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文芸の里コミュの詩作の準備 3

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  ☆



 象の洗礼


砂浜に象がのつそりと横たはつた
砂の色とそつくりで
まるで小山ができたやう
鴎が乗つて遊ぶ
そこから海を展望したり
滑り台にしたり

潮が満ちてくると
象は鼻を上に伸ばして息をする
先端を風のくる方に向けたりして
潮が象をすつぽり埋めても

鼻は波の上に出てゐる
小魚がきて体についた虫をつつく
体の汚れは塩水で綺麗に洗はれる

やがて潮も退いて朝の太陽が照りつけると
象はやをら立ち上がつて
波打ち際を歩み去つていく
その象の大きく 美しく輝いて見えることよ



 遠い光景


峡谷の駅まで送つて来て
母は列車を降りた
弟はさらに二十分同乗して
小さな町の駅で降りて行つた

男の列車はそのときから
二十年も南下を続けてゐる
母はどうなつたのか
弟はどうしたのか
もうはるかに離れてゐて
知る手がかりもない
男の列車は蕭条とした野を
喘ぎ喘ぎ進んでいくだけだ

いつ頃からか
母が降りる手前の駅で
幼馴染の歌子が降りて行つ
た気がしてならなくなつた
しかしこれは幻影であらう
歌子は送りにさへ来なかつたのだから
ともかく
男の列車は故郷を遠ざかつて走り続ける



 椅子



天国にあなたの椅子がある
それならば
こちらの椅子から
そちらの椅子へ
移る準備をしなければならない
これはしごく当然なこと



 マリ


深夜にマリをつく者がゐる
深い慈愛の糸で操られてゐるかのやうに
マリは闇の奥にのがれていきはしない
人がマリをつき
その手をもう一つの見えない手が
支配してゐるかのやうに
マリは真夜中の庭に
快く弾んでゐる



 霊の耳


深更に笛が鳴る
虫は鳴き止み
動物たちも聞耳を立てる
 ……………
神の子供たちのみ知つてゐる
深い霊の悟りの中で
この音が
どこからとどくかを



 山の娘さん


山の娘さん ランプを燈しておきなさい
ここまで高い所に来てゐるのだから
もう街から登つてくる者を待つたりせずに
星空の天に明かりの合図を送るがよい
さうすれば そこから
きつとよい便りが届くといふもの
山の娘さん ランプを燈しておきなさい
油を切らさず 夜通し
明々とランプを燈しておきなさい



 回つてくるだけ


観光地の湖などに出かけると
モーターボートに乗らぬかと
よく呼び掛けられる
 
 湖一周△千円 楽しんでいかんかね

私はきまつて断ることにしてゐる
理由は簡単
回つてくるだけだから 



 水仙


水仙は神の花なれば
肥料をたつぷり与へたからとて
咲くものではない
あたたかくしてやつても
莟が開くまではいかない
水をやつても かへつて元気を
なくすことだつてある

いかな花の名人といへども
この花を咲かせるのはむつかしい
水仙は神の花ゆゑに
名人の名も誇りも技量も
あつたものではない
人知を超え 土壌の善し悪しを超え
一見気紛れに
手入れもなき庭を
あでやかに彩つたりもする
だが
こればかりはどうしても
言つておかなければならない
水仙は神の花なれば
人の霊が聖くなければ咲かない



 牧草地


山峡の牧草地に牛が一頭
ロープに繋がれて立つてゐる
すぐ山が迫つて 笹薮の中から
狐が獲物を狙つてゐる
毛の艶もない ぼさぼさの痩狐
牛は狐が何を狙つてゐるか知ゐる
ただそれを許してやるかどうかにかかつてゐる
牛の沽券にかかはるとか
さういつたことではない
ホルスタイン種として 子牛に乳をやり
何百何千といふ人間に乳を配つてきて
「愛」が与へるものであることも
分つてゐるつもりである
ただ相手が悪名高い狐であることで 
ちよつとばかりひつかかつてゐるのである
 「罪人を救ふためにキリストは来た」
いつかスピーカーから流れてきたこんな言葉
を思ひ浮べて 牛は心が定まつた

