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「セユ」コミュのEpisode15:ルカ03

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「なぁ、ルカ、一緒に暮らさないか?」
 昇は真剣な顔をしていた。とは言え、やはりいつもどおりどこか間抜けた顔ではあったが。
「なんで急にそんなこと言い出すのさ。」
 そりゃ動揺するよ。昇は私でも名前を知ってるような大企業で働いてるサラリーマンで、私はしがない女子大の学生なんだから。社会人と付き合うこと自体別に私の周りでも珍しくはないよ。でも、同棲になると話は別だ。学生同士の同棲と全然違うじゃないか。
「一緒に暮らした方が家賃とか安いぜ?」
 昇はそこまで言ってやっと一杯目の酒を注文した。ジョニー・ウォーカーのブルーラベル。ダブルをロックで。
昇は今日も仕事帰りだ。私はおかげさまでこの青山のバーで二時間も待たされた。昇はまだあんまりスーツが似合ってるとは言えないような新人サラリーマン。だからすごく忙しい。それが分かってるから私は決して遅れた昇を責めたりしない。でも、今夜の酒代くらいは払わせてやる。あれ?これって逆に男を立ててるのかな?
 頭が混乱してきた。現状を整理しよう。

 事実その一。私と昇は付き合っている。かれこれ一年かな。昇に声をかけられたんだ。それは六本木のバー。他の同年代のサラリーマン共と違って、下心の見せ方が上手かった。下心丸出しの発情期の犬共や、下心を必死に隠そうとするインテリ気取りと違って、昇は自分の下心を、なんだか動物的な魅力みたいな形のオーラにして周りに纏わせてた。
 じゃなきゃ私が興味を持ったりしない。ましてや、惚れたりしない。
 さて、事実その二。昇は私のことが好きだし、私も昇のことが好きだ。そりゃまぁ、昔の男と会ったり、たまたま言い寄ってきた言い男と寝たことが間にはあったけど、大して問題じゃない。浮気は、浮気。本気じゃないから。昇にしたって多少は女遊びしてるらしいし。
 まぁ、お互い自分以外の異性からも魅力的に見える相手と付き合ってるって事実に結構満足してるのかもね。
 そして事実その三。私はちょくちょく昇の部屋に泊まりにいってる。昇は荻窪に住んでる。会社は都心にあるけど、家賃の関係だとさ。そして私は国分寺に住んでいる。大学が近いんだ。昇も何回か来たことがあるけど、基本的に昇のほうが忙しいからね。私がいってたまに奥さんみたいなことしてやってんのよ。掃除してやったり、料理作ってやったり。

 さて、以上をまとめると、私達はかなり良好な関係の恋人同士だという結論に至る。
 我ながらすごくロジカル。私は大学で英文科に行ってるんだけど、こういう時ってやっぱり英語で考えてる気がする。日本語よりよっぽどロジカルに考えられるから。

 でも私はやっぱり混乱してて、それだけの事実を整理するのに随分時間を食ってしまった。昇は私が真剣に考えてるんだと解釈して、静かにジョニー・ウォーカーをすすりながら、マイルドセブンに火をつけた。普段なら私がキャバ嬢の真似して火をつけてあげるんだけど、今の私は少し混乱していて、それすら出来なかった。
「必要ないじゃない。大体どこに住むの?」
 とりあえず私はロジカル・シンキングの結論を投げかけてみる。
「吉祥寺。今の俺達の中間地点。いい部屋はもう見つけてある。2DKで結構家賃も安いんだ。駅からは少し歩くけどな。吉祥寺の割には静かなところさ。」
「何で勝手に話し進めてんのよ。」
 私は少しイライラしてきた。この男は私が飼い犬かなんかだと思ってるのか?
 男の考えは分からない。男ってヤツはやっぱり女とは違う。ガキなのだ。
 きっとこの男は自分が私を所有しているっていう事実を確認するために同棲なんて手段をとろうとしてるんだ。私はそう結論付けた。
「言っとくけど私はあんたの彼女ではあってもあんたの所有物じゃないからね。」
 私はそう言って三杯目のバーボンをあおった。ブッカーズ。アルコールの香り。すごく官能的に喉を焼く。
「ルカ、俺はお前が浮気してるのを知ってる。お前も俺が何人かの女と寝てるの知ってるだろ?」
 昇は静かに私の顔を見る。この目。悔しいけど、この目がやっぱりいいんだ。何も知らない野良犬みたいに弱そうで、でも芯は強い。まだまだ世間的には若造のサラリーマン。色んな社会人を知ってる私にもそれくらいは分かる。でも、この男はいい男だ。目で分かる。
「ええ。」
 私は静かに答える。「今いう話じゃないでしょ」、とか突っぱねようかとも思ったけど、なんかそれってすっごくガキっぽいきがしてやめた。私はもう二十歳なんだ。いい加減そんなガキっぽさから卒業しないと。
「俺はお前を自分の所有物だなんて思ってない。」
 
 沈黙。

 沈黙が良く似合う青山のバー。ニックの店より3トーンも暗い店内。そしてニックの店の何倍も広い。店の真ん中にあるステージではピアニストがなんだか洒落た演奏をしている。きっとこれ、ジャズね。ボブ・マーリィー好きの私からすると全然知らない世界だけど。
 客達はその暗いバーのあちこちに配置された席で静かに時間を過ごす。席はほとんど二人掛けで、それぞれに蝋燭みたいな照明がついてる。ニックの店みたいに隣に座った人間と話して云々なんて出会いを求める雰囲気はないけど、女を落とすのに使えるだろうな。そんな雰囲気の店。私はそういう雰囲気はあんまり好きじゃないけど、昇はニックの店が好きじゃないからね。今日はここで我慢してる。
 バーテンの腕もそこそこね。でもなぜかウィスキーの揃えはいいんだ。きっとバーテンの腕がばれないからだろうけどね。あはは。ん?ウィスキーがあるから昇が来てるのか。

