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小説書き組合コミュの珈琲の話

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恋愛物を書いてみました。良かったら感想聞かせてください。


口に含むと熱で少しだけ体が萎縮してしまう。僕が猫舌のせいだろうか。だけど、その珈琲は僕の体にゆっくりと染み渡り、その香りがゆっくりと広がる。珈琲特有のほろ苦い、ちょっと甘い香り。僕は珈琲のことなんて少しも分からないけど、ここの珈琲は美味しい。それは、大通りに面しているのに、時計の音が聞こえるほど静かに感じ、明るい街並みをぼやけて見せてくれるようなこの店の雰囲気がそうさせるのかもしれない。


太一はこの大通りに面した珈琲屋に良く足を運んでいた。年配のオーナー、小西さんという人が半ば趣味で始めたお店だ。利益を目的としたものでない、好きだから飲んでもらいたい、という気持ちの詰まった珈琲を出してくれる。友人の紹介でここを知った太一は、それ以来頻繁に顔を出すようになる。尋とも、ここで出会った。

「今日は貸切ですね。」
「だいたい、いつも貸切だよね。」

小西さんがカップを拭きながらにこっと笑った。その温かい人柄は珈琲の味をもっと良くさせた。太一はよくここに来て珈琲を飲んで帰った。無駄な話をしない、しかし無視もしない。声を出せば答えてくる観葉植物のように、小西さんは心を癒してくれた。良く来る理由に、今の仕事場が近いということもあった。太一はこの近くの大きな企業ビルの一番上の階で地元のフリーペーパーを編集する仕事をしていた。ここの景観とは打って変わって、街中の光が真っ赤に見えるような、そんなところだった。

「最近、忙しくって。お店を持つ若い子達が増えてね。取材が詰まってるよ。」
「そうかい。うちにも来てくれよ。うちはヒマだからね。」
「あはは。そういう意味で言ったんじゃないよ。でも、たくさん取材してきたけど、ここよりいい店なんて無いよ。」
「褒めてもおかわりは有料だよ。」

また小西さんはにっこりと笑った。太一ははいはい、と笑いながらもういっぱい珈琲を頼んだ。若い子達、と言う太一もまだ二十八。五十を過ぎた小西さんと比べたら若い子だった。

「どーも。」
「尋ちゃん、いらっしゃい。」

尋。彼女の声が聞こえると同時に太一は、熱い珈琲を口にした時よりも萎縮した。それを悟られぬように珈琲を口に含んで、飲み干すとすぐに声をかけた。

「よう、奇遇だな。」
「ああ、太一。今仕事終わり?月末だし、だいぶ忙しいんじゃないの?小西さん、珈琲ちょうだい。ミルク、お願い。」

そういって、ジャケットを大げさに脱いで太一の横に座った。頭を左右に振って、ちょっと伸びをした。尋は、背が高くて、でも細身で。髪は肩よりも下までと長い。うっすらと茶色。大げさな動作も、嫌味にならない、綺麗な人だった。

「ああー疲れたー!」

誰かに聞こえるように大きく言い放った。いや誰もいなくても尋はこのくらい大きな声で喋るだろう。聞かれたからと言って、どういうことはない。太一は尋のそういう所を見ると、少し萎縮する。

「そうみたいだね。疲れた顔になってるよ。」
「ほんとう?まあ、あれだけ使われたらね。何で、自分でやらないのかしら。」
「上司?」

尋は、働き者だった。尋もこの近くで働いている。経理の請負業で、四六時中パソコンと戦っているらしい。

「いやあね、自分で出来ないことはいくらでも変わってあげるけど、面倒見がいいと、簡単なことまで頼まれるのよ。何で自分でやらないのかしら。」

不機嫌な顔して、あれこれと愚痴を言っていた。太一は困った顔をしてしまった。どうしてあげればいいか分からなかったからだ。

「大変だね。はい、どーぞ。」

小西さんはやっぱりにこっと笑って珈琲をだした。太一は困っていたから、少しほっとしてしまった。尋はわざとらしく両手で受け取り嬉しそうに笑った。

「ありがとう。いただきます。」

尋は珈琲を飲むペースが明らかに早い。喉が乾いてるなら、水を呑むべきだと思うほどに。一杯をちびちびと飲みながら、何杯もお代わりし、何時間もそこにいる太一とは時間の流れ方がまるで違っていた。

尋と太一は、付き合っていた。もう別れてから半年以上たっていた。尋にとってはもう半年もたった、太一にとってはまだ半年しかたっていない。二人は時間軸が違った。特に太一の様にゆっくり時間が流れる人は少ない。皆、忙しなく動き回っている。止まったら朽ちてしまうのだ。そんな様に思っていた。

二人は初めて、ここで出会った。もともとよく店に顔出していた尋に、顔を出すようになった太一が出会った形で。最初会った時はちょっと世間話をしたくらい。二回目で連絡先を交換していた。そうやって時間を詰めていった。尋が、太一のことを気に入っていたので、二人の時間はすぐに縮まったのだった。

別れを切り出したのも、尋だった。太一には、尋の時間に合わせることが出来なかった。時計の長針と短針みたいに、同じ所を回っていたのに、進む速度はまるで違い、重なり合う瞬間はほんの少ししかなかった。

「それで太一はどう?あ、それとこの間借りたあのJAZZのCD良かったよ。ああいうの、もっと貸してね。」

口に頬張った言葉がぼろぼろこぼれた。それは食事と違って行儀が悪いようには思わないが、綺麗だとか美しいとかでもなかった。

「ああ、忙しいよ。さっきも言ってたんだけど、若い子たちが頑張ってるから、新規開店が多いんだ。それで取材が多くてね。」
「若い子って。私たちも若いわよ。」
「俺たちより若い、20代前半くらいかな。なんか、元気よくって。」
「元気ないの?」
「そういうわけじゃないけど、まあ夢があるっていうか、その、な。」
「うらやましいんでしょう。そんなだから疲れちゃうのよ。あ、コーヒーもう一杯もらえる?」

