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小説書き組合コミュの小説版ウィザードリィ 『隻腕の死者の葬列』その1

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『小説版ウィザードリィ・隻腕の死者の葬列』









           強くなれば、何か分かると思っていた


           俺が闘い続けた理由は、ただそれだけだった










前章

 いつ頃からこの雨は降り始めたのか。霧と見まごう雨
が、フードの中まで滑り込んで来る。その冷たさを遠く
に感じながら、ラザルは意味もなくそんな事を考えてい
た。
 じくじくと、獣脂を塗り付けた皮の中まで染み込んで
くる水と厳寒の前に、すぐ前で燻っている焚き火などま
るで無力だった。
 火の弱まっているのを見て、ラザルは傍らに置いてあ
る木片をくべ、そしてやはり置かれていた誰とも知れな
い死者の左腕を手に取り、変色した皮膚ごと脂をナイフ
でこそぎ、その断片を火の中に投げ込んだ。たまらない
臭気が立ち込めるのは一瞬。もっともラザルは、そんな
臭気を気に掛けるだけの気力など残していなかった。
 やがて火は勢いを取り戻し、木のはぜる音を立てなが
ら燃え始めた。
 ラザルは、炎を食い入るように見詰めながら、思い出
したように手にしていた死者の腕を放り投げた。そして、
目を閉じる。
 誰もが疲労の極に達していた。
 戦が膠着してから数日が経過している。正規軍は後方
に撤収して戦線を再構築し、その間傭兵部隊が最前線で、
敵軍を支えていた。多勢の前に傭兵部隊は防御一手に回
り、それが傭兵と言う寄せ集めの欠点…守勢の弱さを露
呈した。
 ラザルの部隊もまた、隊長を失い、壊滅も同然であっ
た。
 誰もが、どうにかして生きて帰ることだけを考えてい
た。或いは、この夜陰に紛れて逃げる事を。が、逃げた
奴の大半は、後方の正規軍によって惨殺される。敵は背
後にもいた。
 ふと、ラザルの前に、湯気を立てるカップが差し出さ
れた。
 「飲めよ、ラザル」
 「…ああ」
 言われるままに、ラザルは肉のたっぷり入ったスープ
を口にした。
 ラザルにカップを差出した男…ロッシュは、口元に品
のない笑みを零して言った。
 「その味にも慣れたかよ」
 「…喰わなきゃ死ぬ」
 短く言い、肉を咀嚼する。堅い肉だった。それに臭み
が強い。傭兵のような、堅い肉ばかりの人間を使ったス
ープに、うまみを求める事自体が間違っていることに気
付き、ラザルは思わず苦笑した。
 「それが人肉でもな」
 「補給もねえからな…正規軍は俺たちを見殺しにする
つもりだぜ。戦が長引いたからな、金を払うよりは、見
殺しにしてチャラ…ってか」
 「勝てばいい」
 「そうだけどよ…」
 ロッシュは真顔になって言った。
 「何で、おめえ、こんな稼業を選んだよ」
 「何を突然…」
 傭兵同士が互いの私情に踏み込む事はタブーとされて
いた。ロッシュとラザルとは、過去に数回戦場を共にし
た仲間のようなものではあったが、これまでプライバシ
ーの領域まで踏み込んだ会話をしたことはなかった。
 「もうすぐ死ぬかも知れないからよ…だから、おめえ
