生活保護者の集いコミュの市役所の外に出て気づいた、フードバンクを実現した地元のパワーこちら座間市・生活援護課第3話：コミュニティの猛者たち

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67710

神奈川県中部に位置する座間市。人口13万人ほどの小さな自治体だが、ある取り組みで全国的な注目を集めている。それは、生活困窮者支援だ。この20年、日本をむしばんできた格差と貧困の拡大は新型コロナによって加速している。その中で、座間市は何をしているのか。こちら座間市・生活援護課の第3話、地元の猛者たち。（篠原匡：編集者・ジャーナリスト）

※第1話「『引きこもり』10年選手」から読む（https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67707）

「断らない生活支援」を実践しようとした林だが、すぐに「役所だけではほとんど何もできない」ということに気づいた。それから、パートナーを求めて、役所の外を歩き回る日々が始まる。

　その頃、NPO法人ワンエイド（https://own-aid.com/）の松本篝（かがり）は「食料を求める困窮者の声に応えなければ」と感じ始めていた。

　松本が会社の元同僚、石塚恵とワンエイドを設立したのは2011年のこと。当時、松本は地元の不動産会社に勤務しており、仕事と子育て、親の介護で多忙を極めていた。特に、親の介護は病院に付き添うことになるため、そのたびに会社に休暇届けを出して承認をとらなければならない。

　それを煩わしく思った松本は、同じような悩みを抱える石塚と家事援助や付き添いサービスを立ち上げる。その後、NPO法人化に伴って、有償の運送サービスにも乗り出した。言うなれば、自分たちにとって「必要なサービス」を自分たちでつくり出したわけだ。

　そして、相談に来る高齢者や障害者の困りごとに一つひとつ対応する中で、粗大ゴミの運び出しや庭木の剪定などの生活サポート、安否確認のための見守りサービス、さらに不動産のノウハウを生かした、住み替えに困っている人に対する支援にまでサービスを広げていった。

　この「住み替え支援」を始めたのは、立ち退きを迫られている高齢者や障害者を目の当たりにしたからだった。

　不動産会社に勤務していた時のこと。高齢者が「住み替えをしたい」と相談に来る場合、家賃の滞納などがあり、今よりも家賃が安い物件に住み替えたいという要望が少なくなかった。

　だが、おカネのない高齢者は、不動産会社にとって「厄介者」である。高齢者は物件見学に連れて行っても、頻繁にトイレに寄らなければならい上に、契約したとしても孤独死するリスクもある。不動産業者にとって、同じ家賃の物件を紹介するのであれば、若者を相手にした方がはるかに効率的だ。同じ理由で、障害者や母子家庭もできれば避けたい客である。

「（生活困窮者が来たら）『断れ』と社長に言われていました」

　そう松本は振り返る。だが、ワンエイドは「高齢者や障害者の困りごとを解決する」という旗を掲げており、相談に来る人を無視するわけにはいかない。そこで、松本と石塚は、「不動産会社を自分たちで作ってしまおう」と思い立つ。それが、2012年に設立した、生活困窮者向けの住居斡旋サービスの会社、プライムである。

　もちろん、家賃の滞納や孤独死を嫌い、生活困窮者の入居を渋るオーナーは多く、入居可能物件の確保には苦労した。そこで、別に高齢者の見守りサービスをつけるなどして地域のオーナーたちを説得して回った。プライムが生活困窮者に仲介した物件は、今では250戸を数える。

【手作りフードバンク】
　市役所の林が訪ねてきたのは、ちょうど松本や石塚が困窮者の住宅支援で奔走していた頃だった。林が困っていたのはフードバンクである。

　フードバンクは、売れ残りや規格外品など十分に食べられるにもかかわらず破棄されてしまう食料品を寄付という形で集め、必要とされる人に提供する事業のこと。高齢者や一人親家庭の中には食料確保に困っている人も多く、困窮者支援の中でも優先順位は高いが、2015年当時、座間市でフードバンクを手がける事業者がいなかった。

　実は、林がワンエイドを訪問したのは、生活援護課として住宅確保の取り組みを進める中で、ワンエイドと連携したいと考えていたからだ。そして、松本や石塚と話をしているうちに、林は二人のバイタリティーを目の当たりにして、「この人たちであれば、フードバンクをお願いできるかもしれない」と感じた。

