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「女性支援新法制定を促進する会」代表らと与野党関係議員=5月26日、大久保真紀撮影
写真・図版写真・図版
記者解説 編集委員・大久保真紀
「ようやく扉が開いた。女性福祉の第一歩だ」。お茶の水女子大学名誉教授（ジェンダー法学）の戒能（かいのう）民江さんは、超党派の国会議員が尽力した「困難な問題を抱える女性支援法」（女性支援新法）の成立をこう評する。
この法律は、暴力や貧困など様々な困難を抱える女性に対する公的支援のあり方を定めるもので、本人の意思を尊重しながら最適な支援を目指す福祉の視点を打ち出した。女性支援の理念の大転換と言える。
売春防止法が根拠だった
これまでの公的支援である「婦人保護事業」の根拠法は、女性を取り締まりや管理・指導の対象とする売春防止法（売防法）だった。1956年に制定された売防法は「売春を行うおそれのある女子（要保護女子）」の補導処分と保護更生によって売春を防止することがそもそもの目的だ。勧誘罪で執行猶予となった女性を婦人補導院に収容することのほか、各都道府県に設置された婦人相談所の判断で、女性を一時保護所や婦人保護施設に入れて生活や自立を支えることを規定していた。
時代とともにニーズが多様化し、婦人保護事業の対象者が家庭関係の破綻（はたん）や生活困窮などの問題を抱える女性に拡大した。2001年にはDV防止法が制定されてDV被害者が、また04年からは人身取引被害者、13年からはストーカー被害者も対象になった。
だが、DV被害者が増加すると、加害者からの追跡を阻止するために一時保護所や婦人保護施設の場所を秘匿する必要が生じ、ただ居場所が必要な一般の利用者の需要には必ずしも応えられない状況が生まれていた。
ここから続き
虐待や貧困で居場所がなく、街をさまよう若い女性たちが、やっとの思いで自治体の窓口や婦人相談所に支援団体とともに相談に行っても、公的支援にはなかなかつながらないのが実情だ。婦人保護施設の利用には、まず一時保護所に入ることが前提になっている上、一時保護所は携帯電話の持ち込みができず、外出もできない。ルールが多く監視されるような施設に入るなら、虐待があっても家や路上の方がましだとして、施設を敬遠する女性たちは少なくない。
その結果、婦人保護施設は利用されない施設となりつつあった。入所者数は年々減少し、19年度の充足率は21・7%だった。
必要な支援 どう届ける
そうした状況を改善し、必要な人に必要な支援が届く仕組みを整えるために新法が制定された。目的や基本理念に「女性の福祉の増進」「人権の尊重」「男女平等の実現」など売防法になかった視点を掲げ、女性支援のために必要な施策を国と地方公共団体の責務と定めた。付則で、婦人保護事業を規定していた売防法の3、4章を廃止した。
新法では支援対象を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性、その他の様々な事情により日常生活または社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える（おそれのある女性を含む）女性」と定義する。性暴力や性搾取の被害にあった女性が心身ともに苦しみ、生きづらさを抱える困難を、社会の課題として位置づけるものだ。
城西国際大学教授（社会福祉学）の堀千鶴子さんは「これまでは、性暴力被害者は婦人保護事業の対象として拡大解釈されて支援対象に入っていたものの、明確には対象と位置づけられてこなかった。性暴力被害者の心身の回復を、生活を整えながら長期的に支援することを明確にした初めての制度・施策になる」と評価する。
ただ、課題は山積みだ。
まずは、売防法のもとでかかわってきた公的機関や支援者が意識を転換できるかどうかだ。
婦人保護施設に入る前提としての一時保護所への入所には、女性たちの行動を観察して管理・指導するという「上から目線」の発想があった。新法では女性たちの意向を尊重して意思決定をしていくことが求められているが、その実践は簡単ではない。
貧困や暴力、家族関係など女性が抱える問題は多様だ。その背景を探り、生活を整えていくために何が必要なのかを、女性の意向を確かめながら見定め、住まいや医療、生活保護、仕事にもつなげる。それぞれのニーズに丁寧な対応をしなくてはならない。
女性福祉の起点に
新法により、婦人相談所は女性相談支援センター、婦人相談員は女性相談支援員、婦人保護施設は女性自立支援施設へと名称が変わる。一時保護や施設入所の基準、相談支援員の態勢など、具体的にどのような運用にしていくかはこれからだ。
