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百輝夜行〜Hyakkiyako〜コミュの青空に舞う白い羽

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 終章

 青空が広がるそこは、さわやかな風が広がるように吹いていた。
真っ青な空には、優しく暖かい太陽が世界を照らし、純白で雄大な雲は、子守唄のようにゆったりと移動しながら世界を見下ろしている。
俺は丘の上にいた。
てっぺんから麓まで、きれいな緑色のカーペットが敷き詰められ、ところどころに、赤いか花が咲いている。
その周りを囲むように広葉樹の林が、風に体をなびかせながら、そこにあった。
―バサッ―
「帰る決心はついたのかな?」
後ろから声をかけられ、俺は振り向く。案の定彼女はそこにいた。
「ここは何処なんだ?」
俺は彼女に向かって一番知りたかった事を聞いた。
「ここは、あなた」
彼女はそういって俺の横に立った。
小さい。俺の半分ぐらいしかないのではないかという背丈。
俺は彼女を見下ろし、彼女は俺を見上げている。
小学生のマリちゃんがそこにいた。
「やっぱり、この姿が一番いいみたいだね」
最後に会った、あの時の姿そのままだった。
温かく、気持ちの良い風が吹いているのに、マリちゃんは厚着をして手袋をつけている。
「ここはタケちゃんの中、そして、タケちゃんが居てはいけない所」
「どうして?俺の中なんだろう?なんで俺がいちゃいけないんだ?」
「それはタケちゃんが、あっちに居るべき人間だから」
「俺は此処にいちゃいけないのか?」
どうして?
「タケちゃんは、あっちが嫌いだった」
あっちって、何処のことだ?
「あっちでは、世界は自分の思い通りにはいかなかった。あなたを取り巻く人達もあなたに冷たかった。あなたの周りの状況、人間関係、何よりあなたがあなたでいることが嫌になっていた。だから……」
―こっちに来たのよ―
こっちって、何処のことだ?
此処はどこなんだ?俺は何処にいる?
「此処は、タケちゃんが創り出した世界。タケちゃんが《現実》から逃げるために創り出した、あなたの中の世界」
全ては、全ては、
虚構。
「何処から?」
「殆ど」
わかっていた、そう、わかっていた。
「偽物の世界。偽者のあなた」
嘘だ、信じたくない。信じたくない!
「贋物の未来、贋物の今、贋物の過去」
「全部嘘だって言うのか!」
「違う、本当にあったこと、本当に起こっていること、本当にこれから起こること……。そういうものから創り出した。自分だけの世界」
だから、夢は何度でも見続けられる。
マリちゃんはそう紡いだ。
「俺は、俺は」
壊れそうだ、壊したくない、壊したくないのに……。
「あなたは逃げ出した、世界からも、他人からも、自分からも……」
「ヤメロ!」
よしてくれ、もうたくさんだ!
俺が何をしたって言うんだ?
嫌なことしかない現実から逃げ出したって良いじゃないか、みんな嫌いなんだ。俺が嫌いなんだ。
俺に死んでほしいと、消えてほしいと。
そう思ってるんじゃないか!
なら、俺が別のところに行けば、みんな満足だろ。
俺は死にたくない、消えたくもない。
けど、世界や、みんなからは、死んで消えなきゃいけない。
なら、俺が逃げ出したって良いじゃないか!
現実に居たって、俺の居場所なんか無いじゃないか!
「タケちゃん……」
冷たい目、哀れむ目……。
あの視線は、
マリちゃんはあの日に見た姿に変わっていた。
中学生ぐらいだろうか。背丈も俺の肩ほどまで伸びている。
そうか、俺の知らない中学生のマリちゃんは、髪を伸ばしていたんだな。
「タケちゃん、覚えてる?セキ相手に喧嘩したときのこと」
あれも偽物か?
マリちゃんは大きく首を横に振り、否定する。
「ううん、あれは本当にあった事。あの頃、セキをみんな怖がってた。関わりたくないと思ってた。私も同じ、セキと近づきたくなかった。
怖かったから……」
マリちゃんは屈みこむと、近場にあった赤い花を、一輪とって眺めた。
「あの時も、本当は嫌だった。セキがなんで入り口で座ってるんだろうって、
もー最悪。なんで貧乏くじ引いちゃったんだろうって」
俺は天を仰いだ。
これは、こっちの話か?あっちの話か?
「結局、泣かされちゃった。すんごくムカついたんだからね。その時ね、私の好きだった人が、一人セキに立ち向かった。それも、私だけのために……」
「……」
「嬉しかった、あの時は驚いて、そんな事にも気づかなかったけど……、もしかしたらと思ったのは、その人が私の言葉で動きを止めたとき……。けど、そのせいでセキに傷をつけられた」
俺は腕を押さえる。
幻痛、歯型が浮いてきそうだ。
「びっくりした。けど、その時この人も同じ気持ちなんだなぁって。いろんな事がごちゃ混ぜになって、フリーズしちゃった」
あの時の……、
「あの時のタケちゃんは、逃げなかった」
そんなタケちゃんが、私は好きだった。

