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文芸の里コミュの子ぐまたろう

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                         Mariah Carey - Miss You Most (At Christmas Time) + Lyrics


 ☆子ぐまたろう



 山には、しずしずと雪がふっていました。子ぐまのたろうは、お母さんぐまと、とうみんのさいちゅうでした。
 ぐうぐう、くうくう、ぐうぐう、くうくう
 ぐうぐうが、お母さんぐまのいびきで、くうくうが、子ぐま たろうのいびきです。

 何日もふりつづいた雪がやんで、お日さまが顔を出しました。外は、白く まぶしくかがやきました。
 白い光が、くまの あなにも、さしてきました。まぶたの上に、光がさわいでいたものですから、たろうは ふっと目を開きました。あまりのまぶしさに、顔をしかめて 外を見ると、
「雪だ! 雪がふった!」
 と さけびました。
 じっさいに雪がふったのは、何十日も前のことでしたが、たろうと母ぐまが とうみんをはじめたときは、まだふっていなかったのです。
 たろうがさけんでも、母ぐまは目を覚ましませんでした。くまのとうみんは、まだまだつづくのですから、しかたがありません。
 くまの子たろうは、そっとあなを出てみることにしました。ひとりで出てはいけないと、きつく言われていたのですが、あんまり雪がきれいなので、だまっていられなかったのです。
 あなは雪がつもって、たろうがようやく通れるほどに、小さくなっていました。おなかと頭を雪にこすって、やっとはい出しました。「こんなに雪がふったなんて、ちっとも知らなかった」
 たろうは雪の中に立って、ひとりごとを言いました。
 くまのあなは、山のちゅうふくの さわの中にありました。ですから、上にも下にも坂がつづいていました。とうみんするときは、かれ葉が地面につもっていましたが、今はどこも雪でまっ白でした。
  とん・とん・とん・とん
 と 近くの木で、へんな音がしました。上を見ると、赤い頭の キツツキが、おこったような顔をして、木をつついていました。
 その木くずが、ぱらぱらっとふってきて、たろうの目に入りました。それでなくても、雪がまぶしくてよく見えないのに、目にごみが入っては、たまったものではありません。 子ぐまはそこで、でんぐりがえしをして、ころころとさわを転がりました。たろうには、すべるよりも、転がるほうが楽でした。青空がきて、雪がきて、青空がきて、雪がきて、そんなことを くり返して止まったとき、目の木くずは取れていました。きっと、目に入った雪がとけて、目をあらってくれたのでしょう。そのかわり、たろうは雪だるまでした。 キツツキの方をふりかえると、やっぱりおこったような顔をして、木をつついていました。たろうは雪をまるめて、ぶつけてやろうとして、やめました。キツツキは 木にあなをあけるのに、一生けんめいだったのです。 
 キツツキをからかうのをよして、子ぐまは立って歩きはじめました。少し行くと、雪の中から 青いものがのぞいていました。近よってみると、それはかた方のスキーでした。たろうは 雪をはらって、スキーを手に取りました。
「たろうさんのスキーだ!」
 と たろうはさけびました。子ぐまは自分が たろうなものですから、人間の子どもも、男はみんな たろうだと思っていたのです。 もうかた方のスキーがないかと、近くをきょろきょろしましたが、見えませんでした。この上の山をすべっていて、転ぶなりして かた方のスキーがぬげてしまったのでしょう。きっとその子は、あちこちスキーをさがしたにちがいありません。
「たろうさんは、スキーをなくして、がっかりしてるだろうな」
 子ぐまのたろうは ひとりごとを言って、スキーをはいてみました。かた方だけでは、とてもよくすべるとまではいきませんが、それでも はだしで歩くよりは楽でした。
 ふりかえると、一本のスキーのあとの となりに、一つのくまの足あとが、てんてんとついていました。
 そうやって歩いて行くと、白かばの木のそばに、赤いものが目につきました。近よってみると、それは女の子の かた方のスキーでした。たろうは赤いスキーを手に取って、
