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神奈川県中部に位置する座間市。人口13万人ほどの小さな自治体だが、ある取り組みで全国的な注目を集めている。それは、生活困窮者支援だ。この20年、日本をむしばんできた格差と貧困の拡大は新型コロナによって加速している。その中で、座間市は何をしているのか。こちら座間市・生活援護課の第2話「断らない生活支援」について。（篠原匡：編集者・ジャーナリスト）
※第1話「「引きこもり」10年選手」から読む（https:/
神奈川県中部に位置する座間市は、東京や横浜に通う人々が住む、人口13万人のベッドタウンである。米軍キャンプと日産自動車座間工場が街の代表だったが、1995年に座間工場は閉鎖され、イオンモールに姿を変えている。そんな地域の誇りは、今やボクシング世界王者、井上尚弥といったところだろうか。
だが、マスコミでの露出はほとんどないものの、「福祉」の世界で全国的に注目を集めているのが、生活援護課が進めるプロジェクトだ。
写真は同工場の主力車種だった日産を代表する名車サニー（写真：Fujifotos/アフロ）
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座間が生んだ世界チャンピオン、井上尚弥（写真：山口フィニート裕朗/アフロ）
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「断らない相談支援」
一見、不可能なミッションに思える。だが、その「理想」に向けて、市役所を中心に、地域が動き始めている。
始まりは、2015年に施行された生活困窮者自立支援法。この法律に対応するため、座間市は従来の生活保護に加えて、自立支援や子供の学習支援、就労支援などの担当を新たに設置した。その狙いは、生活が苦しくなる前に、早めの住民支援に乗り出して生活困窮を減らすこと。自立支援法が謳う「断らない相談支援」を、文字通り愚直に推し進める。
その立役者が、生活援護課の課長を務める林星一だ。2006年に生活援護課のケースワーカーとして座間市役所に来て以降、一貫して困窮者支援を続ける。生活困窮者自立支援法が施行されるタイミングで自立サポート担当になった林は、2019年から課長として同課を率いる。
丸刈りで、物腰の柔らかい雰囲気をまとっているが、ひとたび社会福祉について語り始めると、熱い想いがほとばしる。
【転落前夜】
林が「断らない相談支援」を貫こうとするのは、「生活困窮」の現実がわれわれの想定をはるかに超えているためだ。
生活保護の認定には、「世帯収入が定められた最低生活費に満たない」という明確な基準がある。だが、世帯収入に関係なく、生活に困窮している人は少なくない。
借金が膨れあがり、月々の返済に押しつぶされている人は枚挙に暇がない。月の収入は生活保護の基準を上回っているが、返済で消えてしまい、手元に生活するカネが残らない人、逆に収入がなくて預貯金を取り崩して生活しているが、早晩行き詰まることが見えている人もいる。
また、生活保護自体が恥ずかしいと、生活保護の活用を避ける人も少なからず存在する上に、生活困窮に加えて、障害者や引きこもり状態の人が家族にいるケースもある。昨日まで働いていたが、突然、病気に襲われたという人もいるだろう。
それぞれの置かれている状況が異なるだけに、その人の話を聞かなければ適切な対応は取れない。それゆえに、誰が来ても断らず相談に乗るというスタンスを取る。もちろん、早めに困窮の実態を把握し、コミュニケーションを取れる関係を構築することが、困窮者支援では不可欠という事情もある。
現実を見れば、生活援護課に相談に来る段階ではどうにもならなくなっている場合が少なくない。
例えば、病気になって働けなくなった人がいたとしよう。雇用保険に加入していれば失業保険を受けられるが、会社が雇用保険に入っていないケースもしばしばある。雇用保険に入っていても、制度を活用する知識がない場合もあるだろう。
貯金がある人でも、収入が少なければいずれ蓄えは底をつく。そうなれば、金融機関はもちろん、親類や知人からもカネを借り、人間関係すら崩壊していく。そして、家賃の滞納が始まり、住居を追い出されて、ようやく役所に駆け込んでくる。
「ここまで来てしまうと打つ手が限られてしまう。なるべく早い段階で相談してもらうためには、困窮状態に陥っている人との接点を増やす必要がある。それで、『断らない相談支援』という言葉を掲げました」
