ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ゆるく平和について語るコミュコミュのていうか平和ってなに?

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
このトピは平和についての疑問をぶつけるトピです。

いじめとかあっても平和なの?
とか
いやそもそも平和の定義って何よ?
とか
なんかあったらどうぞ。

コメント(30)

平和の定義は、健康の定義と同じように難しいですね。
戦争や病気はすぐに表現できるのに。

健康とは何か?を考える前に、病気撲滅を考えるように、
平和とは何か?を考える前に、戦争撲滅を考えるのが
先だと思います。

差別・イジメの延長線上にあるものが戦争であると
思っています。

世の中には「我々」と「我々以外」があって、
「我々以外」が「我々」に敵意を持っていると
思い込まされて、その反動で、「我々」が「我々以外」を
憎むように仕向けられる。差別や戦争はそのように作られる
ものだと思います。

世界の人類全員が「我々」になると戦争も起きにくくなる
のでしょうね。
>在日琉球人一世 さん

世界の全人類がどういう指標の許に「我々」にまとまるかが問題ですね。
今まで人類は「我々」というカテゴリーにまとまる為に「共通の敵」を必要としてきたわけで、逆説的にいえば「我々」と「我々以外」の間にある壁はいじめや差別や侵略をしたり受けたりすることによってできあがっているといっても過言ではないでしょう。
例えば今後地球人全体が「我々」になるためには地球規模の国境を超えた危機(全世界を巻き込むヴィルスの蔓延や更なる外敵からの脅威)が起こる必要があるのだと思います。
幕末の日本でも西洋列強の脅威によって初めて藩を超えて「我々日本人」という概念が出来たみたいですし。

そして忘れてはならないのは「我々」という概念はその内輪に入った者に非常に甘美な陶酔を与えるということです。
ナショナリズムってやつですね。
人は誰でもこの「内輪」の甘美さを知っているので、小さくはいじめや差別で大きくは戦争(宗教やナショナリズムに因る)によって「我々」と「我々以外」を分け続けているのだと思います。
元々は侵略や危機から周りの人々を守りたいだけの気持ちだったのかもしれませんが、一度この甘美を知ってしまうと人は恣意的に「敵」を作り出し今度はその「内輪の陶酔」を手に入れるために内と外の線を引き続けるのだと思います。
つまり「我々」と「我々以外」との関係は「内輪」を作るために存在しているのであり、それは常に外敵を必要としているということです。
そしてこのようなを関係を崩すような新しい「我々」の概念を作り出さなければ、いじめや差別をする気持ちや宗教やナショナリズムを素にした戦争もなくならないと思います。
ささやかな夢だけど、MIXI参加者が全員「わたしたち」に
なれるといいな。だって、MIXIの参加者は一応、友達の
紹介でしか参加できないはずだから、みんな友達つながり
だと思うのです。
>あたみちさん

TVなどが「どうやって」という方法論よりも「いけない」という精神論を大事にするのには「自分たちは民主主義国のジャーナリズムである」という認識があるからでしょう。

おそらく彼らの頭の中では

民主主義国家の意思は国民の総意
       ↓
総意を実現化するのは政治家の仕事
       ↓
だから大事なのは国民一人一人の意識
       ↓
その意識を高めるのはジャーナリズム
       ↓
民意は正義でその民意を代表すするのは自分たち
       ↓
だから精神論を世に訴え続ける

というふうになっているのでしょう。


戦争を止めるにあたっての犠牲という意味では非常に興味深い問題だと思うのでもう少しよく考えて膨らませてみたいと思います。

世の中にはいろいろな方法で平和を模索している人たちがいますが、基本的には平和がほしいというみんなの力を一つにすれば民主主義の世の中に対してはかなり有効なんです。
ところがもはや世界はテロの時代。そのような一段階古い平和を求める手段ではもはや平和を維持できなくなってきているのもまた事実ですね。
また新しい手段を考えなければなりません。

それと、暴力による平和という手段をとる人というのは少し平和活動家としてはベクトルが違う人なのだと思います。
多分行き着く先も話し合いによる平和を求める人とは違ったものになるのだと思います。


、、、すいません、今日は時間がなくて中途半端な書き込みになってしまいました。
また後日時間があるときにゆっくり書き込みたいと思います。
「我々」でくくっても仲たがいするときはしますよね。
多民族を一国家でくくっていたユーゴスラビアが
コソボ内戦で泥沼の民族紛争になったし、アフリカ内戦も
一国家内の部族同士が対立してます。

近くの人との差が一番嫌悪されるものと
感じてしまうんですね。近親憎悪ってやつでしょうか。

もちろんそんなことを理由とした戦争は許されませんが
解放戦争や独立戦争は許されるんですよね。
だから「戦争はダメ」という論理は世界で通用し難い。
ならばどうやって被害を最小限として解決するか、を目標に
各国が努力するしか無いと思う。
でも、イスラエルのやってるように、要人暗殺で「被害が最小限になった!」という主張も受け入れ難いけど・・・
>カンベーさん
主権のためなら民族や国家間の戦争を肯定する主権国家…
これの次にくる平和の作り方を模索しないといけませんね。
「相互の国民の連帯」ですかね。

そこで必要なのが宣伝、文化、メディアによるイメージ戦略ですよね。我が国のもっとも不利とする分野!

