化する社会で役割を増す労働法と労働組合」『週刊金曜日』1月7日増刊号）。
　さらにもう一点。アメリカの社会学者、Ｔ・スコッチポルの「父権的福祉国家」（パターナリスト・ウエフエア・ステイト）という概念が示すように、日本を含めて従来の福祉国家は、成年男子のみを正規の稼ぎ手と位置づけてプログラムされてきたが、これ自体が多分に女性の社会参画を妨げてきた。広井良典「家族・会社にはもう頼れない」（『論座』）は、経済成長を前提とした従来の社会保障に、エコロジー（環境主義）の観点から転換を求めているが、さらにジェンダーの視点をはっきり組み込むべきだろう。
　アレゴリカルな回想や想起は、当の過去の対象とは異なる「他のなにか」を呼び覚ましつつ、批判という契機を開く。批判を欠いた自己愛と自己保存にとどまる限り、「記念的儀礼」の生み出す集合意識や連帯は、真に解放的なものとはなりえない。