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文芸の里コミュの詩集「3」

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  ☆


空の下の情景


重たい石を運んで行くよ

ひとりひとり 運んでいくよ

さうやつて みんな

どこへ行くんだらうか

鉛色の空の下



 砂浜


炎熱の砂浜を男女が手を繋いで歩いてゐる
薄もののスカートの裾が 男の足に絡みつい
てはためく
波が高いとはいへないが風はあつた
男の手にする缶の口からは ビールが波打ち際
のやうに泡立つてゐる

女は男の手を振り解いて 目頭を押へた
砂が飛込んだのだ
やうやく砂を中指の先に取出した女は
瞳に涙を蓄へてゐる
指先の砂を宙にかざしつつ 女は涙をこぼしてゐる
ーー死んだら この砂にさへなれないんだわーー
はかない男との逢瀬を しみじみと噛み締めた口つき
となつてゐる

  ∴
女の中に何億年とかかつて岩が出来 それがある異変
によつて崩れ さらに何億年も経過して砕け 波に削
り削られてここに至つた年月が行き巡つてゐた
砂の粒々は 永遠といはれる岩の究極の姿だつた
脆い人間の骨などこの砂粒までにも残されはしない
ーー結局私たち 塵に返るしかないのよねーー
ーーああ 神がゐなければの話だがねーー          
男は太陽を真上から浴びつつ ビールを流し込む
ーーそれで あなたは信じるの? 夕べから飲んでば
  かりゐてーー
ーー知らんね 神のあるなしなんか ビールが酔ふた
  めにあることは確かだーー

女が男と逢つたのは これが最後となつた
女が今 どこにゐるのか知るものはない
いや 神のみ知つてゐるといふべきかもしれない



 雁


 紅葉の山の宿舎を出ると 頭上を雁が渡つた。
その哀しげな声は 澄みきつた大気にしみ透り 何人を
も 氷水を口にしたときの気分にさせる。
私はボストンを足元に置き 雁の一群に目を留める。
 宿舎から 女子学生が七、八人広場に飛出して来る。
雁の列は美しくカギ型を変形しつつ 宿舎の屋根の向う
へ隠れるところだ。
 後れて駆付けた一人の女子学生が 私と見物者との間
に割込んで 空を仰ぐ。折しも 引つ掛けてきたカーデ     
ガンが落ちさうになつたものか いきなり彼女の肘が、
私の鳩尾を抉つた
 私は思ひがけない肘鉄を見舞はれて そこに蹲るばか
りに苦悶する。
 余程力がはひつてゐたと自覚したものだらう、女子学
生は、あ、と短く叫ぶや、躊躇ふ間もなく私の鳩尾の上
をさすり始めた。
 泣きさうなほど真剣な顔になつて―――
「ここ? ここ?」
 と、おろおろ声を発しつつ。 
 しまひに、そこに心臓があつて、その鼓動を確かめで
もするやうに、私の胸に耳を押し当てた。
 その間どのくらゐの時が流れたものか、既に雁の列は
屋根の向うに隠れ、遠のいていく啼声がかすかに届いて
くるばかりだつた。
 私の動揺は、胸の痛みから女子学生の意外な動転ぶり
のはうに移つてゐた。
 彼女の仲間たちも、雁から私たち二人に矛先を変へて
ゐた。

 女子学生は、そんな仲間たちの動きから、冷静に戻つ
たらしかつた。ふつと面を上げて、せつなく私を捉へた
のだ。  
 その顔が 見る見る染まつていくのを 私はいやが上
にも観察せざるを得なかつた。あまりのことゆゑ、私に
は観察者の自由があつたのだ。               
 その私の冷めた表情からも、彼女は自らの慌てぶりを
察したらしかつた。
「ごめんなさーい!」
 かう叫ぶなり、顔を両手で覆つて、蹲つてしまつたの
だつた。
 私は悪びれるやうに一言、訳の分からぬ言ひ訳をして、
ボストンを手にするとケーブルカーの駅に向つて行つた。
自分には不相応なばかり、美しい人だつたなと呟きなが
ら、鳩尾に残る鈍痛にも気づかなかつた。
 宿舎前の真直ぐな道を折れるところで、振返ると、
あの女はまだ屈み込むでをり、その周りに仲間たちが立
つて、肩に手を置いたりしてゐた。
 鳩尾が本格的に疼き出したのは、ケーブルカーから電
車に乗換へてからだつた。
 けれども私は、それを彼女からのプレゼントのやうに
受取つてゐた。
 鈍痛は一週間ばかりつづいて、 おさまつた。

