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文芸の里コミュの少年の夢 未完 24

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 二人の子供が企んだ謎の馬の写真について、堂田は二度にわたり彼等の病室に足を運んで追及を試みたが、失敗に終った。しかし、ただ馬の写真欲しさから、堂田の馬をモデルにして写真撮影を断行するとは、まず考えられない。そう思って、馬の飼主としても、馬によくやったと快哉を叫びつつ、自分の病室に向かって足を進めた。釈然としないものは残っても、あの馬なりによくやったのである。それはこの日の朝、マリエとアユミの登場により、堂田は自分の進むべき道が暗に示されたと思えたからでもあった。というより、自らを委ねて行く道が見つからず、ぎりぎりのところまで、追い詰められていたのである。分校を再開して、そこに我が身を置くという、天のはからいとも受け取れる進路が降って湧くように出現したのである。そのためには無給での門出も覚悟していた。
分校改築の費用くらいは、村が出すだろう。まずその分校再開の動機の趣旨を、しかるべき者に話すことである。
 そこに浮かんできたのが、桃子の口から幾度か飛び出てきた本家の棟梁、義理の兄である。彼は幹太とリカの父親でもあり、その幼い兄妹もマリエの遠距離通学の困難さを、十分理解しているのだから、話しも持って行き易いというものだ。その上で親しくしているという村会議員に通じてもらうことだ。
 堂田はそんな腹づもりで計画を練っていた。そのうち今回の馬の事故が、ほっておけないものに思えてきた。うっかりすると、計画の命取りともなりかねない。堂田の馬が二人の子供に傷を負わせたことが明るみに出されれば、当然飼主の堂田への非難が持ち上がってくるだろう。純粋に馬が好きで、馬の写真を撮ろうとしていた子供を蹴って怪我を負わせ、入院費を負担するどころか、二人の子供を脅したなどと、陰で囁かれでもすると、堂田自身の信用を失い、分校再開の話も水の泡に帰してしまうかもしれない。
 ここまで来て堂田は行き詰まりを感じた。彼等がなぜ馬の写真を必要としたか、その謎を曖昧なまま終らせてはならない。何としても謎を解き明かさなければならない。
そう思ったとき、ロビーの向こうの窓越しの風景が、赤く染まって見えた。あんな所に夕焼けが覗いている。見事な夕焼けだ。そう感動していると、夕焼けを仕切るように、黒い影が立ち上がったのだ。それは何と後ろ足で立ち上がる馬の姿なのだ。後ろ足で立つこんな鮮やかな馬体を見るのは、初めての体験だ。しかもそれは、夕焼けを背景とした影絵なのだ。馬の立姿を影絵で見ただけでも奇跡に近いが、さらに奇跡が重なってきた。立ち上がる馬の股間に伸びている棒状の物は何だ! 何とそれは馬のペニスに見えるのである。いや、ペニス以外には考えられない。まさしくそれなのである。堂田はそう脳裏に焼き付けて、認識すると同時に、まったく別な黒雲が押し寄せてきて、ペニスも馬の立姿もたちまち歪み崩れて、消されていった。
 そして今、そこに展開しているのは、日頃の夕焼けと何ら変わっていない、濁った夕焼け空である。堂田はそのまま歩みを進め、ロビーに来ると、ソファの一つに倒れ込むように腰を下ろした。
 テレビでは民放の映像を流しており、次々とコマーシャルが目に飛び込んできた。その中に写真を素人の手で、見事に修整できるソフトの宣伝画像が流れていた。実物の写真には無いものが、まるで手品師の手にかかるかのように、修正と加筆がなされていく。写真にあるものが消され、無いものが付け加えられていた。
 「写真の修整と加筆が簡単にできてしまう、写真修正改造ソフトを、あなたの手で操ってみませんか」
 そんなコマーシャルの文句が入って、次の商品の宣伝へと移って行った。
 堂田は一度目を瞑り、その目を開いた。廊下を進みながら見せられた変幻自在な黒雲による馬の立姿と、股間に現れた棒状のものと、たった今テレビのコマーシャルとして流れて行った三つの偶然が、何故こんなに見事に、一瞬のうちに出現するのか、呆気にとられて思い返していた。視覚を通して堂田の脳裏に刻印した三つの断片は、二人の子供の謎を解き明かす資料だったのである。いや謎の真相を教えるために見せられた超自然の操作ともいえるものだった。三者の組み合わせの妙からして、とても人間の手でできるものではない。もし十秒の時間のずれがあれば、堂田の脳裏に何も刻みはしなかったであろう。
