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プリーモ・レーヴィコミュの[溺れるものと救われるもの]

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はじめまして。歴史背景を露骨に出した作品が好きで、レーヴィのこの作品を最近読みました。

質問なのですが、「魂の破壊」という言葉がこの作品の中には何度か出てきており、ラーゲルの強制体制生活の中の被治者について考察する上では重要な意味を持っていると思うのですが、「魂を破壊される=動物となる」のような特別部隊の死体処理のように何も考えない(言い過ぎかもしれません)から出来るといったような行動は、思考の無力化(思考というか生きるということ以外の考えの欠如、またはそれすらもなくなること)、ラーゲルにおいて思考することの無意味さ、さらにその上で『その「無意味さ」を知ることが有益ではないか?』とありますが、

「魂を破壊され、回教徒になる」

ということは簡単にいうとどのようになることだと思いますか?文面から何となしに自分なりに理解したつもりでこのトピックに書こうと思ったのですが、まとまりの無い文で申し訳ありません。

コメント(2)

質問の意図をはずしていたら、ごめんなさい。

同じ著者の『アウシュヴィッツは終わらない−あるイタリア人生存者の考察』(朝日選書)は、お読みになっているでしょうか?

この本の中に、(うろ覚えで、しかも今本が手元にないので、ググりました↓)

「死に瀕しているもの、死に憑かれてしまった者を収容所仲間の間で「回教徒」と呼んでいた。」とあります。

「回教徒」というのは、収容所の中においては特別な意味があった、ということ。

ここで、私の疑問は「なぜ回教徒なのか?」ということなのですが、

その問いには↓の書籍が答えてくれるのかもしれません。

『アウシュヴィッツの〈回教徒〉』
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%81%AE%E3%80%88%E5%9B%9E%E6%95%99%E5%BE%92%E3%80%89%E2%80%94%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%8F%8D%E5%BE%A9-%E6%9F%BF%E6%9C%AC-%E6%98%AD%E4%BA%BA/dp/4393332415



コメントありがとうございます。その文献を呼んでみることにします。



これは余談なのですが、レーヴィはなぜ自死したのか?という点なんですけど、これはやはりレーヴィの思想から生まれた結果なんでしょうか?レーヴィの紹介の部分で投身自殺をはかっているというのがすごく気になります。

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