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全国いじめ対策保護者連絡協議会コミュの加害児童と保護者宛要望書

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(1)「いじめ」は、いじめられた側が、あなたの(もしくは「あなたのお子さんの」)行為を「いじめである」と「主観的に」判断することで、いじめであると看做されます。
 もしも、上記の「いじめ」要件が、著しく「いじめられた側の主観」に偏りすぎているとお考えになる場合であっても、「いじめ」により不登校という明らかな行動やPTSDといった心理的な反応が起こるならば、これはまぎれもない「いじめ」です。

→したがって、加害児童が「いじめでない」と主張しても、これは断固として「いじめ」なのです。
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気軽なおちょくりや、ふざけて行ったことでも、被害児童が「やめて」と言っても止めない場合、つまり大人の目からみて些細な行為であってもそれは「いじめ行為」です。
人間の身体は、プライベートなものです。触れられることだけでも違和感を持つ子どもは大勢います。ましてや、相手の制止を無視して継続的に「ちょっかい」を出すことは、明らかな「いじめ」です。加害児童がどういった意図でその行為を行ったかではなく、被害児童がどう思ったかが重要なのです。
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(2)被害児童は、「いじめ」られるという過酷な経験の中で、「いじめ」に抵抗するために、加害児童に対して抵抗します。この当然の「抵抗」を取り上げて、加害被害関係を転換しようとする現象は、しばしば「いじめ」という関係性の中で見られるものです。

→したがって、加害児童が被害児童に原因があると主張しても、それは原因と結果の置き換えでしかありません。加害児童が、何らかの形で被害児童に対する不満があるとしても、それは「話し合い」という文化的で平和な解決策を採りうるからです。

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特に複数対一個人の対立関係は、当然対等な関係ではありえません。
複数から継続的な「いじめ」を受けた場合の精神的ダメージは大人には計り知れないものですし、子どもにも理解を超えたものでしょう。
複数対一個人の、大人からみた「こぜりあい」は「いじめ」なのです。
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(3)「いじめ」という問題を考える際に、絶対に許されない考えがあります。それは「被害者が弱いから」「被害者も悪いから」という考えです。

→一般に人は、災難や苦難に「現在進行形」で耐えている人間の体験を聞くと、その者の「人間としての価値が低い」と考える心理的傾向があります。
だから、人は自分の苦労を人に話す際には、「その苦労によって得るものがあり、人間として成長した」というストーリーを必要とするのです。
もしも、あなたがそのように感じない方であれば、それはあなたが真の共感性を有している素晴らしい方であるということです

上記の事実を踏まえて、現在「いじめ」に苦しんでいる子どもは、自己肯定感が低下しているだけでなく、それを誰かに話すことにより上記のような「あなたが弱い」「あなたが悪い」と言われる恐怖とも戦わなければなりません。
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被害者にも落ち度があるという発想は、何があっても許されません。不幸にも女性が強姦された場合に問題となる周囲からのセカンドレイプを例として挙げるまでもなく、被害者に問題があると考えることそれ自体が「重大な人権侵害です」。被害者に落ち度があるという考えが、頭に浮かぶなら、それを真実と考えるのではなく、自己の人権レベルを測る基準と認識してください。つまり、「被害者が弱い」「被害者が悪い」という考えが浮かぶなら、「あなたはご自分の人権レベルを向上させる努力をしてください」
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また、これと関連して、被害児童が素行不良であるなどといった理由で、「いじめ」事実を否定することも同様に許されません。
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悪い子もいい子も、皆、「いじめ」から救済され、幸福を追求する憲法上の権利があります。
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(4)「いじめ」を先生に相談することを悪いことだと考えるのは、「いじめ」と同様に許されない考えです。

→被害児童が先生に「いじめ」相談をすることを理由に「いじめ」が激化することがあります。これは被害児童の救済への唯一の道を阻むという、極めて恐ろしい発想です。
もしも、加害児童が「○○くんは先生にちくる」などと被害児童の教師や大人への報告を非難するようであれば、それは「いじめ」が水面下で進行しているという重要なシグナルです。

(5)「いじめ」の事実を知っていながら、そうした被害児童からの「訴え」を知りながら、また被害児童だけでなく周囲の人間からの「いじめ」報告に対して、救済行動を取りうる立場にある人間がそれを行わないことは許されません。

→これは「いじめ」という文言を使用しているしていないは重要ではありません。言語能力が発展途上にある被害児童が「いじめ」という言葉を使わなかった、「いじめ」られていると明確には訴えなかったことを理由として、なんら実効的な行動を採らなかったこと、もしくは右行為抑止に効果的な行動を採らなかったことは、「いじめ」防止もしくは被害者救済の責任者たる大人の「言い訳」にはなりません。

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「いじめ」、もしくは被害児童が苦痛を感じる情況にあることを知りながら、「実効性」のある手段を「迅速に」採らないならば、
それは「いじめ」の「不作為による共犯」なのです。
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また、「いじめ」、もしくは被害児童が苦痛を感じる情況にあることを知りながら、助けの手を差し伸べなかった子どもたちも、
「いじめ」に加わったことと同じなのです
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(6)「いじめ」は重要な人権侵害です。加害・被害関係は固定的なものではなく、加害児童も将来被害児童になる可能性があります。学校だけでなく家庭での人権教育は極めて重要なものです。継続的に学校や保護者が連携した「いじめ」対策が必要なのです。

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繰り返します。いじめは重大な人権侵害です。
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コメント(8)

これを素材として、読み上げ運動の原稿を作りました。
詳しくは「読み上げ運動」トピをご覧ください。
親はパニックおこして逆切れするのが関の山でしょうね。
心に響く読み上げ文にしましたが(最新版はウェブページ参照)、むしろ読み上げ主体の教師に変化があればと思います。
あるサイトでこんな言葉を見つけたので貼っておきますね。

「悪の葉っぱに斧を向ける者は100人いても、 悪の根っこに斧を向ける者は1人しかいない」

悪の葉っぱを刈ったとしても、次に生えてくる葉っぱはやはり悪の葉っぱです。
葉っぱ=行動や態度
根っこ=信念、価値観体系、パラダイム

ウチの長男に起こった事を当てはめてみると、
いじめをする子供を指導しても、また別の子がいじめる、いじめが繰り返される…根本として、いじめの本質が解決されなかった。

学校のいじめに対する取り組みや、加害家庭におけるいじめに対する認識、の不足。

いじめ行為を咎める事はしても、いじめによってどんな悲しい気持ちにさせられたのか、人格を否定される事をされたり言われたり…そこを理解して指導出来る教師や親、は残念ながら居ませんでした。

読み上げを繰り返していく事で、悪の根に気付き、断つ事の出来る人が一人でも増えてくれる事を願ってやみません。
千佳さん、はじめまして。
状況がよくわからないのですが、こどもさんが掲示板で中傷されているんですか?
はじめまして
今 友人の娘がイジメにあっています
先生にも相談をしたようですが、担任は男性でめんどくさそうに
「僕は男なので 正直女の子のイジメはわからない」
「親同士で解決するのがいいのでは?」と言われたそうです…。
イジメは主にシカトだそうで
暴力などはありません
証拠になるような事が全くなく、先生も実態がつかめないようです。長期化してくると被害者の被害妄想だと言われるまでになりました。どうしたらいいのか…友人も精神的に窶れてきて心配です

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