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Фaust foodコミュのФaust food 5話:シャイガール?

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 老人と呼ぶにはまだ若い、医師・冬行は、中南海の吸殻を道端に捨て、鋭い眼差しで前を歩いていた。

 いつの間にか、夜になっていた。

 ジャンクストリートで営む飲食店は、夜営モードに切り替え、屋根に吊った提灯や裸電球に明かりを点け始める。
椅子とテーブルは外に運び出され、均等に並べられた。どこからともなくジュワーと羊肉が焼ける香りや、ポンとビール瓶の栓が抜く音、アバウトに料理を注文しては、ペチャクチャと談話を楽しむ客たちの姿、その様子が窺えた。

 ザワザワと人だかりが多くなり、賑やかになってくる。

 ここは正確にはジャンクストリートの中でも、中国系の人間が商売を営むエリア、中国人街だ。日が昇っている時間帯には、知らない人間相手なら「ち」と舌打ちして睨みつける彼らが、明るく陽気に笑っている。心から気を許した仲間たちとでないと、こんな顔はできない。

 昼間は人気が少なく、あんなに廃れたイメージがあったのに、それが、つまらない冗談だったかのように、活気で溢れている。

 それも、そうだろう。

 ここはゴミだらけの街(ジャンクストリート)だ。

 自国で鼻つまみ者扱いされ、捨てられる場所だ。
ゴミ箱や廃棄所で、自然と集る昆虫のほとんどが、夜行性であるのとよく似ていている。ここも同じだ。ゴミ箱や廃棄所がジャンクストリートなら、異国籍外国人は、そこに集って生活する『虫』だった。

「なぁーなぁー、なぁーってばよー、冬先生ぇー」

 ポケットに片手を突っ込む冬先生が、声の主に向かって振り向く。

 道の端で、ダンボールを敷いて寝転がる男がいた。老人だ。かなり体臭がきつい。鼻がひん曲がり、まともに喋るのも嫌になる。浅黒く日焼けした肌には、きっと、凄い量の垢が溜まっているのだと、どうしても、想像させられる。
ボロボロで汚らしい麻色の毛布に身を包ませ、『給我銭(金をくれ)』と書かれた紙が、ダンボールの近くに置かれている。

 その姿と言動から、この老人がルンペンだと、わかった。

「どうよ? アンタさぁー、金持ってるって聞いたぜ?」

 ニヤニヤと実にいやらしい笑みを浮かべるルンペンが、こっちに来いよ、と手招いている。

「さぁな」

 眉根を寄せる冬先生は、ルンペンを蔑むような目で見下ろした。

「それが、どうした?」

「ちょっと分けてくれって言いたいんだ。世界中のミンナが幸せだっていうのによぉー、俺一人が不幸せってのは、何か納得いかねぇんだ」

「知らんな」

「へへ、そう言うなよ。俺たちトモダチだろぉ? トモダチの不幸は 黙って見過ごすワケにはいかないだろ? な?」

 ルンペンはそう言うと、自分を包んでいた麻色の毛布から右腕を出した。

 右手がなかった。

 バッサリと切断されていて、浅黒い肌の腕は、醜く変形し、グロテスクな物体となって、腕の先にへばり付いているみたいだった。

 目を覆いたくなるような残酷なその光景に対し、冬先生は無表情だった。

「なぁーどう思う? 俺はさぁー、これがあったせいでさー、まともに学校行けなかったんだ。行きたかったんだよ。学校……でも、腕がないから、筆を持てないってんで、学校行かせてもらえなかったんだ」

 ニヤニヤとまたいやらしい笑みを浮かばせ、ダンボールの近くに置く札を見るように目で促した。

 相手にせず、冬先生はそっぽを向いた。

「お〜い! ちょっと〜」

 ルンペンが後ろから声をかける。が、追いかけては来ない。
冬先生は知っている。追いかけてこないのは、諦めたからだ。金づるにならなかったからだ。あの切断された右腕は、事故か何かで失った傷跡でない。自分自身で切断しなければ、あんなグロテスクな状態にはならない。

 おそらく、火であぶった大型の刃物で一気に切断したのだろう。酷い火傷が右腕全体に広がっていた。
下手をすれば化膿感染して、死ぬ可能性もあるというのに、無茶苦茶だ。

 しかし、それが彼の商売なのだから、仕方がない。覚悟の上だ。

 ジャンクストリートでは、まともに商売する能力がない者は、ルンペン・浮浪者になる。これが、ただのルンペンなら同情する余地は少ないだろう。けど、身体のどこかが傷ついて再起不能となっているなら、同情の余地は広がる。見ただけで可哀想と感じた人が、自作自演で被害者を扮する浮浪者(ルンペン)に銭を与える。それが彼らの商売だ。

 人として大切なプライドを捨て、自らの身体を傷つける。楽をして金が欲しいから。どういう事情があったのか知らないが、そこに、同情の余地はない。

 それは、極度の貧困が人間の感覚を狂わすと、言い訳めいたイデオロギーか評論で締め括られるが、そんなモノはクソだ。たとえ、どんなに生活が貧し苦しくとも「しょうがないから」と認めてしまえば、人は人でなくなる。