牛は受容のしるしに 角で威嚇してゐた
顔をそつと外した                     
ついで もつとも寛いでゐるとき見せる
反芻をはじめたのだ
目を細め 涎を垂らして――

 狐は身を低めて さつと牛の下に潜り込む
 そして悪者(自分を覗いて)の接近を警戒してから
 乳首の一本にむしやぶりついた
 もう壮年の狐だが かつて母狐の乳首にぶら下った
 記憶を呼び戻しつつ――

 生あたたかい 滋養に富む乳が 口に溢れ
 迸つて胃に下つてゆく
 狐は乳首をくはへながら
 その上の豊かな肉を思つた
 これまで想像だにしなかつた 巨大な肉の固まりが
 すぐ上にたふたふと揺れてゐるのだ
 ミルクなら ここで腹を満たすだけだが
 肉なら 山の寝床でゆつくり愉しみつつ
 食へるといふもの
 「一キロばかり削り取つて……]
 さう心に囁くか囁かないうちに
 乳首から乳房へと 口が裂けるばかりにくはへ込み
 牙を立ててゐた

牛は電撃の痛みに たまらず後脚を上げてゐた
人の手に搾られるのとも 子牛に与へるのとも違つた
嫌な感触をこらへてゐただけにこれには力がはひつた
受容と寛容の愛が にはかに逆転して 力となつてゐた

 狐は牛の一撃に ぎやふんと声にもならぬ音を発して
 体が飛んだ
 たちまち牛の腹の下から 牛の前脚の間を潜り抜け
 なほしばらくクローバーをこすつて飛び
 地面に体をくの字に折つて横たはつた
 犬のやうに舌を垂らし 白目をむいて――

 牛は乳房の痺れる痛さから我に返ると 
やうやく狐の方へと寄つて行つた
だが ロープを限界まで張つても
狐までは届かない
鳴いてみても 狐に反応は現れない
横たはる腹が動いてもゐない
哀れな狐は絶命してゐた

牛はけたたましく鳴いた
狐との心の乖離が悲しかつた
居たたまれず杭の周りを巡りはじめた
乳房からは血が草に滴つてゐた



 秋の虫


ベランダに秋の虫がきて鳴いてゐる
朝方から夜を徹して
チッチッチッチ
しばらく間を置き
思ひ出したやうに鳴き出す

ガラス戸一枚こちらには
老人が寝たつきりだ
その老人を励ますやうに
ひねもす鳴いてゐる
老人よりも短い命を
精一杯鳴いてゐる

ベランダに餌になるものなどありはしない
鳴けば鳴くほど痩せ細つていく
虫よ おまへは何を伝へようとして
せつなく鳴きつづけるのか

老人にふと閃くものがある
ひよつとしてこれは
自分に遣はされたものではないか
だが どんな使命を帯びて
早くそれを悟らなければ………
急せるやうに虫は鳴きつづける



 帰郷


海からきた鳥も
山からきた鳥も
私の庭の樹に憩ませてやりたい
(もし庭があるならば)

鳥たちは やがて
山でも 海でもない
ところへ
帰つて行くだらう



 飛べない鳥


落葉の中を走る鳥は
 悲しい鳥だ
飛べないかはりに
足は太く節くれ立つて
 駝鳥の足のやうだ
このしつかりした足で
枯葉を大仰に鳴らして
進むのだから
化け物が暴れ回つてゐるやうにも
 思ふのだ
 鳩よりも小さいなりをしながら。
忍び歩く狐などは
 怯えて遠くから観察するだけだ

もし飛べない鳥と知つたときは
 どうだらう
そんな場合でも
この鳥は悲しみに耐へてゐるだけに
 勇敢なのだ
まづ獣たちに足で歯向かひ
それで撃退できないときには
嘴で相手の目を突き破つて
 その中を駆け抜ける

