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オリジナルスタンド闘技場記録室コミュのSSB17【The Story of the Washer】

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コメント(12)

The Washerは夢を見る。
真っ白な夢。
穢れのない白。
純白。
そこには何もない。
救いさえない、白。
The Washerは知っている。(或いは、理解している。)
夢に、物語に、救いなんて必要ないということを。
救いは、唯、


SSB 「The Story of the Washer」

男はシロと呼ばれていた。
誰も彼を本名では呼ばない。
もちろん、履歴書には名前が載っているし、誰にでも閲覧可能である雇用者一覧のリストにもその名前は見つけられるはずだ。
しかし、彼はシロと呼ばれていた。誰も彼の名前になんて興味がないのだ。

「シロ」

シロは振り向く。
ひょろりと長い背の彼が誰かと向き合うと大概は見下ろす形になる。
今回は、若い男を見下ろすこととなった。髪を薄茶に染めた軽薄さの漂う男だ。しかし若かろうと、茶髪だろうと、白衣と胸元の『研修医』の文字がはいったバッチだけで男の立場はシロよりも遥かに上のものとなる。

「305号室のシーツ、洗っとけ。糞塗れだ」

シロは頷く。

「消毒も忘れんなよ」

背中に若い研修医の怒鳴りに近い声を浴びながら、シロは305号室へと向かった。シロが消毒を忘れたことは一度も無い。
シロはこの病院で洗濯人をしていた。
患者の衣服やベッドシーツの洗濯が主な仕事だが、夜勤の医者や看護士の私服を洗わされることもあるし、洗濯とは全く関係のない仕事をやらされることもある。命じられた簡単な仕事を唯、こなす。要するに雑用係なのだ。
やりがいも面白みもない仕事ではあるが、シロは仕事を選ぶことなく、唯、淡々と与えられた雑事をこなしていた。
305号室のシーツは、研修医の言葉の通り、汚れていた。
洗濯室へと運び、一度手洗いをして、消毒液に漬けてから、洗濯機に放り込む。
洗剤を入れて(この洗剤は例外的に、シロが選んだものだった。彼は洗剤に詳しいのだ)、後は全自動だ。
回転を始める洗濯機をシロは覗き込む。
回転が止まる。
水が注がれる。
再び、回転が始まり、渦が出来る。
渦は全てを洗い流した。
汚れも、糞尿も、血も、死でさえも。
数時間前まで死人を載せていたシーツも、洗濯すればその痕跡は綺麗に消える。
そして新たなる病人を迎える。繰り返し。回転。渦。
シロはそれを眺め続けていた。

「おい」

不意に、背中に声が掛かる。
例の研修医だった。

「ぼーっとしてんなよ。他にもまだ仕事はあるんだから」

シロは再び男を見下ろし、頷いた。

「次は別館の408号室だ。さっさと行って来い。5秒で行って来い」

研修医はシロに与える仕事を羅列してあるのであろうファイルを見ながらそう言った。
彼は、黙々とその言葉に従い、別館へ向けて歩き出した。


別館とはその名の通り、病院敷地内に入院病棟とはまた別に敷設された建物である。
静謐という言葉が似合う、白の建造物。
前衛的なデザインのホテルに見えないこともない。窓に取り付けられた鉄格子さえなければ、だが。
別館の玄関扉には電子ロックがかかっている。シロはパスワードを打ち込み、物音一つしない建物へと身を滑り込ませる。
同じくパスワードが必要なエレベーターに乗り、4のボタンを押す。
ふと見ると、4のボタンは黒く塗りつぶされていた。誰かの悪戯だろうか。
そこで初めて、シロは別館の4階を訪ねることが初めてであることに気づいた。
まるで音を立てることが禁忌であるかのように、エレベーターも音を立てずに動いた。無音の移動。実感なき移動。
扉が開く。
念のためにエントランスに記された階数を見る。4。4階だ。

