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文芸の里コミュのカモメののんた ・ 童話

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 ☆カモメののんた


 寒い冬の海岸を、カモメののんたが歩いていました。のんたはのろまなカモメで、泳いでいる魚を、すばやく掴むなんてことはできませんでした。だから食べるものは、貝とか、海藻くらいのものでした。これではとても、お腹がもちません。のんたは羽の艶も悪く、痩せていました。
 他のカモメたちは、ざぶんと海に飛び込んで、出て来たときは、銀色に光る魚をくわえていました。
 のんたは、そんなカモメたちを見るのは、たまらなかったものですから、下ばかり見て歩いていました。すると砂浜に、薄紫色のとてもきれいな小石が落ちていました。あまりきれいな石なので、くわえて歩き出しました。
 〈これが魚だったら、どんなにか嬉しいのにな〉
 そう思ったときでした。百メートルほど前の海岸に、おじいさんの漁師が、漁から帰って来るのが見えました。おじいさんは小舟から陸に上がると、魚の入った桶を抱えて、近くの家に向って歩きはじめました。
 〈あの魚と、このきれいな石と、交換してくれないかな〉
 のんたは、ふとそう思いました。するともう急ぎ足になって、おじいさんの家に向って歩き出していました。
 おじいさんの家は、砂浜にぽつんと建っている一軒家でした。おばあさんとの二人暮しです。もう古い家で、屋根が吹き飛ばされないように、いくつも石が載せてありました。
 のんたは 自分のくわえている小石が、そのどの石よりも美しいので、心強く思っていました。
 おじいさんは、もう家に入っていました。土間には、魚の少し入った桶がおいてありました。おじいさんは年寄りで、沖に舟を出せないので 魚もあまり捕れないのでした。
 のんたは小石を下におくと、思いきって、
「おじいさん、魚とりのおじいさん!」
 と家の中に向って叫びました。
「何じゃ」
 木戸を開けて、おじいさんが赤黒い顔を出しました。「だれかと思えば、カモメじゃないか。はい、どうした」
 とおじいさんは、声を投げてよこすように言いました。
「この石と、魚一尾と取り換えて下さい」
とのんたは言いました。おじいさんは寄って来ると、小石を手にして、
「おう、これは珍しい」
 と感心していました。
 のんたは、おじいさんを見上げていました。次に何と言うか、心配でならなかったのです。「よしよし、今とってきたのがあるから、取り換えてやるとしよう。丁度よい時に来てよかったぞお。もう少ししたら、おばあさんが町に売りに行くところだった」
 おじいさんはそう言うと、桶から小さ目の鰯(いわし)を、三尾とって、のんたの嘴に入れてくれました。口を塞がれ、話ができないので、のんたはお礼のしるしに、何ども何ども頭を下げて海へ戻りました。
 岩の上に留って、おじいさんの家の方を見ていました。間もなく、おばあさんが、魚の籠を背負って、町に出かけて行きました。

 のんたは味をしめて、次の日も小石を探して海岸を歩きました。今度は薄緑に光る、きれいな小石が落ちていました。きっと、昨夜のうちに、波に打ち上げられたのでしょう。
 のんたは おじいさんが漁から帰るのを待って、また家へ出かけて行きました。
「おじいさん、おじいさん。今日は緑の石を持ってきました」
 のんたは声を張り上げました。      
 今度はおばあさんが顔を出しました。おばあさんはにこにこしながら出てきて、
「昨日の小石ねえ、町の人にあげたら、それはそれは喜んで、魚をたんと買ってくれたよ」
 と言いました。
「小石は売れないの?」
 とのんたは訊きました。たんと買ってくれたといっても、もともと魚はたくさんはなかったのです。のんたが三尾もらっているので、魚はもっと減っていたのでした。魚が少なければ、それだけお金も減るはずです。
「きれいなものは、お金でやりとりするものじゃないんでね」
 とおばあさんは言いました。「人にやって喜んで貰えれば、それで満足というもんだよ。わしもこの歳になって、ようやく、せいせいした気分になれたよ。どれどれこの小石も見事なもんだ。おまえさんは、よくこんな宝石みたいなのを、見つけてくるもんだ」
おばあさんは小石を手にとって、目を細めていました。
「そんな石でよければ、明日も拾って来るよ」
 とのんたは言いました。       
「よしよし、明日もあさっても、拾ってきておくれ。小魚でよければ、たんとくれてやるからな」
 そう言って、おばあさんは 桶の中から小鰯を、のんたの口に四尾入れてくれました。のんたは、口でお礼が言いたかったので、次々に魚を呑みこんでしまいました。
「もっとか」
 とおばあさんが訊くので、のんたは慌てて首を横に振りました。それから、
「おいしい魚を、どうもありがとう」
 と言いました。
「私はこれから、この小石を持って、出かけるとするよ」
 おばあさんはそう言って、魚を籠に移しました。それから、腰をかがめて籠を背負い、「よっこいしょ」
 掛声といっしょに立ち上がりました。「今日はどんな人に、この石が渡るかのう」
 おばあさんは、町に向って歩いて行きました。
 お腹が一杯になったのんたは、ふっと飛んでみたい気になって、おばあさんの後を追いました。
 おばあさんの上に来ると、髪の毛を少し嘴にはさんで、引っぱってやりました。
「おやおや、どこまで行くつもりだね」
 とおばあさんは訊きました。
「町まで」
 とのんたは、髪の毛を放して言いました。
「町には、猫もいるし、犬もいるし、危ないから駄目だめ」
 とおばあさんが言いました。
「町の入口まで行ったら、すぐ戻るから」
 と言って、今度はおばあさんの背中の、おぶい紐の端を引っぱって飛びました。

