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小説書き組合コミュの【短編】夜の涙に心は濡れない

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ごめんください。トピックお借り致します。
表題どおり短編です。ジャンルは青春もの、少々の百合です。尺は原稿用紙15枚ほどです。
読んで頂ければ幸いに思います。
もし感想・批評など頂ければ、感激の極みに御座います。




 雨のシャッターが、私と世界を切り裂いていく。
 暗闇に光る雨粒を眺めながら、菜種はぼんやりと幻想を抱いた。本当にこの雨が、私を切り取ってくれたらいいのに、と願いながら。
「そうじゃなければ、水溜りがもっと膨らんで、向こうに渡れなくなる、とか」
 呟きは軒先を叩くリズムにかき消されていく。砂場に溜まった雨水は、しかし願いむなしくそれ以上広がることはなかった。まばらに見える街灯に人影は揺れず、車のライトが通り過ぎることもない。小さな公園にあるのは、菜種と、朽ちかけた物置と濡れた遊具、それに無機質な雨音だけだ。
 くすん、と小さくくしゃみをした。2ヶ月前に買ったばかりの中学のセーラー服は、ぐっしょりと濡れて肌に張り付いている。
「いいよ、こんなの着たくて着てるわけじゃないし」
 濡れた袖を乱暴に捲くり、冷え切った素肌をこすり暖める。長い時間冷やした体は身動きが取りづらく、雨水に拘束されているようだった。けれど束縛を解きここから動こうとする意志はなく、菜種はただ雨の経過を眺め続けた。
「いつ、止むんだろう」
 うつろに景色を映す瞳は雨ではなく菜種自身を見ていた。言葉は菜種の心へと投げかけられた。どれだけ待っても、雨が上がる様子はなかった。
 不意に、瞳の焦点が定まる。目の端に動くものが初めて見え、菜種は少し身構えた。
「……何?」
 目の前に現れこちらを凝視する人物に、菜種は不信感をあらわにする。同じ年頃の少女。うっすら見える顔に見覚えはなく、存在感のある金と黒のメッシュの髪が菜種の不安を加速させた。
「……どぶ猫ね」
「は?」
「猫でもまともな子なら、濡れれば毛づくろいくらいするわ。自分の始末もできないのはどぶ猫っていうの」
 突然投げつけられた罵声に、菜種は声を失った。だがそれも一瞬で、徐々に変なのに絡まれたのだと理解する。急速に頭は冷めていき、未知の人物への不安や戸惑いは失っていった。
「お金ならないから他所をあたってくれる? 触ろうとするなら警察呼ぶよ。お節介なら放っておいてほしいんだけど」
 刺々しく放った言葉で相手が逆上するかもしれなかったが、今の菜種には気にするつもりはなかった。しかし少女に激昂する様子はなく、依然態度に目に見える変化はない。
「全部違うから安心なさい。私の家の前でメソメソされると目障りなの。早くどこか行って」
「家?」
 住宅地から少し離れたところにあるこの公園の前に家はない。不思議に思う菜種が彼女を見ると、無言で後ろを指差す。その先には、今も菜種が軒先にいる物置小屋があるだけだ。
「冗談に付き合える気分じゃないんだ」
 溜め息とともに苛立ちを吐き出し、彼女を無視しようと決め込む。どうしてもここを動くまいと妙な意地を張ってしまっていた。菜種のその想いを知ってか知らずか、彼女はさらに近づき、顔を寄せてきた。
「ちょっ、急に何なんだよ」
 至近距離で見る彼女は目鼻立ちの整った美人であることがわかり、菜種は不意にどきりとした。きつめの印象を与える二つの瞳に注視され、金縛りにあったような錯覚を覚えた。レンズのように綺麗だ、と場違いな感想を抱いた。
「まだここにいる気なら、せめて中に入りなさい。外で泣かれるよりはマシだわ」
「なっ、泣いてなんか!」
 最後まで抗議を続けられず、腕を取られ中へと誘われる。先ほどの感覚のせいか体が咄嗟に動かず、振りほどくことはしなかった。抵抗も逃走もしようとは思わず、大人しく従ってしまっていた。
「どこか行けって言ったり中に入れって言ったり、何のつもり」
「気まぐれよ」
 微塵も表情を変えることなく、彼女はさらりと答えた。

