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文芸の里コミュの少年の夢 未完 20

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 しばらくして、桃子はP市に向かって車をスタートさせた。堂田はパーキングエリアにあるレストランで十分と言ったが、桃子は堂田にP市を見せたい意向もあるらしい。そもそもトラブルに見舞われて駐車した場所で済まそうとするのが、気に入らないようだった。
 堂田の中には、まだうっとうしく蟠っているものがあった。それが何であるのか、はっきりはしていないが、やはり堂田自身の存在の欠如が尾を引いているように思えた。男は何としても、しっかりした身の支えがなければならないのだ。たとえそれが、少年の夢のようであっても、実現可能なファクターを帯びていなければならないのだった。その点で幹太は、自分の夢を一歩も二歩も前進させたのである。地方大会での優勝。そしてその手柄がものをいって、中央大会へと繋がったのである。
 堂田は幹太の生き方に刺激されて、自分も何か形のあるものを求めて動かなければならないと、考えるようになった。人の目にも留まらず、売れもしない童話を、こつこつ書いていても、埒が明かないのである。童話がいけないというのではなく、堂田にそれだけの力がないということに尽きるのだ。そうかといって、農夫としてやっていけるかというと、今回の挫折でとても人に追いつけないところまで落ちてしまった。
 残された進路となると、以前考えに考えて志望を取り下げた教師の道である。そのとき堂田は、こう考えた。学生時代のことだ。その頃は現在の彼より児童文学にのめりこんでいて、童話の同人雑誌にも投稿していた。それが新聞の文化欄にも取り上げられたりして、童話を書くことに生き甲斐を感じてもいた。同人雑誌の仲間のなかには、小中学校の教師になって、子供を素材にして童話を書いているものもいた。堂田はそこに疑問を感じた。
素材集めのために教師になってはならないと思った。それは子供を利用するに等しかった。教師になるからには、教師が第一の目的でなければならなかった。童話に関わっていくには、大自然を相手にして、農夫になるのが、もっとも後ろめたくない生き方だと考えた。
 その頃父は二度目の妻と離婚して、一人で農作業をしていた。父は年齢を重ねていることもあり、農業の手伝いをしながら、こつこつと児童文学に関わっていこうと思った。それがもっとも自然で、無理のない生き方だと、自分なりに納得していた。
 しかし大学を卒業して、農家の仕事を手伝ったりしているうちに、童話を書く意志が薄れていった。農家のほうも、収益を上げることに汲々とするようなやり方に反発があり、青年のグループからは放されていった。
 ところが今、桃子と出会い、将来を真剣に考えようとすると、一度後じさりした教師の道を思い直してみなければならないのではないかと述懐するのである。堂田にとって、形のあるものとなると、取得している小学校と中学校の教員免許を生かすしかないように思えてきたのである。多くの年月を経てしまった自分の年齢を考えると、億劫な話ではあるが、ほかには何もないのである。
 桃子に対して、より積極的になれないでいるのは、やはり自分の社会的な無力さだと考えられた。
 堂田は桃子の運転する車に身を委ねながら、ぼんやりとそんな身の振り方を思い描いていた。
 車はP市の繁華街に入っていた。この街は学生のとき、市場の調査をするアルバイトで、一度訪れたことがあるだけだった。こじんまりと区画整理された市街という印象を持っていたが、そのイメージは変わっていなかった。
「君はよくこの街に来るの?」
 と堂田は訊いた。
「そうね、二箇月に一度くらいかしら」
「それじゃ、馴染みの街と言えるね。僕は学生のとき、調査のアルバイトで、二時間ほど滞在しただけだったから。そのとき、いつかまた来てみたい街という印象を持ったけど、変わっていない気がするね」
「繁華街は歩いて十分ほどで尽きてしまうほどだわ。人口十万に満たない街となると、こんなものよねえ。都市にとっては、人口が何よりの財産だわ。東京みたいな大都会では、あんまり歓迎されないかもしれないけど、地方都市では人が住まなければ、拡張もできないし、文化施設だって造れないし、淋しい限りだわ」
 桃子は言って、道の交差しているところで路地に視線をやった。
「もう一つ先だったかしら」
 そんなことを呟いて、車を進めていき、次の道を左へ折れた。
 すぐのところに、イタリアンレストランが目に飛び込んできた。駐車場もある。
「こんなところで我慢してね」
 店の前でそう言って、ドアを押した。広すぎも狭すぎもしない、手頃な店だ。客は一組の中年の夫婦がいるだけだった。その中年の夫婦を意識した席の選び方をして、
奥まった窓際のテーブルに着いた。
 堂田は白ワイン桃子はノンアルコールワインを、前菜とサラダを前に、乾杯をした。何となく二人の前途を祈って。二人が結ばれるようにとは言えなかった。それでいっても差し支えないものを見つけては、乾杯した。まず幹太の中央大会の試合が、子供の夢の階段を一歩でも登っていけるような結果になるようにと乾杯した。堂田の馬がいい飼主の手に渡るようにととなえて乾杯した。
 当然のことながら、桃子にいい相手ができますようにとは言えなかった。それは堂田についても、いい相手が見つかるようになどとは言えなかった。
「私たち、さっきから、『ように、ように』って、誰かに頼むようなつもりで、口にしているけど、一体何に向かって、となえているのかしらね」
「僕も今、それを感じていたんだ。神様がいると信じてもいないのに、聞き入れてくれる人を想定して乾杯するのも、おかしな話だしね」
 そんなふざけたことを言い合いながら、乾杯らしきことをしてしまうと、いよいよ本題に入り込まなければならなくなった。
「さっき車の中で、話しかけて脱線してしまった幹太君の、大変なこととは、いったい何なの?」
 と堂田は単刀直入に向かった。

 未完


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