「・・・・・・・・・」

異様なフロアだった。
フロアのどこにも電気は灯されていない。唯一の光源は窓から入る陽の光だが、その窓は埃でべったりと汚れている。汚れているのは窓だけではない。床も壁も、一面が汚れている。まるで長年誰も立ち入っていない廃墟のようだ。
これも全部、自分が掃除することになるのだろうか。嫌がらせ、という言葉がシロの脳裏に浮かんだ。
しかし、それが馬鹿げた考えであることにすぐ気づく。
まず人一人ではとても綺麗にできる様相ではないこと。これほどの汚れは業者をいれて徹底的にやるしかない。しかも、ここは病院なのだ。自分への嫌がらせにここまで汚しておくのはやりすぎだ。
考えるべき事項が打ち消された時点で、シロの思考運転は通常へと戻った。
つまり、与えられた仕事をこなす。
408号室だ。
異様な点は他にもあった。
ナースステーションはあるのに、誰もいない。それどころか、フロアそのものに一切人の気配を感じない。
いやに大きく聞こえる自身の足音を聞きながら、シロは408号室を探した。
立ち止まる。
408号室。ノックをする。
返事はない。無音。静寂。
扉には外からかける電子ロックがされている。シロはパスワードを打ち込むと、もう一度ノックをして足を踏み入れた。

「・・・・・・・・・」

部屋の中には誰もいなかった。
シロは部屋を見回して息を呑んだ。
部屋の壁一面に描かれた模様。ただの模様が異様な圧迫感を感じさせる。その理由にすぐに気づく。その模様は全て、クレヨンで手描きされたものだった。
仄暗い部屋には咲き乱れるのは、黄色とピンクの花々だった。
クレヨンで描かれた花。
ヒマワリとチューリップ。
花たちが見下ろす中で、唯一置かれている家具は小さなベッドだけ。
他には何もない。
ベッドの上には丸まったシーツが一枚、乗せられていた。薄汚れたシーツだ。
シロはその場で動けなくなっている自分に気づく。
気を持ち直し、シロはシーツへと足を踏み出した。
何か視線を感じるような感覚を浴びながら、シロはベッドへと歩み寄り、シーツを抱えた。
シロは踵を返す。

「―――」

シロは振り返った。
誰か、何かの声が聞こえた気がした。
そのとき。
今度は、確かに、部屋に声が響いた。

「あなたは誰? 」
シロは夢を見る。
赤の夢だ。
限りなく黒に近い赤。
それは渦だ。
つまりそれは回転であり、そしてそれは洗濯機である。
シロは洗濯機を覗き込んでいる。
渦まいた赤はいつまでたっても白くなる気配がない。
シロは蓋を開ける。
声が聞こえる。
呪いの声だった。シロへと向けた憎悪。
シロは必死でそれを意識外へと追い出しながら、大量の洗剤を注ぎ込む。
しかし渦はますます赤く、黒く、踊る。
シロは渦へと手を突っ込み、そこにある赤を引きずり出した。
それはシーツだった。
びちゃり、と音を立てて、濡れたシーツは落ちる。
大量の赤い水が、地面を濡らしていく。己が足元へと迫るそれに、シロは後ずさる。
シーツが蠢く。蠢き、そこから、手が伸びた。
血塗れた、真っ白な腕。
死人のような白。

シロは目を覚ました。
暗闇で激しく息をする。そして動悸。
悪夢への正しい反応を示す自分自身に、シロは現実を感じ、そこが寝室であることを思い出す。
そして更に、昼間の出来事を思い出す。
時間の回帰。


「あなたは誰? 」

突然に、無人だったはずの室内に声が響いた。
声は、シーツから聞こえた。正しくは、シーツに包まっていたものが発した。

「わっ」

シロは思わず声を上げて、シーツを落とした。
1メートル程度の落下を受けたシーツに包まっていたものは、その少女は、呟くように言った。

「痛い」

痛々しいほどに白い肌をした少女だった。
無造作に額を、肩を滑り落ちる長い黒髪とのコントラストが妙にはっきりとしている。
シロを見上げる瞳は眼窩から零れ落ちそうなほどに大きい。シロは唐突に兎の目を思い出した。
目とは対称的に小さな唇が、震えるように動き、開いた。

「あなたは誰? 」
「あ・・・。僕は、洗濯人。洗濯人のシロ」
「シロ」

少女は吟味するように、その名前を口で転がす。

「シロ、シロ、シロ」
「君は・・・」

そう言いかけてシロは自身が何を言おうとしているのかわからなくなった。
少女が誰なのかなんてどうでもいいことなのだ。ここにいる以上、少女は病人なのだろう。そしてシロの仕事は病人の相手ではなく、洗濯だ。
言葉を失うシロへと、少女は言った。

