ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

文芸の里コミュの掌編

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

J. S. Bach : Cantata -- BWV 80 "Ein' feste Burg ist unser Gott"




◇牝馬

湖畔を牝馬が一頭、ひっそりした足取りで駆けていく。
明日レースがあることなど、けろりと忘れて、
ちらちら木漏れ日の降り注ぐ下を、ゆっくり駆け抜けていく。

翌日のレースで優勝したのは、誰も期待していないこの牝馬だった。
どこからそんな力が湧いてきたのか。
湖畔をゆっくり駆け抜けながら、自分に降り注ぐ木漏れ日を、
観衆の喝采として受け止めていたのである。


◇日焼け

一週間海水浴に出かけていた、その家の少年が、
すっかり日焼けして帰ってきた。
赤く焼けた顔に驚いた鶏が、屋根に飛び上がって、
けたたましく、吠えるように鳴きだした。
お株を奪われた犬が、しょんぼり鶏を見上げている。


◇熟女の季節

夏でなくてもミニスカートやショートパンツで、
肌を露出しているギャル。
その点ではギャルに譲った熟女が、すれすれに肌を透かして
街を行く季節に入った。


◇厭世蟹

海から出て、海岸を散歩している蟹がいた。
そこへ波が押し寄せてきた。
蟹は海とは平行に海岸を歩いていたから、
波を遁れるとすれば、横に這うしかなかった。

そこから〈蟹の横這い〉ははじまった。
これを厭世蟹という。

と真面目に語った教師がいた。
だから、そうはならないように、との教訓だったのであろう。


◇痛み


 大木の幹には樹液の溜まったところがあって、甲虫やクワガタ、そのほか名の知れないむくつけき昆虫や雀蜂まで樹液を吸いにきている。
 そこには可憐な蝶まではいって、一緒になって樹液を吸っていたりするのだ。
 少年は赦せない気になって、蝶を捕虫網で捕えると、台座にピンで留め、蝶の標本にした。それを小さな額に入れてセロファンを被せると、蝶は見事に甦って立派な壁掛けにもなった。少年は出来栄えに満足して街に売りに行った。人気があってよく捌けた。
「芸術品ね、あなたが作ったの? おばあちゃんへのプレゼントにしたいから、これと同じ揚羽蝶で作ってきてね」
 そんなことを言われて、蝶をピンで留めているうちに、胸の痛みを覚えるようになった。町家の壁に飾られた蝶が目に浮かんできて、夢にうなされるまでになった。
 もう蝶の標本は作れなかった。かわりに雀蜂でこしらえてみたが、蜂が横たわっているだけのみすぼらしいもので、一個も売れなかった。甲虫やクワガタもやってみたが、こちらは生きて動き回ってこそ愛嬌があるというもので、まったく相手にされなかった。
 あの夏は何という夏だったのだろう。今もピンで留めた蝶の痛みだけが記憶にある。


   ☆

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

文芸の里 更新情報

文芸の里のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング