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Фaust foodコミュのФaust food 5話:シャイガール?

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 乾いた空気が漂うそこには、微かに血の香りが漂っていた。

 コンクリートの壁面に描かれた多国籍言語混じる落書き、汚物まみれの便所、特殊使用に改造されたターンテーブルとミュージックボックス。中央に配置された石畳の6メートル四方のリング。爪や歯がめり込み、あるいは角が砕けたコンクリートのポストが四隅に立ち、その四隅の頂点を結ぶように張られた有刺鉄線ロープ。付着した血糊をそのまま放置していた為、赤錆が生じ、ただでさえ危険な有刺鉄線であるにも関わらず、より一層危険な物体と化していた。

 昼間のヴァルキルプスは、夜とはまるで別の顔を持つ。誰もいない。死んだ動物のように、しんと静まり返り、反応も何もない。そこに、一人の男がいた。

 有刺鉄線が張られた危険なリングの中央で、胡坐を描き、両耳に耳をすっぽり覆うような銀色で大きなヘッドフォンを装着し、コネクトした足元のCDウォークマンの音楽を、大音量で聴いていた。

 両腕のない小柄な男である。ワインレッドのアロハシャツにダメージジーンズ、サングラスをかけた黒人。

 ヴァルキルプスのDJ兼MC。ミスターラビットである。

「うーむ。やっぱ90年代前半のラッパーはなかなかイかすな。最近のへなちょこ野郎と比べたら、ムーンとタートルってか?」

 リズムに合わせ、首を前後に振りながらミスターラビットは呟いた。誰もいないヴァルキルプス内で、ひどくその声が反響していたが、大音量で音楽を聴くラビットには、自分の声は音楽にかき消され、聞こえていなかった。

「だが、次のファウストファイトに使うには、少々役不足だな。こりゃー。しかし、参ったなぁー、これで200曲目だってのに、まだ見つからねぇ。どうなってんだ? 一体。オイラの勘も鈍ったか?」

「鈍っちゃいねぇよ」

「ん?」

 ラビットが振り向くと、そこにアキナが立っていた。

「おや? シャイガール。どうしたんだ?」

「テメェもなかなか面白いことしてくれたじゃねぇか」

 低く、相手を脅すような声色で、アキナは言った。上下とも黒のジャージを着るアキナの両拳はバンテージが巻かれ、動きやすいようにスニーカーも履いていた。そして、目つきはこれほどもなく、鋭く、血走っていた。

「面白いこと?」

「たかが15の女相手に、大の男5人も送るってのも、なかなか趣味いいことしてくれるじゃねぇか? え?」

「あん? おいおい。勘違いはよしてくれよ。オイラはそんなこと一言も命令してねぇよ。あいつらが勝手にやったんじゃねぇの?」

 ヘッドフォンを外さず、落ち着いた態度でラビットは答えた。

「だったら、どうするってんだ?」

「まぁそうカリカリするなよシャイガール。オイラは今リラックスタイムなんだ。この誰もいないヴァルキルプスで静かにミュージックを楽しむのが、ここ最近のオイラの流行りなワケよ。これがなかなか癒されるのよ。どうよ? おめぇさんもするかい?」

 その瞬間、ラビットの顔面に向かって、アキナの足刀蹴りが真っ直ぐ放たれていた。

 空気を切り裂いた半秒間。ラビットにアキナの足刀は命中せず、指一本分の距離に上半身を仰け反って、ラビットは攻撃を回避した。

「危ねぇーなー。おめー」

「言え。ファウストファイトに出場した奴の名を」

「あんなぁー、おめぇ自分の立場わかって物言ってるの?」

「わかってるからこそ、お前のところに来た」

 突き伸ばした足を戻し、アキナは再びラビットと対峙した。

「たかがチンピラ5人と賞金稼ぎぶっ殺したぐらいで、いい気になるんじゃねぇぞ小娘」

 ゴロンとラビットは顔と頭を順番に地面につき、後ろに回転すると、スッと立ち上がってアキナを見上げた。その時には、ヘッドフォンは耳から外れていた。

「なぁージャパニーズガールよ。おめぇ、『女』になって何年だ?」

 ラビットの質問に、アキナは黙った。それが答えだったかのように、アキナはジッとラビットを睨んでいた。

「いいじゃねぇか。生きてるだけでも。そりゃ、地獄の体験して生き残るってのは、どれだけへヴィーな気分なのか、オイラには見当もつかねぇし、知りたくもねぇよ。ただよ。やっぱ、そこは考えのスイッチターンだぜ。もっとポジティブになれって。おめぇさんなかなかキュートなんだから、男なんて捨てて、さっさとボーイフレンド作って人生謳歌しろよ。結婚もしてよ。おめぇさんのウェディングドレス。晴れ姿。死んだオフクロさんもきっと……」