「私の名前も、白」
「え・・・」
「私の名前も、白だよ」

狼狽するシロを、じ、と白は見つめる。
そして唐突に、にっこりと笑った。

「シロと白」
「あ、ああ」

困り、シロも弱々しく笑みを返した。
白はますますにっこりと笑い、しかし、それきり口を開かなかった。
沈黙。
シロの笑みは段々と薄れ、白の笑みは全く微動だにしなかった。

「それで君は、ここで何をしているんだい? 」

間が持たず思わず口にした言葉に、シロは自身で呆れ果てた。先程、病人だからここにいるのだと自答しかばかりなのに。
しかし、その言葉に白の笑みが崩れた。
急におどおどと、落ち着きがなくなり、足元にかかったシーツに包まって身を隠すようにした。
シロは馬鹿なことを聞いた自身を呪い、少女の下へと身を屈める。
しかしかける言葉が見つからず、シロは弱り果てた。
どれくらい時間が過ぎただろう。
シロは未だかける言葉を思いつかないまま、しゃがんでいた。
まるでそこに気の利いた言葉が書いてあるかのように、シロは部屋に咲いている花たちに目を移す。ヒマワリとチューリップ。比率はヒマワリが多いようだ。壁の高いところにまで描かれている。
と、突然に、白い手が伸びてきた。
それはシロの額へと当てられた。
慌てて目を戻すと、少女が不思議そうにシロを見て、その手を伸ばしていた。

「大丈夫? 」

シロの挙動不審な様子を、何か勘違いして心配している様子だった。
裏表のない少女の様子にシロは思わず微笑む。

「大丈夫」
「よかった。・・・・・・あのね、白は隠れてるの。この部屋で。怖い人から。だから、ここから出られないの」
「怖い人? 」

医者のことだろうか。確かにこのくらいの歳の女の子には医者は怖く思えるのかもしれない。
少女は頷いた。

「白は怖くない人に会うの、久しぶり」
「僕は怖くない? 」

少女はもう一度頷く。

「シロは怖くないよ」
「よかった」

何が、よかった、なのだろう。
自分の科白をおかしく思いながら、シロはもう一度微笑み、そして白の握り締めたシーツを見た。
思い出す。自分の仕事を。

「それじゃ、僕はもう行かなくちゃ」

白は首を傾げる。

「何処へ? 」
「そのシーツを洗濯しに行くんだ。僕は洗濯人だから」
「どうして洗濯するの? 」
「汚れているから」
「洗濯するとどうなるの? 」
「汚れたものも白くなる」
「白」
「白」

シロと白の視線が重なる。
重なり、溶けて、二人は笑う。
そして少女はシーツを差し出した。
男はそれを受け取る。
男の笑みが消える。

「白」

少女の笑みが二人分になった。
薄汚れていたシーツは真っ白になっていた。新品よりも、更に白。痛々しいほどの白。

「洗濯? 」

少女が言った。

「一体、どうやって・・・・・・」
「ねえ、今日は一緒に遊ぼう? 」

満面の笑みを咲かせたまま、白はシロの手をとった。


時間の転換。
真っ暗な部屋でシロは己の手を見る。
少女の手は温かかった。思い出せないほど昔に、あの温かさに触れたことがある。
シロは寝返りを打って、目を閉じた。
しかし眠れるはずがなかった。
彼女は、白は、彼が求め続けていたもののように思えた。
当然ながら、病院内は禁煙である。喫煙所さえない。
しかし、ドクターの待機室はその例外であった。
若い研修医――彼の名前は新谷である――が、メンソールの煙草を咥えて用紙にペンを走らせていると、そこへ年配のドクターがやって来た。

「お疲れ様です」

一応、新谷はそう言葉をかける。対してドクターは軽く頭だけを下げて、煙草を咥える。
白衣のポケットに突っ込まれたライターを取り出すよりも前に、新谷は火をつけた自身のジッポを差し出す。

