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「セユ」コミュのEpisode07:ロダ02

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「すみません、私田舎からでてきてすぐなので、新宿がよくわからないんです。よかったら案内していただけません?」
その女が何故私に声をかけたのかは分からない。私が新宿駅前で煙草を吸いながら考え事をしていると、しばしば彼女のように声をかけてくる女がいるが、彼女らは一体何を求めているのだろうか。
しかし、その日声をかけてきた女の子にはなにかしら惹かれるところがあった。だから私は彼女の誘いに応じた。

 長い一日の始まりだった。

「いいよ。でも、君は誰にでもそうやって声をかけるのかい?」
「そういうわけじゃなないです。ただ、貴方の身なりをみて、貴方は悪い人じゃなさそうだから。」
 女は、いや、女の子は、いかにも上京したての専門学校生といった様相だった。年は18くらいか。ドット柄のエメラルドグリーンのスカート、一足2000円もしなさそうなサンダル、そしてピンク色のポロシャツ。籠編みのバッグを持っていた。その爽やかなコーディネートは、一時代昔の良家のおてんば娘を思わせた。
 着飾ればどこに出しても恥ずかしくないような女の子。
 対する私の格好は、私にしてはカジュアルなものだ。リーバイスのブラックジーンズにカ方にギンガムチェックの継ぎの当たったデザインのギャルソンのブルーのシャツ。それにベージュのシルクのネクタイ。時計はタグホイヤーのクォーツ。
 端から見たらほほえましいカップルかもしれないな。しかし私たちは初対面だ。
「ここは新宿だよ。私が悪い男だったらどうするんだ?」
「そうは見えない。これでも私、人を見る目はあるつもりだから。」
女の子は目をくりっと見開いて、口角を思いっきりあげてにんまりと笑った。向日葵のような子だ。性的な匂いのしない笑い方。処女かもしれない。
 あはは。確かに人を見る目はあるね。私はマフィアだけど、常識と理解はあるから。
「そうか。君、何をしに新宿に?」
「買い物。服が欲しいの。」
「伊勢丹にでも行くか。あそこの服は君には似合いそうだ。」
「紳士ね。」
 もちろん。私はいつだってローマの場末のリストランテの、老カメリエ―レのように紳士さ。
 私は女の子にむけて右手を差し出した。ダンスパーティの後半に、やっと意中の人に声をかける瞬間の老紳士がするような色っぽく、かつ繊細な手の形。女の子はそこに密やかな怯えを秘めたまま手を乗せる。一輪挿しにお気に入りの花をそっと挿すように。
いい子だ。違う場所で出会えていたなら。

 私たちは腕を組んで新宿通りを歩いた。彼女は人の多さに少々辟易しているようだった。そういえば彼女の名前を知らない。
「君、名前は?」
「タカコよ、貴子。」
 話し声一つに現れる、気品。良家のお嬢さんか?頭も悪くなさそうだ。
「私の名前はロダ。」
「変な名前。ハーフ?そういえばハーフっぽい顔してるけど。」
 きょとんとした顔で貴子は言った。免疫性のなさ?しかし、幼さではない。良いオーラ。いい女だ。
「ロダ、私の付けた私の名前さ。ハーフっぽいとはよく言われる。でも一応日本人だよ。」
 私たちはマルイヤングを無視して、伊勢丹を目指した。この子に似合う服、なんだろうな。女物のブランドは詳しくはない。しかし、マルイよりは伊勢丹だ。間違いなく。貴子の品格からして。
 品格。これの有無で私は人を見定めるといっても過言ではない。
 私の父に品格はなく、私にはある。死んだ母にも品はあった。母から受け継いで本当によかった。品格のある人間は、品格のあるオーラを放ち、ない人間は下品なオーラを放つ。下品なオーラを浴び続けると、その人間まで下品になってしまうのだ。
 私と貴子は伊勢丹に到着した。私達は新宿通り沿いの正面玄関から中に入った。そして私たちは二時間ほどかけ、伊勢丹本館を端まで堪能した。
 私は貴子にいくつかの服を見繕った。ブラウスとカーディガン、ストール、ヒール、バッグ。ブランドはまちまちだ。私はブランドで服を選ばない。良いものは良いのだ。第一伊勢丹に粗悪品があるとも思えない。
 そして私はそれらの支払いをしようとしたが、貴子はそれを制した。
「初対面の紳士にお金を払わせるのはわるいわ。」
 ダンディズムには縁の無い子だね。
「そう思う淑女は紳士に払わせておいて、後でその代金を払うものだよ。」
「私は淑女じゃないから。」
 貴子はそう言うと茶色い安物の財布からクレジットカードを取り出した。
もちろんゴールドカードだった。あはは。
「ね、貴方も服買ったら?このまま銀座行きたい。」
 タグホイヤーは二時をさしていた。まぁいいか。そういう一日もある。 
「銀座よくいくのかい?」
「ううん。行くの憧れだったの。今日買った服着て銀座でディナーなんて素敵じゃない?」
 貴子はそういうとまたにんまりと笑った。夏の終わりのひまわりのような笑い方だった。
 私は伊勢丹のメンズ館に行き、バタクハウスカットのスリーピーススーツを買った。九月の入道雲の影のような示唆に富んだグレー。ギャルソンのシャツの上に着ればまぁフォーマルに見えるだろう。
 貴子はスーツを試着した私をみて、二日目の朝を迎えた雪だるまを見るような複雑な視線をおくった。