こんなTVを見ました。
日本に出稼ぎに来ている中国人を特集したドキュメンタリー番組を中国で放送したところ感動の大反響があって日本人のイメージがよくなったということでした。「日本人は鬼だと思っていたけど我々と同じ人間なのだと理解できた」とのことw
一つの例だと思います。

これらを推進する省庁があっても良いと思うくらいですよ。
そうですね。そういう報道や情報によってお互いの誤解が解けるでしょうし。
ただマスコミだと情報の発信元に何らかのメッセージが含まれてますから諸刃の剣ですよね。
逆に戦争するムードを高められたら…ガクガク

僕はインターネットなんかもいいと思います。
例えば基本的に中国で反日デモやっている人たちなんて直接に日本人を知らない人たちなんですね。
個人的に日本人と知り合っている人は個と個で日本人と対話するので国家の意見を代弁して外国の国家に対してデモを行うなどという愚は犯さないんです。
ですからそうやって一人一人の人間が国家の枠を越えて個として接するようになれば国がいくら戦争をしたくてもそれについてくる人はいなくなると思うのです。
まあ言葉の問題とかありますけど。
理想論過ぎるかなあ。
あせらずに食事が出来て、満足に寝れる。
あぁ、平和だ。
そんなふうに暮らすとサイフの中は平和じゃないけどね。

ところで、みなさんの文には漢字がおおいですね。
読み疲れる・・・。
でもみんなひらがなでかくともっとよみにくいよ?
どらくえみたいだよ。
あばれうしどり たちが あらわれた!
今日、映画のヒトラーを見ました。
第二次世界大戦の末期でした。
映画館を出ると新宿の街はとても平和でした。
ギャルっぽい姉ちゃんとホストっぽい男が一緒に歩いているのを多数見かけました。
平和です。
ヴィジュアル系カップルの横にB系カップルが居ました。
場所柄A系カップルは居ませんでした。
平和です、世の中はたぶん愛に溢れてます。たぶんね。

俺は満たされた気持ちで地元の駅に帰り、ついついお酒を飲みに行ってしまい寂しいサイフを更に寂しくさせて帰宅しました。
サイフの中以外は平和で満ち足りています。
しかし金がないのが平和なんだそうだ。
プロレタリアートの方が言うには…
という事は、
プロレタリアート風に言うなら
「平和な世界は物々交換社会である。」
という事なのかしら…。
んな訳ないか。
むしろ、金が無いことを気にかける事のできる社会が平和という事のなのか?
金がないと身を狙われる事も無いから平和だ!! 笑
そうか、そういう路線もあるんだった!!
結構難しいなぁ〜。
他者さえいなければ…



…おっと!いけないいけない。
>えちまさん
僕もよくわかりません。
紙幣を通さない物流とか言ってました。
社会主義ってやつか!
社会主義が実現したら、世界は平和になるかもしれない…。
でも、俺には無理!!
煩悩の塊ですから、はい。
勤勉な労働者にはなれません。
無駄を謳歌できる事が一番です!
社会主義になっても国家が思想を体現する限り争いの種は尽きないと思います。
個々の繋がりが国境を凌駕する時代はまだかな〜?
アナーキストな僕でした。
たまには真面目な意見でも・・・。

国家が思想を体現する時代を終らせる為には宗教観の違いがかなり問題になってくると思う。

世界的には大きく見て アジア系宗教 イスラム系宗教 キリスト系宗教 があると思うんだけど、この宗教による価値の違いはどう埋められていくのだろうか?
っというよりどうすれば相互理解が生まれ争いがなくなるんだろうか?

インターネットのような個々人で世界の人と繋がれるツールを使用したとしてもそれは個人レベルの話で国家レベルの宗教相互理解には至らないと思う。
(平和運動家は世界レベルで繋がれても実質的には国家間戦争や民族紛争が無くなっていってない事で証明されていると思う)

現実的にはそれなりに大きな国の国家元首クラスの人間が相互理解を国民に投げかけ、国として世界に発信する必要がどうしても出てくるような気がするのだけど・・・。
イスラム教圏に喧嘩をふっかけるブッシュ大統領は居ても、相互理解と武力放棄を呼びかける人間は国家元首クラスではほぼ出て来ないのが現状。
そして結果的に世界の世論はアメリカバッシングヘ・・・。
アメリカに苛められてきた国が復讐を始めたり、アメリカに取って代わって世界のリーダー的立場になろうとするわけだ。

結局、『世界の覇権を握る』という欲望を誰かが持つ限りは恒久的な平和は来ないだろうね。

っと平和な深夜のインターネットを楽しんで考えた。
ちなみに俺は押し付けがましい平和運動家は嫌いです。
社会主義も嫌いだなぁ。

様々な無駄を謳歌出来る日本が今のところは世界で一番平和なんじゃないかな。
そんな国の国民な自分は他国の戦争がどうとか貧困がどうとか真面目に言うとちょっと恥ずかしい。
主権国家は民族紛争に大義名分を与えるから国連があり続ける限り民族・宗教系は争う。
でもそれは主権を盾に利己的な活動をしているだけ、というのが多いので本当に本気で宗教戦争やっているやつはそうそういないと思う。
末端の自爆する人は別だけど。
民族・宗教は主権国家の問題。そして国連の限界。
国家が思想を云々とはあまり関係が無い。
1人が万人を愛する事 万人が1人を愛する事 これがlove&pieceの定義ですよね??

でも、ぶっちゃけ無理なんでぇ手(パー)
やっぱ1人1人が今を生きてかないと平和なんて手に入らないと思います。

今の日本が平和ボケしてるなんて言ってる人いますけど、人類は平和なんてまだ手に出来てないと思います。
むしろ人類が平和を手にするなどまだまだ無理だと思います。
だけど平和に向かって歩いて行く事は出来ます。
1人1人が思いやる心を忘れなければ…
GNHが最大にむけて揺れながら上昇していくこと。

ログインすると、残り6件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

ゆるく平和について語るコミュ 更新情報

ゆるく平和について語るコミュのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。