「おう」

ドクターはそれで火をつけ、大きく煙を吸い込み、そして吐き出した。
一服して、ドクターは口を開いた。

「研修はどうだね」
「ようやく慣れてきたとこです。施設にも患者にも」
「結構だ」

仰々しく頷き、ドクターは大きく煙を吐き出した。
新谷にとっては何とも居辛い空気が流れる。
彼は唐突に、ある事を思い出し、ドクターへと尋ねた。

「慣れてきたといえば職場の人間にもなんですが、うちの管理人でシロって奴がいますよね」
「彼がどうかしたのかね」
「どうかしたってほどでもないんですけど、変わった奴だと思いましてね。仕事のこと以外じゃ口も開かないし、しかもそれも最低限のことしか喋らない。まあ、どんな内容の仕事でも文句言わないからそこはいいんですけどね。見た目も年齢不詳、立ち振る舞いも何となく不気味ですし・・・・・・」
「気にしすぎだ。彼はただの洗濯人だよ」

ドクターは全く興味なさげだ。
もっとも新谷もさほど興味はない。ここまでの話には。核心はその先だ。

「話は変わりますけど、最近、病院のある噂を聞きました」

ドクターは返事も返さず、黙々と煙草を吸っている。
新谷は憮然とした態度に辛抱しながら続ける。

「"The Washer"って奴の噂です」
「ただの噂だ」

新谷は少々驚いて、ドクターの顔を見た。
返事は不自然に早かった。
ドクターは先程と同じく興味がない様子だったが、それは振る舞いでしかないのが透けて見える。明らかな動揺だった。
何かしらの脈を掘り当てたのだ。それが金脈か龍の逆鱗かは不明だが。

「なんか昔、この病院で事件を起こしたんでしょ、そいつ。そいつってもしかして――」
「ただの噂だと言っただろう」

声に明らかな怒気が含まれた。
引き時を察知して、新谷は立ち上がった。くわばらくわばら。頭を下げた。

「失礼します」
「ちょっと待て」

見えないように顔を歪めて新谷は立ち止まった。逆鱗を掘り当ててしまったのか。
しかし、ドクターの用件は別だった。
ドクターは新谷の持っていた用紙を指差していた。

「そいつは何だ? 」
「これですか。シロに与える仕事を纏めたものですけど」
「そのマークは・・・どういうつもりだ」

口調は穏やかではない。しかし不思議なことに、その声色には怒りや不満以外のものも感じられる。
驚きと恐れ。
興味は惹かれたが、それよりも事態が自身の未来にとって不利なものとならないよう慎重に、新谷は口を開く。
マーク。
それは用紙の、病院の部屋割り図に記した、『W』のマークのことだろう。

「洗濯が必要な部屋に、『Wash』ということでWのマークを打ったんですが・・・何かいけないことでしたか? 」
「・・・・・・そういうわけではないが・・・。・・・・・・しかし、他の者にはわかりにくいだろう、そのマークは。もうやめるんだな」
「はい」

とりあえず場を収めることが第一だと考え、新谷はそう返事をした。

「失礼します」

もう一度言うと、新谷はその部屋から逃げ出した。
腕時計を見ると、もう夜も遅い。
この病院では研修医は寮生活である。
当然、門限もあり、すでにその時間を回っていたが、新谷はこのまま寮に戻って眠る気分にはなれなかった。
不自然なほど自然的な造形の中庭を抜けて、その先にある裏口へと向かう。裏口には守衛がいないのだ。
街へ繰り出して少し遊ぶつもりだった。
裏口へ向かう時点で、新谷の頭の中には先程のドクターとの不穏なやり取り(無論、新谷には不穏な方向に持っていくつもりなどなかったが)はすっかりと抜け落ちていた。
そういった浅薄さというべきか、切り替えの早さはある種の美徳でもある。
世界を上手く、死なないように生きる為の。
裏口の鍵を外し、一度だけ振り返る。
そして、新谷が思い描いていた街での享楽はすっかりと抜け落ちた。一瞬で。
中庭の向こうの渡り廊下。
そこにはシロが立っていた。こちらを見ている。遠くからでもわかる、いつもの、忘却の空のような瞳で。
新谷は咄嗟に鍵を回すと、逃げ出した。
病院の外へと。
その狭い世界の外側へと。


「シロ、どうかしたの? 」

少女がこちらを見上げていた。
シロは我に返る。そして不器用に微笑むと、白の頭を撫でる。
白は幸せそうに微笑み、身を摺り寄せてきた。
子猫のように。
白と出逢った日から、シロは時間があれば彼女の部屋に入り浸っていた。
部屋から出られない白は、シロの来訪を心から喜んでいた。
少女の部屋にはシロが持ち込んだ本や玩具が随分増えた。