 次の朝も、その次の朝も、カモメののんたは海岸を歩いて、光るきれいな小石を見つけました。
それを持って行くと、おじいさんもおばあさんも、喜んで魚と取り換えてくれました。のんたは、羽の艶もよくなって、すっかり元気になりました。

 一方、おじいさんとおばあさんの生活は、だんだん苦しくなっていきました。魚と取り換えた小石を売るわけではないのですから、収入が減るのは当り前です。おじいさんはもう年で、魚のたくさんいる沖へ出て行くことはできません。また、波が荒く、舟を出せない日もありました。
 のんたは、小石を持って行くのが、悪いような気がしてきました。
 それでもお腹がすきますので、きれいな小石を見つけると持って行くのでした。

 ある日、まだ生きているみたいにぴちぴちした、鰯を口に入れて貰ったときのことでした。お日さまが、ぴかりと魚のうろこに耀いたのを、波に浮んで遊んでいた、カモメの仲間が見ていたのです。そのカモメは、のんたが魚を口に入れて貰ったのを、勘違いして、
「おい、のんたのやつ、あそこの家に魚を持って行って、何かいいものを貰っているぞ」
 と叫んだのです。きっと、鰯に反射した太陽の耀きが、あまりに眩しくて、一瞬目がくらんだのでしょう。このカモメはのんたがのろまであるとは知っていましたが、魚を一尾もとれないとは、思っていなかったのです。
 みんながその家の方を見ると、なるほど一羽のカモメが、何かおいしそうに食べています。
「よし、おいらも、魚を持っていって、いいものと取り換えて貰おうっと」「おいらも」「わたしも」
 とカモメたちは、次々に海にもぐって、魚を捕まえました。なかには、あまり大きな魚を捕まえたものですから、飛び上がれないカモメもいました。カモメたちは、鰯、白ぎす、小がれい、はぜ……と、さまざまな魚をくわえて、おじいさんとおばあさんの家に飛んで行きました。
 家に来ると、順々に地面に降りて、魚をさし出しました。
「おやまあ、これはどうした風の吹き回しだね。みんながみんな魚を持ってきて」
 おばあさんは、呆れて言いました。あんまりびっくりして、少し曲がっていた腰が、ぴんと伸びていました。のんたも、どうしたことかと、きょときょとしていました。
 カモメたちは、底が見える程しか入っていない桶に、魚を入れていきました。魚を入れたカモメは、おばあさんの前に行って、ぽかんと見上げていました。
「さて、さて、何をやったらいいものかねえ。魚を持ってきたんだから、魚をやるわけにもいかないし‥‥‥」
 おばあさんは、独り言のようにそう言ってから、「じいちゃん!」
 と家の中に向って叫びました。「昨日買ってきた食パンを持ってきておくれ」 
 木戸が開いて、おじいさんが大きな食パンを持って出てきました。おじいさんも、何事が起ったのかと、おろおろしています。
 おばあさんは、行商に持って行くまな板の上で、パンを薄く切っていきました。カモメたちは、その周りに集って、見ていました。
「十三、十四、十五、十六………まだ足りないか」
 おばあさんは、カモメの数をかぞえて、言いました。「じいちゃん、皿に食パンが三枚あるから、持ってきておくれ。私たちの朝ごはんのつもりで焼いたけど、じいちゃんにも我慢してもらうさね」
 おばあさんは、カモメたちにパンを配っていきました。
 最後に、おじいさんが持ってきた焼いたパンを配るときは、変った色をしているので、みんな不思議そうに見ていました。
 パンを貰うと、のんたを残して、カモメたちは海に戻って行きました。
 桶の中で、今カモメの入れていった魚が、ぴたぴたと暴れていました。

