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文芸の里コミュのSF 未完「8」 遠足の巻

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 小学校の春の遠足があった。目的地のつくしが丘に着いて間もなく、お昼のお弁当の時間になった。カキコの隣りに仲良しのアケミが坐った。カキコはイナリ寿司弁当で、アケミはサンドイッチだった。二人ともお母さんの手作り弁当である。他にゆで卵も三個ずつ持ってきていた。遠足の日のデザートならまだある。果物味のゼリーやチョコレート。それにレモンスカッシュ。
 二人はイナリ寿司とサンドイッチを分け合ったりしながら食べていた。
 担任の先生の周りでは、たくさんの生徒が取り囲んで
、和やかに笑い声を弾ませて弁当を開いていた。
「先生のお弁当、すごーい。いっぱいあって、パン屋さんみたい」
 女性教師が手製の弁当を開いたところだ。
「五斤をサンドイッチ用に切って貰うの、けっこう大変だったよ。あのパン屋さん、遠足があるので、昨日は忙しかったのよね。さー、お弁当忘れた人、おいで!」
 と女教師が叫んだ。
「ホント、パン屋さんだ。それみんな先生がこしらえたの?」
「半分はお母さんに手伝ってもらったわよ」
 照れながら先生が言った。
「先生にも、お母さんいたんだ?」
 男の子がふざけた。
「先生にだって、親はいますよ」
 女子生徒が助けた。
「単身赴任かと思ったのさ」
 と男の子が言った。
「単身って、何よ」
 と別の男の子。
「彼氏がいても、単身か」
 疑問は次々と飛び火してゆく。
 沢を隔てた向うの丘でも、同じ学年の赤組の生徒たちが、昼食の最中だった。その賑わいがこちらへ伝わってきた。
 むこうの賑わいに敗けないように、こちらの女子生徒が声をきつくして叫んだ。
「富田佳代先生は、独身ですからね。失礼なこと言わないで!」
 

 頭上の高い空を、ゆっくり鳶が廻っていた。その猛禽類にはそぐわないひ弱な声が、子供たちの上げる歓声に、時にまじった。
 丘を領しているのは、子供たちや鳶の声だけではなかった。
 カキコとアケミが坐っている草原の前は森になっていたが、その深い繁みの中から、さまざまな鳥の声が洩れてきたのだ。 森に姿を隠しているから気づかなかったものの、耳を澄ませば、実に多くの鳥がひしめいて鳴いていた。まず鶯は万国共通のホーホケキョの美声を張り上げているし、キジバトはいかにも地を支配しているとばかり、クークーアッタホー、クークーアッタホーと低音を響かせている。メジロはチーイッ、チーイッと、凄みはないものの、単一のソロだ。
 またホトトギスは、ケッケンタケタカ、ケッケンタケタカと、今来たばかりでありながら、他を押し退けてでも自分の声を聴かせるといった勢いだ。そんな中に、森が静まるのを待つとでもいうように、チョットコイ、チョットコイとおかしな声が湧いて出た。その声にカキコが身構えて耳を澄ました。
「今、チョットコイって、声がしなかった?」
 カキコが言って辺りを見まわし、最後に隣りのアケミを見つめて訊いた。アケミは確かに小綬鶏がチョットコイと鳴いたのを耳にしたが、
「さー私は聴かないよ、そんな声」
 とすっ呆けて言った。というのは、このチョットコイと鳴く小綬鶏について、それをアケミは口にしてはならない深い訳があったのである。
 アケミの祖父から聴いた話で、多分に祖父個人の心的体験に基づいていると思われるのだが、それが一人の少女のいのちに関わっているとなると、やはり言葉にしておく必要があると思われるのである。たかが一羽の鳥のことだからといって、等閑にはできないのである。その一羽の鳥が小綬鶏ともなると、やはり秘密裏にほうむってしまうわけにもいかないのである。