そう林は振り返る。生活援護課には、1日に平均3〜4人の相談者が訪れる。定期的にコミュニケーションを取っている相談者は300〜400人にも達する。
【チーム座間】
生活保護に加えて、自立支援や学習支援、就労支援など幅広いサポートを生活援護課が展開しているのも、住民との接点を増やすことが狙いだ。
第1話で紹介した神村のケースでは、両親は普通の暮らしをしていたが、神村が引きこもったままでは、いずれ両親や神村本人が困窮状態に陥る可能性があった。佐藤にしても同様だ。
神村の場合は両親が市役所に相談にやってきたし、佐藤は相談会のチラシを目にして動き出した。そうした接点を増やして、早めに困窮者や困窮状態に陥るリスクのある人を察知し、つながっていく。
中学生や高校生の学習支援についても同じことが言える。本人の学力向上はもちろんだが、子供の様子を見れば、家庭の状況はある程度分かる。家庭の状況が把握できれば、フードバンクを通した食料支援など様々な手を差し伸べることも可能になる。
生活困窮者やその予備軍を可視化するために、あらゆる機会を活用する。
ある時、自立サポート担当の林は「息子が引きこもっている」という相談を受けた。だが、何度自宅を訪ねても、引きこもっている本人に会うことはできない。そのまま2年以上が過ぎたが、ある日、親から「使っていたパソコンが故障し、息子がパニックを起こしている」という電話が入った。
そこで、林から男性を引き継いだ自立サポート担当の武藤清哉が自宅に向かうと、取り乱している息子がいた。そこから関係を構築し、最終的に就労準備支援につなげた。もちろん、武藤にパソコン修理などできない。だが、そこで相談に乗り、ともに対応策を模索することで、突破口を見出したのだ。
このように、困窮者に対するリーチを増やし、どんな相談にも丁寧に対応していくことが座間市の困窮者支援の肝だ。そして、その舞台装置となっているのが「チーム座間」である。
チーム座間とは、生活援護課と住民支援を展開する外部の団体・組織のネットワークのことを指す通称だ。ハローワークや地域の社会福祉協議会のような公的組織もあれば、はたらっく・ざまやユニバーサル就労支援など就労支援に関わる組織、アウトリーチ（訪問などを通して積極的に支援していくこと）を手がける組織、弁護士、家計専門家など、およそ10の組織が参加している。月1回開催される支援調整会議で情報を共有している。
支援調整会議はもともと生活援護課の中の会議体だったが、頻繁に関わる外部の組織を入れていった結果、今のような形になった。
【困窮の最前線】
座間市の支援調整会議では、特定のテーマは定めず、各組織がそれぞれの抱える状況や問題を話していく。
例えば、今年1月の支援調整会議では、コロナで緊急事態宣言が出ている中、家賃が払えず家を追い出される人が増えているというテーマが出た。
休業や失業で家賃を払えなくなった人のために、住宅確保給付金制度が導入されているが、それでも家賃滞納で追い出されてしまった人からの相談が増加しているという報告だった。
それ以外にも、生活援護課が生活保護の現状について話し、ハローワークが雇用情勢を報告していった。支援団体からも、引きこもりの状況についての説明があった。この場で共有されることは、支援者が現場で直面しているリアルな課題である。
生活保護の半数以上を占めるのは高齢者だが、最近は新型コロナの影響による困窮者が増加している。
生活援護課の新規相談件数は、コロナ前は多い月でも40件ほどだったが、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月の213件をピークに、5月（187件）、6月（121件）、7月（89件）、8月（107件）、9月（89件）、10月（65件）、11月（68件）、12月（52件）とコロナ前を上回る水準で推移している。
「もともとギリギリの生活をしていた人が、コロナをきっかけに困窮状態に陥っている。加えて、今まで困窮とは無縁だった飲食店経営者も苦境に喘いでいる」
そう林は指摘する。
加えて、最近では「電車に乗れない」「会社に通えない」などパニック障害が疑われる相談者が増えている。それまで普通に会社に勤めていたが、突然、電車の中で過呼吸になったり、家から出られなくなったりして働けなくなり、それが続いて困窮状態に陥っているという相談だ。最前線で相談に乗っている自立サポート担当の武藤は、コロナに伴う心理的ストレスが原因と見ている。
