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文芸の里コミュの花びらのシーツ 2  〈メルヘン〉

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◇花びらのシーツ 2


 ツツジの花びらは、一夜明けるとページいっぱいの大きさに育っていました。花びらが大きくなるのに合わせて、香りも豊かになり、部屋にポプリでも置いているようでした。
 もう本にはおさまり切らないので、付け根だけを挟んで床に寝かせておきました。その花びらの広がり伸びることといったら……。
 二日目には、体をくるめるほどになっていました。女の子は、花びらを本から離して、野原に運んでいきました。それを草の上に広げると、まるで花びらのシーツです。
 女の子は、その上に寝転がりました。そよ風が、シーツの隅をはためかせて、パタパタと鳴ります。上空を白い雲が漂って行きます。
(いいにおい)
 女の子は小鼻をひくひくさせました。(でもどうして、この花びらだけ大きくなるのかしら)
 女の子は、ほかの花を本に挟んでみたのですが、少しも大きくならなかったのです。花びらの秘密を知っているのは、樹の精と妹クワガタだけなのです。

 花びらのシーツは、子供たちの間で大騒ぎとなりました。子供たちは、勝手に草花を摘んで本の間に挟んでみましたが、小さく萎れていくだけで、大きくなる花など一本もありませんでした。
 クワガタの兄妹が、様子を見に村里へやって来たのは、そんな時でした。
 草原には、女の子が薄紫のシーツの上に、快げに横になっていました。
(お兄ちゃん、あれがツツジの花びらよ」
 妹クワガタが、兄さんクワガタと肩を並べて飛びながら教えます。
「うん、あの子だ。あの子だ。おれを飼っていたのは」
 兄さんクワガタは言いました。
 このとき野原に向かって、四、五人の子供が走って来ました。
「あんな所で、独りだけでいい気になって寝てる」
 一人の子供が女の子を見つけると、ほかの子供も、
「いないと思ったら、あんな所にいた」
 と口々に言って、駆け寄ってきます。
 花びらのシーツの周りに集まると、
「おい、おれたちにも寝かせろよ」
 一人が、女の子を押しのけようとしました。女の子は、花びらのシーツをくるくると体に巻きつけて、野原を転がりました。
 それを見ていた妹クワガタは、
「いいこと思いついた」
 と叫んで、森の方へ後戻りして飛びました。
「何だよ急に。おまえはいつも、勝手に動き出すから迷子になるんだぞ」
 兄さんクワガタは言って、追いかけて行きます。
「迷子になったのは、お兄ちゃんでしょう」
 これは兄さんクワガタが、囚われの身となったことをさしているのでした。
 妹クワガタは森に分け入り、沢を登ったところの日だまりに咲く、あのツツジの樹の下にやって来ました。
「これを運んで行って、囚われているクワガタを、みんな解放してあげるのよ」
 妹クワガタは、命令口調で言いました。
「いい樹というのは、このツツジだったのか。なるほど綺麗な花が咲いている」
 兄さんクワガタは見とれていましたが、散ったばかりの花びらを、あごにくわえこみました。そして妹の後から、近くのモミジの樹にさかさまに登って行きました。さかさまでないと、はさみのような頑丈で立派なあごが樹につかえて、登りづらいからなのです。
 樹のてっぺんに来ると、風を待って空に飛び立ちました。

 女の子は花びらのシーツをたたんで、部屋に入っていました。クワガタの兄妹は、そこへ飛んで行ったのです。
 妹クワガタは女の子の肩にのって、早口にせわしなく話しました。
「男の子の所へ行って、花びらとひき換えに、囚われているクワガタをみんな放すように、頼んでほしいの」
 女の子は目をくりくりさせ、
「そしたら、私のシーツにどろ靴でのってきたり、突き飛ばしたりしなくなるわね」
 と頬を熟れたトマトのように輝かせて言いました。
 兄さんクワガタは、机の上であごを突き上げていました。けれども、その大きなあごに花びらを挟んでいるので、決していばっているようではなく、香り高い贈物を女王様に捧げるといった感じでした。
「でも、絶対にためになる、いい本でなければ、花びらは育たないのよ」
 と妹クワガタは念を押しました。
「そう伝えるわ」
 と女の子が言いました。

 クワガタの兄妹は、七回森と村里を往復して、ついに囚われのすべてのクワガタを解放してやりました。
 自由にされたクワガタたちは、実に久しぶりに故郷の樹に舞い戻って、樹液にありついたのでした。
「おいしい、おいしい。あの腐ったみたいなスイカやキュウリより、ずっと甘いし、森の空気もおいしいよ。クワガタ同士で戦わなくていいのが、何よりだね」
 クワガタたちは、そう言って樹液をなめました。

 三日後にミヤマクワガタの兄妹が村里に飛んでみると、野原には薄紫のシーツが何枚も広げられていました。
「お兄ちゃん、綺麗ね。大きなお花が、村中にぽつんぽつんと開いたみたい」
 よく見ると、薄紫のシーツは、大きいのもあれば小さいのもありました。どのシーツにも子供が一人のって、風に飛ばされないように押さえています。なかには、犬や猫と一緒に寝転んでいる子供もいます。あまり小さくて、見えないほどのシーツもありました。そんな子は、急いでよい本を町の本屋に探しに行きました。どんな本がよいのか、先生に聞きに行く子供もいました。図書館の司書に相談に行く子もいました。
 ミヤマクワガタの兄妹は、野原に憩う子供たちの上を、のんびり飛び回りながら、
(村が静かになると、森も平和になる)
 と思っていました。ことばにはならなくても、思いは羽根に伝わり、ブーンと低く羽音をうならせ、クワガタの兄妹は、故郷の森のクヌギの樹へと帰って行きました。

    おわり、

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