 愚かな人間だ。これが、成れの果てだ。本当のゴミを見ている気がして、吐き気すら催す。

「いらっしゃい……うん? アンタ」

 カランコロンとドアの鈴が鳴り、カウンターで頬杖を付くミス@マークが、店内に入ってきた冬先生を、少し驚いた顔で見た。

「わざわざ、アンタがここに来るなんて……珍しいじゃない?」

 カウンターに黙って座る冬先生は、カウンターの端っこに置かれている白い陶器の灰皿を手前に寄せ、白衣のポケットから中南海の箱を取り出し、ふたを開けて一本出した。と、カウンター越しから、口にくわえたばかりの中南海をミス@マークが上から奪い取った。

「まずは注文しな」

「何がある?」

「ラパッチピグレットバーガー」

「なら、それ以外だ」

「ここはラパッチピグレッドバーガー以外ないわ。みんなSOUL‘D OUT」

「アメリカンコーヒー」

「はいはい。ラバッチピグレットバーガーね」

「ホットで頼む」

「アンタ運がいいわね。今回だけよ? 半額サービスは」

「ミルクはいらない。砂糖は二つがいい」

「そ、二つね。ラパッチグレット」

「聞いてるのか? アメリカンもないのか? この店は」

「うるさいわねぇ。中国人のクセに一丁前にコーヒーなんて頼むんじゃないわよ!」

 ふんと鼻から息を吐くミス@マークは、不機嫌そうに顔をしかめ、洗い終わった皿を拭き始めた。どうやら今回は自信作だと公言していたラパッチピグレッドバーガーが、ほとんど売れなかったらしく、カウンターの奥から強烈な臭いが店内全部に漂っていた。

 中国人街から『回教徒区域(イスラムタウン)』の境界に、この店が顕在する。

 @mark food――。

 ミス@マークが店長をしている以外、従業員がゼロの寂れた飲食店だ。店長ミス@マーク曰く、ここはファーストフード店らしいのだが、従来のファーストフード店と比べると、外見も中の様子もイメージとは結びつかない造りだ。

 とりあえず、屋根にはデカデカと店のロゴマークである『@(アット)』が描かれている。しかし、その屋根は今にも崩れそうな赤レンガ造り。モルタル製の壁にはヒビと落書きが刻まれ、雑草と植物の蔦が周りを囲い、同化している。どの角度から見ても、ここがお化け屋敷だと思わない人は、おそらくいない。雰囲気が、すでに不気味さを演出している。

 店の中の様子は、外装ほど酷くないにしろ、壁や天井、床、並べられているテーブル、イスすら落書きだらけ。おまけに、そこにあるテーブルやイスは半壊状態で、まともに使えそうになかった。大きなプロペラ型の扇風機は、ガタがきているようで、すぐにでも天井から落下する勢いがあった。

 ワイルドやアットホームにしては、やりすぎ、汚すぎる。
普通の街にある清潔な飲食店とは全く違った種類の、ファーストフード店だった。

「それにしても、アンタ。いつもはホームで食事を済ますのじゃなかった?」

「私が洋食を口にして何が悪い?」

「あら、そ」

 ビニールのエプロンの前ポケットに、皿を拭いた布巾を引っ掛けたミス@マークは、のそりと重い足取りで店の奥に行き、そしてすぐ戻ってきた。片腕に乗せたシルバーの丸い盆には、作り置きのラパチピグレッドバーガー二つ。強烈な香辛料の臭いが、鼻にすぐ入ってきた。

「貴様……」

「ん? 何よ?」

 口の中にまで、変な味がした。まだ食べていないのに、嫌な気分になる。とてもではないが、耐えられない冬先生は、ミス@マークに奪い取られるその前に中南海を一本くわえ、箱の中にあるライターで火を点した。

「あ、コラ!」

「タバコを吸うぐらいとやかくお前に指図されたくない。客のニーズに応えるのが、飲食店の基本ではないのか?」

「はぁ? そんな常識このミス@マークに通用するワケないでしょ?」

「だったら学ぶんだな。世間知らず」

 ほわぁーっと天井に向かって副流煙を盛大に吐き出す。チッと舌打ちするミス@マークに、してやったりと勝った気分の冬先生が、微笑した。

「中国人ってのは、こうも身勝手なのが多いのかしら?」

「ああ、そうさ。自分のルール以外に従わないのが我々の誇りだ」

「へぇ〜、開き直るのね」

「それも我々の文化だ。クソッタレな、文化さ」

「いいの? 自分の国を侮辱して」

「未練があるのなら、とっくに帰ってるさ」

 それから、しばらく二人は黙った。

 天井でゴウンゴウンと回転するプロペラ扇風機を眺めるミス@マークに、カウンターの木目に目を落とす冬先生。電子レンジで温めたラパッチグレットバーガーが、徐々に冷めていく。