 小屋に入った途端蒸された雨の匂いは消え、代わりにすえた黴の臭いが鼻をついた。乱雑に置かれた鉄パイプやタイヤなどが暗闇に輪郭を浮かび上がらせ、非常に窮屈さを感じる。少なくとも、人が住めるような環境ではない。
「ここ、絶対にあんたの家じゃないだろ」
 苛立ちまぎれに視線を投げかけると、彼女はわずかだが初めて眉をひそめた。
「青葉」
「え?」
「あんたじゃ気に食わないわ。青葉って呼んで」
 今度は菜種が眉をひそめる番だった。初対面の人間に絡み、その上名前で呼ぶことを強要する。先ほどからこの少女――青葉の意図が読めない。要求に応じることなく黙りこむ菜種を、やはり気にする様子もなく青葉は手近なタイヤに座りこんだ。菜種も倣い、そばに積まれた枯れ草の上に腰を下ろす。
「ええ、私の家じゃないわ。でも誰も使ってないのなら気にすることがあるかしら。勝手に使わせてもらってるわ」
「あんた……青葉、家出でもしてるの?」
「家出とは違うわね。帰る家は一応あるわよ。でもあんまり帰らない。色んなところで寝泊りしてるわ」
 少なからず衝撃を受けた。同い年くらいの少女が寝所を移り過ごしているというのは、菜種には信じられなかった。込み入った事情があるのかもしれないのに、これ以上追求することはためらわれた。
「ま、色んなところって言っても、少なくとも雨風はしのげるところは選ぶけれど。貴女と違って体を濡らす趣味はないから」
「趣味なわけないじゃん、こんなの」
 直球の嫌味に少し声を荒げ反論するものの、青葉は涼しい顔を崩さない。相変わらず何を考えているかわからないが、これだけははっきりとした。彼女は、皮肉屋で高慢なやつ。
「好き好んで雨に打たれていたことに変わりないでしょう。男にでも振られた? 話してみたらどうかしら」
「そんなんじゃない。というか、初対面のやつに何でも話すわけがないだろ」
「あら。貴女たちはこっちに面識も聞く気もなかろうと、何でも話そうとするのではないのかしら。それこそ恋の話から愚痴から恨み辛みまで」
「……妙な言い方が気になるけど、それは青葉の周りだけだよ。私は、話すことなんてない」
 突き放したり歩み寄ってきたりとコロコロ態度は変わるものの、多少気をつかってもらったことが菜種にはありがたかった。それでも、自分のことを話す気にはなれない。相手が初対面の怪しい人物だからというのもあるが、それ以上に誰かに易々と理解してもらえるとは思わなかった。こんな自分の異質な気持ちなど。
「そう、それならそうでこちらも楽なのだけれど」
 それ以上青葉も追求することもなく、会話が途切れる。沈黙は止まない雨音に吸い込まれ、鈍い打撃音が辺りを支配する。それは重苦しくはないが、優しさと寂しさが同居する空間を作りあげているようだった。

