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Фaust foodコミュのФaust food 6話:絶対バランス?

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 南海市グリーンタワービル36階――。

 駅から15分歩いた場所に、その建物は存在した。企業ビルが立ち並ぶそこには、若者向けのブティックやレストラン、販売店など、休日にはたくさんの人がそこに群がるよう設計されたかのように、娯楽施設が集中している場所だった。

 アキナは過去、友人のミズキに誘われて、一度だけ遊びに行ったことがある。身体は女であっても、元は男であるアキナにとって、女性向けの店に入ってもさほど胸は弾まず、ミズキが喜んでショーケースの服を指差して「これどう?」と訊いてきても、曖昧な返事しかできなかったことがしばしばあった。実際、彼女は服に関しても無頓着な部分があったから、仕方がないといえば仕方がないかもしれない。

 今頃、ミズキはどうしてるのだろうか――。

 ジャージのポケットに手を突っ込みながら、道を歩くアキナはふと思った。

 リッチとの戦闘に巻き込まれ、命はどうにか取り留めたという情報までは入手できたが、それ以降の情報がまだない。意識は戻ったのだろうか? ちゃんと元の生活ができるのだろうか? 次々と疑問に似た不安が、アキナの脳裏に走った。なぜなら、全ては自分が撒いた種である。無関係な彼女を巻き込んだ罪は、重い。口で謝って済む問題なら、今頃アキナはミズキの元に向かっている。

 しかし、今はできない。まだ何も終わってないからだ。

 アキナには目的がある。それはヴァルキルプスのチャンピオンになること。

 その為には、ヴァルキルプスで催される格闘技イベント「ファウストファイト」のファイターとしてデヴューしなければ、話にならない。

 非合法裏格闘技の世界にまずデヴューするには、方法は二つある。

 一つは、コネだ。

 ヴぇルキルプスに通じる誰か……たとえば、ミスターラビット。彼ならあの場所で司会をしているから、彼が認めればすぐにでも戦士としてエントリーできるだろう。

 しかし、アキナはその手段を選べなかった。

 なぜなら、ラビットは大のキャットファイト(女・子供のケンカ)嫌いで有名だからである。

 ファウストとはドイツ語で「拳骨」という意味がある。その名の通り、拳骨で勝負を決する場所で、いわゆる「闘争の象徴」ともいえる領域だ。彼らが裏社会の人間だから、おかしいといえばそうかもしれないが、彼らにもカタギの世界以上に厳しいルールがある。

 ケンカとは、闘争とは、「男」の価値観である。

 原始時代から、男が狩りをし、女が家を守る。そういう封建的な思想が、裏社会では根強く残っている。むしろ、そういう思想こそが、裏社会の全てといっても過言ではない。ラビットはエンターテイナーではあるが、それと同時に裏社会の人間でもある。裏社会のルールに則って経営するのが、至極全うなやり方である。

 なら、直接彼に言っても話にならないのは、眼に見えている。だったら、他の人間はどうなのか? 否――ッ 同じである。

 女、子供が、あの神聖な場所に立つなど、到底有得ない。

 そうなると、女であるアキナにはチャンスは訪れない。いくら、かつては男であったといても、女であると同時に「未成年」である彼女には、追い討ちをかけるが如く、ファウストファイトに参加する権利は得られない。
 
 泣き寝入りをしたくなるほど絶望的な条件化の中、アキナが思いついたアイディアは、最後の方法だった。

 それが、あの夜の『乱闘』だった。

「須藤明菜様デスカ?」

 グリーンタワービルに入ろうと、ガラスの自動扉の前に立って、扉が左右に開いたところに、アキナは声をかけられた。

 大柄な白人。スーツを着ており、頭はスキンヘッド。碧眼と高い鼻のカタチから、白人と一目でわかった。

 そして、やはりというべきか、服の上からでも発達した筋肉の迫力が伝わってくる。相当鍛えこんでいる。体重は軽く100キロは超えているだろうし、身長も確実に180センチ超えている。周囲にいる日本人客が、物珍しさについ眼がいってしまっている様子だった。

