ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

KnockOutMouseコミュの『The MICE refer to 4 Topics』について

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
どーも。Knock Out Mouseドラム杉浦です。

はい、発売からわりとたちましたね。

Knock Out Mouse 2nd Mini Album
『The MICE refer to 4 Topics』

まあ、トップページのリンクからもわかるよーに
いろいろな所で視聴もできるんですが、
コイツがかなり回りから大反響で
自分らでもびびってるので、

ライブ常連客の2〜3名の方々から
リクエストをいただいたので、
この場をかりてちょいと製作秘話や、
かるーい曲解説なんぞさせていただこうかと。

そんなもの興味ないって人は右上のバッテンを押して、
銭湯にでも行ってくださいね。

では、以下ちょっとずつ連載予定。
全部一気に書くと疲れるからね。オレが。
こうご期待!

コメント(5)

制作にあたって?

私ことドラムの杉浦は
ギリギリ『テープの4TR MTR』を経験した世代。
高校の頃、初めて作ったバンドのデモテープは
TASCAMの4TRのMTRを作って制作したものだった。
(ちなみに当時組んでいたバンド名は
『Hybrid Stainless』という名前だった。)

この4トラMTRがすべての始まりだったが、
このテープのMTRは、当然いちいち録音しなおすのにも
早送り、巻き戻しがあるしメンドイことこの上なかった。

純真な杉浦は
『なんだかよくわかんねーから、おめーにまかせる』
オーラ満開のバンドメンバーたちを尻目に
泣きながらレコーディング、ミキシングをした。
(当時、そんな用語も知らなかったと思う)

出来上がった音源は
す べ て の 楽 器 が 中 央 で 鳴 っ て い た 。
そう。杉浦はPAN振りというものの存在を知らなかったのだ。
ちなみにクリックなんて当然聴かないでとっていたので
曲のテンポもはじめと終わりで 10〜20は変わっていただろう。
かなり前衛的である。

そんな酷いデモテープだったが、
杉浦は当時最新の『MD』に流し込み、
親父から借りパクしたプレイヤーで通学中に
自分で聴いて『やべーかっけー』とかやってたものだ。

今思い出すと? うん、死にたくなるよ。


続く==============================================

やべ、これそーとー長くなるな。
ぜんぜん関係ない話からはじまったし。
ま、いいや。オレが面白いから。
==================================================
制作にあたって?


当時のテープMTRには ハイポジ のテープが必要だった。
なんだよ、ハイポジって。
チンポジがハイなわけでは、決してなかった。

純真な杉浦は
『ハイポジのテープだとイコライザーのハイが
すげー良く効くんだよ。』
と地元友人のA君にてきとーこいた。

すまん。A。 ありゃあ、うそだ。


まあそんなわけで
このころから自分のバンドの音源を作るのは
とても好きだったのだ。

この後、発売されるMDのMTRは
物凄い速さで時代を駆け抜けていった。
買わなくて良かった。

大学に入ってしばらくしてから、
時代はHDDのMTRだ!とか言い出して、
ローランドの8トラックのやつを購入。

中古!特価!美品! という触れ込みで
購入を決意したのだが 結論からいうと
『だまされた』

たしかに、本体は美品だったが、
付属してきたマニュアルが手垢まみれなのは
よいとしても、重要なページだけ破り去られている。
雑誌のHな袋とじの様に、持ち去られているのだ。

杉浦のデモテープ制作ライフは暗礁に乗り上げることとなった。

つづく
制作にあたって?