「……貴女、どうしてそんな話し方をするの」
 再び青葉の口が開いたとき、菜種の鼓動はひときわ大きく鳴った。不意に静寂の均衡が破られたためと、その問われた意味のために。
「どうしてって、こんなの普通だろ。青葉の喋り方のほうが変だよ、古めかしくて」
「私はこれがいいの。それより、貴女の話し方。貴女くらいの年頃の女性はもう少し、何というか、女性らしい話し方をするわ。けれど貴女の口調は、丸っきり男性のそれ」
 まっすぐにこちらを見る青葉から目を逸らせない。全てを見透かされているような錯覚。またあの二つのレンズに金縛りをかけられたような。
「まるで、自分が女性であることを否定しているみたい」
 淡々と紡がれる言葉は全身を駆け巡り、菜種の心の奥へと深く突き刺さる。痺れるように硬直した心と身体が、青葉の言葉を排することを許さない。菜種が誰にも超えられないと思っていた水溜りを、青葉は一瞬で飛び越えてきた。
「図星かしら。気を悪くしたなら失礼したわ。好奇心を殺せない性質なの」
「悪気がある態度じゃないね、それ。謝られることでもないけど」
 悪態をつくことで緊張が解け、ようやく青葉の双眸から視線を外した。ふとがらくたの間から見える小さな窓に視線を移すと、雨足は過ぎ去る素振りも見せず、激しさを増していた。けれど小屋の中は濡れることもなく、少し暖かで。菜種は雨の切れ間を見つけたように感じた。
「なんか同じくらいの年って思えないよ、青葉のこと。変に大人びてるっていうか、悟ってるっていうか」
「あら、いつ同年代って言ったかしら。貴女よりもっとおばあちゃんかもしれないわ」
 無表情のまま冗談を飛ばすのが余計に可笑しくて、菜種は青葉の前で初めて少しだけ笑えた。
「そうかもね。こんな無愛想で嫌味な同い年いないって。私の周りの女の子たちは、もっと愛想がよくてコロコロ表情が変わって、小さなことでも大はしゃぎして。誰かの気を悪くするようなことは避けて、仕方なしに周りに合わせて。……それを私は冷めた目で見て、馬鹿らしいと線を引いて」
 わずかに綻んだ心は、もはや塞き止めることはできなかった。誰かにこの異質さを知ってもらいたい。きっとそれは、長く押し込めてきた願望。透かされた心を、もう隠す理由なんてなかった。
「私は女の子じゃないんだ。あの子たちと同じモノになれない。何度も同じ話題で、同じ遊びで笑おうとしたけど、どうしてもできない。趣味とか好みとかじゃなくて、もっと根っこの部分で私は女の子とは言えないんだ」
「だから、男になろうとしたのかしら」
「そう思ってた。私は男なんだと。誰かが言ってた。感情で生きるのが女、理性で生きるのが男だって。きっと私は理性が強すぎる、だから男なんだって思ってた」
 子供っぽい極端な考えだとはわかっていても、菜種にはそう思うしかなかった。女であり続けようとする自分は壊れてしまいそうで怖かった。たとえすがるものが、夢想の産物だとしても。
「わかってる。私は女だ。セーラー服を着て化粧を覚えて、体だって変わってきて、男の人を好きになって。どれだけ言葉だけ男になろうとしても、男にはなれない。けれど女であろうとすると、何もかもが崩れてしまいそうになるんだ」
 これを異質と呼ばず何と言える。どちらを選ぶことも出来ず、周囲から途絶された醜いナニカ。人の社会が組織で構成されている以上、それは菜種にとって迫害と同じだった。
「こんなこと誰に言える? 周りの子たちに言えば馬鹿にされるに決まってる。大人はこんなことまともに取りあってくれるわけはない。男とも女とも、大人とも子供とも違う、一人ぼっちのモノ。こんな気味の悪いもの、どこで生きたらいいのか。そう思ったら家を飛び出してた」
 教師、友人、家族、あらゆる環境に現れる、見えない断絶。孤独と寂寞は菜種を追い詰め、臨界点を迎えたとき、雨の中へと踊り出していた。
 相変わらず豪雨は激しく窓を叩く。切れ間に逃げこもうと、雨雲の下にいることに変わりはない。あとどれだけ、この天気の中にいたらいいのか。窓を流れる水滴が、菜種には涙の跡に見えた。
「素敵なことじゃない」
「え?」
 途切れた会話に差し込まれたのは、意図しなかった返答。声のほうを向く菜種の眼に映るのは、相変わらず無表情な青葉の姿だった。一途にこちらを捕えるレンズが、菜種に困惑を与える。
「どういう、意味」
「だから素敵なことなのよ。何者でもないということは」
 全く期待していなかった回答は、思考の余地を与えてはくれない。慰めや冗談には聞こえず、純然な言霊として受け入れた菜種に、反論も自虐もできなかった。
「男でも女でも、大人でも子供でもない。それは外見や意識に囚われず、思うものになれるということではないのかしら。貴女が望めば、見える世界も住む世界も全く変わる。それは確かに形に縛られた者にとって、受け入れがたいことでしょう。けれどそもそも、目に見える形や押し付けられた思考に縛られる理由なんて、本当はないのではないかしら」
「……言ってる意味、よくわからないよ。本当に何にでもなれるわけないし。それに、私には決めることさえできない。選択肢さえないんだ」
 諦観をこめた一言を漏らし、菜種は少しだけ強く自分を抱く。まだ湿った服を皮膚に押し当て、雨の中にいることを無理やりに実感させる。ここ以外に逃げ場がないことを自分に理解させ、束縛するために。
 冷たい腕に、唐突にぬくもりが訪れる。自分の体温より少し高めのそれは、腕によりかかった青葉の身体だった。驚きが菜種の身体をすくませ、身を引くことも忘れた。
「ちょっ、何してんだよ!」
「高そうな塀があったから、登ってみたくなったのよ」
 もたれかかる青葉は見上げる形で菜種を覗きこむ。頭の温度が上昇し、心臓が早鐘を打つのを菜種は感じ取った。すり寄る青葉の姿は、小動物を思わせた。
「習性なのよ、高いところを好むのが。ましてや誰も入れないようにするほど高い心の壁は、どうにかして行ってみたくなるわ」
「私は、壁なんて」
「自分がどこにも行かないように作った壁は、つまり誰にも入れない壁でしょう」
 青葉を引き離して逃げようと考えても、脳が体を動かす命令を下さない。冷たかった体が火照っていくのを、自分が甘受しようとしていることに菜種は気付いた。外を走っていた雨音が、優しい時雨に変わったのを聞き取った。
「でも中に入って出れなくなるのはごめんだわ。壁はしなやかに飛び越えるためだけのものであり、拘束する檻にはしないの。私は縛られないために生きている。居場所が気に食わなければ、まずそこを捨てることだけを考える。行きたいところなんて、それから考えればいいもの。一人だろうと群れだろうと、どこに行こうと、私は私であり続けたいの。私がそれを捨てない限り、私は何にだってなれる、どこにだって行ける」
 それは高慢で孤高な想い。自らを繋ぎ止めるものを持たず、しがらみも迷いも飛び越えると明言できる青葉が、菜種はまぶしかった。雨雲の切れ間から遠くに見える、一筋の陽光のように。
 小さく溜め息をついて、菜種はわずかに青葉へと身を寄せた。壁の上から、水溜りの向こうから菜種をのぞく青葉に、少しだけ手を伸ばしてみたくなった。
「ずいぶん自分勝手な生き方だね、それ」
「ええ、気ままな猫ですもの」
 見下ろす青葉の口元から、鋭い八重歯が見える。初めて見せた青葉の笑顔に、菜種の頬は熱くなった。

