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小説書き組合コミュの春の野球 1 2

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 プロ野球リーグのティーグルズの選手会長の、盛大な結婚式が今日、都内ホテルで行われた。
 ウェディングドレスの千塚が、結婚式会場の人ざわめくロビーで、一度も担任になってもらった事ない小学校恩師を、見つけて微笑った。
 「水島先生!」
 「おう。浜之、綺麗だな! あ、『橋月』か。結婚おめでとう。」
 「ありがとうございます。先生も今年で退職、お疲れ様でした。」
 「ああ、ありがとう。」
 岡山県の山奥の小学校を三校、38年間勤めあげた。地元の少年野球監督の仕事はまだ現役である。
 「しかし、俺の第六感もまだ捨てたものじゃない。小さい頃の浜之と橋月との結婚の予測が大ヒットした。」
 「え!?」
 「……と、その橋月本人は何処にいるのか。」
 二人の背後から、白い礼服の橋月が、微笑って手を挙げる。ティーグルズの松原監督、コーチ達、チームメイト達、球団関係者達が続く。
 「千塚! 先生! 松原監督、この人は私の少年野……、」
 「水島賢二!!」
 急の松原の発言に、水島以外全員驚く。橋月が驚きながらも聞く。
「……何で先生の名前を?」
 水島が、少し松原を静かに見て、踵を返した。
 「千塚、悪いが失礼する。」
 「え!?」
 松原が叫ぶ。
 「水島賢二!! 俺はずっと……、待て!! 俺は42年間ずっとお前と戦いたかった!!」


 松原大介。甲子園高等野球選手権大会で三年間チームの主軸として出場。打率は常に首位、本塁打数は歴史タイに並んだ。都内の、スポーツ、勉学共に難易高い大学に進学。マスコミや世間は偉大なる期待を寄せていた。野球部に入った同期は30人いた。
 入部半年後、グラウンドにいち早くティーグルズ関係者が練習中の部活の様子を見に来た。同期達が松原に言う。
 「スカウトの人だぜ!?」
 「きっと松原を見に来たんだよ。いいとこ見せてやれよ!」
 「うん……。」
 − 否、違う、あいつを見に来たんだ。同期、水島賢二。無口であまり目立たないが、根性がすごくある。
 俺は特別らしく、直ぐに練習をさせてくれたが、他の同期は一年経っても球拾いばかり。同期が続々と辞めて行く中、水島は球拾いをやり通し、翌春、残った八人が全員晴れて練習に入った。
 一年経っても、投手希望のあいつとはなかなか練習でも対決する機会がなかった。一体どんなやつだろう? −
 夜、更衣室に松原が一人、切り裂かれたユニフォームを手にうずくまっていた。
 − 自分の立場や他の人と待遇が違う事がもわかっている……、−
 資格試験前でマネージャーは休部中、松原は裁縫が苦手であり、困った。背後から自主練終わりの水島が声を掛けた。
 「どうしました……、松原?」
 「水島!?」
 「! どうした!? そのユニフォーム!」
 「な、何でもない! ただ裁縫が、」
 水島が取り上げた。
 「貸せ! 直すから!」
 「いいよ!」
 「いくない!!」
 「!」
 水島が急いで鞄から針と糸を出す。
 「あ……、ありがとう……。」
 水島とのプライベートの最初の会話だった。対決や話する機会はまだまだなかったが、ただ、あの夜以来嫌がらせがなくなった。
 − 松原が何か言ってくれたのだろうか?
 − 水島の事が気になり、周りから話を聞いた。
 岡山県の山奥の群出身。物心つく前から野球を習う。甲子園に出た事はないが、高校の部の人数が足りなかっただけで、水島の実力はプロにも負けないという。
 一般入試で理数科を現役合格した。
 − 特別推薦で入学し、ちやほやされているが、プロの足元にも及ばない俺。
 球団が本当に欲しがっているのは水島なのだ、俺は確実に負けている!! −
 水島が、グラウンドで声を掛けた。
 「松原。」
 「! 何だ? 水島。」
 「何か、最近調子よくなさそうたがら。」

 − あまり話した事も戦った事もないのに、何でわかるんだ? 何でもわかるのか?
 ……そんなにすごいのか!!? −

 「誰のせいだ!!?」
 「!」
 「確かに俺は下手だよ! 野球も勉強も全てにおいて! 水島なんて大嫌いだ! 俺の前に来るな!!」
 「……!」

 二年過ぎた。水島と一度も話をする事も、目を合わす事も、戦う事もなかった。
 練習後の脱衣室で、松原にチームメイト達が話す。
 「松原、ついに明日だな! プロ球団入団発表!」
 「ああ。」
 「ティーグルズに入れたらいいな!」
 − 水島も名前が上がっていた……。 −
 一人のユニフォーム姿の同期が慌て走って来た。
 「大変だ! 水島が……、プロ辞退して、部も辞めるって!!」
 松原とチームメイト達が驚いた。松原が一番驚く。
 「!!」

 翌日から、水島は部に来なくなり、広い大学内でも会う事がなかった。

 − 本当に俺の前からいなくなった。彼は悪くなかったのに。あんなに心配してくれたのに!!
 謝りたい、ごめん、ごめん! 水島!! −

 春。卒業。松原大介、ティーグルズ入団。



 私服に着替えた千塚が、冬の、日暮れのホテルの庭に走って来た。水島がベンチに座っている。
 「水島先生!」
 「おう、千塚か! 今日はお疲れ様。」
 「いえいえ!」
 千塚が微笑った。

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