「一週間か、その前ぐらいに、ウチのラビットがやってる地下クラブで騒動事件があったの、アンタ覚えてるらしら?」

 ふいに、ミス@マークが口を開いた。

「さっさとウチに運んでくれたら、もっとスムーズにできたのだがな」

「悪かったわね。あの時、バッドタイミングでポリスがやって来たのよ。予想外のハプニングよ。おかげで大分テンパっちゃってさー、逃げるので精一杯だったのよ。ドサクサに紛れてその犯人も逃げてしまうし、もうワケワカラナイっつーか、必死だったっていうか――」

 トントンと中南海の先端を灰皿に軽く叩き、灰を落とす冬先生が眉を寄せる。

「死人を出したいのなら、簡単な話だ。この私が、お前たちのくだらないケンカごっこの尻拭いをやめてしまえば、それで済むのだからな」

「あ、そ。でも、アンタさぁ。そこまで、偉そうにこの私に言える立場だっけ?」

 ピタッと中南海を持つ冬先生の二本の指が、動きを止めた。

「……どういう意味だ?」

「とぼけても無駄よ。色々調べさせてもらったんだからね」

「で?」

「どうもしないわ。アンタはアンタだし。今まで通りよ。アンタには罪はないわ。だけど、こっちの質問には答えてもらう。OK?」

「日が悪かったな」

「そうかしら? アンタも本当はそのつもりで来たんじゃない?」

 冬先生は答えなかった。その様子に、ミス@マークがふっと唇の端を吊り上げた。

「アンタも、素直じゃないわね」

「勘違いされては困るからな」

「バカだねぇ、アンタがロリコンだってのは有名な話だって。だけど、そんなにハイスクールガールがいいの?」

「そういう趣味なんだ。ほっといてくれないか」

「変態趣味ね。年下がいいなんて」

「私ぐらいの年になると、年下ぐらいしか魅力を感じなくてね」

「でも、だのガールだと興味は持たないでしょ?」

「ただの女の子だ。どこにでもいる普通のな」

「だったら、どうしてあの娘……アンタと一緒に暮らしてるの?」

 ふーとミス@マークは息を吐き、冬先生を見据えた。

「この前ワタシがそのシャイガールが通っているハイスクールに行ったのよね。ビジネスも込みでね。ま、アンタの言うように見たまんまって感じね。シャイでなよなよしてて、ハッキリしない典型的なジャパニーズガール。それが普通に出会っていたのなら、ワタシも気にしてなかったのだけど――」

「犯人だからか……?」

「アンタねぇ、テロリストの正体が、たがだかティーンのガキだったなんて知られたら、こっちの面子丸潰れじゃないの? 本音を言うと、違って欲しかったわ。きっと何かの間違いだったら、それで安心できた」

「顔はハッキリ割れたのだろう?」

「そうよ。犯人に間違いない。それで、ハイスクールに勤めている輩にちょいっとシャイガールの個人情報を調べてもらったわ。したらね。不思議な事がわかったわ」

「不思議な事?」

「ええ。アイツ、市役所に届けている戸籍が、どうも偽造したっぽいのよね。つまり、オフィシャルの戸籍を持っていない。ワタシらみたいに無国籍ならまだわかるけど、どう見たって、あの子、日本人でしょ? 正式な戸籍がないから、家族がいるのかどうかもわからないし、あのスドーアキナてのも本名じゃなさそうだしね」

 カウンターに両肘を置き、前のめりの姿勢でミス@マークは冬先生に言った。

「ねぇー、シャイガールって、一体何者なの? 知ってるでしょ?」

 しばらく間が開き、冬先生、ミス@マークは黙った。

 壁の時計がコチコチと時を刻む音が澄んで聞こえ、自動車が店の前を走り抜け、黄色で眩しいライトが窓から入っては消えた。

「二つ聞いていいか?」

「は? 何よ?」

「もし仮にだ。お前に私が知るアイツの正体を話したとしよう。それで、どうするつもりだ?」

「秘密にしてもらいたいの?」

 コクリと首を縦に振る。それを見てミス@マークは、不満めいたもやもやの顔だったが、真剣な目で見つめる冬先生に押されてか、しょうがないわねと妥協した。

「OK。約束するわ。で? もう一つは?」

「『奇跡』を信じるか?」

「キセキ? 何よそれ……」

「Miracleだ。常識では考えられない、神秘的な現象の事だよ」

「ああ、だったら。信じないわね」

「どうして?」

「世の中、そんなに甘くないってことよ。自分に都合がいい、有り得ない事を期待したって、結局、そんなのは有り得ない事なのよ」

「……正論だな」

「ここにずっといたら、嫌でもそうなるわ。それにワタシは敬虔なクリスチャンじゃないの。残念ながらね」

「そうだな。だが、そうとばかり言い切れん」

「アンタ、さっきから何が言いたいの?」

「『奇跡』というのは、自分で作り出すものだという事だ」

「は?」

「オレが教えてやるよ。世の中には、ホンモノってのがあるのをな」

 フィルターまで燃えた中南海を、灰皿に押し付けて消した冬先生は、ガタンッと席を蹴って、立ち上がった。

 To be continue...

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