    ★
 その後、幾度となく山の宿舎を訪れたが、彼女に出合
ふことはなく、年月を過ごしていつた。
 雁の渡りに出合ひもしたが、あの人の最後の叫び、
「ごめんなさーい」に重なつてきてならなかつた。
「めぐり合へなくて、ごめんなさーい!」
 雁はさう啼いていくやうだつた。
 しかしこれは、運命といふ〈彼女〉に向つて、私の叫
ぶ叫びではなかつたのか。
 年月は感情の幼さや、汚濁をきれいに洗ひ去つて、雁
の渡つた空は透明な青一色に澄んでいつた。
 風は爽やかに巡り、彼女を呼ぶ代りに、遍く行き亙る
空気のやうなもの、聖なる別の対象を呼吸したがつてゐ
る自分に気づいた。
 何がして、彼女にさういふ行為を促したかに気づき始
めてゐた。
 一点の曇りもない、無垢なる〈愛〉! 私はそのやう
なものを、彼女を通して教へられたやうだつた。





 つる


つるが啼いたよ

裏山で

ここにつるなんか

棲むはずはないのに

つるが啼いたよ



 もう一つの世界


透明な空を仰ぎたいなら
 澄んだ湖面を覗いたらいい
水には雲が 透明に映つて
 ゆるやかに流れてゐる

そのやうに 電車や椅子やテレビや団欒から
目をはなして
もう一つの世界を見てみることだ



 ひばり


ひばりのやうに
広い心で歌ひたい
愛を!
ひばりのやうに
天心に輝きたい
一点の光となつて―――



 冬の道筋


北国の街に雪は降る
じんじんと雪は降る
初めから かう定まつてゐたとばかりに
雪は降る
確かな足取りで 容赦もなく降つてくる
これだけ降らなければ 冬は終らないとばかりに
じんじんと降つてくる
雪は完璧な冬の道筋を通つて
人の心に迫つてくる



 心の清め


心の汚れは 虫の入つた栗の実
虫を除いたところで 食べられはしない

もう奇跡を待つほかはない

神を信じなさい
さうすれば あなたも あなたの家族も
救はれる
 信仰にはおまけがついてゐる



 十字架を彫る


少女は教会学校を飛出すと
御堂の屋根を仰いだ
これまで流し目に見てきた十字架を
あらためて凝視める
眩しさに眉をゆがめて―――
落葉した銀杏の大木の先に
十字架は白く燦々と耀いてゐる

少女は口をきつく結ぶと
教会を離れて歩きだす

デパートに寄り 赤マジックを買つた
それから 郊外の母親の墓地へと駆けた
母親は半年前に クリスチャンでなく死んだ
少女は友人の誘ひで 母の死後教会学校へ通ひ出した

少女が息せき切つて墓地へ走るのは 
今日教会学校の先生の話に 
はつと揺さ振られるものがあつたからだ
命のあるうちにキリストを信じなければ 
地獄に行くと先生は言つた
少女の母は まだ土の中で生きてゐて 
その命を追ひかけるかのやうだ
母親の墓石の前に立つと 大きく赤マジック
で十字架を描きつけた
何度も重ね塗りして 十字架を太くしていく
少女は顔を皺くちやにして 歯を食ひ縛り
十字架をマジックで彫りつける
赤い滴りが血となつて墓石を伝つていく
頬は紅潮して 少女の目からは
血のやうな涙が伝つてゐる‥‥‥