「じゃあ何で同棲したいなんていうのさ。今のまんまじゃ不満なの?」
 あくまでロジカルに。女のほうが大人なんだよ、って姿勢を保つ。私は自由が欲しかった。昇と毎日顔を合わせるのは苦痛とは言わないが、何かしら変な感じがする。想像できないってのが正しいかな?だって私達はどんなに長くても三日以上一緒にいたことがない。
「別に。一緒に住むだけさ。どうせ俺は仕事の関係で朝は早いし、夜は遅い。べつに毎日顔を合わせる必要は無い。ただ、同じ部屋に住むってだけさ。もちろん、寝室は別だし。」
 昇は駄々っ子を静かにたしなめる父親みたいな言い方だ。私の反論を全部予想してこの場に臨んだのかもしれない。
「だったら、なおさら一緒に住む必要なんてないじゃない。馬鹿みたい。それじゃ同棲にもなんないじゃん。私は無駄なことに労力を払いたくないの。」
 私のイライラは止まらない。ヴァージニア・スリムをシガーケースから取り出す。咥えるのと同時くらいに昇がすばやく自慢のジッポで火をつけた。この野郎。妙なところで気が利く。
「俺はさ、お前と一緒に暮らすってのをやってみたいんだ。本当にそれだけなんだよ。一緒に暮らしたいんだ。」
 昇はバーの大仰な飾りのついた壁時計を見ながらマイルドセブンの煙を吐いて、静かにそう言った。なんだか間抜けな横顔。いつの間にか昇のグラスも空になっている。相変わらずの酒飲みだ。こいつの奥さんは苦労するだろうな。

 私はそんな昇の様子を見ていたらなんだか自分がすごく子供な気がしてきた。そっか。ロジックじゃないんだ。私達。

「酷い口説き文句ね。相変わらず。」
 私は笑った。なんだかすごく可笑しかった。
「俺がハイネとかを引用して口説いた方が良かったか?」
 昇はぬほりんとした顔で私の方を見た。ハンサムとはいえない顔。でも、やっぱりいい男だ。女遊びができるのも頷ける。なんていうか、甲斐性が顔にでてる。しかも女に振り回されるほど馬鹿でもない。うーん。やっぱり私こいつに惚れてるわ。
「分かったわ。親には適当に言っとく。友達とルームシェアするとか。でも私今期末試験とかで忙しいから、年が変わってからね。」
 うちの大学は無駄に授業数が多いし、妙に成績厳しく付けるから、面倒なんだ。しかも私にだってプライドがあるし、単位くらいはとらないと。
「あのな、お前は試験前だけ忙しいんだろうけど、社会人ってやつは大体いつも忙しいんだからな。」
 昇は私の頭を小突いた。私はその手の温もりを感じる。暖かい男だ。もしかしたら、私、こいつと結婚するのかもしれない。そんな気がした。それはそれで悪くないかもね。

 私は期末試験を乗り切ると、冬休みに実家に名古屋の実家に帰った。そして家族団欒で正月を迎えた。
 昇は年末も随分働いて、正月休みを利用して荻窪のアパートから吉祥寺の新居に引っ越した。新居。酷い響きだ。あはは。
 そして一月の五日、私は国分寺のアパートに帰り、荷造りを始めた。いくつかの家具を友達にあげたり、近くのリサイクルショップに売り払った。必要な荷物だけを吉祥寺の我らが新居に送り、六日に私も新居に乗り込んだ。

 六日の夜、私達二人は昇の部屋でささやかなパーティーをした。
 私が料理を作って、昇が酒の肴を作る。そして二人して秘蔵のウィスキーを持ち寄る。いかにも私達らしいパーティー。

 二人ともおなか一杯食べて、気持ちよく酔っ払った。
 そしてすっごくあったかいセックスをした。

 この男なら、もしかしたら、なんて馬鹿な考えが浮かんだのもその頃だったかしら?

同棲ってやつは始まってしまえば特に特別な感情はない。本当にただ一緒に暮らすだけだ。なんか昇の言った意味がよく分かったきがした。私はいくつかの大企業に内定貰ってたけど、全部蹴って三鷹の小さな会社に就職を決めた。
昇は「勿体無い」って言ったけど、私は「鶏頭牛後」よ、って笑ってやった。

春が来て、私は大学を卒業した。そして四月の昇の誕生日に合わせて私達は結婚した。

結婚式には親戚一同はもちろん私の幼馴染から、昔の恋人、ニック、昇の悪友やらなんやらも来た。二次会は吉祥寺のイタリアンレストランを借り切って大騒ぎ。レストランに無理言ってバーテンをニックにやってもらったんだ。みんな笑顔で、とにかく賑やかに朝まで騒いだ。

 そして二人で新居に帰って、眠たいまんまで静かに抱き合った。すごく時間をかけて、丁寧にセックスした。幸せだったわ。これからずっとこの男と一緒に生きていけるんだって思えた。そのうちこの男の子供を産んで、歳をとって、孫の顔見て、それも悪くないなあって。

「昇、私、貴方と結婚できてよかったわ。」
 私はもう一時間近く私の中に入ってる昇の耳元で囁く。
「馬鹿。当たり前だろ。」
 昇は笑った。私もすごく笑った。抱き合いながら。

なんていうのかな、すごく、すごく陳腐な喩えで我ながら恥ずかしくなるんだけど、なんていうか、この狭いベッドの他には世界になんもないような気がしたんだ。
私達二人だけがいれば世界は十分だって、そんな風に思えたんだ。本当に。この私がだよ。光栄に思いなよ。昇。

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