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初代内閣総理大臣 伊藤博文コミュの?伊藤公の変名と妻梅子

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妄想幕末風雲録
http://www.water.sannet.ne.jp/kazuya-ai/11/mousou-5.html
↓
名前の不思議 


「伊藤博文」
幼名・・・林利助
後伊藤家の養子に入る。
伊藤利介・利輔
文久2年から使用
伊藤俊輔(舜輔)
越智斧太郎・・・・彦根藩偵察の際の変名
伊藤春輔
デポナー ・・・元治元年帰国上陸の際の変名
花山春輔 ・・・元治元年帰国直後の変名
花山春太郎・・・慶応元年、岩国へ向かう際の変名
吉村荘蔵 ・・・慶応元年、長崎滞在の際の変名
林宇一  ・・・慶応2年頃使用
伊藤俊介 ・・・明治元年頃使用
伊藤博文 ・・・明治元年9月頃から使用
春畝   ・・・雅号
ほかのもあるみたいだが良くわからんですワイ。


伊藤梅子夫人について
   
慶応2年(1866年)4月、博文と結婚
12月、長女・貞子が生まれる
慶応4年・明治 元年(1868年)8月、次女・生子が生まれる(末松謙澄夫人)
明治2年(1869年)長女・貞子が夭折(3歳)
明治9年(1876年)2月、3女・朝子が生まれる(西垣四郎夫人)
明治23年(1890年)7月、真一が生まれる(母 某女)


下関稲荷町の置家「いろは」の養女芸者で、伊藤俊輔(博文)と出逢い、後に妻となる。

 伊藤は『酔うては枕す美人の膝、醒めては握る堂々天下の権』という自作の詩そのものの人生で好色(時に人の奥さんに手を出したり)の総理大臣だったが、梅子は良妻賢母と言われた。

伊藤が横死した時も家の者をよくまとめ、「国のため光をそへてゆきましし、とし思へどかなしかりけり」と詠んだそうな。 
あと伊藤家は養子の男子がいますが省略。



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