 そういえば、と堂田は先程病室で洩らした腑に落ちない子供の言葉が、急に納得できる気がしてきた。マロングラッセの蓋を開けて、一個ずつ金色の紙に包まれたマロングラッセを目にしたとき、怯え戸惑ったように口走ったことばである。「金の玉だ」そう彼は洩らしたはずである。堂田はそのとき、子供の異様な反応の仕方に驚いたが、次にはただの一こまの場景として消されてしまった。そのときの異様さが、今蘇ってきたのである。子供からすれば、何故堂田が、彼等の犯行を知っていたかのように、マロングラッセの金の包み紙の商品を買ってきたかにかかっていたのだ。
 彼等の目的は、後ろ足で立ち上がる馬の写真に、画像ソフトで加筆したものを名づけて、イヒヒン幹太として多くの子供たちの目に曝せばよかったのである。
 人命救助の功績で表彰され、すっかり有名人になった幹太が、今度は少年野球の地区大会で優勝したとあって、どうしても早急に幹太を貶める必要があった。それでにわかに馬を幹太に見立てて、イヒヒン幹太を作り上げる急務に駆られたのであろう。イヒヒン幹太が完成すれば、その相手の牝馬は、マリエに決まっていた。こちらは立ち上がらせる必要はないのだから、簡単に作成できる。馬に蹴り飛ばされて、携帯がばらばらにされていなければ、一組の馬のカップルはすぐにも出来上がるというものだった。マリエと幹太のご祝言がいつになるのか、子供たちの感心を集めていたくらいだから、イヒヒンマリエはすぐにも手がけたい素材だったであろう。
 四本足で地面を歩く馬など、どこにでもいるのだから。写真を撮る必要もなく、手に入れることができただろう。とにかく、後ろ足で立つ馬でさえあれば満足だったのだ。
 堂田は間もなくロビーを離れて、自分の病室へと向かった。彼にとってよく分からない馬というものが、栄光の馬として浮かび上がってきた。去勢手術を施し、一物は虚しくされていた馬ではあったが、とんだところで、脚光を浴びようとしていたのだ。何としても、少年と少女が醜聞に曝される前に、悪童たちに白羽の矢が立てられたその馬が、防いだのである。それだけではない。飼主の堂田に身の振り方まで教えたのだ。しかし馬車を曳く馬としての働きは終った。馬が自ら堂田を馬車から振り落として示したようなものだった。そして今回は、悪童の犯行を未然に防ぐことで、大きく働いたといえる。
 その馬が、有終の美を飾って、飼主の手を離れるときが来たと、堂田は悟った。少し前ノートパソコンでネットを探って、馬の進路の目途はついていた。馬牧場である。普段はそこで草を食んで過ごし、客があるときは、老若男女を背に乗せて野道をゆっくり歩くのである。
 馬を手放すに当って、馬自体には一銭の値打ちもつかず、馬の運送費は堂田が負担するというものだった。馬を送り出す者として、確約をとらなければならないのは、決して肉用にはしないこと、馬が余生を送るによい環境であること、その二点はどうしても押さえておかなければならなかった。後者の余生を送るによい環境か否かについては、主観の絡むことでもあり、良心に任せるしかないと思われた。劣悪な環境におかれるのを防ぐ方策としては、もと飼主が度々訪れて試乗するのを、快く受け入れるかどうかを見極めることだった。
 堂田が当ったその牧場主は、
「お気軽にお出かけください。その方が馬にとっても励みになりますしね」
 といたって気さくに応じたことが、堂田の心を落着かせた。
 馬の運送料が馬鹿にならぬ額になるため、堂田の近辺の町村で、同じような馬が出たときを待って、トラックを手配するというものだった。その馬牧場からの連絡を待つ一方、堂田のほうでもさらによい馬の落着き先があるか否かを探ってみるという形をとっていた。そこへ向かって、堂田の方から連絡してみようと考えたのである。
 近辺の町村から、手放す馬が二頭いれば、運送料は半額になり、三頭いれば三分の一で済むのである。それを堂田は、一頭だけでも手放そうと考えた。馬にとって今が退け時であり、それだけのことをしてやりたくもなっていた。価値のある馬であれば、運送に多くかかっても、それが馬の値打ちになると判断した。