飛べない鳥の悲しさは
 悲しんでばかりゐられない悲しさだ
今も鳥が一羽
落葉の中をめくらめつぱふに
 駆け抜けていく



 夜を切る


暗黒の夜を引き裂いていく 夜の鳥よ
  金の嘴をした夜の鳥
体はまつたく闇にのまれて
 嘴だけが流れ星のやうに進んでいく
地上からはのんびりした動きにも見えるが
実際のおまへは
 忙しなく羽撃き 息衝いてゐるのだらう
鋭利な金の鋏で 黒い紙を切る具合に
闇の中を直進し あるところで 直角に上へ向ふ
おまへは夜と戯れてゐるわけではあるまいに 
再び地上と平行に 今度は左から右へと進み始める

さうやつて つひに四角い窓を切り抜いてしまつた
その窓から 光が洪水のやうに襲つてくる
碧玉・サファイヤ・玉髄・緑玉・赤縞瑪瑙・赤瑪瑙・
貴橄欖石・緑柱石・黄玉・緑玉髄・青玉・紫水晶
これらすべてを合はせたやうな
耀きが溢れてくる
これぞ天の天
夜の鳥に見せられた至高天
どうかこれが たまゆらの夢ではないやうに――



 瞳


乳母車の幼児の
あの小さな小さな星の瞳に
大きな大人の隅々までが
吸ひ取られてゐるのだと
 どうして信じないのだらう

それだから
あんなにおしやぶりするやうに
見入つてゐるのだと
 どうして信じないのだらう
灰色にくすんで
どんよりと疲れてしまつてゐる
もう取り柄など
これつぽつちもないと観念してゐる
我々大人たち

その大人たちを
真髄から呑み込んで
哀れんでさへゐる
幼い瞳



 空の道


時雨る中を
ぼろ傘のやうな
烏が飛んで行く
風はびうびう
破れた翼を打ち 凍り付くばかり濡れそぼつて

太陽が出て乾いたところで
どうせ冬の太陽だ
体がぬくまりはしない
おまへは相変らず
見栄えのしないなりをして
薄汚れた街の上を飛び続ける
うらぶれた人生だ

烏よ いつそのこともつと高く上つて
渡り鳥の列に加はつてはどうだ
おまへには冒険であつても
そこにはあらゆる国の鳥が行き交つてゐる
アメリカもアフリカもインドもイスラエルも
エジプトもギリシヤも………
そこでおまへに欠けてゐるものが何かを
探してみてはどうだらう



 古い外套


擦り切れた外套をまとひ 浜辺を辿つてくる男がある。
頭髪も髭もぼうぼう 目は落ち窪んで 中年か老人かの
識別もむづかしい。
夏の盛りでも 一張羅の擦り切れた外套を脱ぐことはない。
これよりはるかにましな衣服が 塵として出される昨今だが
それらと取り替へようともしないのだ。
いはば男にとつて この外套だけが耀ける過去である。
その中に溢れんばかりの夢を育んできた。
いとしい女を まだ新しかつたそれで覆つてやつたこともある。
女がゐなくなると同時に 古里も夢も消え 彷徨ふ身となつた。 

一つの挫折から立ち上がれなかつた男。
そんな放浪が何十年続いたのか。

男はある時点から考へるやうになつた。
この国を出ようと――
寂れたこの港町に辿り着いたのは そんな思ひからだつた。
――それから半年といふもの 男は乗せてくれる船があれば
いつでも出国できるやうに 砂浜を往つたり来たりしてゐる。
荷物はボストンバック一つ。 それは はるか前方の砂の上に無造作に置かれてゐる。
カモメがときどき足台にしてゐるあれだ!
 