「・・・・・・・・・」

白の首が目に映りこむ。
肩が、腕が、足が、その指一本一本までが、目に入る。
切なくなるほどの白色。
寄り添う少女の肩をシロは抱く。
白は一瞬、身を強張らせたが、すぐに力を抜いて彼に身を委ねる。

「大好き」

白が呟く。
日々、高まりゆく欲望。
少女に会うほどに、不自然なほど自然に、その欲望が高まるのをシロは感じていた。
白とシロはゆっくりと、ベッドへと身を沈める。
少女の目には花が映りこんでいる。
向日葵の花だ。

「向日葵、見てみたいな」

ぽつり、とその小さな唇が動く。
シロは少女を抱く腕に力を込めて、言った。

「見に行こう」

数日後、新谷はシロと向かい合っていた。
新たな仕事を振り分けるべく、新谷はシロを探していたところだった。
そしてシロも、新谷を探しているところだった。

「頼みごとがあるんです」

何時も通り、一言も文句を言うことなく仕事を受け入れたシロは、そう言った。

「頼みごと? 」
「今夜12時、中庭の裏口から一緒に出て欲しいんです」

こいつもたまには街へ出て息抜きがしたいのか。
しかも連れ合いが欲しいなんて、と暢気に考えていた新谷に、シロは続ける。

「そのとき、患者を一人連れ出します」
「はあ? 何言ってんだお前。そんなこと出来るはずが・・・」
「責任は全部、俺が持ちます。見つかった場合、俺が独断で連れ出したことにします」
「だったら最初からお前が一人でやればいいだろ」
「俺一人じゃ裏口の鍵を閉めれません。鍵が開いてたら、見回りの警備員が騒ぎにしてしまうかもしれない」
「患者連れ出すだけで充分騒ぎだって」
「朝、外来が始まるまでには戻ります」

頑として動くつもりはないようだった。
しかも、と新谷は思う。
シロは新谷が門限を破り、街で遊んでいることを知っている。アピールこそしていないが、それを交渉の材料にしているのだ。
新谷は乱暴に髪を掻く。決断するしかなかった。

「わかったよ。ただし、俺は一緒には行かない。鍵を閉めるだけだ。他には何もしない」
「充分です」
「・・・じゃ、今夜12時だな」
「お願いします」

軽く頭を下げて、歩き去ろうとしたその背中に新谷は聞いた。

「なあ、なんで俺なんだ? 」

単に弱味を握っているからだろうか。
ふと、気になった。

「・・・あなたは、なんとなく信用できる気がした」

それ以上何も言わず、シロは足早に去った。
新谷はしばし思考を忘れ、立ち尽くした。
そしてしばらくして、シロの言った『信用』という言葉について、少しの間考えた。


月は雲に隠れている。
分厚い雲の背後にあって、なおも光を放っている。
しかし月そのものは見えない。つまり、もしかすると、雲の後ろで光を見せるのは月ではないのかもしれない。
すでに12時を回っていた。
新谷は落ち着き無く、煙草を吸っていた。
無論、中庭も禁煙であるが、吸わずにはいられない。
と、渡り廊下の向こうから黒い人影がこちらに向かってきた。
背の高い姿で、それがシロだとわかる。腕に何か抱きかかえているようだった。

「すまない、少し遅れた」
「・・・・・・・・・」
「白が外に出るのを怖がって」

白。一瞬、何のことかわからなかったが、それがシロが連れ出そうとしている患者の名であると思い当たった。
とすると、シロが抱えているのがその白だろうか。
相当な小柄ということになる。
そのときだった。丁度、雲が流れて、隠れていた月が中庭を照らし出した。
新谷の指から煙草を落ちた。

「恩に着る。朝までには戻るから」
「おい」

静止の声には耳を貸さず、シロは裏口から飛び出していく。
がしゃん。
扉は残響の音を立て、閉ざされる。
新谷は唯、呆然とその扉の前で立ち尽くした。


予め車は用意してあった。
シロはハンドルを切り、ハイビームが照らす夜道を走る。
助手席ではシーツに包まったままの白が不安げな瞳でシロを見ていた。

「怖いかい」
「・・・・・・・・・」
「怖いなら、戻ろうか? 」
「・・・ううん。大丈夫。シロがいてくれれば、大丈夫」
「・・・ああ、きっと大丈夫さ」

新谷には朝までに戻ると言ったものの、シロにそのつもりはなかった。
このまま白とあの狭い世界の外で生きていくのだ。
そう、白さえいれば大丈夫。
もう自分は洗濯人でいる必要はないのだ。