MTRの説明書が17歳の地図だったので
急激にやる気を失った杉浦は
急速にプレイステーションにのめりこんでいった。

大学の授業にもロクに出ず、
ようやっとMTRの使い方をおぼろげにつかんだのは
購入から数ヶ月たってからだったと思う。

当時やっていた『物色』というバンド、
(こちらではギターを弾いていた)そして
サークルの面子と結成した『トランクコール』というバンドの
デモ音源を制作しながら至った結論は
『うむ、やはりアマチュアの自分が
ひとりでやってちゃ限界があるぜ!』
ということだった。

この頃からちゃんと業者さんにRecなどすべてお願いして、
自分はプレイに専念、というスタイルにあこがれ始めた。
しかし。当時の自分はただのダメ学生。
サッカーでいえばポジションは
『センターベンチ』だ。(?)
その費用を捻出するのも並大抵ではない。

そうこうしているうちに、
(プレステで遊んでいるうちに)杉浦は留年した。
このころから心の中で自分のことをカス浦と
呼ぶようになった。

当時のバンドメンバーも
卒業と同時に立派な社会人に。
(ならなかった人も多いが)

五年生になった杉浦は、文化祭までサークルにお邪魔し、
同時に先輩の結成した『zipang』という
グラムロックなバンドで相変わらずドラムをたたきながら
プレステしてたら、晴れてもう一度留年した。
この頃からカス浦→スジウラへとクラスチェンジする。

そんな折、同期のギタリスト、アベが
とあるCDをもって我が家にやってきた。
当時、チョイチョイとBGM制作のバイトなど
請け負っていたので同期のアベに一曲弾いてもらったのが
キッカケだったかと思う。

『なんだかよくわかんねぇから俺たちBANDやろうぜ』
みたいなやり取りがあったのだろうか?
アベとバンドをやることにした。

つづく。
制作にあたって?


もはやただのバンドヒストリーだな。

さて、ふたりではバンドはできないってことで
どうしようかと考えていた矢先(ほんとにすごいタイミングで)
サークルの後輩ファッキンベーシスト安瀬から杉浦に電話が。

彼はちょうど留年が決定し、
アンセ→マンセへとクラスチェンジしたところだった。
『バンドやりませんか』とか言うから
『ギターアベでいいならやろう』と答えた。

そこに更なる後輩、Ryo Morimotoを
加えて結成されたのが『Trigger of Insanity』というバンド。
今の Knockout Mouse の前身みたいな。

このバンドのレコーディングもやはり業者には頼まず、
自分らで録ることにした。(金銭的な理由もでかかったと思う)
しかし杉浦はパソコンで色々と音をいじることを
覚え始めていたので…MTRで録音する→自宅PCでミックスしてみる
なんてやり方をとってみた。
大学の空き部屋にマーシャルをゴロゴロと持ち込んで
時間無制限に録れたのは今思えばすごく楽しかったのだ。

9曲いりのアルバム的なものを出したのち、
バンドは解散、

結構長いメンバー探しの日々が始まるのだった。
制作にあたって(改めバンドヒストリー)?

メンバー探しの頃はよく覚えている。
足を棒にしつつ、手分けしてチラシとか張ってたのだ。

結構な人数と試した後に、
とりあえず動き始めてみよう、と思ったのが
現ボーカルのサトルシタミ(@趣味は残念)だった。

序盤はわりと新宿ACBとかにお世話になることが多かった。
結構な曲数が闇に消えていったと思う。
まぁ、それは今もおんなじか。

まぁなにしろ
『ひねくれ轟音パワーポップ』をやりてえんだ
という結論に至るまでは紆余曲折あったと。
いうことなんですな。

はじめの4曲ぐらいはまた杉浦が
MTRとPCで音源を作っていたのだが…
もういい加減ちょっと業者の人にお願いしたいぜ!と
ダダをこねたあげく友人のツテから知り合った川原氏に
Recをおねがいすることとなった。

この時の4曲入りが
1stミニアルバムの『KnockOut Mouse』。
現在は絶版です(笑

今の新譜『The MICE refer to 4 Topics』 にも
このミニアルバムから『Hello』と『プリズム』の二曲が
ボーナストラックとして受け継がれてたりするのだ。

この第一次Recはホント色々と勉強になることばかりだった。。
Recにむけての準備とかさー
あらかじめ打ち合わせしておかなきゃいけなかったのに
できてない部分とかさー
未熟。坊や、ミジュクの時間よ。
反省点がてんこ盛りだったんだ。

つづく。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

KnockOutMouse 更新情報

KnockOutMouseのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング