1987年、舞踏家・古川あんずに師事。90年、ソロ活動を開始。95年、ダンスカンパニー「伊藤キム+輝く未来」を結成。「日常の中の非日常性」をテーマにした風刺と独特のユーモアを交えた作品を発表。 96年、『生きたまま死んでいるヒトは死んだまま生きているのか?』でバニョレ国際振付賞を受賞し、活動の場を海外にも広げ、その後は、ほぼ年1作のペースで新作を発表。国内に加え、フランス・ドイツ・イギリス・スペイン・アルゼンチン・オランダ・アメリカ・カナ ダ・デンマーク等にて公演されている。 2001年、海外から招聘したカウンターテナー歌手兼ダンサー2名と室内楽演奏家5名に振 付・演出し、伊藤キム本人も出演した『Close the door, open your mouth』(製作: 新国立劇場)、カンパニー作品『激しい庭』(共同製作:世田谷パブリックシアター・ びわ湖ホール)を発表し、第1回朝日舞台芸術賞において、清新な活躍を見せた個人・ 団体に送られる寺山修司賞を受賞。 劇場内での公演に加え、03年より、『階段主義』と題し、「階段」という日常的な空間に身体を放り出すことをコンセプトに、パブリックスペースを活用した新たなダンス・パフォーマンスの演出を開始し、これまでに大阪、高知、神戸、東京、佐世保、広島、岩手の7都市にて公演した。 05年、「愛地球博」の前夜祭パレードで総合演出をつとめる。白井剛氏とのデュオ『禁色』、カンパニー作品『未来の記』を発表。05年から06年にかけ、バックパックを背負って半年間の世界一周の旅に出る。07年春より「伊藤キム+輝く未来」から「輝く未来」にカンパニー名称を変えて新たな形態でカンパニーを再始動する。