これまで婦人相談員は85%が非常勤で、相談員の熱意と努力に依存してきたと言っても過言ではない。新たな相談支援員は常勤とした上で、人材育成の意味でも継続的な研修が必要だ。
また、新たに民間団体との協働も規定された。当事者の意見に耳を傾けて伴走しながら支援をしている民間の支援団体と公的機関がどのようにして対等な関係を築いていくのかも、模索しなくてはならない。
女性たちにとって最も身近な市町村レベルでの取り組みをどう進めていくかも課題だ。国の予算措置が必要なことは言うまでもないが、それぞれの地域で困難を抱える女性たちの実情を把握することから始めてほしい。
コロナ禍での女性の自殺の増加など、困難を抱える女性の存在がようやく社会で広く認知され始めた。児童、障害者、高齢者の三つの福祉分野と比べて取り残されていた女性福祉がスタートラインに立つ。
女性支援新法は2年後の春、24年4月に施行される。
コメントプラス
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吉川ばんび
（作家・コラムニスト）
2022年6月18日15時34分 投稿
【解説】24年4月より、暴力被害(による現在の影響や困難を含む)や貧困などを抱える女性を対象にした女性支援新法が施行されます。
“新法では支援対象を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性、その他の様々な事情により日常生活または社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える（おそれのある女性を含む）女性」と定義する。性暴力や性搾取の被害にあった女性が心身ともに苦しみ、生きづらさを抱える困難を、社会の課題として位置づける”
こうした「生きづらさ」に焦点を当てた支援が拡充するのは大変喜ばしいことで、生活に困難を抱えている女性にとって、大きな希望となるのでは。
ただこれから重要になるのは、補足率上昇のために、アウトリーチや制度の周知徹底をいかに促進させるかという課題ではないでしょうか。
「女性支援新法制定を促進する会」代表らと与野党関係議員=5月26日、大久保真紀撮影
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記者解説 編集委員・大久保真紀
「ようやく扉が開いた。女性福祉の第一歩だ」。お茶の水女子大学名誉教授（ジェンダー法学）の戒能（かいのう）民江さんは、超党派の国会議員が尽力した「困難な問題を抱える女性支援法」（女性支援新法）の成立をこう評する。
この法律は、暴力や貧困など様々な困難を抱える女性に対する公的支援のあり方を定めるもので、本人の意思を尊重しながら最適な支援を目指す福祉の視点を打ち出した。女性支援の理念の大転換と言える。
売春防止法が根拠だった
これまでの公的支援である「婦人保護事業」の根拠法は、女性を取り締まりや管理・指導の対象とする売春防止法（売防法）だった。1956年に制定された売防法は「売春を行うおそれのある女子（要保護女子）」の補導処分と保護更生によって売春を防止することがそもそもの目的だ。勧誘罪で執行猶予となった女性を婦人補導院に収容することのほか、各都道府県に設置された婦人相談所の判断で、女性を一時保護所や婦人保護施設に入れて生活や自立を支えることを規定していた。
時代とともにニーズが多様化し、婦人保護事業の対象者が家庭関係の破綻（はたん）や生活困窮などの問題を抱える女性に拡大した。2001年にはDV防止法が制定されてDV被害者が、また04年からは人身取引被害者、13年からはストーカー被害者も対象になった。
だが、DV被害者が増加すると、加害者からの追跡を阻止するために一時保護所や婦人保護施設の場所を秘匿する必要が生じ、ただ居場所が必要な一般の利用者の需要には必ずしも応えられない状況が生まれていた。
ここから続き
虐待や貧困で居場所がなく、街をさまよう若い女性たちが、やっとの思いで自治体の窓口や婦人相談所に支援団体とともに相談に行っても、公的支援にはなかなかつながらないのが実情だ。婦人保護施設の利用には、まず一時保護所に入ることが前提になっている上、一時保護所は携帯電話の持ち込みができず、外出もできない。ルールが多く監視されるような施設に入るなら、虐待があっても家や路上の方がましだとして、施設を敬遠する女性たちは少なくない。