 堂田は夕食を済ませると、ノートパソコンで馬牧場にメールをした。それから昔書いた馬の詩を探し出し、更新せずに滞っているホームページに、それを載せた。競走馬をモデルにしているが、堂田の馬もそのような系譜を辿ってきたものと考えていた。詩を書くとき閃いたのは、今の馬なのだから、詩の中身と大きくずれてはいないと思った。その愛馬に、名前すら付けてやらなかったことが悔やまれ、哀れでならなかった。詩に登場する馬たちに名前がないのも、共通している。

詩 ある馬の系譜

 競馬場はいたるところ馬の臭いがする。一つ前の駅からもうそれははじまっていて、早くも競馬場かと錯覚するくらいだ。
 往時 馬は世界を支配してきただろう。他国へ攻入り、領土を増やして行くのに、馬の脚は欠かせなかった。その土地を耕すのにも馬は力を貸した。
 ジープ、戦車、飛行機と登場してくるに及んで、ますます馬は追いやられた。
 耕運機の発明で、戦とは関係ない牧歌的な働きも御用となった。
 馬の多くは肉用に回され、一握りの駿馬だけが競争用として残された。
 狭い牢獄のような馬場に限定されて。

 未知の原野を、風に尾靡かせて疾走したあの快感は、もうここでは味わえない。
 血で血を洗う戦場に馳せ参じるという瑕瑾はあっても、闘うのはあくまでも人間だった。
 馬はただ大地をまっしぐらに駆抜けて行くだけだった。曙光の覗く未知の大地へと、四肢で地面を蹴り、たてがみと尾を靡かせ、大気に風穴を開ける勢いで身を躍り込ませて行くだけだった。
 それが馬の本能の歓び、充足だった。

 たとえ武器は取らぬにせよ、単純この上もない勇躍ぶりを戦争に加担したとして問われるべきか。それだからこそ、仲間たちは肉用とされていったのか。
 しかし悔改めのない人間に、馬を責める資格はあったのか。

 馬は今、馬場の外れの杭に留る雀の瞳まで見える視力を弄んで、視線を馬場の外へとさまよわせた。
 スモッグに霞んだビル群が、蜃気楼のごとくに浮んでいる。
 そこから低きをめがけて流れ込んでくるのは、排気ガスと人界の臭いだ。
 これを押しのけ打克つには、馬場いっぱいに馬の臭いを擦り付けることだ。
 臭いは馬場という狭い境界を押し広げて、都市の中にまで及んでいくだろう。
 広漠の地を失った馬が、なお希望を持って生きるとすれば、臭いを撒き散らす以外はない。
 日本ダービーや天皇賞の競馬新聞が風に舞い、放送の電波に乗るなどというのは、侵略戦争の夢やぶれた人間どもが、勝手にやっている荒事にすぎない。
 馬は各々暗い情熱に燃えて、〈においづけ〉に躍起になっている。

 近辺の商店街や住宅地から抗議が殺到し、当局では頭を悩まし、塀を高くし、薫り高い草花を植えたりした。
 だがこんなことで馬の鬱憤が晴れるわけはない。馬は塀を齧り、香りのする草花を食い漁り、蹴散らして荒々しく嘶いた。

 夜、馬は厩舎に横たわり、臭いが風に乗って人界を征服していく情景を夢想する。
 やがて馬たちの網膜に靄がかかり、うとうとっとして快い眠りに入っていく。
 朝となり、馬の目を覆っていた靄が消えていくにつれて現れてくるのは、コンクリートのビル群でも、高速道路でも、工場の煙突でもない。
 白々と朝日に輝く高原である。馬は横たわったまま首だけ起こし、ゆったりと左右に揺すっている。夢を覚まそうとしているようでもあり、依然夢の中を彷徨っているようでもある。
 と、とっさに馬たちは四肢を床に着けて立ち上がった。夏祭りを告げる花火の号砲を、彼らの永遠のレースと取り違えたものであったか。

 長い厩舎の板囲いを一斉に蹴破って、馬たちは跳びだした。
 まとまって馬場を一周すると、彼らが配送されてきた高速道に連なる出口へと突進した。競馬場の観覧席よりも高く、一本の高速道が延びている。
 南へと進路を取ると、馬たちはアスファルトを打つ足音も高く疾駆する。
 この馬たちの驀進をとどめることは、百戦錬磨の調教師といえども出来はしない。
 彼らは今本性に目覚め、太古へと回帰しているのである。 
 人間の肉の目は、けたたましく鳴動する蹄の音を聞いて、ぽつりぽつりと開いていくところである。
 何事かと窓辺に立つ頃には、すでに馬の姿はなく、残響があるばかり。
 これは変だとばかりに、ジェット機の影を探すごとくに視線を彷徨わせれば、はるか前方を、赤い火の玉となって流れゆく物象を捉えるものも中にはあるであろう。
 それがそのものにとって、世界の開闢、最初のことばとなる。

 このころ当の馬たちは、馬の臭気も人の臭気もないところを、ただ風に身を任せて駆け抜けている。

 未完

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