アワード・オブ・メリット
東は自身のキャリアを振り返ったとき、国際的に花開いたのは最初に授与されたアワード・オブ・メリット(Award of Merit)からであったと振り返った。
アワード・オブ・メリットは、マジック・キャッスルの AMA から贈られる賞で、対象はマジック界に貢献(Merit)した人物である。1985 年、第 17 回 AMA 表彰式(通称「バンケット」)で東に贈られた。この年の受賞者は 4 名で、プレゼンターはディック・ジマーマンとピーター・ピットだった。4 名のうち最初に授与されたのは東で、授与の理由は次の通りであった:
日本クロースアップ大賞を毎年開催した彼のマジック界への貢献に感謝したい。この毎年開催される権威ある大会によって、若手マジシャンたちのクロースアップ・マジックが上達する刺激となるだろう。
なお、1985 年のバンケットでは高木にスペシャル・フェローシップが贈られ、高木と東のダブル授与を祝う会が同年 6 月に東京・新橋の「第一ホテル東京」で開催された。主宰は小林時春。スコット・サービンとクリストファー・ハートがゲストショーを行った。なお後述する通り、東はスペシャル・フェローシップを 1995 年に授与された。
次世代へのバトン、思想時代:1989-2026
イラストレーターとしての国際的な評価
日本国内におけるイラストレーターとしての東の評価は既に高かったものの、世界的にはまだ知られていなかった。意外にも、Ton Onosaka の名前が広まるようになったのは 1990年代に入ってからであった。
東のイラストが海外で登場したのは、1959 年の『Hugard's Magic Monthly』、1977 年の『Shigeo Takagi's One Cup Routine』。イラストレーターとして登場するのは、1986 年の『The New York Magic Symposium: Collection 5』、1988 年の『New Magic of Japan』と、数こそ限られるものの古くからあった。
Ton Onosaka の名前が国際的に広がり評価が高まったキッカケは、1990 年に年にカウフマン&グリーンバーグから刊行された『Amazing Miracles of Shigeo Takagi』であった。高木とよく FFFF に参加していた東は、ある日会場でリチャード・カウフマンと出会った。東はカウフマンから高木の本を出したいという打診を受け、それを高木は快諾した。高木がこれまで発表した作品を集めた本になったのだが、東はイラストをすべて描き直したいと言った。