の事が知りたくてな。分からねえんだ。どうしておめえ
みたいな奴が、ここに来るのかがよ」
 「どういう意味だ?」
 「傭兵なんてのは、殺人狂か、ひでえ生まれの奴か、
とにかくおかしい連中がなるもんだろうが。俺も勿論そ
の一人だがよ。けどな、ラザル、おめえはそうじゃねえ。
気違いでもねえし、なりからすりゃあ生まれだって悪か
ねえ筈だ。かと言って金、酒、博打、女、薬…どれにだ
って嵌まっているようでもねえ。だったらどうして、こ
んなところに来たんだ? わかってるだろ? ここがど
ういう所かってのは」
 「分かってるつもりだ」
 スープを流し込みながら、ラザルが答える。
 一人殺して幾ら、二人殺して幾ら。人を殺して日々の
生計を立てる所。
 常識もモラルもへったくれもない、生き残った人間だ
けが正義の所。
 生き残る為には、死者の脂で暖を取り、死者の肉を喰
らう所。
 そこに、ラザルはいるのだ。
 「だったら何故だよ」
 しばし考えるようにして、ラザルは黙り込んだ。その
目に炎が揺らめきながら虚ろに映っている。
 やがて、言った。
 「強く、なりたい…」
 「あン?」
 「ここで、こうやって闘い続けていれば、強くなれる。
だから、ここにいる」
 怪訝そうな顔で、ロッシュはラザルの顔を覗き込む。
ラザルの顔は、嘘を言っているものではなかった。
 吹き出すように、ロッシュは笑い転げた。
 「…まったく、らしい、らしいぜ、ラザル。まったく
おめえらしい答えだぜ!」
 げらげらと笑い続けるロッシュを、困ったように見な
がら、ラザルは言った。
 「本気なんだよ」
 「分かってるさ」
 そう言ったロッシュの顔は、笑ってはいなかった。
 「分かってるからだよ。あまりにそれらしいんでな。
…この戦が終わっても、まだ傭兵をやるのか?」
 「いや…」
 蹲るようにしていたラザルの目が、一瞬遠くを見るよ
うに光った。
 「人を相手にしていても、分からない事が多すぎる。
だから…」
 薪が炎の中ではぜる音が、奇妙なほどに高く響いた。
 「トレボー城塞に行こうと思ってる」
 「あそこにか?」
 トレボー城塞。狂王の二つ名を持つトレボーが一代で
築き上げた侵略王国の首都。そして、最大の城塞都市。
しかし、ラザルの意味するところはそれとは違っている。
 トレボー城塞の中にある、異世界への入り口…ワード
ナの迷宮。
 人外の魔物、異世界の住人、妖物が住むと言われるそ
こに、ラザルは行くと言っているのだ。
 「俺は…強くなりたい」
 「行って来いよ。おめえらしいぜ。けどな…ここから
生きて帰れば、の話だぜ。明朝、残存全部隊で突撃、っ
てことだ」
 「死なないぜ…」
 そう言うラザルの口元に、一瞬笑みのような表情が見
えたようにロッシュは思った。が、さして気にすること
もなく立ち上がった。
 「じゃあな。また生きて会おうぜ」
 「ああ」
 妙に気のない声を返して、ラザルは目を閉じた。少し
でも眠っておかなければならない、という義務的な思い
で、無理に眠りに就いた。
 音もなく降りつのる雨は、まだ止んではいなかった。
 この雨が止む頃には、この戦も終わっているだろう…
そんなことを漠然と考えているうちに、ラザルの意識は
闇へと落ちて行った。

