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はじめまして。
初投稿してみます。
感想などございましたら書き込んで頂けるとうれしいです。
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ばおばぶの育つ土地

 混沌とした夢の中で、檸檬の香りが微かに漂っていた。携帯電話の呼び出し音が聞こえる。作曲者も曲名もわからないけれど、とても有名な曲で、雨の中、恋人が帰宅を待ちわびてつくられた静かな曲だった。自分の携帯ではない。
「もしもし?」
 眠りはゆっくりと破られてゆく。目を開けないまま、隣りにいるるねの体温を感じていた。ゆっくりと、体を近づけてゆく。だけど、なかなか目的の感触にたどり着かない。薄く目を開けてみると、ベッドにいるのは自分だけで、目に入ってきたのはシーツの皺だけだった。
「ここに電話してこないでくださいって、言ったじゃないですか」
 仕事場のほうから、るねの声が聞こえる。体を動かさないで薄く目を開けていると、扉が開いてるねの顔が覗いて部屋の様子を窺った。眠ったふりを続けていると、扉が閉まり声が聞こえなくなる。起き上がることもできずに、ベッドの上で目を閉じていた。
 るねが電話を終えて部屋に入ってくる。服を着る音がして、次に近づいてくるのがわかった。目を閉じたままでいると、少しかさついた指先が頬を撫でて、檸檬の香りがする。香りが少し弱まると、部屋からるねが出てゆく音がした。
 目を開けて体を起こし、まだ感触が残っている頬を撫でてみる。手の平の匂いを嗅いで、溜息をついた。窓からは昼下がりの陽射しが部屋の床に流れ込んでいて、テーブルの上には少しだけ残ったフランスパンが皿の上に置かれている。起き上がって、服を着ると皿の上にあったサラダ用に切った檸檬の残りを口に入れてみた。二人分の皿を流しにおいて、部屋を出る。
 隣りの部屋はるねの仕事場になっていた。製図用のボードがあって、いくつかのデッサンがパネルに貼ってある。今あるのは、クロスのペンダントのデザインだ。窓際に並んだファイルを整えて、階段に出る。後ろ手に扉を閉めると途端に首筋を汗が流れ落ちた。目を凝らしながら登ってゆくと、明るい空気が見えてくる。
 階段を上りきって目を閉じた。汗を拭って、目を開けると、弱い風がシャツの中を抜けていく。アスファルトはもちろん熱く焼けていたけれど、空気のこもっている階段よりはいくらもましだった。
「あ、もう起きたの?」
 るねが手を振っている。
「今起きたばっかりだよ。やっぱり外は暑いね」
 歩いてきながら、るねは笑っていた。矯正がきらきらしている。
「今日みたいな日は屋上の端っこを歩かないほうがいいよ」
「どうして?」
「立ちくらみでもしたら大変だから」
「わかった。じゃあ、真ん中だけ歩くよ」
「もうすぐ、豪華鉄道が来るよ」
 空と地上の境よりちょっと上を高架が走っていた。二人で立っていると、遠くからきらめきが近づいてくる。わぁ、とるねが言うと、もう鉄道は目の前を走っていて、凄いね、とおれが言う頃には遥か遠くへ走り去っていた。
「誰が乗っているんだろうね」
 列車の走り去っていった方向を見ているるねの横顔を盗み見る。ブルーベリーの瞳は少し赤みがかっていた。
「きっと、私たちの会ったこともないような人たちが乗っているんだろうね」
 るねは何度も同じ質問をしたけれど、答えが見つかったことはない。もうしばらく高架を眺めてから、キスをした。手をつないで、ぽつんとたたずんでいる鉢植えのところへゆくと、ばおばぶは先週よりも大きくなっている気がする。
「そうかなあ、私は毎日見ているから、あまりよくわからないけれど、本を見たら鉢植えの場合は二メートルくらいまでなるって」
「ねえ、るね。ちょっと目が赤いみたいだよ」
 るねは腰をおろして、ばおばぶの葉をしばらく撫でてから、顔をあげた。
「ばおばぶって、小学生が描く木みたいだよね」
「うん」
「だけど、私はばおばぶのそんなところが好きなんだよね」
「うん」
「隆志はばおばぶ、好き?」
 一緒に腰をおろして、ばおばぶを見ていると、ちょっとだけ涙がでてくる。
「どうしたの?」
「おれは、ばおばぶがすごく好きだよ。この木が小さいままでも、大きくなっても好きだよ。この木を見ているだけですごく幸せな気分になれるから。だから、ばおばぶが大きくなりたい木なら、こんなフェンスもない屋上じゃ嫌だっていうのなら、あの豪華鉄道に乗って遠い土地に行きたいよ。君と二人で遠い遠いところまで行って、ばおばぶが好きなだけ大きくなれる場所で死ぬまで一緒に暮らしたいよ」
 るねは、しばらくぼんやりとおれの顔を眺めていたけれど、やがて、馬鹿ねぇと言って微笑んだ。

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宜しくお願いします。

コメント(1)

なんだか暑い季節、または暑い場所っぽい話ですね。

荒野に一つだけポツンと立っている雑居ビル。
そして、そこに住む恋人達と一本の苗木・・・って感じです。

空と大地しかない景色に本当は不釣合いのはずの鉄道が、
なかなか味を出していたとおもいます。

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