支援調整会議の意義は、それぞれの情報共有や困窮者の状況把握だけではない。同じくらい重要なのは、それぞれの組織の担当者が顔をつきあわせることだ。
相談に来る困窮者の課題は一人ひとり異なる。その課題に応じて、就労支援や就労準備支援、家計支援、居住支援などを組み合わせて、解決策を総合的に提案していく必要がある。各分野の専門家との密な連携は欠かせず、そのためには困窮者支援という同じ目的を共有するチームとして、率直に意見を交わして協力できる関係性を構築しなければならない。
役所の限界】
それでは、チーム座間はいかにして生まれたのか。実は、林が掲げる「断らない相談支援」を推し進めた結果である。
2015年に自立サポート担当として林が困窮者の様々な相談に乗り始めると、市役所だけでは解決できない問題ばかりだった。
例えば、引きこもり状態の人から就労の相談を受けたとしても、市役所が把握している求人情報は限られており、相談者の希望を満たすような仕事はなかなか見つからない。「働く」ことに慣れてもらう場もほしいので、地域の企業や事業者の協力を仰ぐ必要がある。
また、家賃の滞納によって立ち退きの危機に直面している住民に対して、公営住宅を斡旋することは可能だが、空室には限りがある。より確実な支援を実現しようと思えば、家主や不動産会社と連携する方が得策だ。
食料支援についても、市の役人が手がけるよりも、専門家に任せた方がうまく回る。光熱費や家賃の支払いすら厳しい世帯に対しては、食料を配る支援が効果的だが、それを市役所がやろうとしても、余っている食品がどこにあるのかも分からないし、配る世帯の需要も読めない。それよりも、フードバンクを手がけてきたNPOを支援した方がはるかに効率がいい。
生活困窮者自立支援法の精神は一人ひとりの相談者の困りごとを「無理だ」と言わずに受け止めること。だが、実際に受け止めてみると、市役所で解決できる問題はほとんどない。「断らない相談支援」を実現するには、相談者の課題を解決できる外部の支援団体や事業者と連携する以外に手はなかったのだ。
とはいえ、市役所に支援組織や事業者との直接的なコネクションがあるわけではない。そこで、目の前の課題に応じて、飛び込みでネットワークを開拓していることになる。（続く）
神奈川県中部に位置する座間市。人口13万人ほどの小さな自治体だが、ある取り組みで全国的な注目を集めている。それは、生活困窮者支援だ。この20年、日本をむしばんできた格差と貧困の拡大は新型コロナによって加速している。その中で、座間市は何をしているのか。こちら座間市・生活援護課の第2話「断らない生活支援」について。（篠原匡：編集者・ジャーナリスト）
※第1話「「引きこもり」10年選手」から読む（https:/
神奈川県中部に位置する座間市は、東京や横浜に通う人々が住む、人口13万人のベッドタウンである。米軍キャンプと日産自動車座間工場が街の代表だったが、1995年に座間工場は閉鎖され、イオンモールに姿を変えている。そんな地域の誇りは、今やボクシング世界王者、井上尚弥といったところだろうか。
だが、マスコミでの露出はほとんどないものの、「福祉」の世界で全国的に注目を集めているのが、生活援護課が進めるプロジェクトだ。
写真は同工場の主力車種だった日産を代表する名車サニー（写真：Fujifotos/アフロ）
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座間が生んだ世界チャンピオン、井上尚弥（写真：山口フィニート裕朗/アフロ）
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「断らない相談支援」
一見、不可能なミッションに思える。だが、その「理想」に向けて、市役所を中心に、地域が動き始めている。
始まりは、2015年に施行された生活困窮者自立支援法。この法律に対応するため、座間市は従来の生活保護に加えて、自立支援や子供の学習支援、就労支援などの担当を新たに設置した。その狙いは、生活が苦しくなる前に、早めの住民支援に乗り出して生活困窮を減らすこと。自立支援法が謳う「断らない相談支援」を、文字通り愚直に推し進める。
その立役者が、生活援護課の課長を務める林星一だ。2006年に生活援護課のケースワーカーとして座間市役所に来て以降、一貫して困窮者支援を続ける。生活困窮者自立支援法が施行されるタイミングで自立サポート担当になった林は、2019年から課長として同課を率いる。