「テメェらが殺したんだろうが…」

 アキナが言った。アキナの眼は、ただ、単純に襲撃を受けた『怒り』だけではなく、憎しみ、怨念、そういった負の感情が激しくこめられた眼だった。その眼が写すラビットの表情は、アキナを同情するような気配など一切なく、いたって平常通りの顔で、彼女を見上げていた。

「わからずやだなぁー、おめぇさんは。いいか? この世にはルールがあるってのを、おめぇもそろそろ学んでいるはずだ。殺し合いにルールがなえっていうが、そうじゃない。相手を殺すのが殺し合いの『ルール』だ。それを、おめぇ殺されたから『ルール違反だ!』って、誰が騒ぐ?」

「テメェの理屈に付き合ってる暇はねぇんだよ! アヴドゥル・ヴィルジュアナ。さっさと答えろ!」

 なおも引かないアキナに、アヴドゥルと呼ばれたラビットが、顔をうつむかせ、ため息混じりに吐息を吐いた。

「ったくバカ野郎だぜおめぇは。そんなにマフィアの首を狙いたいってのなら、ポリスにでもアーミーにでもなればいいってのに。そんな不器用なやり方じゃ、犬死だぜ?」

「テメェの知ったこっちゃねぇだろ」

 やれやれ。と、ラビットは呟いた。

「言っとくが、オイラのヴァルキルプスでチャンピオンになったからって、必ずしも幹部連中がオメェに興味わくとは、限らねぇんだぞ? 芋づる式ってのは、世間のルールを履き違えた間抜け連中にしか通じないやり方だ」

「テメェはどう考えるんだ?」

「オイラは今でもおめぇを許しちゃいないさ。ただ、さすがに護衛も何もなしのこの無防備。残念なことに、オイラには両腕がない。ガチで戦えば、オイラの負けは決定したも同然だ。だったら、オイラの代わりをする奴と戦わすしかねぇだろ」

 ラビットは片足を上げると、器用にアロハシャツの胸ポケットにしまっているケイタイを足の指で摘み取り、器用に足の指で電話番号を押して、これまた器用に耳元に携帯電話を当てて、呼び出し音を鳴らした。

 電話の呼び出し音が鳴った後、ブッと音が切れ、相手が電話に出たようだった。ラビットはいつもの調子に戻って、陽気に話し始めた。

「―――」

 ミスターラビットは携帯電話に向かって何を話してるか、アキナにはさっぱりであった。

 おそらくはフランス語。外国語なら軽い中国語と英語、スペイン語の手ほどきを冬先生に教わったアキナだが、ラビットが使うハイスピードなフランス語まではまだマスターしていなかった。

 一通りの会話を済ましたのか、ラビットは電話の電源を足の親指で携帯電話をはさむように押して切り、高く上げた片足を地面に戻した。

「うちには、3人のバウンサー(用心棒)がいるんだ」

「用心棒?」

「一応、うちはナイトクラブだからな。しかも、非合法だ。どこのクラブにでもいるだろ? 酒に酔った客を止めるボディーガードだ。そのうちの一人が、リッチだ。奴は賞金稼ぎもやりながら、うちのバウンサーもやってたのさ」

 アキナはさも興味なさげに「ふーん」といった。

「そのうち、リッチの野郎はあんたにのされちまったから使えないとして、残った二人。ジャバウォックは最近うちに顔出してないから、ルナを呼ぶことにしたよ」

「ルナ……?」

 ルナとは、フランス語で「月」を意味する単語である。

 この男、ミスターラビットの母国語フランス語であるのと、さきほど連絡を取り合う際にフランス語を使っていたところから、おそらくはフランス人の確率が高いとアキナは予想した。

 それと同時に、アキナはある一つの出来事を思い出していた。

 リッチとの戦闘の後、現れたミスターラビットを護衛する巨漢二人。アロハシャツと背広姿の二人。頭部が天井に接触するほどの巨躯で、またその服の内側に蓄えられた「肉」は、ただスポーツをするだけに使用されるものならあまりに大げさに発達している。あの二人なら納得はいく。