 前置きが長くなったが、アケミの祖父が小学生の頃、やはり遠足であったのかもしれない。同じ組の女生徒が、森で小綬鶏の声を耳にした。チョットコイ、チョットコイと誘うので、ついて行った。そのうち鳥の姿が見えなくなったので、女生徒は思いを残しながら、家に帰って寝た。そのときから少女は夢で、チョットコイと誘われるようになった。それをクラスの仲良しにも話したらしい。少女はチョットコイと呼ぶ小綬鶏の声が耳から離れなくなり、一人で森を彷徨うようになった。学校を休むことも多くなった。そしてある夜、家を出て行ったきり戻って来なかったというのだ。もちろん学校でも手分けして森を探した。
 祖父も心配で黙っていられなくなり、探し回った。三人以上のグループで森に入るように指示もされていたが、祖父は一人ででも探し回った。町の警察にも出向いて、家出娘の顔写真なども見せて貰った。その少女の写真が最も新しく、他に何年も前に行方不明になった少女で、二年後に東京で保護されたと、但し書きのしてあるのがいるだけだった。
「心配か。あんた何度も来るけど、その子の何なんだ、恋人か」
 と警察の人に言われたりした。
 結局少女は発見されず、時代は流れ、祖父は孫もいる今の年齢になった。
 その祖父は孫のアケミに言ったものだ。
「小綬鶏がチョットコイと鳴いたという人がいても、そう、とか、良かったね、とか、肯定的に受けてはいけない。頭から否定してかかることだ。そんな鳥はいない、とか、それは人間じゃなく、化物だ、ぐらいに言って、何としても、難を逃れるように立ち回ることだ。いいか、アケミも、そうしなければいけないよ」
「うん」
 とアケミは素直な返事をしたが、どうも祖父の頭の中では、チョットコイと鳴いたのが、鳥なのか、人間なのか、混同している面もあるようでならなかった。そうして二度と姿を現さなかったその女生徒は、警察の人に言われたように、本当に恋人だったんだと気の毒になった。
 その少女は祖父の思いを募らせるだけで、永久に姿を消してしまったのだ。

 カキコはアケミがチョットコイのことを、にべもなく否定して、その声を聴いたというカキコへのいたわりがまったくなかったので、心を害したことは明らかだった。カキコは果汁味のヌガーを一人で食べはじめて、アケミに差し出してこなかった。チョットコイの声をきっかけにして二人の仲良しの関係が削がれてしまったことははっきりしていた。それでもアケミにしてみれば、祖父の長い年月の苦しみを斟酌すれば、これでよかったのだと考えた。カキコに対しては、やや冷淡だった気もするが、少しすれば修復できるだろうと楽観していた。
 遠足から帰ると、アケミはさっそく小綬鶏の声を否定したと祖父に告げた。祖父は良くやったと孫娘を褒め、お小遣いにプラスアルファーをつけてくれた。
 そこまではよかったのである。ところがチョットコイの話は、それで終らなかった。その夜寝に就くと、夢に小綬鶏が現れて、アケミを責めてきたのである。
「小学生の遠足があるというので、俺は自分が体験した狐に酷い目に遭わされた話をしようと思って出かけたんだ。それでチョットコイと鳴いてみた。地声とはいっても、いきなりチョットコイと鳴くのは、難しいんだ。特に小学生の女の子の前でやるのはね。普段はぼそぼそ他の声で喋っているんだよ。しかし己を照明するには、チョットコイと鳴くしかなかった。それで小声で何度も練習して、あのときに備えたわけだ。うまく言えたと思っているのに、仲良しのあんたが煮え切らない反応しか示さなかった。それでちゃんと聴いたあの子は、あんな態度になったんだ。どうしたつんだよ、ちゃんと聴こえた癖にあのすっ呆けた反応の無さは」
 アケミはここまで衝かれると、黙っているわけにはいかなくなり、祖父との経緯を話してしまった。
「ふーん」と小綬鶏はひとつ唸ってから、互い違いに翼を出し、心を引き締める仕草をして、語り出した。
「それは小綬鶏のしたことではないね。一族の中で、チョットコイと鳴く美声が備わっているからといっても、その声を利用して少女を誘惑したなんて例は、一度としてないよ。その女の子が聴いたというのは、それこそこの俺が訴えようとしていた狐の仕業に違いない。俺を人間がつくった鳥籠に閉じ込めて囮に使い、他の小綬鶏を捕まえようとしたほど、奴らのやり方は悪辣なんだ。小綬鶏の声を真似たか、脅して美声の小綬鶏を遣ったんだ。まさかとは思うが、いくら悪知恵が発達しているかたといって、録音したCDをつかったわけじゃないだろう。俺を人間がつくった鳥籠に閉じ込めるまでしたやつらのことだ。人間のつくったCDカセットなんてものをつかって、誘い込むくらい朝飯前だろうよ。待てよ、それは君のお祖父さんが、小学生の頃のことだと言ったね。それじゃ、その頃、CDはまだ出回っていなかったか。まして塵捨て場に出すほど、大衆化してはいなかったよね。なら二つの線が考えられる」