 私たちは伊勢丹のトイレで着替え、貴子がそれまで着ていた服をバッグにつめた。

 そして私たちは丸ノ内線で銀座に行った。
そして絵に描いたような素敵なレストランでディナーとなった。
 キールを食前酒に始まるフルコース。貴子のテーブルマナーは完璧であり、どう見ても良家の令嬢だ。
 酒が苦手そうな貴子のために食後酒は無しにし、二人で紅茶を飲んだ。
「素敵な1日。こういうの夢だったんだ。ありがとう。ロダさん。」
 貴子はうっとりとしていた。

 私はその悲しげな笑顔をみて、一日中言うべきか否か迷っていた言葉をついに口にした。口にしてしまった。
「そろそろ本当のこと言ってもいいんじゃないかな?」
 貴子は何も言うなというように指を一本立て、静かに首を左右に振った。その顔はもう向日葵ではなかった。傾いた向日葵。

 沈黙。

「家に帰るわ。良かったら送って頂戴。」
 私たちは何も言わずに銀座駅に行った。貴子は両手で籠のバッグを持ち、もう私に腕を絡めようとはしなかった。
「家は?」
 私は紳士だ。あくまでも。貴子に感情移入してはいけない。
「高円寺。丸ノ内線よ。」
 私の部屋は世田谷だから、タクシーで帰ろう。この子との付き合いも駅までか。
 銀座駅の改札まで私は貴子を送った。そして、貴子に言った。
「ありがとう。楽しい一日だった。また会えるといいね。」
 しかし貴子はなにも言わなかった。傾いた向日葵。夕暮れの。駄目だ。移入し始めている。私はなんとか振り返り、駅の出口へと歩き始めた。しかし、貴子が私のスーツの袖をつかんだ。
 私は振り返った。予想もしない、いや、予想通りの反応。駄目だ。それは、駄目だ。
「部屋の前までは送る。そこまでだ。貴子。君は賢い子だ。自分を大切にするんだ。」
 貴子は何も言わなかった。私たちは地下鉄に乗り込んだ。座席は空いていたが、貴子は座ろうとしなかった。貴子は出入り口の脇に立ち、私がそれを覆うように立った。
 無言の会話。私は自分の未熟さを呪った。これから起こるであろう事が私には全部分かっている。しかし、私にはそれが止められない。それはひどく、ひどく悲しいことだ。
 貴子の部屋は新高円寺駅から何分か歩いたところにあった。オートロック式の近代的なマンション。貴子はオートロックを解除する。そして、私の顔を見る。
 貴子が言う台詞も分かっていた。
「…あがってって。」
 私は静かにうなずいた。うなずかざるを得なかった。これから起きる全てを、私は見届けなければ行けない。私には止める権利が無い。

 三階の角部屋に当たる貴子の部屋はシンプルな1Kの部屋だった。
 部屋のインテリアは可愛らしいものだった。ピンク色のカーテン、淡いイエローのカーペット。その上には何個かのキャラクター物の可愛らしいクッションが転がっていた。そして背の低いテーブルがあり、その上にはデスクトップパソコンがあった。
 本棚には少女マンガと何冊かの恋愛小説、写真集、ファッション雑誌と何冊かの教科書があった。専門学校生か。
 最近オーストラリアに旅行にでも行ったのだろう。ベッドの上にはコアラのぬいぐるみ。壁にはエアーズロック前で撮った家族写真。
 金属製のラックにはこぢんまりとしたピンク色のMDラジカセがあり、手書きでタイトルの入った何枚かのMDが転がっていた。
 貴子は静かに服を脱ぎ始めた。
「お風呂、入ってくるね。適当に休んでて。」
 部屋に帰っても彼女は向日葵にはもどらなかった。当たり前だ。止められないのか。
 私は窓を開け、ベランダから月を見上げた。そして煙草に火をつける。そういえば今日は一本も吸っていなかった。
私の手巻き煙草の甘い煙は月まで届くだろうか。否。届かない。それくらい私にも分かる。でも、とどいたら、素敵だな。
貴子はたっぷり40分ほど風呂に入っていた。私はその間にスーツを脱ぎ、タイをはずしてシャツのボタンを二つと、カフスボタンも外した。
貴子は風呂から上がると、真っ白なバスタオルを体に巻きつけたままベッドに入った。
「お風呂、私も入っていいかな?」
 貴子はベッドのなかで小さくうなずく。
 私はまだ貴子の温もりの残るユニットバスで、湯船に体を沈めながら色々と考えた。

 世の中にこれほど悲しいことがあるだろうか。
 いくらでもある。きっと。いくらでもあるのだ。これから年を重ねれば、きっといくらでもあるのだろう。みんなそう言うはずだ。
 資格が欲しかった。これから起こる出来事を止めるだけの資格が欲しかった。

 私は20分ほどで体を清潔に洗い、軽く汗を流してからバスルームを出た。脱衣場にバスタオルは余分にあったので、私はそれで体を丹念に拭いた。そして服を着た。
 私は静かに部屋に戻った。そしてベッドの脇に横になった。貴子のクッションを一つ借りて枕にした。
 貴子は寝ている様には見えなかったが、私は気づかないフリをした。そして貴子に一言断って電気を消した。

 沈黙。

 何分経っただろうか。この部屋には時計がない。だから分からない。暗闇のタグホイヤーは私には何も語らなかった。
「ロダ…寝ちゃった?」
 貴子が切なげな声で言った。
「いいや。起きてる。」
「あのさ…よかったら…。」
 私は貴子が続きを言う前にもう貴子のベッドに入っていた。そしてそっと貴子に口付けた。
 一度唇が離れ、再び触れ合う。三度目は、貴子から。貴子の舌が静かに私の口内をくすぐる。私の指は貴子のタオルをはがし、しずかに彼女の肌の上を這う。貴子の鼓動が伝わる。
 私の指が入ると貴子は静かに声を出した。そして私の指が貴子の中をさ迷い、這い、踊った。貴子は私が今まで聞いた中で一番悲しい声をあげてオルガスムに至った。
 その夜、私は貴子と抱き合って眠った。この温もりを忘れてはいけない。私は自分に言い聞かせる。貴子、貴子、貴子。温もり。貴子、貴女は素敵だ。

 朝が来た。貴子はベッドにはいなかった。カーテンの隙間から五月の太陽が停車中に前と後ろの線路を外されて身動きの取れなくなった電車にさしこむような同情的な光を放っていた。
 太陽よ、君は見たかい?貴子がベッドを出る時の顔を。私は見られなかったよ。あはは。

 そして私は尿意を覚え、ユニットバスに入った。
 
 貴子は浴槽の中で私のベージュのネクタイで首を吊って死んでいた。

 私はそれを横目で見ながら小便をした。

 私にはこうなることは前もって起こると分かっていた。

 全部、分かっていたのだ。

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