 鳥は知つてゐる


庭のナナカマドにキレンジヤクの一群が来て
 赤い実を啄ばむやうになつた
けれども 一本の樹にだけは寄りつかない
 実は撓むばかりについてゐるのに―――
どうしたことかと 飼鳥インコに聞くと
こんなふうに キレンジヤクの言葉を通訳してくれた
――あの樹には 悪霊が棲み着いてゐるんだつて――
さういへば いつだつたか 樹の下に
 死んだ猫を埋めたつけか



 森


森の中へ入つて行かう
 
奥深く入つて行かう

そこでは 

 いのちが生れてゐる

天国にでもゐるやうな新しい

 いのちが生れてゐる



 教会


二つ三つの教会が澱んでゐたからといつて
すべての教会がさうだと達観してはならぬ。
君の人生がそのやうなものだつたもので‥‥‥
しかしそれでは
この世と神の国をごつちやにしたやうなもの。
むしろこの世で身につけた忍耐をもつて
探していくのだ 尋ねていくのだ。
必ずやどこかに
聖なる風は届き いのちの水は湧いてゐる。



 駆けて行く子


寂しい街中を子供が駈けていく
ローソクを松明のやうに掲げて――
寝静まつた寂しい街だ
子供は大きな建物に吸ひ込まれ
ほろりと灯りがともつた
たましひが生き返つたやうに――
子供は次の目標に向つて
街を駆けていく



 神を探して‥‥


ひばりは天空に
ロケツトのやうに飛翔していく
空がこんなに美しい色に輝いてゐるからには
創造主がゐるにちがひないと
賛美の歌を高唱しつつ‥‥

幻のやうな時間が流れて
ひばりは啼声もしをれて戻つてくる
草の露でしばし喉を潤すと
先にも増して快活にさへづり昇つていく



 縄張り


君は知っているか
ダンプカーといわず
トラックや乗用車が通る度に
その地響きが治まるまで
震えている
道の側の
笹藪を縄張りとして生きる
小さな生もの



 オアシス


高層アパートのベランダに
鉢を並べて
赤・黄・紫・カーマイン・ローズマダー…………
この季節 この大都会に
可能な限りの
花々を咲かせる

四囲をビル群に遮蔽されているから
はなの在処を知っているのは
空をゆく鳥だけだ

時々舞い降りては
花蜜を吸っていく

ぐわっと
突拍子もない声があがったりするのは
喉を詰まらせたか
歓喜の声だ



 落下傘


落下傘が開くように
その人の心に
信仰の花が開けば
新しき地にも
安全に
着地するだろう



 宝物


夜になると私の思いは
いつも山に向かって行った
山の大きな木に
奥深い 神秘の懐とでも呼べる
私の心を置く場所があった
そこは暖かくほのぼのとした
安心の出来る
私のねぐらだった

私はそこに
大切なものを持っていた
私の財産――
それが何かなんて
訊かないでくれ
訊かないで信じてくれ
それなしには
済ますことのできない
いのちの基本のようなものを
確かに持っていたと



 方角


雪の中を
深く深く潜っていけば
そこには
言い知れぬ安息があるような
私はいつもそんな気がしていた――

だが実は
それは全く逆だったのだ
明るみへ明るみへと
光の方へ
這い出して行かなければならなかったのだ



 慈愛


鐘の音がひときわ澄んで響いている
高原の牧場だ
風は爽涼として
日は明るく照っている

ここに一頭
健康優良の乳牛がいる
乳が溜まって乳房が張るものだから
たまらずクローバーの地面に坐ってしまうのだ
乳は雌牛の体重に押されて
いやが上にも滴り
地を白く濡らしてしみ込んでいく
思わぬ養分に地は肥えていくだろう
豊かさは こういった滋愛に始まるだろう