「向日葵」
「ん」
「向日葵、見に行くんだよね」

白の言葉にシロは頷く。
白の顔いっぱいに笑顔が広がる。

「向日葵、楽しみだな」
「ああ」
「そこには怖い人は来ないかな」
「ああ」
「もしも怖い人が来たら、守ってくれる? 」
「ああ、絶対だ」

白は幸せそうに微笑んだ。
そして、呟く。

「ありがとう。――さようなら」

白の体が跳ね上がった。
背骨が折れたのではないかと思うほど、胸をせり出して。
シロは言葉を失っていた。目の前で何が起きているのかわからなかった。
大きな瞳は白目を剥き、小さな唇からは泡が零れていた。

「白・・・? 白!? 」
「――――」

ぶくぶくと泡を吐きながら、白が何かを呟いた。
シロは必死に問いただす。
彼女は、言った。

「向日葵が見たいよ・・・・・・」

シロはフロントグラスの向こうの景色を見る。
気づけば目的地の周辺だった。
乱暴に車を停めると、転げ落ちるように運転席から降りると、助手席の戸を開く。
少女の身体は痙攣を続けている。
シロはその軽い身体を抱き上げる。
眼前の景色を見た。
月光に照らされた、一面の向日葵畑。
夜目にも鮮やかな黄色の花弁が、風に舞い散る。
駆け出し、向日葵に囲まれた場所で白を地面へと下ろした。

「白・・・・・・? 」
「・・・・・・・・・」

返事はない。――が、その胸は小さく上下していた。
耳を澄ませると、小さな寝息が聞こえる。

「白・・・・・・・・・」

シロは安堵し、思わず微笑んだ。
呼応するかのように、白の寝顔にも微笑みが浮かぶ。

「白」

少女の身体を抱いて、シロも目を閉じた。
そして深い眠りに落ちた。
もう夢は、見ない。

永遠に。









「――○県××ゴミ収集所にて、男性一名の遺体を発見。応援を要請する。繰り返す・・・・・・」

ドクターが部屋へと入ってきた。
新谷は顔を上げる。新谷に負けず劣らず、ドクターも死人のような顔をしていた。

「先生」
「間違いなかった」
「じゃあ」
「シロは死んだ」

シロには家族がなく、その身元は彼が持っていた病院の名前が入った名札によって確認された。
しかし一応のため、ドクターが死体を確認しに行ったのだ。
シロはとあるゴミ収集所でうつ伏せになって死んでいた。衰弱死とのことだった。そして、その腕には一枚の汚れたシーツが抱かれていた。
それはあの夜、中庭で新谷が見たものと同じものだった。
新谷は未だ困惑しながら、まず呟く。

「シロって家族がいなかったんですか? 」
「・・・彼は、昔、この病院の患者だった。心に傷を負っていた」
「心に傷? 」
「事故らしいんだが、妹を死なせてしまったらしい。さらにそれが親に発覚することを恐れてシーツに包んで隠していたんだ」
「・・・・・・・・・」
「異常といってしまえばそれまでだが、彼の親にも少し問題があった。それを鑑みれば、当時の彼がそういう行動を取ったこともわからなくもない。――結局、妹の死がわかったのは、彼が血に塗れたシーツを何とか元に戻そうと必死に洗っている時だった」

そうして彼は、結局、この病院で洗濯人になった。
皮肉だと、新谷は思った。

「先生、この件はどうなるんでしょう」
「どうにもならない。君が自分から例の事を話してくれたおかげで、処理しやすくなった。結果としては、うちの職員が夜中に出かけ、死んでしまったということになる。誰の責任でもない」

ドクターは煙草に火を灯して、軽くふかした。

「しかし、今回の件で君は幾つか間違いを犯した。責任を問うことはないが、忠告しておく」
「・・・なんでしょう」

ドクターは机に書類を放り出した。
それは、以前にシロに仕事を与える為に新谷が使っていた部屋割りの用紙だった。

「これはどの資料のコピーだ」
「・・・忘れました。何かの資料としてこの部屋割りを見つけて、これは使えると思ってコピーしたので」
「ここだ」

それは別館の部屋割りだった。
当然、原本には新谷が仕事の振り分けに使っていた『W』のマークは振られていない――はずだった。
しかし、そこには『W』があった。
408号室。
新谷は言葉を失う。
どういうことだ。