雲の影が俺達を通り過ぎていく。
いつまでも、何処までも広がっている、大きな空。
「私が引っ越して、タケちゃんとさよならして、十二年も経っちゃった」
綺麗だ。
俺とマリちゃんは、美しいその景色の中で、一つの絵になっている。
「マリちゃん……、俺は……」
いつの間にか彼女は、大人の女性になっていた。ちょっぴり化粧でもしているのか、白いワンピースを可愛げに着こなしていながら、何処か色気がある。
俺の胸がチクリとした。
「タケちゃんにそう呼ばれるのは、なんか恥ずかしいな……」
マリちゃんはそう言って、照れながら俺を見た。俺は疑問を浮かべる。
「だって、タケちゃんが私の事、高下って呼んでたたじゃない」
そうだ、俺はマリちゃんの事を、『高下』と苗字で呼んでいた。
彼女が引っ越してきて、半年間。
それが、俺がマリちゃんを、『マリちゃん』と呼んでた時間だった。
しかし同じクラスだったマリちゃんに、男子で一人だけ苗字で呼ばずに、ちゃん付けで名前を呼び合っていたのは俺だけで、小学生の子供では良くあるように、俺は冷やかされた。
「お前、高下のこと好きなんだろう」
素直になれない俺は、そんな事ないと言って、それ以降『高下』と呼ぶようになった。
マリちゃんは寂しそうな顔をしたが、それでもマリちゃんは俺のことを『タケちゃん』と呼び続けた。
なんかそれが、妙な罪悪感で。
「すごく久しぶり!」
「なにが?」
俺が聞くと、マリちゃんは嬉しそうに微笑みながら、
「タケちゃんと会うのも、タケちゃんに『マリちゃん』って呼ばれるのも」
マリちゃんは、ちょっと深呼吸して、
「ずいぶん探したんだよ」
と言う。
マリちゃんは綺麗になった。
目の前に居るのは、『現実』の『マリちゃん』だ。
「ヨーロッパに一年居たあと、お父さんの仕事の関係で、神戸、鹿児島、千葉って、転校ばっかり。やっと横浜に戻ってきたのは、高校三年になる春だった」
遠い目、彼女は何を見ているのだろう。
「帰ってきて最初にタケちゃんに会いに行ったんだよ。けど、タケちゃんは一年前に行方不明になっていた」
俺は車に轢かれ、それ以降、記憶は無い。
「そのあとは、ずっと探してた。タケちゃんのことを探してた。けど何処にも居なかった」
俺は、俺は何処に……。
「二年間探し続けたのに、見つからなかった。何処にもいないと思ったら、こんな所にいた」
此処?此処は俺の中。俺の世界。
「まだこんなところに居るつもり?」
マリちゃんは、まっすぐな目で俺を見据えた。

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