 ロッシュは死に、ラザルは生き残った。その差が何で
あったのか、ラザルには分からなかった。ただ、分かっ
ていたのは体のいたるところに刻まれた無数の傷の痛み
と、その痛みが教えてくれる「生きている」という事実、
そしてラザルの目の前で流れ矢に頭蓋を貫かれ、おそら
く自らが死んだという自覚すらないまま死んだロッシュ
の姿、ただそれだけ。自分は生き残った。生き残ってし
まった。
 戦が終わったその日、ラザルはトレボー城塞へと旅立
った。そのときのラザルの脳裏にあったのは、ただ「死
にたくない」という強烈な思いと、そしてそれをしのぐ
ほどの「強くなりたい」という思いだった。
 ラザルが旅立ったその日もまだ、霧のような雨が降り
続いていた。                  


           序章

 どうして強くなりたかったのか、と今時分考えても、
明確な回答は心の中にはありはしなかった。かと言って、
昔ならあったのかと言われても、そうでもないだろう。
むしろ、当時の方が強くなりたいと言う意志自体は頑強
であっても、それを支えるべき理屈は皆無であった筈だ。
 理屈などせせら笑っていたのが、昔の自分ではないか。
 大体、一端の戦闘士になりたい、なんて思っている連
中の大半は、何等かの形でまともな生活の場から爪弾に
されたような連中ばかりではないか。そして、彼等の腹
の中に、澱のようによどみ、沈んでいるのは、昏い色を
したまともな生活への劣等感と、妬み、嫉み、そういっ
た尋常でない闇色の感情だ。俺自身、そういう類いの人
間だった。
 必然、そんな人間が歩む道も、過ごす生活も、歪み切
ったものになる。尋常でない生き方をして生活の糧を得
るには、やはり道を踏み外さなければならない。
 それなりの学があるような奴ならば、それを生かして
あこぎに稼ぐ事もできようが、そんな便利なものがある
奴は大体道を踏み外しはしない。学もなく、親もろくな
奴でなく、人徳もないか、という連中が、唯一頼れるの
は手前の肉体一つでしかない。
 肉体は、鍛えれば鍛えただけそれに応え、強靭になる。
修練を積めば、戦闘士としてやっていけるだけの技の一
つも身に付く。
 だが、どうして俺は、そこでとまらずにあんな場所に
身を投じ、地獄さながらの闘いを続けてきたのか?
 あそこに行く前は、やはり西方戦線にいた。正規軍で
はなかった。集団で十把一絡に雇われた、屑同然の傭兵
であった。
 毎日のように闘いがあり、その度に死傷率が高いと思
われる戦線に俺達は叩き込まれる。死ねばそれまで。稼
ぎは生き残った連中に奪われる。
 だから、必死に生き残ろうとした。
 運が良かったのか、俺は一年間、不具にもならず生き
残り、それで解雇になった。金も、しばらく遊んで暮ら
せるだけのゆとりができた。
 その時、俺は街の噂に聞いた。
 狂王トレボーの城塞都市で繰り広げられている、魔物
との闘いの事を。
 ワードナの迷宮。そしてそこに住まう人外の魔物、異
世界の魔神、猛る獣達…。
 噂を聞いたこの日、俺は旅支度を済ませ、黴臭い宿を
後にした。
 もっと強くなりたい。
 心の奥底から、際限なく沸き出してくる奔流のような
この思いに流されるように、俺は一路、トレボー城塞を
目指していた。


