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文芸の里コミュの小品三題

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   ◇


水輪ひとつ残して消ゆるカイツブリ

 若い母親に抱かれた赤子が、カイツブリの消えた水面を指差している。水輪がひとつできていて、赤子の口も水輪の形に丸く開いている。
 赤子は消えてしまった水鳥のことが気がかりでならず、母親の腹部を足で蹴り、「あ」「あ」と言葉にならない発声をした。それは生まれて初めての発語だったが、若い母親には通じなかった。
 母親は赤子と散歩に来ながら、沼の風景も赤子のことも見ていなかった。
 出社した新婚の夫が、女子社員と会社近くのレストランで食事の後、カフェに寄って談笑している情景が、頭から離れなかった。何となれば、彼女自身も、そうやって今の夫を知り、一緒になったからである。
 母と子は二人して、それぞれ、水鳥の不在と、夫が不在になるかもしれないという妄想を抱えて、沼のほとりに佇んでいたのである。



◇

鴨の群れ匍匐前進あるばかり


 雪はやむ気配なく降りつづいている。風もある、凍りついた夜更けの湖上である。
 鴨の群れが、氷の上を前進している。動かないと、凍った水面に足と腹が張り付いてしまう。氷と雪に埋められてゆく湖から逃れようとして、鴨の群れは雪を押し開くように、少しずつ少しずつ前へ進む。まさに匍匐前進。鳥の前には、暗黒の夜と、視界を掻き消す降雪。加えて壁のごとく立ちふさがる積雪だ。黙ってはいられない。雪と氷に埋められず、生き物でいるためには、たどたどしい歩みながらも、前へ出なければならない。匍匐前進あるのみ。
 敵陣へ攻め込むのではない。戦う相手は、はるかに大きい大自然である。


◇


傍らの猫幼くて毛糸編む


 何事も目標がはっきりしていなければ、事は進まないものだ。老婆は孫に送ってやろうと、毛糸でセーターを編みにかかったが、どうもはかどらないのだ。
 送ってやっても、何だこんなものと、白眼視されるのが眼に映ってくるからである。
 老婆の傍らでは、子猫が毛糸の玉が動くのを待っていた。動けば手を出そうとしているのに、はかばかしくいかないのだ。
 老婆は眼鏡の上から子猫を見ていたが、いいことに思いついて、俄然手の動きが速くなった。孫のセーターをよして、子猫の胴着にしてやろうと考えたのである。
 毛糸玉が動き出したので、子猫は喜びをあらわにして、毛糸玉に飛びつき、しまいには手足で抱え込んで、それでも足りずに毛糸に咬みついた。
「ミケや、放さないと、おまえの晴れ着を編んでやらんぞ」
 老婆はそう諌めて、毛糸玉を引っ張るが、子猫はいきり立って毛糸玉を追いかける。
 そうやって子猫と格闘しながら、夜も晩くなって何とか胴着を編み上げた。それを子猫に着せるのが一苦労だった。顔と前足を通して、ようやく胴に収まると、子猫はよほど疲れたらしく、老婆の膝に乗って寝てしまった。
「あの孫も、この猫のようだと可愛いが、今では新しいゲームソフトが欲しいとか、フランス製のスキーが欲しいとか、言ってけつかる」
 老婆はぶつくさ言って、冷めた湯のみを手に取った。お茶を沸かせばいいのだが、立ち上がると、子猫を起こしてしまうので、できなかった。


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