 時雨がさらに過ぎ去り小雨になったとき、ぬくもりは腕から消え失せた。これまで何もなかったかのように、脈絡なく青葉は立ち上がる。
「小降りになったわね。そろそろ行こうかしら。濡れるのは大嫌いだけど、……優しい雨は空気が張り詰めていて好きだわ」
 一瞬でぬくもりの消えた腕を、菜種は寂しく撫でる。もう少しだけそばで暖めてほしい。青葉の姿を追いかけてみたい。無駄だとはわかっていても、問いかけてみたかった。
「じゃあね。また会ったときに泣いていても、今度は相手してあげないわよ」
 くすりと笑って背中を見せ、夜の空へと青葉は身を躍らせる。光る雨粒に照らされた小屋に、菜種だけが取り残された。ぬくもりを思い留めようと朦朧としていた頭が、段々と今の言葉を反芻する。
「だから、泣いてなんかいなかったって!」
 叫んだときには菜種は動いていた。小屋を飛び出して、暗い雨空に目を凝らして背中を捜す。だがそこにはもう人影はなかった。
 ちらりと揺れる影を目の端に捉えたとき、咄嗟にまた青葉が声をかけてくれることを期待した。
 だがそれは期待したものではなく、けれど何か好ましい違和感がつきまとうものだった。疑念と冗談、それにわずかな確信をこめて、菜種は声をかけた。
「……青葉?」
 その三毛猫は、八重歯を見せ高慢そうににゃあと泣き、雨雲の向こうがわへと駆け抜けていった。

fin.

コメント(2)

凄く好きです。すっきりと全体が纏まっていて、読んでいて気持ちが良かったです。抽象的な感想ですみません;。

いかにも「女子中学生」っぽい菜種ちゃんが可愛いと思いました。だからこそ、独白シーン(「私は女の子じゃ〜」あたり)でいきなり口調が変わってしまうのが残念です。説明部分は地の文で補って、感情のままに喋らせても面白いと思います。

ラスト数行が、少し駆け足になっているように感じました。結局表現したいことが、青葉の正体なのか、青葉との出会いによる菜種の心境の変化なのか、分かり辛かったです。青葉に惹かれてしまったら、菜種はますます男性性が強くなってしまうのでは・・・?とも思いました。悩みも解決していませんし、正直、菜種の今後が不安です。
短編ならば、もっと話の芯を絞ってしまっても良い気がします。

拙文、失礼致しました。
微力ながら応援させて頂きます。これからも頑張ってください。
> ゆえさん
読んで頂きありがとうございます。
拙作を好きと言ってもらえることが大変嬉しいです。作者冥利に尽きます。

丁寧な批評も頂けて光栄です。ご指摘のシーンですが、自分でも今読み返すとおかしな印象を受けました。実は以前にも、『後半になるとキャラの性格や口調がそれまでと変わる』と指摘をされたことがあるのですが、今回もキャラ付けを無視した展開を書いてしまったようです。どうやら悪癖になっているのかもしれません。著作活動する上で致命的なこの点、猛省致します。

ラストについても仰るとおりと思います。尺に対して書きたいことを詰め込みすぎた結果、中途半端な結末にしてしまいました。作品の軸すら安定させられないなんて、お恥ずかしい限りです。ひとえにプロットと推敲の練りの甘さを痛感致しました。
菜種には改稿という名の矯正を与える所存です。

温かなコメントありがとうございました。応援されるに相応しい書き手を目指して、精進して参ります。

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