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文芸の里コミュの詩集 5

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   ☆


 一つの決心


ぎらつく夕日を受けて
入江の港を出ていく船がある
あの火玉のごとく直進するものは
いつたいいづこへ
いづこの国へ
いや そんな明快なものではない
動き出さずにはゐられなかつた
一つの決心だ



 貝


朝ぼらけの砂浜に
小さな貝が一箇
昨日はなかつた一つのしるし
旅人の心を映して
ひつそりと溜息をついてゐる
この貝を知つてゐるのは
さまよへる旅人の自分だけだ

もしもし 旅のお方
そんな断定は禁物といふもの
高空より風が届き
貝を撫でてゐるのを知つておいでか
透明な光の視線が
しつかりととらへてゐるのは知つてお出でか
あなたとて
それら目に見えぬ明るみの渦中にあるのを
お忘れではなからう
その証拠に
あなたの髪は風に流れ
あなたの後には影がのびてゐる
影はちつぽけな貝の後ろにもくつきりと――



 幻の赤い舟


随分遠くまでやつて来たものだ
引き返さうにも
故郷はかなたにばうばうとしてゐるばかり
零落の身には風がしむ
たとへ
人けない裏山を巡つて帰れたにしても
そこには先祖の墓があるだけだ

いつそ幻の舟に乗つて
永遠の旅に出たいもの
幻の赤い舟は
憩へる魂のごとく
水平線まで漂ひ
そこからは
天の一本道を昇つて行く
世の欝悶をさらりと逃れ出て



 ある男の幻想


セルリアンブルーの海原に
魚たちが
 白い腹を見せて浮かんでゐる
波のまにまに
 白く粉をふいたさまに輝いて
海水には塩分があるもので
 さては 食塩の摂り過ぎによる
脳溢血?
腐敗を防ぐ塩は
 永遠の象徴でもあらう
海原は 
常世の霊園といふことか

それに比べてこの俺は
 行き倒れればたちまち
  悪臭と腐敗に持つていかれる
命あるうちに
 何とかしなければならない
地の塩 世の光よ
 この落ちぶれの身にも降り注いでくれ



 魂を


魂を研ぎ澄ましておけ
耳はもう
世の雑音に
鈍化 
形骸化してゐるからに

魂を研ぎ澄ましておけ
そこに直に
天来の声を響かせよ

もし
魂まで麻痺して
しまつたといふなら
冷水を浴びよ
冷水を浴びつつ
祈るがよい

さもなければ
悪霊の荒野に
さまよつていくしかない



 神の大庭に入れ


路地裏を欝屈してさまよふ者よ
貝のやうに青白く閉ぢこもる者
大手を振つて神の大庭に入れ

そこには噴水もあつて
日はうらうらと照つてゐる
芝生には鳩が戯れ
草花は質朴に香つてゐる

人生に病み疲れし者よ
大患の旅人よ
ふたがる胸のいつさいを注ぎ出し
恐れつつ神の大庭に入れ

空手でよい 何もいらぬ
父なる神の好まれるのは
砕かれし心のみ
あらゆる煩ひを捨て去り
まつすぐ大庭に入れ

そこでは風がめぐり
日はきよらかに照り
傷口を洗ひ 病は癒される



 命の書


天からBASKETが降りてくる
雲間を分け 厳かに軋りつつ
BASKETは見えない糸に操られ
うつすらと玉座の余光に縁取られてゐる
乳色のやはらかな朝の光のやうでもあり
赫々たる夕日の耀きのやうでもある
神の御座から地上へと
今 黙示の通りに過たず確実に
滑り降りてくるもの
我々は畏れ慎みつつ拝さなければならない
そは命の書



 ポプラ


風に掻回され 暴れてゐるポプラよ
信仰に入るのはかくも至難の業であるのか
私にはおまへを宥める術がない
ただ 天の父に祈るだけだ

数日後同じポプラが すつくと
まつすぐ天をさして立つてゐる
祈りが聞かれたのだらうか
まるで憑き物が取れたかのやうに
静々と安らかに
梢にそよ風を遊ばせてゐるポプラよ