 暴力を行使する為に鍛えられた「筋肉」を有し、また、暴力で主人を守る為に肉体に刻み込んだ「技術」をも有している可能性が高い。

 おそらくは、あの二人のどちらか。そう、アキナは考えた。

「そいつを、倒したら……チャンピオンと戦えるのだろ?」

 アキナはラビットに聞いた。先ほどのように凄みを入れていない。むしろ、これから会える相手に、楽しみすら持ってるように、声が少々弾んでいた。

「ああ、いいぜ。倒せたならな」

「わかった。で、いつやるんだ?」

「そいつはルナ本人に聞きな。オイラはただ、ルナに「オメェに挑戦したい奴がいるらしいけど、どうする?」って聞いただけさ。そしたらあいつ「こっちから連絡するから、お前は何も決めるな」ってよ」

「な?!」

 アキナは拍子抜けした。まさか、ラビットが何もかもの段取りを決めるはずではなかったのか? と。だが、一番困ったことがあったのをアキナは思い出した。

「お前、俺がフランス語を喋れないのを奴に言ったのか?」

「何で言う必要がある?」

「ば、バカ! コミュニケーションどうすんだよ!」

「スチューピッド(バカ)はどっちだ? おめぇまさかルナとお茶でもしに行くつもりかい?」

 ラビットの意見はもっともだった。確かに、相手はリッチ同様、アキナを殺害する気で挑んでくる。アキナもその相手に対し、殺す気で戦わなければ、待ってるのは「死」である。スポーツでの決着ならいざ知らず、決闘において、まともなルールは存在しない。

 ラビットが先ほど言った様に、殺し合いに「ルール」はない。

 ゆえに、相手とのコミュニケーションを取る必要など、皆無に近い。

 相手がそこにいたのなら、戦い、勝敗を決める。それだけである。

「だったら、せめて奴の特徴を教えてくれ。たとえ連絡があったとしても、オレは奴の顔も声も知らないんだ」

 最低限、これだ許されるだろう質問をアキナはラビットにぶつけた。

 が、

「悪いな。それもオメェには教えられない」

 あっさり拒否された。

「テメェ! 何もかも秘密にしたら、こっちが「不利」じゃねぇか!」

 あまりにも横暴な条件に、さすがに腹が立ったアキナが怒鳴った。しかし、ラビットはサングラス越しにアキナを睨んで、こう言った。

「当たり前じゃねぇかテメェ。ケンカ売ったのはどっちだ? テメェからだろ? オイラはオメェのオフクロじゃねぇんだ。オメェが負けるように仕向けるのもオイラの仕事の一つだ。それとも何か、オイラが味方になったとでも勘違いしたのかい? 小娘」

 アキナは黙った。

「いいか? 奇襲するのもされるのも自由だ。んなことオイラが決めることじゃない。オメェらが殺し合おうが共食いし合おうが知ったことじゃねぇよ。ただ、どっちか生き残ったらここで戦わしてやる「チャンス」を恵んでやるんだ。それに不平不評つけるんだったら、さっさと帰ってクソして寝な」

 吐き捨てるように言い放ったラビットに、アキナは眉間にシワを寄せたが、その実、ラビットのいう事全てが正論であることを改めて理解したアキナは、踵を返してその場から立ち去ろうとした。

「一つだけ、教えてやるよ」

 アキナの背中に向けて、ラビットが声を投げた。

「オメェがこれからやり合う「ルナ」は、リッチとは比較にならねぇからな。何度肝を抜かれるんじゃねぇぞ」

 アキナは振り向きもせず、ヴァルキルプスを出た。

 ヴァルキルプスの出口は、いくつかあり、そのうちの一つは、ジャンクストリートの地下に流れる下水道に繋がっている。

 真っ暗といっても過言ではないそこには、汚水と汚物が流れ、ドブネズミや昆虫が徘徊している。アキナが歩く度に、彼女がこの場所ではただ一人の人間であるのだと、壁に反響する音で認識させてくれた。

 嗚咽すら覚える下水道、そこをしばらく歩くと、アキナは立ち止まり、上を見上げた。天井に筒状に伸びた穴があり、そこから微かに光が漏れていた。

 アキナはその場で跳躍した。自分の身長の倍はあるだろう高さまで、軽々とジャンプした彼女は、筒状に伸びた穴の先に、梯子がついていて、それにしがみついたアキナは、そのまま梯子を上って、マンホールを腕で押し上げるように開けた。