         一章 隻腕の鬼

 最後のコボルドの胸に剣を突き立てた。異様な臭気を
発する口を一杯に開いて、コボルドは断末魔の絶叫を迸
らせ、次いで、どす黒い体液を吐き出した。剣は間違い
なく、心臓か灰を貫いていたようであった。
 ことりと、コボルドの息が止まる。
 静寂の中に、ただラザルの荒い息遣いの音だけが響い
ている。そして、早鐘のような心臓の鼓動。胸が恐ろし
い早さで上下していた。
 はっと、ラザルは周囲に感覚を凝らし、動くものがい
ないことを確認した。それから、剣に力を込めて引き抜
こうとする。
 抜けなかった。コボルドの小柄な体が引き摺られるば
かりである。
 掌を通じて、絶命したコボルドの肉を剣が引き裂き、
抉る感覚をラザルは感じた。先刻、殺した時には全く意
識すらしなかった手応えが、今になって急速にラザルの
五感を刺激する。 ぞくり、とラザルの背筋を得体の知
れない冷たさが走り抜けていく。
 もう一度、そのぞくりという感覚がラザルの背筋を駆
け抜けた時、ラザルの肉体から一切の力が抜けた。その
まま崩れ落ちるように壁を背に倒れた。剣が床を叩く音
が耳に虚ろに響く。
 「…死んじまったよぅ…」
 と言う言葉が口をついた。
 ラザルは視線を緩慢な動作で周囲に巡らせる。そこに
はあらゆる動く存在はない。が、それは何もないと云う
ことを示しているのではなかった。
 僅かな光苔の明りの中に、ラザルは五つのかつて仲間
であったものの骸を見出だした。
 イゴール。アバド。ランガール。バルバロス。ヨナ。
 仲間と言っても、十日程前に組んだ、まだ互いの事を
まるで知らない同士の徒党であった。 だが、それなり
の仲間意識の一つや二つは、芽生えていた。幾つもの生
死の境界線を潜り抜ければ、やがては生まれて来る、言
葉にならない信頼のようなものであった。
 が、それは互いが生き残って何ぼのものであることを、
今ラザルはひしひしと思い知っていた。死んでしまって
は、信頼も仲間意識も屑同然、価値などあろう筈もなか
った。
 帰ろう…ふと、そう思った。
 帰れば、少なくとも自分だけは死なずに済むだろう、
という思いが僅かに生まれていた。同時に、その思いは
死に対する強烈な恐怖へと変遷し、ラザルの体内で急速
に膨れ上がり、肉体も、精神も、いつしかその支配下に
置かれていた。
 今のラザルは、死の恐怖に怯える餓鬼同然だった。
 コボルドに突き刺さったままの、取り落とした自分の
剣にすら気付かないのか、失念したのか、ラザルはふら
ふらと曖昧になった記憶の糸を手繰り、出口へと歩み出
した。
 ぐる…
 唐突に耳に届いた、獣が喉を鳴らす音。今まで幾度と
なく聴いてきたその物音に、戦闘士としてのラザルの肉
体は敏感に反応していた。
 横に体を流すように滑らせ、壁に背を預けるように姿
勢を整える。既に右腕に腰に、左腕は盾を掲げている。
 渾身の握力で剣の柄を掴み、引き抜こうとしたが、そ
の手はあっさりと空を掴んだ。
 何か、得体の知れない代物が背筋を走り抜けて行った。
 そうだ。ラザルはその、得体の知れないものが一体な
んであるのかを今、現実として思い知っていた。そうだ。
この、ぞくりと背筋を駆け抜けて行くものの正体は…
 自分を殺傷しようとするものが放つ、明瞭な殺意だ。
そして死に怯える自分の本性だ。
 闇の中から恐ろしい速度で突進して来るコボルドの姿
が視界をよぎった。急に時が緩慢な速度で流れ始めたよ
うに感じた。周囲は、奇妙な静寂に押し包まれている。
 死の直前、死に至るまでの時間はひどく濃密に過ぎて
行く…誰から聴いたその言葉が、早鐘のように脳裏を駆
け巡った。
 今、自分は死のうとしているのか? この、今俺に向
かって突進して来る犬ころみたい面をしたコボルドに、
俺は斬られ、喰らい突かれ、死んで行くのか? ラザル
は、戦闘士として戦場で独学した筈の格闘術も失念して、
己の死のことばかりを反芻した。
 ごつん、と衝撃が盾を伝ってラザルの肉体を叩いた。
背中をしたたかに壁に叩き付け、呼吸がとぎれた。
 見開いた目に、黄色く澱んだコボルドぎらつく双眸と、
赤い舌が蠢く口腔が映る。
 ラザルの喉が、獣のような絶叫を迸らせ、渾身の力を
込めた盾がコボルドを押し返していた。諦念したと思い
込んでいたラザルのどこからそれだけの力が叩き出され
たのか、当のラザルにすらそれは計りかねられた。
 ただ、体内から絶望だけがぷっつりと切れたように喪
失していた。
 奇妙な興奮と、怒りがその代わりに体内に溢れている。
 コボルドを叩き殺せ、と心が叫んでいた。
 お前には、それだけの力がある、と告げる何かがあっ
た。
 ごそり…と、質量を持った何かがラザルの中で目を覚
ましつつあった。
 その感覚を、ラザルはやはり知っていた。
 ここ…ワードナの迷宮…に来る前に、ラザルは傭兵と
して幾多の戦場を潜り抜けてきた。そこで死に瀕したと