「私、ルナ様ノ使イデ案内スルヨウニイワレマシタ、クリス・バースディデス。ドウカオ見リオキヲ……」

 カタコトな日本語ではあったが、物腰の柔らかい、丁寧な口調だった。相手を油断させる為の態度であろうか? アキナは警戒していた。

―こいつ…強いな―

 ポケットに入れている右手は、すでに拳の形となっていた。いつでも、戦う準備はできている。しかし、ここは一般人が利用する公共地。こちらから戦いを仕掛けようとすれば、すぐに警察に通報されるだろう。ここは大人しく、相手が胴出るかを観察するのが得策と、アキナは考え、拳を出さずにいた。

「ルナってのは、ここの36階にいるんだろ?」

「エエ。左様デ…」

「だったら、案内もクソもねぇよ。すぐそこじゃねぇか」

「ソウデハアリマセン。ルナ様ハ今回ノ決闘デ、ヴァルキルプスノ「チャンピオン」トノ挑戦権ヲ手ニ入レルアナタ様ヲ大変不快ニ感ジテイルヨウデス。デスガ、ソレト同時ニ、アナタ様ヲ倒セバ、逆ニ自ラニモ挑戦権ガ得ラレルトイウ話。ナラバ、敵デアルト同時ニ、アナタ様ハ大事ナ客(ゲスト)デモアルトイウコトデス」

「大層な自信だな」

 アキナは皮肉っぽく言った。すでに、自分を倒しているかのようなこの態度、非常に気に入らなかった。

「デハ、オ召シ物ヲ着替エル場所マデゴ案内イタシマス」

「は? 着替えるのか?」

「エエ。ソノ通リデス。折角ノ決闘ノ場。ソノヨウナミスボラシイ格好デハ、アナタ様モゴ不満カト……」

「不満かどうかはオレが決めることなんだよ」

 睨みを利かすアキナに、クリスは満面の笑顔で答えた。

「デハ、コチラデス」

 到着したエレベーターに乗り、二人は地上25階で一度降りた。もちろん、その間に、クリスと名乗るこの白人を倒すチャンスはあった。倒してしまえば、人質ができ、アキナの優勢ともなれる。しかし、青臭い正義感を振り翳すワケでも、またこのクリスの実力がアキナを上回っているワケでもなく、アキナは何もせず黙ってクリスに従った。

 理由は一つだ。単純な勘である。

 ここでクリスを仕留めても、何の徳もない。そう自分の中にある第六感に似た感覚が、アキナに囁いた。それは悪夢のように彼女を誑かす「ピエロ」ではなく、元来から存在するアキナの感覚であった。

 そして、その勘は的中した。

「ヨウコソ! アキナ・スドー様」

 25階に止まったエレベーターが開いた時、アキナに幾人もの人間の声がかけられた。

 巨漢。そうとしか形容できない男たちが、廊下の端にずらりと立っている。何人も、それこそ芸術鑑賞するかのように、隙間なく男たちが立っている。

 皆、統一してタキシードを着ており、肌の色は様々であったが、どれも戦いに順じてきた屈強な男たちの顔をしていた。

「こいつらは…?」

「ルナ様ノ弟子デゴザイマス」

「弟子?」

「ハイ。バウンサーノ中デモ最高峰ト呼バレルルナ様ハ、ヴァルキルプスニ留マラズ、世界各国ノ裏世界格闘技ノチャンピオン候補。ソノ、ルナ様ヲ慕ッテ、我々ガルナ様ノオ世話ヲシテイルノデゴザイマス」

