昨年12月28日、日本と韓国が従軍慰安婦問題で和解した。日韓はなぜこのタイミングで、慰安婦問題を最終的・不可逆的に解決したのか。日韓の国交正常化50周年である昨年のうちに何としても解決したかったから、とか、1年以上にわたる双方の外交努力がようやく実ったから、といった説明がされている。だが私から見ると、慰安婦問題による対立は、日韓双方にとって既存の国内権力構造の維持に好都合であり、政府間の解決への努力の多くは「努力するふりだけ」で、よっぽど強い外部からの圧力がない限り、双方が解決に至ることはなかった。 (Japan, S.Korea diplomats meet ahead of ministerial talks on 'comfort women')
日韓双方の中枢で強い力を持つ「対米従属派」にとって、慰安婦問題を解決せず放置しておくことは、日韓の結束を阻み、日韓が別々に対米従属を続けることを可能にする便利な道具だった。日韓が慰安婦問題を解決すると、阻まれていた日韓の直接の安保協調が強まり、米国は日本と韓国の駐留米軍を撤退しやすくなり、日韓両方の対米従属を終わりに近づける。日韓の政府だけの意志で慰安婦問題が解決されることはなく、慰安婦問題の解決は、米国の差し金である可能性が高い。外から日韓に強い圧力をかけられるのは米国だけだ。慰安婦問題がなぜ今解決したのか、という問いは、オバマ政権がなぜ今日韓に和解しろと圧力をかけたのかという問いになる。 (Japan, South Korea Reach Agreement on 'Comfort Women')
先に私なりの答えを書いておくと、それは「オバマは、任期最後の年である今年、北朝鮮の核開発問題を解決したいのでないか。そのためにまず、米国の力で最も簡単に解決できる日韓の和解を実現したのでないか」ということだ。米大統領が、軍産複合体やイスラエルの政治圧力を気にせず国際戦略を進められるのは、再選されて2期8年やれた場合の、もう先に選挙がない最後の2年間だけだ。オバマは、最後の2年のうちの前半である昨年、中東に専念し、イラン核問題を解決し、シリアにロシア軍を呼び込み、中東での露イランの影響力を急増させ、イスラエルをへこました。残る今年の1年、北朝鮮問題の解決や、中国を強化するかたちで譲歩するニクソン的なやり方を進める可能性がある。北朝鮮の核兵器廃棄を目標にする6カ国協議は2003年から07年まで断続的に開かれたが、09年の北の2回目の核実験以降、頓挫している。だが中国と韓国は昨年11月下旬、協議の再開に向けて動いていくことで合意した。 (China, South Korea to Discuss Return to Six-Party Talks on North Korea) (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (◆イランとオバマとプーチンの勝利) (シリアをロシアに任せる米国)
慰安婦問題の解決が米国の圧力で実現したとする分析は米国からも出ている。「米国は、日韓を団結させて中国に対抗させる意味で、慰安婦問題の解決を歓迎している」とブルームバーグ通信は書いている。しかし、これは全く間違いだ。中国と韓国は昨秋、9月の韓国の朴槿恵大統領の訪中などの際に、中韓で日本を引っぱり込んで日中韓サミットを開催することや、日韓関係を改善すること、中国と韓国の海洋紛争(黄海にある蘇岩礁=イオドの領有紛争。おそらく中国側が譲歩する)の解決、それから北核6カ国協議の再開努力などを両国間で合意している。 (Landmark Japan-South Korea Deal Backs Obama's Asia Rebalance) (China has wider hopes for Seoul talks, say observers) (Why China would compromise in the Yellow Sea) (China Holds Bilateral Talks With South Korea, Japan)
これらから考えると、昨秋からの流れは、日韓が結束して中国と敵対する動きでなく、中韓が結束して日本を取り込む動きだ。中韓は、日本を取り込んだ後、6カ国協議を再開して北朝鮮問題を解決していこうと考えている。 (China, Japan, South Korea to Hold Long-Delayed Trilateral Summit)
米国の外交戦略立案の奥の院であるシンクタンク外交問題評議会(CFR)は大晦日に、オバマ政権が最後の1年に入る今こそ米朝関係を改善して6カ国協議を再開し、北朝鮮の問題を解決する好機だとする分析を載せている。それによると、米国は前回2012年に北核問題の解決をめざして北と交渉したが、先に北に核開発施設を破棄(破壊)させ、その上で6カ国協議を開くというシナリオだったため、北が警戒して実現しなかった。そのため、今後6カ国協議では、核施設の廃棄と6カ国協議を同時に進めるべきだとCFRは提唱している。 (Time for a New Approach in U.S.-North Korea Relations) (Launch the Perry Process 2)
興味深いのは今回、日韓が慰安婦問題の和解と同時並行して、棚上げされていた諜報分野の安保協定について「北の脅威の増加」を口実に、15年10月から話し合いを再開していることだ。慰安婦問題の扇動で12年に棚上げされた日韓安保協定締結が、慰安婦問題の解決とともに復活する流れになっている。慰安婦問題の解決は、もっと奥深い日韓の対米従属からの脱皮や、東アジア新秩序の構築への作業の再開であると感じられる。 ('Korea, US, Japan discussing role of Self-Defense Forces') (日中韓協調策に乗れない日本) (一線を越えて危うくなる日本) (転換前夜の東アジア)
対米従属派に洗脳されている日本人は「米国が、日韓をくっつけて対米従属から引き剥がしたいはずがない」と考えるかもしれないが、日韓安保協定は間違いなく米国の差し金だ。慰安婦問題の解決を受け、1月中にも、米国と日韓で「北朝鮮の脅威」を口実に、安保協調関係の強化が話し合われる。北朝鮮は近く核実験を再開する見通しと報じられている。日韓の安保協定は「米国の差し金」でなく「北の核の脅威」に対応するために日韓が米国と関係なく独自に進めるものという歪曲報道が出回りそうだ。 (North Korea could be preparing nuclear test, Seoul says)