日が傾く頃
雌牛は日課のように
影を曳いて帰っていった

彼女が坐っていた跡には
クローバーやチモシーが
毎年盛り上がって茂った
〈泉があるのでは〉
と牧人が覗きに行くほどだった



 帰郷


彼が一身の不遇をかこって

帰郷すると

雀は

十代目が鳴き騒いでいた



 黒き豹


黒猫を出自としてや

黒き豹

夜陰に紛れ

襲いくる今日



 罠



糸蜻蛉が蜘蛛の巣に掛かって
藻掻いている
ただでさえか弱い糸蜻蛉は
藻掻けば藻掻くほど
蜘蛛の巣に
雁字搦めになっていく

蜘蛛は巣の端に寄って
糸蜻蛉が自らの力で弱っていくのを
待っている

そもそも糸蜻蛉が
こんな目に遭ったのは
蜘蛛の巣が見えなかったから
ではないだろう

蜘蛛の糸に降りた
露の輝きに惹かれたのではないか

悪魔が天来の露を利用しているとしか
言いようがない
巧妙なる悪魔の仕掛けは
至る所に張り巡らされている



 出立


人はみんな
それぞれ飛び出していくものを
住まわせている
それをたとえば
鳥としようか
鳥はいつかは自分の体から
飛び立つだろう
それがいつなのかは分からない
ただはっきりしているのは
鳥の飛び立ったときが
その人のこの世との別れとなるだろう



 何処へ


翡翠は眠れぬ一夜を
枝の上から
水に映る月を見て過ごした

月には
普段見過ごしていたものが
絵文字のように
数式のように
くっきりと刻まれている

翡翠は謎解きでもするように
深い瞑想の中を
彷徨っていたが

夜が明けると
曙光の中に
彼の姿はなかった

その日に限らず
以後翡翠を見たものはなかった
この山に限らず
隣の山でも
その先の山でも
見かけなかった

彼は故郷を離れて
どこへ行ったのだろう



 バス停


田舎のバス停に立つ少年がいた
都会からのみやげ物を待って
木枯らしの中でも
真夏の炎天の中でも
少年はバス停に立っていた
バスが積んでくる
都会のものなら何でもよかった
都会の雰囲気でもよかった
時にはガソリンの匂いも
都会のものだった

中学を卒えると
もうバス停に立つ少年ではなかった
当然のように村を出て
都会のど真ん中に住む青年になった

青年は幾つもの試練に合い
幻滅を味わい
痛いほど都会を知った
人生を知った

彼は凧上げをしている夢を見るようになった
凧の糸を手繰るにつれ
心は村へ帰ってきた
手繰り寄せて 眼の高さになった
凧の本体には何と「バス停」
と書かれていた
彼はまだ待っていたのだろうか



 浜茄子


浜茄子は
海と空をほしいままに
砂をかぶって
小刻みに震えている

あまりの広さと自由

そのせいか
実は堅くしまって
意志は強固



 人間の羽根


人間は一人一人羽根を持って
生まれてきていると
信じていた時期がある
今もって信じていないわけではないが
もっとも軽いはずの羽根が
こんなに重いとは

羽根には血が付いているわけではない
付根に血が付着しているのでもない
それでも 重くて重くて
飛び立つには
相当の勇気と断念が必要だ
いつかそのうちに
新しいいのちに生まれると