男はいつたい どこへ行くつもりなのか。
人生の計りを離れた彼には それも分かりはしないのだ。

ただ船に乗りさへすれば 否応なくこの国から
この国で背負つてきた諸々のものから
離れることにはなるだらう。
そのとき男は この垢染みた外套を脱いで 紺碧の海原へ
はふるだらうか。
過去を洗ふために! そして新しき外套を着るために!



 小さなパン屋


海に憧れるやうに
幼い頃からパンに憧れてきた男がある

憧れは日に日にふくらみ
パンのかうばしさは
街筋を流れて止まず
憧れは夢に 夢は幻に
幻は無限大となり

つひにパン屋の開業となつた
路地の突き当りの小さなパン屋



 それはそれなりに


それはそれなりに
なんて批評はない
宇宙が
その中のもろもろの存在が
神の意思で
創られてゐる限り
すべては
根源に向かつて
意味がある



 窓


私の電車と反対のホームに停まっている電車の 美しい人よ。
あまりに汚れない澄んだ瞳をしているので こちらもつい見とれてしまった。
そのせいか いくらか気にするように あなたの視線もこちらに及んできていた。
程なく離ればなれに出ていく二つの電車。
電車の中のささやかな瞳の交叉
発車すると同時に永遠に消えてしまう かりそめの出会い。
こんなところに 水晶のように切り取られた
静かな時間があったとは。

あと十秒もしないで
二人の電車は別の方向へと加速していく。
 それを知っているからこそ
あなたはしげしげとこちらを見るのか。
私がこの切り取られた時間の中に 
一輪の清楚な花を見つけて
うっとりと見入っているから 
あなたはそれに応えて 飛びきりいい顔をしている。
めったにあるものではない 至福のひととき。



 乳房を漲らせて出掛けていく女


 朝な朝な
女は乳房をぴんと張り詰めさせて出かけていった。
 いったい女には 乳を含ませる赤子がいないのだろうか。
 もし乳飲み子がいたら
あんなにふくよかな胸をして 毎朝決まった時間に出ては行けないだろう。
 通学の子供たちや通勤者が出払って、静けさを取り戻した路地を、
ようやく自分の出番が来たとでもいうように 颯爽と胸を張って歩いていく。
 
 女よ、不思議な若い女よ。いったい誰にその乳房を与えに行くのだ。
 新種の牛乳配達員でもあるかのように
身を張って出掛けていく女。



 光が眩しいのは


ひばりよ
おまえはそこから
ふんだんに
きらめきを降らせてくるが

わたしはおまえに
ひとつとして
返すものがないのだ

おまえはいとも自然に
歌っているが
わたしには
こんな一方的な
不自然がたまらない



 ひまわり


ひまわりは

駝鳥のような脚をして

太陽電池を支えている

もう花びらは一つもないが

悲観などしていない



 毬栗


黄緑色に張りつめ 日に日に膨らんでくるものよ
棘はあつてもマリのやうに弾んでくるものよ
汝を見てゐるだけで魂の保養になる
それら棘々は乙女の胸のごとくに私を刺す

毬栗よ
いついつまでもそよ風に張りつめ
青き豊かさのままに陽を跳ね返してゐよ



 その先を見よ


山荘の寂池に
ひねもす河骨の花を見つめてゐる蛙よ
河骨の葉にならつて水に浮び
黄色の小花に熱つぽい
視線を送つてゐる蛙よ
花の先には 焦げつくばかりの
青空があるばかり
青空を背景に一輪開花の河骨は
高嶺の花といふより
耀ける真昼間の星 
いや 恋の星だ

蛙がいくら見惚れてゐても
河骨はいつかうに応へない
色に乏しい池に 一点の美をそへて
静まつてゐるばかり

蛙よ いつそおまへの視線で 取り澄ました花の冠を射貫いてやれ
ついでその奥の蒼穹を見よ
文字通りの蒼穹を見よ
焦げ極まれる中にあるのは
河骨ではなく 永遠であらう


  ☆
dropd

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