丸刈りで、物腰の柔らかい雰囲気をまとっているが、ひとたび社会福祉について語り始めると、熱い想いがほとばしる。
【転落前夜】
林が「断らない相談支援」を貫こうとするのは、「生活困窮」の現実がわれわれの想定をはるかに超えているためだ。
生活保護の認定には、「世帯収入が定められた最低生活費に満たない」という明確な基準がある。だが、世帯収入に関係なく、生活に困窮している人は少なくない。
借金が膨れあがり、月々の返済に押しつぶされている人は枚挙に暇がない。月の収入は生活保護の基準を上回っているが、返済で消えてしまい、手元に生活するカネが残らない人、逆に収入がなくて預貯金を取り崩して生活しているが、早晩行き詰まることが見えている人もいる。
また、生活保護自体が恥ずかしいと、生活保護の活用を避ける人も少なからず存在する上に、生活困窮に加えて、障害者や引きこもり状態の人が家族にいるケースもある。昨日まで働いていたが、突然、病気に襲われたという人もいるだろう。
それぞれの置かれている状況が異なるだけに、その人の話を聞かなければ適切な対応は取れない。それゆえに、誰が来ても断らず相談に乗るというスタンスを取る。もちろん、早めに困窮の実態を把握し、コミュニケーションを取れる関係を構築することが、困窮者支援では不可欠という事情もある。
現実を見れば、生活援護課に相談に来る段階ではどうにもならなくなっている場合が少なくない。
例えば、病気になって働けなくなった人がいたとしよう。雇用保険に加入していれば失業保険を受けられるが、会社が雇用保険に入っていないケースもしばしばある。雇用保険に入っていても、制度を活用する知識がない場合もあるだろう。
貯金がある人でも、収入が少なければいずれ蓄えは底をつく。そうなれば、金融機関はもちろん、親類や知人からもカネを借り、人間関係すら崩壊していく。そして、家賃の滞納が始まり、住居を追い出されて、ようやく役所に駆け込んでくる。
「ここまで来てしまうと打つ手が限られてしまう。なるべく早い段階で相談してもらうためには、困窮状態に陥っている人との接点を増やす必要がある。それで、『断らない相談支援』という言葉を掲げました」
そう林は振り返る。生活援護課には、1日に平均3〜4人の相談者が訪れる。定期的にコミュニケーションを取っている相談者は300〜400人にも達する。
【チーム座間】
生活保護に加えて、自立支援や学習支援、就労支援など幅広いサポートを生活援護課が展開しているのも、住民との接点を増やすことが狙いだ。
第1話で紹介した神村のケースでは、両親は普通の暮らしをしていたが、神村が引きこもったままでは、いずれ両親や神村本人が困窮状態に陥る可能性があった。佐藤にしても同様だ。
神村の場合は両親が市役所に相談にやってきたし、佐藤は相談会のチラシを目にして動き出した。そうした接点を増やして、早めに困窮者や困窮状態に陥るリスクのある人を察知し、つながっていく。
中学生や高校生の学習支援についても同じことが言える。本人の学力向上はもちろんだが、子供の様子を見れば、家庭の状況はある程度分かる。家庭の状況が把握できれば、フードバンクを通した食料支援など様々な手を差し伸べることも可能になる。
生活困窮者やその予備軍を可視化するために、あらゆる機会を活用する。
ある時、自立サポート担当の林は「息子が引きこもっている」という相談を受けた。だが、何度自宅を訪ねても、引きこもっている本人に会うことはできない。そのまま2年以上が過ぎたが、ある日、親から「使っていたパソコンが故障し、息子がパニックを起こしている」という電話が入った。
そこで、林から男性を引き継いだ自立サポート担当の武藤清哉が自宅に向かうと、取り乱している息子がいた。そこから関係を構築し、最終的に就労準備支援につなげた。もちろん、武藤にパソコン修理などできない。だが、そこで相談に乗り、ともに対応策を模索することで、突破口を見出したのだ。
このように、困窮者に対するリーチを増やし、どんな相談にも丁寧に対応していくことが座間市の困窮者支援の肝だ。そして、その舞台装置となっているのが「チーム座間」である。
チーム座間とは、生活援護課と住民支援を展開する外部の団体・組織のネットワークのことを指す通称だ。ハローワークや地域の社会福祉協議会のような公的組織もあれば、はたらっく・ざまやユニバーサル就労支援など就労支援に関わる組織、アウトリーチ（訪問などを通して積極的に支援していくこと）を手がける組織、弁護士、家計専門家など、およそ10の組織が参加している。月1回開催される支援調整会議で情報を共有している。
