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文芸の里コミュのカタツムリの使命

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                     Faure Requiem Agnus Dei


☆カタツムリの使命


男は草臥れているようだった
昼休みの公園のベンチ
彼は見るともなく地面に目を落としている
カタツムリが一匹、のろのろ這っている
どうやら広場横断が
カタツムリの
たっての念願であるらしい
人間なら太平洋横断の
壮途といったところか

翌日も男から一メートルと
離れていない辺りを
同じカタツムリはゆっくり這っていた
柔らかな身に重く硬い殻を背負い
ちょっとした障碍にぶつかる度に
体を縮めたり伸ばしたりして
おぼつかない歩みをしていく

これくらいなら
俺にだってできるさ
男はそんな侮蔑を口の端に残して
ベンチから重い腰を上げ
オフィスビルの建ち並ぶ職場の方角へ
足を引き摺って歩き出した

近くのベンチでは
画家のたまごが昨日も今日も
カンバスに向かって
油絵を描いていた
たまごといっても
四十はとうに過ぎている
構図のなかには
草臥れた男も入っていた

カタツムリがそうしていたからって
お前まで足を引き摺ることはないだろう

聴こえたとは思えなかったが
男は自分の勤務するビルの前で
いきなり画家を振り返って
アカンベエをした
それだけではすまなかったらしく
五階の窓が開くと
手鏡をかざして画家に光の報復をした

そこまで元気になれば
もう大丈夫だ

画家は手を挙げて男に合図を送り
一休みしようと煙草を咥える
ライターの火を放つ矢先に
男から光が来た
おっと まだいたか
まったく 往生際の悪い奴だ

画家はふと思いつくものがあって
絵の中から草臥れた男を消し去ることにした
ジンクホワイトをたっぷり筆にとり
下から上へとベンチに蹲る男を塗り潰した
男の鬱いだ顔が透けて見えるが
これは愛嬌のうちである
ベンチと消した男が十字に交叉して
齟齬はあるものの
全体から見ると絵にはそこはかとない
安らぎが醸し出されている
ベンチから蘇生した生きものとは
一体なにものなのか

画家は絵を整えていきながら
これまでにない傑作が生まれてくるような
期待に打ち震えていた
あいつは俺のために昨日も今日も
あそこのベンチに置かれていたのではないか
ふとそんな思いが掠めて
画家はビルの窓に目をやった
いまや窓は完全に閉ざされ
傾いた陽をほんのり映して
不気味に鎮まり返っている
その闇の奥に一点
なにか薄赤く灯っている










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