「さっちゃんのスキーだ!」
 と さけびました。うら山のさわで 冬ごもりをしている くまの女の子が、さっちゃんという名前なものですから、女の子はみんな さっちゃんだと思っていたのです。
 たろうは 赤いスキーを、もう一方の足にはきました。赤いスキーと、青いスキーと、たろうはすっかりうれしくなって、さわを登りました。登るときは、スキーを八の字をさかさまにしたようにして進みました。色々やってみて、こうして登ればすべり落ちないことがわかったのです。なにしろ、スキーをはいていたのでは、雪につめを立てるわけにはいかないのですから。
 さわを登ると、下へ向かってすべりおりました。風を切ってすべるのは、とても気持のいいものです。目の中にまで、風がしみてきました。
「こんなに楽しい乗り物があるなんて、ちっとも知らなかった」
 たろうははしゃいで言いました。すべりおりると、またさわを登りました。
 何度か、すべっては登り、すべっては登りしているうちに、
〈スキーをなくして、たろうさんとさっちゃんは、きっと家の人におこられたろうな〉
 と思いました。しょげかえって、つまらない、つまらないと言って、毎日をおくっている男の子と女の子の顔が、目にうつってきました。
「これから人里に行って、二人にとどけてこようかな」
 たろうはひとりごとを言って、さわの上から、山のふもとに目をやりました。はるか下の方に、一けんの家があって、えんとつから、白いけむりがまっすぐのぼっていました。
〈あの家かもしれない〉
 たろうはさわすべりを止して、山を下りはじめました。人のスキーをはいて行ったら、悪いかな、ふとそう思いました。でもスキーをはいたほうが、足がうずまらないで歩きやすいので、そのまま山を下りて行きました。
 一時間も歩いたでしょうか。子ぐまたろうは、あせびっしょりになって、ふもとの家に着きました。スキーをぬいで手に持つと、げんかんに立って、
「ごめんくーださーい」
 と中にさけびました。
 戸が開いて、どんぐりまなこの男の子が立っていました。男の子はびっくりして、しばらく口をあけたままでした。中にいる女の子が、
「あっ、くくくま」
 と口ごもって、ピンクのセーターが、あとじさりしました。
「たろうさん」
 と子ぐまのたろうは言いました。
 男の子は、いきなり名前をよばれて、よけいびっくりしていました。この男の子は、本当に太郎という名前だったのです。
「さわの中に、たろうさんのスキーが落ちていたので、おとどどけけしました」
 子ぐまは口がもたついて、へんな言い方になりました。とうみんしてからというもの、ひとりごとのほかは、一度もしゃべっていなかったものですから、うまく口が回らないのでした。
 男の子が、まだぼんやりしているので、
「こっちは、さっちゃんのスキー。これは白かばの木の下に落ちてました」
 と子ぐまのたろうは言いました。おくにいるさっちゃんが、喜んでとんで来ないかと、家の中をにらみましたが、ピンクのセーターはまったく動かないで、かべにはりついていました。
 男の子はようやく落ち着いて、スキーを手に取りました。そしてスキーに書いてある字を読んで、
「これは、かずひこのだ!」
 とさけびました。子ぐまのたろうは、わけがわからないというように、口を小さくぽっとあけていました。それから、あわてて聞きました。
「かずひこって、どんな動物?」
「動物じゃなくて、人間だよ」
 と人間の子の太郎は言いました。子ぐまのたろうは、またわからないという顔になりました。そして、よくはわからないながら、
「そのかずひこさんの家はどこ」
 と聞きました。
「このうらの谷をこえて、川をわたったところ」
 と人間の子の太郎は言いました。
「それじゃ、そこへ行ってとどけてこなきゃ」 くまの子たろうは、男の子からスキーをひったくるようにして取りました。くまの力に、男の子はくらくらっとゆれて、
「いや、今、電話で聞いてみるから」
 と言い、おくへかけこんで行きました。
 くまの子のたろうは、またぽかんと口をあけていました。電話なんて言われても、わけがわからなかったのです。じきに男の子の声がひびいてきました。