その結果、婦人保護施設は利用されない施設となりつつあった。入所者数は年々減少し、19年度の充足率は21・7%だった。
必要な支援 どう届ける
そうした状況を改善し、必要な人に必要な支援が届く仕組みを整えるために新法が制定された。目的や基本理念に「女性の福祉の増進」「人権の尊重」「男女平等の実現」など売防法になかった視点を掲げ、女性支援のために必要な施策を国と地方公共団体の責務と定めた。付則で、婦人保護事業を規定していた売防法の3、4章を廃止した。
新法では支援対象を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性、その他の様々な事情により日常生活または社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える（おそれのある女性を含む）女性」と定義する。性暴力や性搾取の被害にあった女性が心身ともに苦しみ、生きづらさを抱える困難を、社会の課題として位置づけるものだ。
城西国際大学教授（社会福祉学）の堀千鶴子さんは「これまでは、性暴力被害者は婦人保護事業の対象として拡大解釈されて支援対象に入っていたものの、明確には対象と位置づけられてこなかった。性暴力被害者の心身の回復を、生活を整えながら長期的に支援することを明確にした初めての制度・施策になる」と評価する。
ただ、課題は山積みだ。
まずは、売防法のもとでかかわってきた公的機関や支援者が意識を転換できるかどうかだ。
婦人保護施設に入る前提としての一時保護所への入所には、女性たちの行動を観察して管理・指導するという「上から目線」の発想があった。新法では女性たちの意向を尊重して意思決定をしていくことが求められているが、その実践は簡単ではない。
貧困や暴力、家族関係など女性が抱える問題は多様だ。その背景を探り、生活を整えていくために何が必要なのかを、女性の意向を確かめながら見定め、住まいや医療、生活保護、仕事にもつなげる。それぞれのニーズに丁寧な対応をしなくてはならない。
女性福祉の起点に
新法により、婦人相談所は女性相談支援センター、婦人相談員は女性相談支援員、婦人保護施設は女性自立支援施設へと名称が変わる。一時保護や施設入所の基準、相談支援員の態勢など、具体的にどのような運用にしていくかはこれからだ。
これまで婦人相談員は85%が非常勤で、相談員の熱意と努力に依存してきたと言っても過言ではない。新たな相談支援員は常勤とした上で、人材育成の意味でも継続的な研修が必要だ。
また、新たに民間団体との協働も規定された。当事者の意見に耳を傾けて伴走しながら支援をしている民間の支援団体と公的機関がどのようにして対等な関係を築いていくのかも、模索しなくてはならない。
女性たちにとって最も身近な市町村レベルでの取り組みをどう進めていくかも課題だ。国の予算措置が必要なことは言うまでもないが、それぞれの地域で困難を抱える女性たちの実情を把握することから始めてほしい。
コロナ禍での女性の自殺の増加など、困難を抱える女性の存在がようやく社会で広く認知され始めた。児童、障害者、高齢者の三つの福祉分野と比べて取り残されていた女性福祉がスタートラインに立つ。
女性支援新法は2年後の春、24年4月に施行される。
コメントプラス
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吉川ばんび
（作家・コラムニスト）
2022年6月18日15時34分 投稿
【解説】24年4月より、暴力被害(による現在の影響や困難を含む)や貧困などを抱える女性を対象にした女性支援新法が施行されます。
“新法では支援対象を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性、その他の様々な事情により日常生活または社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える（おそれのある女性を含む）女性」と定義する。性暴力や性搾取の被害にあった女性が心身ともに苦しみ、生きづらさを抱える困難を、社会の課題として位置づける”
こうした「生きづらさ」に焦点を当てた支援が拡充するのは大変喜ばしいことで、生活に困難を抱えている女性にとって、大きな希望となるのでは。
ただこれから重要になるのは、補足率上昇のために、アウトリーチや制度の周知徹底をいかに促進させるかという課題ではないでしょうか。
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