「君は見間違えたのだよ。元々記されていたこのマークと、自分が思いついて振っていったマークとを」
「じゃあ、このマークは? 」
「・・・・・・それこそ、君が聞こうとしていた、例の噂だ」

例の噂。
『The Washer』。
――『W』。

「"The Washer"。名前は、白崎 妙といった」

白崎 妙。
彼女はこの病院のカウンセラーだった。それも極めて有能な。
その所以は天才的な催眠技術で、どんな患者の心の中をも見透かし、その深層にある願望を読み取り、癒した。
まるで彼らの心に染みついたものを洗い流すかのように。洗濯するかのように。
綺麗に、彼女は、元の通りに戻してみせた。
しかし彼女がカウンセラーとして在籍したのは僅か3年ほどだった。
その優れ過ぎた力が、彼女自身を滅ぼした。
多くの心を見すぎ、多くの心を洗い続けた彼女の精神は、いつしか擦り切れ、破れてしまったのだ。
最早、カウンセラーとしてどころか、通常の人としてさえ過ごすことの出来なくなった彼女は別館の408号室に入院した。

「病院もまた、彼女を手放したくなかった。その稀有な力をもっと利用したいと考えた。――だが、それは間違いだったのだ」

逆の立場となった彼女を癒す為、彼女にもまた優れたカウンセラーや臨床心理士が付けられた。
だが、彼女の治療が始まって三日、まずはカウンセラーが死んだ。トイレに自分から頭を突っ込んでの溺死だった。次に臨床心理士が死んだ。食べ物を胃が破れるまで押し込み続けての窒息死だった。
その次に看護士が死に、見舞い人が死に、ついには同じフロアーの患者までもが死んだ。皆、奇怪な方法(それは彼らが抱えるトラウマに纏わる方法だった)での自殺だった。
彼女が、その死を操っているのは明白だった。
彼女はその力を、かつてとは逆の方向へと利用するようになったのだ。

「それは、おそらく、唯の戯れとしてな」

ドクターは苦々しげに言うと、口を閉ざした。

「じゃあ、俺は」
「間違い、シロを彼女の元へと導いてしまった」

その先をドクターは口にしなかった。
新谷は立ち上がると、ふらふらと部屋を出て行った。
彼の足は、自然と向かった。別館へと。
佇む、静謐という言葉が似合う、白の建造物。
一階。
二階。
窓には全て鉄格子が嵌められている。
三階。
そして。
新谷は四階へと目を向ける。
そして、目を見開いた。
一室の窓が開けられ、そこに女が立っている。
不気味なほど白い肌と、長い黒髪の女だった。
女が笑った。
窓から何かが落ちた。ばらばらと。
新谷はただその光景を見ていた。
そして、それが地面へと叩きつけられた後。
ぴしゃん。
窓は、閉じられた。
しばらくその場を動けなかった新谷が後で近づいてみると、そこに落ちていたのは、たくさんの本や玩具だった。


部屋の中で、女は床に跪いている。
クレヨンで花を描く。
今回はそこそこ楽しめる、男だった。
だから、大きな向日葵だ。
女は歌いながら、向日葵を描いた。


The Washerは夢を見る。
真っ白な夢。
穢れのない白。
純白。
そこには何もない。
救いさえない、白。
The Washerは知っている。(或いは、理解している。)
夢に、物語に、救いなんて必要ないということを。
救いは、唯、救いそのものでしかないのだ。



「――おしまい」





あとがきです。
今回はわりと気持ち悪い話に出来たかと。
というか、ホラーな感じで。
というか、スタンド関係なくね、て感じで。
いやいや催眠がスタンド能力なのです。名前は「鏡花水月
。もしくは「万華鏡写輪眼」。ジョークです。

やっぱり少女を書くのって楽しいなあ、と思いました。
ドクターと新谷の掛け合いは物語たらしめる部分ではあるけれど少し疲れました。シロと白の掛け合いがどれほどすらすら書けたか。
次回は全ての登場人物を愛せるような作品を書きたいなあ、と思います。

読んでくださった方、ありがとうございます

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