「今、くまの子どもが、かずひこのスキーを持って来たんだよ。さわに落ちていたって言って。ほら、かずひこ前になくしたって、言ってただろう、かた一ぽう」
 ここまで聞いたとき、くまの子のたろうは、かんにさわったらしく、さかんに足ぶみをして、
「かずひこ、出て来い。いるんなら、出て来い。かずひこ来い!」
 とさけびました。くまの子があらわれたので、かずひこがおくへにげこんだと思ったのでしょう。
 しりごみしていた女の子が、ようやく悪いくまの子ではないとわかって、出て来て言いました。
「かずひこさんは、ここにはいないの。今電話をして、伝えているのよ」
 その女の子に、くまの子は、はっとわれにかえったように、もう一つの赤いスキーをさし出しました。
「これ、さっちゃんのスキー。白かばの木にひっかかっていたので、持ってきました」
「あら、わたし、さっちゃんじゃないわ。ふさ子よ」
 と言って、赤いスキーに書いてある名前を見ていました。
「これは、大つかさんちの、まこちゃんのだわ」
 と言いました。
「まこちゃんちはどこ!?」
 子ぐまのたろうは、追いかけるように聞きました。
「このうらの道を、ずーっと入ったがけの下よ」
「じゃ、すぐとどけてこなきゃ」
 くまの子は、赤いスキーをかかえて家を出ようとしました。
「待って、今電話で聞いてみるわ。うらの道は、それはそれは、雪が深くて歩きづらいんだから」
 とふさ子が言いました。
「ぼく、少しくらいの雪は平気です。いよいよとなれば、転がればいいんだから」
 とくまの子は言いました。このときおくから、男の子の声がひびいてきました。
「え? いいのを買ってもらったから、いらないって。うん、うん、そうか」
 これで、くまの子は、今にも出ようとしていた気持がくじけました。
 男の子がやって来て、かわって女の子が、電話をしに行きました。
「せっかくとどけてもらったけど、かずひこは新しいスキーを買ってもらったから、そのスキーは君にあげるってさ」
 と男の子は言いました。
「おいらにこれをくれるって!?」
 くまの子は、気持がくじけたのも、一ぺんに消し飛んでさけびました。とび上がったために、ストーブの前であみものをしていたおばあさんが、めがねの上から子ぐまをにらみました。
 男の子は言いました。
「わざわざとどけてもらって、すまなかったってさ。もうかたほうのスキーでも残っていれば、よかったんだけど、かたっぽじゃどうしようもないと思って、もやしてしまったんだって」
「もやしちゃった!」
 子ぐまのたろうは、またとび上がりました。「もももももったいないねえ――」
 このとき、ふさ子がやって来て、やさしくわらって言いました。
「子ぐまさん、家に上がって、あたたかいあま酒でも飲んでいって」
 こう言われて子ぐまのたろうは、おなかがすいていることに気がつきました。とうみんをはじめてから、何も食べていなかったのです。
「うん、上がれよ、上がれよ」
 と男の子も言いました。
「それじゃ、ちっと、上がらしてもらって」 こう言うより先に、子ぐまのたろうは家に上がりこんでいました。中はストーブがもえて、山のあなの家よりあたたかでした。
「山は寒かっただろう。ようあたっていけ」 とおばあさんが言いました。あま酒のあまいにおいがしてきて、子ぐまのたろうは、鼻をひくひく動かしていました。
 ふさ子が、おわんにあま酒を入れて運んできました。
 子ぐまはおわんを両手で持って、ばぶばぶ飲みました。少し熱いようですが、したも のども おどろいたりはしませんでした。それどころか、早くくれ、早くくれと言っているみたいでした。
「まこちゃんも、新しいのを買ってもらったって言うのよ」
 女の子がそんなことを言っていましたが、子ぐまたろうの耳には入っていませんでした。「せっかくとどけてくれたんだから、わたしが代わって、子ぐまさんにお礼を言ってちょうだいって。まこちゃんも、お礼を言いたいんだけど、雪が深くて、とても出て来られないからって」
 こう言いおわったときには、子ぐまたろうは、三ばい目のおかわりをしていました。
「あーあ、おいしいあま酒だった」
 子ぐまは三ばい目を飲みおわって言いました。
「今のは、まこちゃんのかんしゃの気持よ」 とふさ子は言いました。
「あっ、まこちゃんには、れんらくがついたあ?」
 子ぐまたろうは、思い出したように言いました。