 路上


市場通りに一尾の魚が落ちてゐる
眼は赤く悲しげに潤み
視線を曇天へと彷徨はせる
そして
路面についたもう一方の眼は
闇の地の深みを透視してゐる

魚は期せずして
天国と地獄を一時に見ることとなつた
魚よ 数奇な巡り合せを 嘆いてはならない
恵みは 信じて願ふものに必ず訪れるものだから

雷鳴につづいて雨脚しげくなり
魚は雨に打たれ 見る見る輝いていく
つひに滝のぼりよろしく
雨脚に向つて翔のぼつていく
一路 雲を突抜けた高みへ
海の青とは違つた青の中へ



 鳥の記憶


吹雪はほとんど横なぐりだつた。
私は追ひ風にのつて歩いた。
地面にも雪は流れてゐた。
四囲いたるところ 雪煙り 洪水の
凄まじさだつた。
この中を 向ひ風ものかはと飛込んで
行つたものがある。
視界かき曇る私のすぐ横手を
雪面すれすれに 弾丸となつてすつ
飛んでいつた黒い鳥影―――

あの鳥はどうして あんな吹雪の中を
まつしぐらにかけていつたのか。
私の記憶に ずつと住みつづけてゐた少
年時の鳥の影が この頃になつて
やうやく分明にならうとしてゐる。

私にも今 
向つて行かなければならないところがある。



 漂ふ鳥


放浪者は海にのぞんで立つてゐる。
シーズン前の砂浜には 
   彼のほかに人影はない。
群れにはぐれた鴎が 
   波に浮んで男に横顔を見せてゐる。
さうやつて 小魚が波間に浮いてくるのを待つてゐるのか。
魚は 男の日傭銭のやうなものなのか。

漂ふ鳥よ
   どうか 行かないでくれ。
俺の迎への船がくるまで そこに浮んでゐてくれ。



 船出


雪は小やみなく降つてゐる。
男は北の漁港に立つてゐる。
島へ渡る船はとうに出てしまつた。
漁を終へた船が首を並べ ときをり歯軋りして
身を乗り出してくる。

男は構はず埠頭に立ちつづける。
降雪のすさまじさときたら 夜の海に怨恨を抱
いてゐるとしか言ひやうがない。
薄黒くまとまり ふくれ上がつて晦冥の奥へと
突き進んでいく。
だが 海の暗黒は降るはじから吸ひ取り 呑みこんでいく。
この絶望の闇の深さよ。

黒い海原には 酒場のネオンが 白けきつて瞬いてゐる。
男は相変らず佇んでゐる。
背後から 外套に身をくるんだ街の女が
呼掛け 男の腕を取る。
女は あのソーニヤーのやうに慈母のまなざしを
してゐなければならない。
男をさすり暖めて 新たな船出をさせてやらなければならない。



 対話


神様とお話ができるのよ と幼子が話してゐたが
その子も逝つて 話相手になつてゐた幼馴染みの男が
ぶらり古里に帰つてきた。

同じ風景の中に立つて耳を澄ませば
鳥の声 風の音 梢のさやぎ……そしてその奥から
幽かに通つてくる声――

少女はそのとき 神とどんな話をしてゐたのか。
神よ 偉大なる全能の父よ それを今応へてほしい。



 滑る


おじいさんの
禿頭を
滑って遊んでいる
夢を見た

朝起きたら
おじいさんは
頭が痛いと言った



 訪れ


黙っていても

訪れてくるものは

月の光


時には





 瞑想する犬


 年老いた薄茶の犬が、白い大きな皿を前にお坐りしている。皿は綺麗に舐められている。犬はしげしげと空の皿を見つめる。感慨深げに首を傾げたりして。
 家の者が皿に残り飯を入れに行くと、犬は尾を振るでなく、むしろむっとした顔で平らげにかかる。食欲をそそらぬといった食べ方。
 それでも最後に皿を舐めることは忘れない。いやそうしないと、どうも具合が悪いらしい。
 老犬はまた空の皿を前にしてお坐りしている。相変わらず首を捻ったりして、皿に見入っている。
 ――太郎や もう食べてしまったのかい――
 家人が窓から顔を出して呼び掛けたとき、犬は吠えかかるばかりの形相になった。
 ――もう食い物はたくさんだ――
 犬は餌を入れにくるのを拒んだつもりで、皿の前にお坐りを続けている。
 