羽根を持っていると
信じないわけではないが
あまりにも奥深くしまい込まれた
仄かな信仰のように灯っている


 白百合


笹薮の中の一輪の百合よ
 かぐはしくも夢幻のやうにともつてゐる
白い灯よ

潤ひのない荒野に
 おまへのそのひつそりした姿は
福音となる
 熊笹猛る不毛の地 異邦の民への―――



 雀の洗礼


馬の蹄の跡に溜つた水で
 水浴びする雀よ
自分のものに出来る唯一の宝物のやうにして
 翼を濡らし 頭を潜らせてゐる
時に チユンと賛美を口走つたりして―――

「天の父の許しなしには一羽の雀も地に墜されはしない」

 雀のふるつた翼の端から虹がかかつた



 印


雪原に星の印をつけて
 歩き回る鳥よ
雪が天のものであることを
 印すために
はるかな所より
 訪ねてきた鳥よ

夜 さやけき星の明かりに
 天使たちの足跡が
   ほんのりと黄光つてゐる



 鸚鵡


都会の片隅の喫茶店では
 店先に鸚鵡を飼つてゐた
客のある度に
 狭い篭の中より
バカ バカと呼び掛けてゐた

それでも
 けつこう客は入つた
お世辞を言はないといふので――



 祈りの時


シートベルトに身を固めた人々を乗せて
大通りを 車が流れて行く
歩道には自転車が
 警告ベルで人を押しのけて行く

通りはブーブー
歩道はリンリン

この雑音交響曲の中を
二本足で進むのが
遂に時代遅れとなった
散策は昔語りの夢

郊外へと逃れ出れば
車輪と警笛と排気ガスが
この田舎者めがと襲ひかかる

かうなりや
 侘び住ひの四畳半にしけこむしかないが
この隔絶と幽閉において
今こそ祈りの時だ!

神よ 哀れみ給へ



 姦淫の街


ああ 腐つた魚のにほひのする街だ。
 烏の群がる港町

見よ 貴婦人カモメまでが集つてきてゐる。
 烏の嗄れ声に
   なまめいた啼声を絡ませて――

カモメよ
 いつからおまへは こんな姦淫の町に
  慕ひ寄るやうになつたのだ。



 魚


今海から揚がつたばかりといふ顔をして
 光り耀いてゐる魚よ
おまへはどうして
 そんなにすがすがしい顔をしてゐられるのだ。
今にも笑ひ出さんばかりぢやないか。

ここが天国だと信じこんでゐるわけでもあるまいに。
それとも 
 おまへたちの目に
  天国は近づいてゐるのかね。



 幻の鶴


見よ 一羽の鶴が夕暮れる刈田を歩いてゐる。
あれは 山懐の湿原に 
一羽だけで 仙人のやうにして生きてゐた鶴だ。

鶴は孤高に倦み疲れたかのやうに
その湿原を振返りもせず まつすぐ長い脚を送つて行く。
何といふことだ あんなにも人目を忍んで生きてゐたものが
今は人里に向つて行く。

小一時間後 私はその鶴が小学校のぼろ校舎の屋根に飛び上り
嘴を天に向けて翼を広げるのを見た。
あたかも 十字架のやうに均衡して。
鶴は迫る夕闇を背景に 彫像のやうに動かなかつたが
明朝訪れると きれいに姿を消してゐた。

人に話しても これを信じる者はゐない。
けれども 湿原に今 鶴はをらず 
深更に鉄砲の炸裂音を聞いたやうな気がするから
校舎の屋根に星の光を集める嘴に 照準を定め
誰かが引金を引いたにちがひないのだ。 



 夜更けの路地


夜更けの路地を歩いてゐると
ごみ箱の上に
蛍のやうな青白い光が
二つ並んで蹲つてゐる
こちらの接近を気にして
光は等間隔を保つたまま
漂ひ流れ
しまひに緩急をつけて跳ね
一つの開いた窓に侵入した

それは何と 闇にすつぽり
のまれた黒猫の目なのだ
といふより 猫に入り込んだ
悪霊そのものなのだ
さあ大変
うら若い乙女が 肌も露はに
寝んでゐたらどうなる
乙女はゐなくても
あの家では
以後葛藤が始まるにちがひない

このまま教会の鐘楼まで歩いて
夜更けの街に警鐘でも打ち鳴らさうか――



 翔べない鳥


汝 翔べない鳥よ
嘴をつるはしのやうにして
木をよぢて行く奇怪な鳥だ
だが てつぺんの枝に辿着くや
賛美の歌は忘れない
      チチ  チチ
ハレ ルヤ 父 父
ハレ ルヤ チチ チチ
その姿に似合はない
声の澄んだ美しさよ