「すげぇんだな。ルナって」

 廊下を歩くアキナとクリス。クリスが先頭を歩くのに、アキナがその後ろをついていく。一歩一歩進むたびに通り過ぎる巨漢たちが、一人ずつ会釈している。

「エエ。少ナクトモ、現時点デノアナタ様ヨリモ、確実ニ……」

 アキナの眉間がピクッと動いた。

「命知らずだなオメェ」

「ソノポケットニ入レタ右手ヲ……仮ニ今私ニ放ッタトシテモ、オソラクハ私ニハ届カナイデショウ。オ諦メナサイ」

 クリスがアキナに振り向き、またもやニコッと笑う。筋肉質の男が作る笑顔は、やはりというか、似合っていなかった。

「大した自信だな」

「ルナ様ノ持ツ神秘ハ、我々ニハ到底理解デキマセヌカラ、限界ハアリマス。デスガ、アナタ程度ナラ、ルナ様ニ代ワッテ屠ルコトナド造作モナイ」

「ルナの案内役じゃなかったのかい?」

「モシ、アナタガヨロシイノナラ、イツデモ」

 巨漢の肉が盛り上がった。クリスが、前面をアキナに向け、腰を落とした。

「サァ…来ナサイ。シャイガーLu………」

 クリスの視界が、激痛と共に暗闇に変貌した。

 顔を覆い、クリスは悲鳴を上げた。両瞼の内側から、夥しい血が溢れた。

 アキナの右手、人差し指と薬指が、血でべっとり濡れていた。

「その神秘とやら、確かめさせてもらうぜ」

 ジャージの腰で、血を拭き取るアキナが、スタスタと廊下を戻ろうと歩き出すと、背後から殺気を感じた。

「キサマァ…! コノクソガキガ!」

 両眼球を潰され、視界ゼロの状態であるにも関わらず、クリスはアキナの背後を狙い、奇襲を仕掛けてきた。

 取った攻撃は、大振りに構えた位置からの、素人パンチだった。

「ウラァアアアアア!」

 人ではなく、獣の声だった。クリスという獣が咆哮していた。

 その咆哮に対し、アキナも雄叫びで返した。

「だっしゃぁッッッッ!」

 振り返りと同時のハイキックが、クリスの顔面に当たった。

 奥歯が砕け、唇の先から、折れた歯の何本かが、パラパラと廊下の床に散らばった。

「御見事デス。ミス・スドー」

 気を失い、無様な姿で床に沈むクリスを見下ろすアキナに、廊下に立つタキシードを着た巨漢の一人が、パチパチと小さな拍手を送った。

「まさか、オレの実力を図るために、やったんじゃねぇだろうな?」

 巨漢たちは黙っていた。アキナは舌打ちした。やはり、勘は正しかった。

「ルナってのは、よほど悪趣味な野郎なんだな」

「慎重……トイウベキカト。サァ、コチラガ更衣室デス」

「お前バカか? ここまでさせられて、誰がテメェらの指図に従うかよ」

「デハ、イカガイタシマス?」

「このまま36階で待っているルナの野郎に直接会えば、オレの目的は達成する。着替えろだの実力試しだの、あいつの策略にはまるのだけは御免だな」

「ゴモットモデ……。デスガ、残念ナガラ、アナタ様ハスデニルナ様ノ術中ノ中デゴザイマス」

 そう言うと、廊下に立つ巨漢たちが、一斉にアキナを見た。

 ゾワッとアキナの皮膚が、泡立ったように鳥肌が立った。

「卑怯だなー。おめぇら……」

「イカニシャイガールトイエドモ、我々『50人』トマトモニヤリアエバ、勝テル見込ミハ少ナイ。ソシテ、仮ニ勝テタトシテモ、メインデアルルナ様トノ決闘デハ、マズ勝利ハアリエナイ」

「け!」

 不貞腐れたように、アキナは廊下に唾を吐いた。

「わかったよ! 着替えればいいんだろ?」

「メルシー(ありがとう)。ミス・スドウ」

 しぶしぶ、彼らの指示に従うアキナは、案内された更衣室に入った。

 ドアを閉め、10人入るのが限界な狭い更衣室には、あからさまな物体がところせましに設置されていて、アキナはそれに対して、苦笑するしかなかった。

「よほど、覗きの趣味があるんだな」

 カメラ――。

 防犯カメラ及び、ホームカメラ、撮影用に使われる巨大なカメラが、ロッカー以外のあらゆる場所に、設置されている。

「そんなに女の裸が見たいなら、テメェの方から来いってんだ」

 カメラに向かって、アキナは言った。わざとらしく、相手を挑発するように、である。

「ったく。たかが着替えるだけでも、おちおちゆっくりできないぜ」

 ジャージを脱ぎ、シャツを脱ぐアキナは、カメラを一基も壊さなかった。壊す必要がないからである。アキナにはそもそも女性としての羞恥心はあまりない。そして、更衣するという行為に置いて、最も警戒すべきは、奇襲である。着替える瞬間ほど、人間は無防備でいる状態が長い。仮に上着を脱ぐ過程の中にも、両腕が使えない場面がいくつもある。そんな中で襲われたら、反撃できないのは至極当たり前。だが、先ほどの様子から、そのような事態が起るのは、限りなく有得ないとアキナは理解していた。