 地上に出ると、周囲の建物は傷んではいるものの、青や赤などのカラフルな塗料が塗られ、壁のあっちこっちこっちにはキリル文字での落書きが目立っていた。歩いてる人間も白人ばかりである。そこはジャンクストリートの中でも北の地区、ロシアやグルジア、ギリシャなど、北欧系の異国籍外国人が住む地区の道路の一つであった。

「お、おかえりなさいませ! 姉御!」

 五人の白人が、ひきつった笑顔でアキナを出迎えた。

 トレーニングをしていたアキナに奇襲をしかけた五人であり、五人とも、顔面が痣だらけであった。

 この有様が彼らの結果を物語るように、言うまでもなく、アキナに完膚なきまでに返り討ちにされたのだった。

「いかがでしたか? ミスターラビットとの交渉は?」

「ああ、ここの通路使えるな。オレが前に使ってた地下道とはルートは別方角だが、ここだったらいつでもヴァルキルプスに入れる」

「左様でしたか…それはそれは」

 揉み手をする五人に、アキナはマンホールの穴から身体を全て出すと、そこに立ち、スタスタとその場から立ち去ろうと歩いた。

「どこに行くので? 姉貴」

「帰るんだよ。いつまでもこんな辛気臭い場所にいてられるか」


「そんな! せっかくオレのお袋直伝のボルシチをご馳走いようと思ったのに……」

「テメェらで勝手に食っとけよ」

 冷たくあしらうアキナに、しゅんと首をうな垂れる五人。そのうちの一人が「あの」と、遠慮しがちな声でアキナに言った。

「何だ?」

「あの、先ほどこんなものを渡されたんですけど……」

 おずおずと五人の中でも一番背の低い白人が、ポケットからくしゃくしゃになった便箋らしき薄い紙をアキナに手渡した。

「これは?」

「あ、いや。さっきそこのジジィがシャイガールに渡してくれって」

 背の低い白人が自分の後ろを指差すと、そこに帽子を被った白髪の白人の老人がベンチに座っていた。

 アキナの存在を確かめると、軽く帽子を持ち上げ、会釈した。

 それを見てアキナは、ズカズカと大股歩きで老人に歩み寄った。

「アンタ…まさかルナを知ってるのか?」

 興奮していたのか、ついアキナは日本語で聞いてしまった。

 当然ながら、老人は眼を丸くし、肩をすくませた。

「あ、オレが言いますよ」

 その横から割って入ってきたのが、五人の中でもほどよく中ぐらいの背の白人で、ぺらぺらと老人に事情を話した。ルーマニア語だった。

 自分の知っている言語を聞き、ようやく事情を知った老人は、ルーマニア語で返事した。

「何だって?」

「どうやら、このじいさんも違う奴から渡されたみたいで、この手紙の持ち主とは直接会ってはいないそうです」

「チ」

 アキナは舌打ちし、握り締めた手紙を改めて見た。

 そこにはやはりというべきか、フランス語で文字が綴られていた。

「おい。お前フランス語わかるか?」

「フレンチっすか? 小学生の頃にチラっとだけ…」

「じゃーオレの代わりに読め。オレはわからねぇんだよ」

 バッと五人にアキナが手紙を突き渡す。おおるおそるアキナの手から手紙を受け取った五人は、中の文章を読み始めた。途中、ルーマニア語で「こうか?」とか「こういう意味だろ?」的なニュアンスの相談がされ、しばらくして、解読完了した様子で、腕を組んでつま先でパタパタと地面を叩くアキナに、「あのぉ」っと声をかけた。

「わかったのか?」

「Да(はい)。とりあえず、この渡した相手は姉御の対戦相手らいくって名前は……」

「んな事は聞いてねぇよ。そいつはオレに何をして欲しいのか、書いてないのか?」

 苛立った声で催促するアキナに、三人は焦り、ええっと手紙を読み直した。

「あ、これだ」

「で?」

「対戦場所は……南海市、グリーンタワービル。36階だそうです」

「グリーンタワービル?」

 アキナは首を五人に向き、目をむいた。

「おもいっきり、ジャンクストリートの外じゃねぇか……」

 底知れぬ謎が、アキナの中で渦巻いた。


 To be continued...

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