 次の日は、魚を持っていくカモメは数がふえました。おばあさんも、こんなことになることを考えて、もっと大きな食パンを買ってきてありました。
 その次の日は、魚をくわえてくるカモメはもっと多くなりました。
 おばあさんが、背負って行けないほどになって、おじいさんと二人でリヤカーに載せて町へ売りに行くようになりました。
 のんたは相変らず、きれいな小石を見つけては、運んで行きました。今では、魚がたくさんあるので、気楽に魚と取り換えてもらいました。たまに、他のカモメたちと同じパンを、貰ったりもしました。パンは魚とは違って、少しも生ぐさくはなく、こうばしくて甘く、おいしい食べものでした。
 一週間もすると、魚を運んでくるカモメは、家を埋めるくらい多くなりました。のんたは、おじいさんとおばあさんを手伝って、パン切れを配る役目をしました。
 リヤカーでも運びきれなくなり、残ったものは腹を開いて、むしろの上に干しました。のんたは、魚を干すのも手伝いました。
 魚干しをしながら、あるときおばあさんが言いました。
「みんなは、あんなに上手に魚を捕まえてくるのに、どうしておまえさんだけ、魚をとれないんだい」
「おいら、小さいとき、シベリヤで迷子になってしまったので、お母さんから魚の捕まえ方を教わらなかったんだ」
 とのんたは言いました。
「おやおや‥‥」
 そう言って、おばあさんはしばらく考えていました。迷子になっても、母親ならきっと、自分の子どもを捜し出すと思ったのです。それがならなかったということは、母親は何か事故にあって、命を落としたのだろうと、にらんだのです。
 けれどもおばあさんは、考えたのとは別のことを口にしていました。
「ただの迷子なら、そのうちきっとお母さんにも巡り会えるさ。それまで、この家にいたらどうかね。朝、みんなにパン配りをしてもらうだけで、大助かりさ。もともとおまえさんが、きれいな石を持ってきてくれたから、みんなも魚を運んでくるようになったんだしねえ。小石だって、毎朝むりをして見つけてこなくたっていいんだよ」
 のんたは、おばあさんの言葉をさえぎって言いました。
「いや、おいらパン配りは手伝うけど、小石拾いも、毎日するよ。だって、おいらが海岸を歩くと、きまって落ちてるんだもん。きっとおいらのために、届けてくれるんだね。誰かが‥‥」
 のんたはそう言いながら、その誰かが手の届く近さにいるような気がしてなりませんでした。
「そうかい、そうかい。おまえさんが、小石を探してきてくれれば、ばあちゃんも、鼻が高いというもんだけどね。幸せを運んでいくみたいなもんだからね。光る石をあげたときの、嬉しそうな顔といったら、それはそれは言葉で言えるもんじゃないね。この頃じゃわたしのことを、サンタのおばあさんなんて言う人もいるくらいだ」
 そう言って、おばあさんは腰を上げました。むしろに広げた魚には、太陽が銀色にも金色にも耀いていました。「さて、それじゃ、また出かけて来るか」
 とおばあさんは言いました。家の前では、おじいさんが、リヤカーに魚を積んで待っていました。
「また、明日ね、ばいばい」
 のんたはそう言って、海に向って歩き出しました。
「ほれ、飛んで行かんか。羽をつかわんと、弱って役に立たなくなるぞ!」
 おばあさんが叫びました。
 のんたは、羽を広げて勢いをつけて走り、うまく風にのって、海に出ました。
 家の方を見ると、おばあさんが魚を一尾、手に高くぶらさげて、それを指さしていました。水にもぐって、魚を捕れ、という合図でした。
 のんたは翼をつぼめて、波に突っ込んで行きました。すぐ前を、青白くきらめいて横切るものがありました。三つも四つも、七つも八つも、十も二十も、さっさっと水の中を突っ走りました。魚です。のんたは夢中で口をあけ、群れの中の一尾に飛びつきました。顎が重くなり、すると大きなサンマをくちばしにくわえていました。
 のんたはすっかり嬉しくなって、はじめて捕れた魚を、おじいさんとおばあさんに見せようとして、ばしゃぼしゃと海面に上って行きました。
 砂浜に立つと、はるか先に町へ向かって行く二人の後ろ姿がありました。二人は砂に反射する光と、寄せてくる波のきらめきにまぶされて、一人に見えてきました。しかも前のめりになって急ぐので、鳥の姿になっているのです。
「あれは、もしかしたら迷子になったおいらのお母さんかもしれない」
 カモメののんたは、そう呟いて立っていました。それであれば、よけいこの最初の収穫を見せに行かなければならないのです。のんたはぼんやり砂浜に立っていました。そして二、三十秒後には、砂を蹴って空中に浮かび、羽ばたいていました。
                         おわり

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