　そして、フードバンク事業の立ち上げを提案すると、思いがけない反応があった。松本たちも、フードバンク事業の必要性を痛感していたのだ。

　住居確保でワンエイドに相談に来る高齢者や障害者の中には、年金や生活保護費が支給される前に、食料が底をつく人が少なくない。そういった人に対して松本は弁当などを買って配っていた。

「3日も顔を見ていないと、こちらが心配になって、弁当を買って届けていた。しかも、物件を斡旋すればするほどそんな人が増えていたので、私たちも大変でした（笑）。林さんからの提案は、渡りに船だった」

　もっとも、フードバンクを始めたものの、これが想像以上の難事業だった。

　近隣に店舗を出している大手小売りを訪ね歩いては食材提供を頼んでみたがけんもほろろに追い返された。そこで、顧客相談窓口にメールを送ってみたが、「当店ではそういったことはやっていません」というつれない返事。「本社と交渉しないとダメだ」と、本社に連絡をとってアポを入れ、当日はパワーポイントで作った資料をひっさげてプレゼンに出向いた。

　その結果、今ではコストコやダイエー、イオン、マルイファミリー、らでぃっしゅぼーや、オイシックスなどの大手企業から食料品が提供されている。地元のフードバンクに食料品を配る「セカンドハーベスト・ジャパン」といった団体との連携も始めた。

　こうした協力企業の開拓は、ワンエイドの運営と並行して取り組んできたので、目の回るような忙しさだった。

【嬉しいお節介】
　集めた食料品の管理も困難を極めた。

　当然ながら、食料品は消費期限や賞味期限を守らなければならない。期限日を管理しているが、コメや缶詰のような保存の効くものから野菜のような生鮮食品まで様々な商品を扱っている。しかも、フードバンクを営んでいる以上、食料品を余らせて廃棄する事態は許されない。それだけに、厳格な管理が必要で手間暇がかかる。

　また、フードバンクに来る人に応じて適切な食料品を渡すというきめ細やかな対応も必要だ。年金生活の高齢者もいれば、車上生活者やホームレス、あるいは育ち盛りの子供を抱えるシングルマザーもいる。

　例えば、年金生活者は自宅で暮らしており、ライフラインは整っているが、火の不始末を避けるため、家族にガスコンロの使用を止められている人も多い。そういった高齢者に対して調理が必要な食材を渡しても意味がないため、レンジで調理可能な商品が中心になる。

　一方、車上生活者やホームレスは電気やガスなどのライフラインそのものがないため、カップラーメンなど調理の必要のない食品を提供する必要がある。コメを配るにしても、精米ではなく、水で戻して食べられるアルファ米でなければならない。

　それに対して、子供を抱える困窮世帯は電気やガス、水道を維持するために食費を削っているケースが多く、コメや生鮮野菜をそのまま渡すことができる。ただ、生鮮食品を渡すにしても、企業のブランド名がついたパッケージに入ったままではフードバンクでもらった食材ということが周囲に分かってしまうため、改めて包装し直すなど配慮している。

　食料品の収集のために、今も松本自身がトラックを運転して協力企業を回る。ワンエイドの事務所には、集まった食料品が山積みになっている。だが、気にかける様子もない。

「お節介なんです（笑）。困っている人がいると、何かしてあげたくなる。以前、自分の子供のほかに、引きこもり状態の友人の子供を預かっていました。それが嫌だとか面倒だとかは全く思わない」

ワンエイドでは、このように事務所の奥で食べ物を保管している。賞味期限ごとに分類するのは想像以上にハードだ
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写真は、ワンエイドの代表を務める松本篝氏

【支援の総合商社】
　コロナ禍の今、ワンエイドのフードバンクを利用する人は増加の一途を辿っている。

　コロナ以前にフードバンクを利用していたのは、およそ100世帯だった。これだけでも手一杯だったが、2020年5月以降は300世帯に増えている。内訳も、高齢者や一人親家庭だけでなく、派遣切りで寮から追い出された人など、それまで普通の生活を送っていた人々が訪ねてくる。

「山形や岐阜、大阪からも困窮者が来ます。昨日は新宿から歩いてきたという人も来ました。地元の座間市と関係ない？でも、追い返すわけにもいかないでしょう」

　新宿から歩いてきた困窮者には、食料品を分け与えた後、座間市の生活援護課につないだ。この時は、ワンエイドが住居を確保して、生活保護の申請まで手伝っている。生活保護を申請するには住居が必要だが、生活保護を受給していなければ、大家はなかなか物件を貸してはくれない。このジレンマを解消するため、ワンエイドやプライムが物件を借り、困窮者に転貸することもある。

