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文芸の里コミュの蘇らなければ終わりは来ない2

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前回タイトルに、蘇らなければ終わりは来ない、と書きましたが、この言い方ははなはだ曖昧な表現だと気がつきました。終わりを地球滅亡と言うような外面的なものと、霊の救いというような内面的なものとに分けて考える必要があるからです。外面的に、つまり地球は滅亡しなかったとしても、霊的救いの問題として、もうこれから悔い改めるものは出てこないとなった場合、本当の救いの領域では、終了宣言にも等しいのです。
神がどちらを重視しているかといえば、霊の領域であることは明らかです。見える世界は、見えない内的なものを表わす比喩として用いているといって良いかと思います。それでいくと、これからは悔い改めに導くことはできない、という終了宣言を見える形で災禍がふりかかる不安も根強くあります。その場合は地球滅亡というよりは、内的終了のしるしのためです。人が悔い改めるためには肉体が必要だったように、蘇りのいのちが発生するためにも肉体を必要としています。しかし胎を借りてではなく、母胎から発生する胞子(仮名)によって、眠っている霊が目覚めてくるという、神の語る原理によってです。生むのとは違いますが女性から発出するものによって死者の霊が蘇るという意味で、やはり生むという形容になると思います。そして何より神が厳しく言うのは、この世の肉体は死で終わる仮の姿であるのに対して、死なない永遠のいのちになるのだから、神が認める悔い改めがなされており、聖なる清さがなければならないということです。花嫁ともなれば当然そういう約束のもとに生まれてきたのだから、具わっているはずとのことです。ただ、聖書に出てくるルツにしても、ダビデの妻にしてもキリストの系図にありながら初婚ではありませんでしたが、現世は仮の世であることで問われなかったものが、永遠のいのちの母胎ともなると問われるところに隔世の感があります。この点については、神の召しと現実とのギャップがあって、謎と懐疑の中に明け暮れていたのですが、それが最近になって真相が明らかになりましたので、次回に書かせていただきます。今回も大幅な遅れとなりました。

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