「二つの線って、どんなこと?」
 アケミは寝ている祖父に聞かれてはと、夢の中で、小綬鶏の嘴に耳を寄せた。
「狐の中から声帯模写のうまいのを選び出したというのと、もう一つの線は、、少女が自分の家出を小綬鶏にかこつけて、仕組んだということさ。後者の線はずっと弱いけれどね。それでも狐ばかり悪者扱いしないで公平に見るということで、残しておいてもいいさ。それはこういうことなんだ。君のお祖父さんの、その少女への恋心が熾烈すぎて、このままいくと自分はお祖父さんにとことん追いかけられて、結婚しなければ、殺されてしまうのではないかと、将来を危ぶみはかなんで、家出をしてしまったということさ。その場合は少女自身にも、宝塚の花形になるとかの野望があって、何年か後には、もう一度チョットコイを有効に遣ったと思われるのさ。それほど公にではなく、家族と身内のものくらいに、それこそ文字通り、チョットコイと呼びかけたのさ。別名で宝塚から出た花形としてね。しかし実際にそういうことは起きなかったのだろう。行方不明になった少女の家族が、その後町から出て行ったということもなかったのかな」
「さあ、それは分からない。起きたらお祖父ちゃんに聴いてみるね.でも、何でそんなことをわしに訊くんだ、何て怪しまれないかしら」
 アケミは夜が明けて、明日になるのが不安になってきた。
 アケミの顔色からそれを読んで、小綬鶏はいった。
「まあ、そこまでしなくてもいいさ。狐だよ、狐の仕業に違いないんだ。俺を鳥籠に閉じ込めて、餌も与えず、骨と皮ばっかりになって死んだら、それを剥製みたいにして、餌もやらなくていい永遠の囮にして遣おうと企んでいたに違いないんだ。
 そうなる前に、俺の妹の友人だという人間に助け出されたのさ。今度妹も連れてくるから、そのときもっと詳しく話すよ。俺たち鳥族の中には梟のような、すべての動物の霊を統べ治める権限を与えられている鳥もいて、その梟と人間とのからくりもあって、人間を友人に持つ妹は、その中に首を突っ込んでもいるんだ。妹と一緒に俺の彼女も来るかもしれないから、よろしくね。この彼女は人間の友人がいるわけじゃないから、俺の救出に直接は関われなかったけど、毎日餌を運んでくれたよ。一番困ったのは水だった。彼女からの口移しだけでは、とても足りないのさ。雨だってめったに降らなかった。降ってきたら口をあんぐり開けて受けとめたものさ。救出される三日前になって、彼女は小さなレジ袋を見つけて、それに川の水を入れ、首にかけて運んできた。あれは大いに助かった。命拾いをした気がしたものさ。環境汚染とかで、山を汚すなと叫んでいるようだけど、我々動物にとっては、救いに繋がることもあるんだね。喉の渇きを癒したのも人間がつくったレジ袋だったし、俺を閉じ込めた鳥籠をこしらえたのも人間だった。そして最後に鳥籠から俺を救い出してくれたのも人間だ。その人間を狐つきとかにして駄目にしているのが狐というのだから、黙ってはいられないのさ。ひとまず俺は帰る。そのうちまた来るよ」
 小綬鶏はそう言い残すと、さっとものの見事に姿を消した。夢とはいいながら、その手管があまりにも鮮やかで、それこそ狐のはかりごとに填まっているのではないかと、アケミは頭を振ってみたほどだった。
 夜が明けて学校に行くと、学校は空っぽだった。日曜日の昨日が遠足だったので、その代休だったのだ。前から言われていたのに気づかなかったのも、すべてチョットコイを否定したことが原因していると思えたので、その足でカキコの家に直行して、お祖父さんの話から洗いざらい話した。