き、決まってラザルを絶望の淵から引き上げ、生き残ら
せた本能のようなものであった。久しく、慣れない『人
間でないもの』を相手に闘う中で、忘れかけていたもの
であった。
 ラザルの肉体のあらゆる部分に、闘い方が蘇っていた。
 素手で相手を殺傷する方法。素手で相手の武器を奪う
方法。身近にあるものを武器として闘う方法。ラザルが
生死の境で、血の代償を支払って肉体に刻み込んで来た、
生きるための手段の数々…。
 やけに懐かしい。子供のころの宝物を大人になってか
ら手にしたような不思議な思いであった。
 コボルドの黄色い視線を、ラザルは凝視する。睨み合
いで負けるようであれば、最初から勝てる見込みはない。
が、ラザルとコボルドとでは、体格において圧倒的にラ
ザルに分があり、闘いの技術もラザルのほうが長けてい
る。コボルドがラザルを勝り得るのは、動きの素早さと
ラザルの予期し得ぬ獣の動きに関してのみの筈であった。
 コボルドが先に動いた。
 振り回したコボルドの剣を、ラザルの盾が弾く。構わ
ずコボルドは体当たりをかけてくる。 飛んでそれを躱
した。
 「取れ!」
 という声がいきなりラザルの耳を叩いた。一瞬だけ視
線を声の方角へと動かす。
 鈍い光を放つものが、ラザルへとまっしぐらに飛んで
来るのが見えた。
 剣であった。ついぞにラザルがコボルドに突き立てた
ままにした剣である。
 ちょうどラザルの跳躍が頂点に達した時に、剣はラザ
ルの場所に届くよう投げられていた。 そこで、ラザル
は剣を受け止める。迷う事など何も無かった。
 落下の加速を剣を振り下ろす速度に加えた、強烈な斬
撃がコボルドの脳天に直撃した。
 あっさりとコボルドの頭蓋を砕き、剣はコボルドの脳
を抉る。断末魔の絶叫すらなかった。 ひどく、ラザル
は冷め切っていた。剣を引き抜く時も、感慨もなくコボ
ルドの頭を蹴り飛ばして引き抜いた。
 視線は、声のした方を睨めつけている。
 闇の中から、一人の男が歩んで来た。
 「ぶち殺されるだけかと思ってたがよ…殺れるじゃね
えか」
 と、男はひどくぞんざいな口振りで言った。
 「それだけの腕持っててよ、仲間は見殺しかい?」
 「…地上まで、連れて帰るさ」
 ラザルはそう言ってから、さっきまではそんな思いな
ど毫ほどもなかったことを思い出していた。
 あっさりと、男はラザルの言葉を笑い飛ばした。
 「連れて帰ってどうする気だ? 立派な葬式でもあげ
てやるかい?」
 「生き返らせる」
 「できねえよ」
 男は断言した。
 「どいつもこいつも、頭、肺、内臓、ごっそりとやら
れてるぜ。生き返らねえ死に方をしてるんだよ。そんな
ことも気付かなかったのかよ」
 ラザルは無言であった。
 「死んだ連中は、どいつも運も実力もねえのよ。死ぬ
のはてめえが悪い。おめえは生き残ってる。だから悪か
ねえのよ。ここは、そういう所だぜ」
 そう言って、男はラザルになど目もくれずに出口へと
動き出した。
 その男の背中を見ながら、ラザルは何かを思っていた。
 やがて、ラザルも歩き出した。仲間の死体を置き去り
にして。
 男に追い付くと、ラザルは確認するように男の左腕を
見た。
 間違いなく、男の左腕は肩口のあたりから失われてい
た。これで、その男が誰であるのかラザルには確信がで
きた。容貌は知っていたが、今まで面識はなかった。
 「ガーレン」
 ラザルの記憶に間違いがなければ、その隻腕の男の名
前はそれで良い筈であった。
 隻腕の鬼、ガーレン。
 このワードナの迷宮に挑む戦闘士達の間でも、その名
前は半ば伝説の領域にある男であった。
 この迷宮に、開かれてから最も長く居る男。
 かつて、仲間五人全てを失って以後、ずっと独りで迷
宮に潜り続けている男。
 そして…
 ワードナを殺した男。その時も、独りであったと言う。
 その男の名を、ラザルは呼んだ。
 ガーレンは止まらなかった。それが逆に、ラザルがこ
れから何かを言うことを肯定しているようにラザルはさ
とった。
 歩きながら、ラザルは言った。
 「俺を、あんたの仲間にしてほしい」
 隻腕の男の歩みが、ぴたりと停止した。
 「俺は、強くなりたい。誰からも殺されないだけの強
さが欲しい。だから、あんたについて行きたい」
 やや間を置いて、ガーレンの答えが返って来た。
 「おれは…餓鬼のお守りをするつもりはねえ」
 「だから、ついて行くだけだ」
 今度は、答えが戻ってくるまでに時を要した。どれほ
どの時間であったか。一分、二分。五分…その静寂がラ
ザルの胸に刺さるようだった。
 「構わねえよ」
 ぶっきらぼうに言い切ると、ガーレンは歩みを再開し
た。
 それを追おうとして、ラザルはまだ自分が剣を鞘に戻
していないことに気付く。黄色いコボルドの脳漿に塗れ
た刀身をブーツで拭い、鞘に戻してから、ラザルはガー
レンを追って行った。


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