 皿には薄青くぼやけた鳥の形のような絵が付いている。人の眼には何の鳥か定かではないが、犬には分かっているらしい。いや、鳥の種類などはどうでもよく、ふと湧いて出た疑問が解けさえすればいいのである。
 ――この鳥めは、何故かくも天真に歌うことが出来るのか。本能なのか。讃歌のつもりなのか――



 符号


虚空を舞う 鳶の影と
枯野を駆ける犬が
ぴたりと地上で符合する

そんな時を想像すると
身の毛がよだつ
空中を支配する悪霊に
地のものが
すっぽり捕えられた
そんな一瞬

犬は駆け方も変わってしまい
狂って一つの方向へ
一つの方向へと
のめり込んで行くだろう



 無くてならぬもの


赤い自転車に乗れば
幸せになれるというなら
借金をしてでも
赤い自転車を買いもしよう

青い車に乗れば
平和になるというなら
たとえローンででも
手に入れもしよう

ところが 幸福や平和は
いかに人智を集めた
精巧なものであっても
人の造ったものでは
手に入れることは出来ないだろう

我々は悲しいかな それを
これまでの人生経験から
知っている
本能のように
気づいている




 夏帽子






牧場の柵に
誰かが忘れた
赤い縁飾りの夏帽子

少女のか
婦人のか

少女のものなら
雨にふやけて
大きくなるさ

婦人のだったら
日に乾されて
縮むだろうさ

十年か
二十年か
三十年後に
気がついて
戻ってくる頃にはね





 闇夜の蝶




蝶は闇夜に飛んでも
光っている
星のあえかな光を受けて

光ってはいても
いつも光っているわけではない
星の暗い瞬きのように

いや 星のおぼつかない瞬きに酔って
混乱しながら
漂っていく



 見張り


神は
人に大切なものを
渡してしまった

それを
取り戻さないことには

夜も昼もなく
見張っていなければならない



 その日


病人が連なり歩く街
影ばかりが黒々と染みついている
擦れ違い 歩み行く病人たち
影は交錯し 歪み 拡大されて倒れていく
見えない闇の また闇の奥へと
こうも暗がりばかりが増長しては
もう救いようがない

街に焼夷弾が降ってきたのではないかと見えた
街は一遍に白昼の明るさに呑み込まれてしまった
もう黒い妖怪どもの歩き回ることはない
人影はまったくなく 街に動きというものがなかった
白昼ばかりが連綿と砂漠のように続いている



 枯野の鶴


枯れはてた風景の中を
一羽の鶴が歩いている
ぼうぼうと霞んだ
鶴の眼光の先には
荒ら屋が傾いでいる
そこには病んだ旅人が
身を休めているはずだ
鶴はそこまで歩いて
木戸を敲くだろう
病人が顔を出せば
嘴を耳に突き入れ
鼓膜を破いてしまうだろう
悪気があってではない
鶴が仕入れてきた
新しい声を吹き入れるため



  セキレイ


セキレイがせせらぎの
ガラス玉を転がしている
真夏の日は直射し
変幻きわまりない
色と光のあやなす
透明な水のガラス玉

ガラス玉には 郷愁の山里と
セキレイ自身の影が
揺れている

セキレイは小首を傾げて思った
この影の本体が
自分であるなら?

この水の形であるガラス玉にも
もう一つの真実があっていいはずだ
それをこそ手に入れなければ
    ならないのではないか

セキレイは合点するやいなや
    翔び立っていた



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