「あんなにはっきり、チョットコイと鳴いたのに、アケミちゃんが鳴かなかったというから、変だと思ったのよ。そういう理由だったの。あんたのお祖父ちゃん、その女の子にほの字だったのね。もしかしたら、それで逃げ出したのかもしれない、その女の子。お祖父ちゃんはその子に告白なんかしなくても、思いは怖いほど伝わっていたのよ。恋の道って、難しいものよね。私に持ち上がっているのは、恋とは違って、跡継の問題なんだけれど」
 そう言ってカキコは話し出した。恋の話と跡継の問題がひょんなことからせめぎ合いをはじめた感じだった。
「うちのクラスの欅坂っていう子の家と私の家とは、昔から家ぐるみの付き合いがあるらしいんだけど、その家のお祖父さんが中央通りで営んでいる老舗の和菓子屋さんを、孫の欅坂彦一に継がせたいらしいの。それで私が幼いときから、この私に和菓子屋の女将さんにぴったりの品性と容姿があるって認めていたらしくてね。それを今から折々持ち出してくるのよ。でもそれがアケミちゃんのお祖父ちゃんの話とは違って、好きとか、恋しいとか、そういう感情がお互いにまったくないのよ。今ぜんぜんないし、これから湧いてくる可能性もないのよ。それなのに、跡継の嫁として、私を迎え入れる計画ばっかり進められているんだからね。私に少しでも恋心に近いものでもあればいいのになあーって、考えている折も折、昨日のことよ。チョットコイって鳴いたから、アケミちゃんに訊いて確かめたんだわ。チョットコイって、鳴いたか、鳴かなかったかって。そしたらアケミちゃんは、いけぞんざいに、鳴かなかったと言うから、チョットの恋にも見捨てられたと、がっかりするのと一緒に、私は老舗の和菓子屋なんかに、嫁入りはしないって決心したの。その反動で、下町のパン屋さんなら、自分で開業してもいいって思ったわ」
 アケミは小綬鶏の兄さんが、妹を連れてくるとか、そのとき彼女も一緒に連れてくるとか話していたのを思い出して、その話もしなければならないと思っているうちに、カキコはチョットコイの話に切りをつけて、チョットコイを切り離してしまったので、アケミは切り出すきっかけがなくなって困り果てていた。
 しかしカキコが眠りから目が覚めたように、
「あれえ? 待って、さっきの話。昨日は小綬鶏の声を、アケミちゃんは否定したんだけど、そうじゃなく本当は聴いていたんだよね。そしたら、チョットの恋は稔るってことで、欅坂君との恋が芽生えるってことになるのか」
 アケミはカキコを恋の道へ進めたら大変なことになると思った。老舗の和菓子屋の女将さんとして、羽振りを利かせているカキコのことなど、考えたくもなかった。将来小さな会社のオーエルになった自分がそんなカキコの前を隠れるようにして通勤する姿など想像したくもなかった。そこで思いついたのが、夢に出て来た小綬鶏が狐に囚われていたとぼやいた案件だった。アケミに狐のことを、さんざん悪し様に語っていたのだ。
「昨夜夢に出て来た小綬鶏は、狐に掴まって、囮にされていたのよ。他の小綬鶏を捕まえるための囮よ。そんな目に遭った小綬鶏が、稲荷寿司を食べている私たちに向かって、チョット恋なんて、恋の話なんかできると思う? 稲荷寿司は、キツネ寿司ともいうのよ」
「そっか」
 カキコは言って畳の上に仰向けに寝転がった。たったいま閃いた和菓子屋の栄光の道が闇にさらされていくのが、たまらないといった口振りだった。
 カキコは心の奥に、キツネ火のようなものが灯っているようでならなかった。カキコは自分も行列に加わって、しずしずと通りを歩いていた。人々は稲荷寿司のようなものに割箸をさして手に持ち、飯の詰まっている部分がぼんやり灯のようにともっていた。
「やっぱりパン屋さんかなあ」
とカキコが洩らした。
「パン屋がいいよ。パン屋なら私も応援できるし」
 アケミはそう言って、またカキコの心が変わる前に、カキコの家を出た。途中の酒屋に寄って祖父のために白酒を買った。祖父との約束を破って、カキコにチョットコイの話をしてしまったお詫びのつもりだった。
 しかし帰宅したアケミは、祖父におみやげは渡しても、カキコに話したことは言わなかった。

   遠足の巻




 

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