小西さんは少し笑って二人を眺めていた。尋が、そろそろおかわりを言うだろうと構えていたのか、すっと手際よく珈琲を作り始めた。

「あんまり人のこと羨ましい羨ましい言わないで。それより、太一の話が聞きたいわ。最近どう?」
「どう、って言ってもな…。相変わらずだよ。」
「そう。恋はしてないの?」
「ああ、特にないかな…。」

尋がおもしろくなさそうな顔をしている。太一は尋と別れてからはこれと言ってそういう話はない。そもそも、太一は積極的な方では無いから、そういう話はほとんど出てこない。

尋はどうなんだろうか。

その手には太一が誕生日にあげた指輪が光っている。太一は知っていた。尋はそういうのを気にしない。別れてしまったからと言って、その指輪のことは気にいってるんだから、関係ないって思っているだろう。

事実、尋は太一と付き合っている時も、昔の男がくれたものを身につけていた。太一はたまらなく嫌だったから、やめてくれ、と何度か頼んだけれど、それをしなくなったら何が変わるの?っと言って反撃されてしまう。そう言われるといつも黙ってしまった。

太一は、尋からもらったものはすべて目の届かない所にしまってあった。思い出すのが嫌だった。

黙って珈琲をすすっていた。話すことがないから、腕時計を見たり、足を組みかえたり、そんなことをしないと間が持たなかった。

「はい、どうぞ。ミルクは入れておいたよ。」
「ありがとう。」

二杯目も飲むペースはあまり変わらない。ほんとうに味わっているのか、いつも不思議に思っていた。けど、両手でカップを抱え込んで飲む飲み方はかわいいなと、思っていた。太一はぬるくなった珈琲を口に含んだ。

「あたしも、今はぱっとしないな。」
「うん?」
「なんか、やっぱり恋愛は必要だな。ときめきとか?やっぱ原動力になるじゃない?」
「女の人は、そうみたいだね。」
「それは男も女もないでしょ?好きな人のために、一生懸命になるのって、誰でも一緒じゃない?」

尋の言ってることは太一には難しかった。そう思っている男はいないとも思っていた。きっと、相手に合わせて返事をするものなんだろうと。ただ太一はそういうことで小さい嘘をついてしまうのが嫌だった。

「うん、まあでも恋愛においては別かな。男は、そんなに、原動力とまではいかないんじゃないかな。」
「男は?太一はでしょう。恋は素敵よ。」

恋は素敵。それは間違いないだろう。少なくとも、太一は、尋のことをたまらなく好きだった。その時は、それ以外何もいらないと思えるほど。ただ、それは太一の思いだ。好きな人のために、相手に対して一生懸命だった。

尋は、好きな人のために、自分に対して一生懸命だった。尋は綺麗だった。決して妥協しないからだ。たとえ、太一が、その愛を一生誓ったとしても、尋は美しくなることを止めないだろう。それが、女性であることの誇りだ、とも言っていた。

そうすることで、いつでも好きで居てもらえると思った様だ。実際、尋のそういう所は魅力的だと思う。ただ、それ故に太一のことが分からなくなってしまった。いや、分かろうとはしなかった。

だから、太一の、なんでもないような思いも、疎ましく見えたんだろう。太一は、尋に好かれたくて、一生懸命だったのだ。

太一は尋が自分のどこを好きになったか全く分からなかった。尋に言わせると、理由があると鬱陶しい。なくなったら探さなくちゃいけない、と言うのだ。それは太一には理解できなかった。

太一は尋から確かな思いを貰いたかった。しかし、尋は渡さない。欲しければ、自分で取ればいい。きっとそう思っていただろう。

「そうか。素敵か。また、そう思えるようになればいいかな。」
「それって嫌味?」

尋が嬉しそうに言うから、太一は笑って頷いてみた。尋は太一に当たらないように中指を弾いた。

「まあ、難しいよ。僕には分からないことが多いな。」
「私だって分からないことだらけよ。」

そう言ったあたりで尋は二杯目の珈琲を飲み干した。ふんわりと漂った珈琲の香りは、尋の香りと混ざって、そのまま太一に向かって消えた。街の明かりは消えかけており、残った光は鮮明になって見えた。

「じゃあ、また。小西さん、ありがとう。」

そういってお金を勘定した。挨拶の会釈も、財布をさがすその動きも、やはりいちいち大げさな動きだが、やはり愛嬌があった。小西さんはにこっと笑って、ありがとう、と返した。

「じゃ、太一またね。」

きっと尋とはここでしか会うことが無い。尋がまたね、と言わなかったら二度と会えないよう気さえした。だけど、尋はたとえば二度と会えないとしても、またね、って言うんだろう。

やっぱり珈琲の味はいまいち良く分からないなと、ぬるい残った珈琲を飲みながら思った。ちょっとだけ体が萎縮するのが悔しかった。

コメント(4)

このまま二人が別れたままだともったいないですね 太一君と尋さん
尋さんの名前好きです*
かぎやんさん>太一ががんばらなくちゃこのままですねえ。。
尋、おれも名前好きです。そしてこういう女性は理想です(笑)

恵玖徒/K.Y.O.N.さん>うーんやはり視点は統一するべきですかねえ。こういう書き方が好きなんですよね。。その辺を模索しながらより良い作品を作っていきます。ありがとうございます!

オーシャンさん>今回は意図的なんですけど、気がついたらなってたりします。なんか染みついちゃってるんですよね。。

ありがとうございます!また次回作を考えてみます。

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