 ルナという人物は、アキナを観察しているのだ。

 これから戦う人間の弱点が、一体何なのか、それを探っている。これは闘争において、もっとも基本的な戦術であり、卑怯でもなんでもない。かつてはアキナも行った戦略でもある。

 相手を知ることも兵法の一つ。だが、ここまでの経緯で、クリスを倒したスピード、技術、破壊力。またそれ以前に流れたであろうヴァルキルプスの乱闘でのアキナの活躍、リッチを倒した事実も合わせても、アキナの実力の全てが露呈したとは限らない。仮に実力の全てが露呈されていたとしても、一体この状況でどうにかできるか? 

 アキナは、まだルナの正体すらまだ知らない。

 開き直って、戦うしかないのだ。負ける要素を考えれば、いくらでも出てくる。しかし、負けることを前提に戦う人間は、まずこの場所には立たない。覚悟を決め、勝つことのみを考えているからこそ、平然とカメラの前で裸になり、着替えられるのだった。

「何だよこれ…」

 ロッカーに用意されていたのは、普段のアキナには縁のない代物であった。

 俗にゴスロリファッションというものだろうか、黒を基調としたワンピースのスカートに、白のフリルがつている。長袖にもフリルがあり、黒のハイソックスに革の靴までもあった。

「スカート短ぇ…」

 着替え終わったアキナは、ロッカーの扉の中にある鏡で自分の姿を確認した。

 恥ずかしい格好だった。時たま、こういう格好を平然としてのける女をアキナは見かけたことあるが、その度に「恥ずかしくないのかお前」と内心嘲っていたのだが、それを自分がやるとはまさか夢にも思わなかった。

「パンツ見えちまうじゃねぇかクソ」
 
 実のところ、自分が性的興奮をしてるのではないかとアキナは考えさせられたが、これから決戦を迎えるというのに、何だこの浮つきようはと自分自身に叱り飛ばし、姿形のことはともかく、気持ちを切り替えねばと、拳を顎の位置まで持ち上げ、構えた。そして左ジャブをし、肉体の緊張の固さを図った。

 空気の切れる音に、アキナは確信した。まずまずであった。

 続いてハイキック。空中で蹴りを放った。股関節はいつも通り柔らかく伸び、足も高く上げられた。

――ルナ……どんな奴かまではわからねぇが、一つだけわかったことはある。間違いなく奴は変態野郎であり、そしておそろしく強い…――

 更衣室から出たアキナに、巨漢たちに反応はなかった。が、一人がエレベーターまで彼女を送ると名乗り出て、アキナをエレベーターの前まで送った。

「最後に、あんたらに聞きたいんだが」

 アキナがエレベーターを持っている間、巨漢たちの一人に聞いた。

「ルナってのは、どんな男だい?」

「……」

「だんまりかい? まぁいいさ。これから、直接会うわけだしな」

「アノ方ハ、我々凡人ニハナイミステリアスナ能力ヲ持ッテナサル。タトエ、我々ガ1000人、10000人ニナロウトモ、アノ方ニハパンチ一ツ浴ビセラレナイト断言デキマス」

「ふーん」

 エレベーターが到着し、アキナは中に入った。

「じゃ、悪いな。その10000人のあんたらの分まで、アイツをボコりに行くわ」

 エレベーターの扉が閉まる際、男たちは無表情でアキナを見ていた。哀れみでもなく、同情でもなく、ただ口を閉じて黙って見送っていた。

 エレベーターが36階に着き、扉が開いた。

 アキナは唖然となった。


To be continued....

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