　衣食住のうち、食と住は人間が生きていく上で基本となるものだ。それだけに、支援を提供している松本の元には、次々と困窮者が訪れる。

　例えば、児童養護施設を出た後、企業の寮で働いていた若者がいた。仕事が合わずに辞めたが、未成年であり保証人になる親族もいないため、住居を借りることが難しい。この時も、ワンエイドが物件を借り、転貸することで対応した。

　また、近隣にある高速道路のサービスエリアで車上生活をする高齢者の夫婦もいた。2年間、サービスエリアで暮らしていたが、妻が認知症になってしまい、行き場を失っていた。そこで、レッカーを手配して車を移動して売却、その後は住居を確保して、生活保護への道筋までつけた。

　夫と離婚して家を追い出されたという老婦人の相談を受けたこともある。最初に相談に乗ったのは、市役所の広聴人権課だった。だが、話にとりとめがなく、ようやく「住む場所がない」という相談だと理解した職員が、ワンエイドにつないだ。だが、松本がじっくり話を聞いてみると、まずは別れた夫に対する慰謝料の請求を優先すべきだと判断し、弁護士の無料相談につないだ。

　ワンエイドのオフィスで松本の話を聞いている時も、派遣切りにあった後、住居を斡旋したある若者がふらっと訪ねてきた。この若者は幻聴や幻覚に悩まされており、「通風口からコビトが出てくる」「隣の住民が部屋でうんちをした」などと話していたが、追い返すこともなく丁寧に話を聞いていた。

「私たちとしてはできる限りのことをしますが、私たちが物件を借りて入居してもらっても、家賃を払わずに逃げてしまう人もいる。お涙頂戴のきれいな話ばかりでもないし、人間の汚い部分も見えるけど、それは仕方がない」

　生活保護を申請するにも、職探しをするにも、住居がなければ何もできない。ワンエイドはまず住居問題を解決し、ほかのあらゆる問題を解きほぐしていく。

【街の力】
　ワンエイドが典型だが、チーム座間に参加する団体・組織は、市役所の林とのつながりを基点に集結している。第1話「『引きこもり』10年選手」に登場した、就労準備支援を手がけるはたらっく・ざまもそうだった。

　はたらっく・ざまの代表を務める岡田百合子は、横浜市に本拠を置くワーカーズ・コレクティブ協会で、障害者や引きこもりの人々に対して、就労支援事業や社会参加事業を手がけていた。そして、生活困窮者自立支援法が施行された2015年に林と出会い、座間市での就労準備支援事業を要請された。

　座間市内に本拠を置くIT機器メーカー、モノワイヤレス（https://mono-wireless.com/jp/）も就労希望者を受け入れている一社だ。同社はIoT（モノのインターネット化）のための無線通信モジュールを開発しており、その検査や組み立ての人員として採用している。

　はたらっく・ざまや生活援護課から依頼される就労希望者には様々な人がいるが、仕事のフローを見直したり、就業時間をフレキシブルにしたりするなどして、それぞれの希望者が働くことのできる場所を作っている。

「ちょうど事務所を広げようと思っていた時に受け入れの話が来た。確かにいろいろな人が来るが、仕事については特段問題ない」

　副社長の奥村成吾は語る。

　断らない相談支援を実践すればするほど支援策は一人ひとりのオーダーメイドになり、外部の協力者が必要になっていく。そのたびに、新たな支援団体・組織や企業などを見つけ出し、ネットワークを広げてきた。そして、地域には林が必要としたサービスを提供できるだけの力があった。

　現在、生活援護課が連携している団体や事業者は100を超える。その中でも、緊密に連携している協力者が集まってチーム座間を組成、支援調整会議を通してつながっている。

　こういった支援組織は、もし林が訪ねてこなかったとしたら、それぞれの想いに沿って、バラバラに活動していただろう。だが、チーム座間の一員としてつながったことで、より効果的に地域の困窮者を手助けできるようになった。その触媒になったのは林と生活援護課である。

「実際に役所の外に出てみて、相談者の助けになってくれる人が地域にたくさんいるということが分かった。これが地域の力だと感じている。現状が十分かといわれればまだまだやるべきことが多いが、チーム座間がなければ、コロナ禍の今はもっとしんどかったと思う」

　そう林は振り返る。

　断らない相談支援を実現するために、社外のネットワークを構築した林。次の狙いは、市役所内の連携を模索していくことだった。