 木の実を銜へて


鳥たちは 飛び立つた
木の実を一つづつ銜へて

もうこの地上には
埋める必要なしと
断定したから
遠い天体へと運んで行つた



 青いボールを


青いボールを 天に投げあげては
受け止めてゐる少女がゐる
必ず自分の両手に
戻つてくる安心から
同じ所作を繰返してゐる少女
このやうに
天に召された母が
帰つてこないものかと
自分が天に行くよりも 
母の帰つてくる方を
たやすく考へてしまふ少女



 愛の結晶


もし神がいくたりもおはしましたのなら
地球は 球体としては創造されなかつたであらう。
神々のいさかひのままに歪み崩れて
今頃は宇宙の果てに 燃え尽きてゐるにちがひない。
おお 人類の汚れを抱へつつも
おほらかに耀いてゐる球体よ
何十億年かけての
神の愛の結晶



 落葉焚き


ああ 落葉焚きの寂しい風景だ
散つたうちのどれだけのものが
風に運ばれて天に昇つたといふのか
そこ 生命の河のほとりでは
新しい樹にとりつき
息を吹き返してゐるだらうか
それはどんな色に耀いてゐるのだらう
ここでかつての仲間たちが
紅蓮の炎に燃え立つのを見下ろしてゐるのだらうか
ああ 劫火と永遠の生命を隔てる
深い淵


 天の父よ


父よ 限りなく崇高なる父よ
あなたの愛の御手で地球を掴み
水切りをしてください
大空は水 あの深い透明な青は
清い澄んだ水です
どうぞ そこを潜らせて
我々の腐つた心を洗つてください

あなたはそこから水を降らせ                
ノアを救つたのです
今 我々に必要なのは
あなたの清い水 生命の水です



 シヤボン玉


シヤボン玉

汚れ流して

軽く発つ



 鯰


鯰は身に余る予知能力の故に
ひねもす難しい顔をして泳ぎ回つてゐる。
神が鯰にこんなにも素晴しい能力を
備へてゐるとすれば
人間にどうして与へてゐないと言へる?

預言者は今も語つてゐる。
神の御声を総身に重たく担つて 叫んでゐる。

終りは近い 悔い改めて 神に帰れと。



 森


森 そは人知れず憩へる所
樹間の静まり
葉叢の下の豊けさ
木漏れ日は幽けく
時空を越えて届く
明るすぎず暗すぎず
いのちの洗濯に
程よく調合され
聖霊は流れてゐる
人の目に隠され
しかも確かなしるしとして――



 古里の道


古里の道に立つと
何とも日は明るく照つてをり

ずつとここに住みつづけてきたやうな
変な気分にとらはれる
だが 家を覗くと
見知つた顔が失はれてゐる
そして ガラス戸に映つた自分も
かつての少年ではない
いつたい彼等は どこへ行つてしまつたのか
消えたときの たましひの
ありさまはどうだつたのか
ああ――
と慨嘆するやうな鴉の声
迫りくる山の木立では
蜩の競ひ啼き
昔と同じ声で 
返らぬ時に向つて――



水影


想ひ出の川に魚は走り
澄める水に
いのちは水影のごとく去来する
薄く濃きいのちの宴よ
木漏れ日のさんざめくところ
いのちも旺んに踊つてゐる



 あなたに渡したい本


かつてあなたに
読んで貰ひたい本を
そのときどきの自分の心を
打明けるやうなつもりで
渡してきました
けれども今
心から渡したい本があります
渡せないほど
遠くなつてしまつてゐるけれど
それだけにかへつて
飢ゑ渇きのやうに渡したく思ふのです
バイブル



 人は崇高を呼吸するとき生きる


山巓に深呼吸するとき人は何を見るか
目眩く蒼穹
宇宙の果て
無限のただ中に立つ限りある生命
神の霊気
人は崇高を呼吸するとき生きる


   ☆

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