支援調整会議はもともと生活援護課の中の会議体だったが、頻繁に関わる外部の組織を入れていった結果、今のような形になった。
【困窮の最前線】
座間市の支援調整会議では、特定のテーマは定めず、各組織がそれぞれの抱える状況や問題を話していく。
例えば、今年1月の支援調整会議では、コロナで緊急事態宣言が出ている中、家賃が払えず家を追い出される人が増えているというテーマが出た。
休業や失業で家賃を払えなくなった人のために、住宅確保給付金制度が導入されているが、それでも家賃滞納で追い出されてしまった人からの相談が増加しているという報告だった。
それ以外にも、生活援護課が生活保護の現状について話し、ハローワークが雇用情勢を報告していった。支援団体からも、引きこもりの状況についての説明があった。この場で共有されることは、支援者が現場で直面しているリアルな課題である。
生活保護の半数以上を占めるのは高齢者だが、最近は新型コロナの影響による困窮者が増加している。
生活援護課の新規相談件数は、コロナ前は多い月でも40件ほどだったが、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月の213件をピークに、5月（187件）、6月（121件）、7月（89件）、8月（107件）、9月（89件）、10月（65件）、11月（68件）、12月（52件）とコロナ前を上回る水準で推移している。
「もともとギリギリの生活をしていた人が、コロナをきっかけに困窮状態に陥っている。加えて、今まで困窮とは無縁だった飲食店経営者も苦境に喘いでいる」
そう林は指摘する。
加えて、最近では「電車に乗れない」「会社に通えない」などパニック障害が疑われる相談者が増えている。それまで普通に会社に勤めていたが、突然、電車の中で過呼吸になったり、家から出られなくなったりして働けなくなり、それが続いて困窮状態に陥っているという相談だ。最前線で相談に乗っている自立サポート担当の武藤は、コロナに伴う心理的ストレスが原因と見ている。
支援調整会議の意義は、それぞれの情報共有や困窮者の状況把握だけではない。同じくらい重要なのは、それぞれの組織の担当者が顔をつきあわせることだ。
相談に来る困窮者の課題は一人ひとり異なる。その課題に応じて、就労支援や就労準備支援、家計支援、居住支援などを組み合わせて、解決策を総合的に提案していく必要がある。各分野の専門家との密な連携は欠かせず、そのためには困窮者支援という同じ目的を共有するチームとして、率直に意見を交わして協力できる関係性を構築しなければならない。
役所の限界】
それでは、チーム座間はいかにして生まれたのか。実は、林が掲げる「断らない相談支援」を推し進めた結果である。
2015年に自立サポート担当として林が困窮者の様々な相談に乗り始めると、市役所だけでは解決できない問題ばかりだった。
例えば、引きこもり状態の人から就労の相談を受けたとしても、市役所が把握している求人情報は限られており、相談者の希望を満たすような仕事はなかなか見つからない。「働く」ことに慣れてもらう場もほしいので、地域の企業や事業者の協力を仰ぐ必要がある。
また、家賃の滞納によって立ち退きの危機に直面している住民に対して、公営住宅を斡旋することは可能だが、空室には限りがある。より確実な支援を実現しようと思えば、家主や不動産会社と連携する方が得策だ。
食料支援についても、市の役人が手がけるよりも、専門家に任せた方がうまく回る。光熱費や家賃の支払いすら厳しい世帯に対しては、食料を配る支援が効果的だが、それを市役所がやろうとしても、余っている食品がどこにあるのかも分からないし、配る世帯の需要も読めない。それよりも、フードバンクを手がけてきたNPOを支援した方がはるかに効率がいい。
生活困窮者自立支援法の精神は一人ひとりの相談者の困りごとを「無理だ」と言わずに受け止めること。だが、実際に受け止めてみると、市役所で解決できる問題はほとんどない。「断らない相談支援」を実現するには、相談者の課題を解決できる外部の支援団体や事業者と連携する以外に手はなかったのだ。
とはいえ、市役所に支援組織や事業者との直接的なコネクションがあるわけではない。そこで、目の前の課題に応じて、飛び込みでネットワークを開拓していることになる。（続く）
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