「あら、いやだ。あんた、聞いていなかったの」
「………」
「今、電話したらね、まこちゃんも新しいスキーを買ってもらったんだって。それで古いのは、工作の時間に、切ってじょうさしを作ったんだって」
「もったいないことを、しちゃったねえ……」 と子ぐまはうなって言いました。「さっきは、もしてしまったって言うし。もし、もしたり、切ったりしなければ、スキーのない二人の子どもにあげられたのに」
「そうよね、子ぐまちゃんがとどけてくれると わかっていたらね」
 とふさ子が言いました。
「それで、あの赤いスキーはどうするの」
 子ぐまたろうは、急に心配になって聞きました。切ってじょうさしにする と言われるのではないかと思ったのです。
「もし、かたっぽでよければ、つかってちょうだいって」
「やった!」
 子ぐまたろうは、あやうくすわったまま、とび上がるところでした。それがならないとしたら、二つ三つ、転がりたいところでした。「かたっぽでも、少しはすべれるんだ。人のスキーに乗って、悪いと思ったけど、おいら実験してみたんだよ。青いのと、赤いのと、両方そろえば、もうもう、どこだってすべれるもんね。チハにして、坂も登れるしね」
「何よ、そのチハって」
 とふさ子が、目をかがやかせて聞きました。「ほら、八の字を さかさまにした形を作って 登ること。〉〉〉〉という具合に」
 子ぐまたろうは、両手で八の字をぎゃくにした形をつくって、にっこりわらいました。「こんどは、わたしとお兄ちゃんが、ごちそうするわね」
 とふさ子は、兄の太郎に顔を向けました。「うん、君は何がすきなの」
 と男の子が聞きました。
「君なんて、へんなよびかたしないで下さい。ちゃんと、たろうって名前があるんだから」 とくまの子のたろうは言いました。
「あっ、君も たろうだったの?」
 と男の子が言いました。
「そうだよ」
 子ぐまは、今わかったのかというように、少し口をふくらませて言いました。
「そうか――、それじゃ、ぼくと君は兄弟だね」
 と人間の子の太郎は言いました。
「また、君って、言った」
 とくまの子たろうは、にらみつけました。それから急におだやかな えがおにかわって、「おいらのすきなのはねえ、やっぱりあれだよ。あれ、あれ」
 と言って、なかなか口に出しませんでした。「あれって、はちみつのことね」
 とふさ子が言いました。
「そう、当たり!」
 くまの子は、ばんざいをするように、手を上げました。ふさ子は、冷蔵庫から、ポリのびんに入ったはちみつを持って来ました。びんには、三分の一ほどはちみつが残っていました。
「いれものを手で押せば、上からはちみつが出てくるわ」
 と言って、子ぐまのたろうにわたしました。 子ぐまはさっそく、ポリの容器を押してみました。すーっと、あめ色のはちみつがのぼってきました。もっと押すと、上の口から出てきました。それをぺろっとなめました。
「おいしい」
 と一こと言って、それからはもう、はちみつをなめるのにむちゅうでした。
「おやおや」
 あみものをしていたおばあさんが、そばから声をかけたときには、大変なことになっていました。強くつめを立てて押したために、ポリのびんにあながあいて、あちこちからはちみつが流れ出し、子ぐまの手といい、むねといい、顔といい、べたべたねばねば、はちみつだらけになっていたのです。
「これじゃまるで、人間の赤んぼうと変わりがないよ」
 おばあさんは、タオルで子ぐまの顔をふいてやりました。
「山のおうちに帰ったら、きれいになめるからいいんです」
 と子ぐまのたろうは言いました。「おいらはなめるのがすきなんだから。特にあまいはちみつはね」
 そう言って、ももいろのしたで、自分の鼻の頭をぺろっとやりました。
 太郎とふさ子は、台所へ行って、くまの子にわたす おみやげの相談をしていました。その二人に、こちらからおばあさんが声をかけました。
「いろいろ持たせてやれ。あなの中で冬をこすのはたいくつなもんだから」

 子ぐまのたろうは、お腹がいっぱいになると、何だかねむくなってきました。あくびばかりしているのです。
 そしてついに、ころんと横になってしまいました。
「あっ、だめだめ。そんなところで、とうみんをはじめたら」
 とふさ子がとんで来ました。太郎も来て、くまの子をひっぱり起こしました。
「たろう君、もうそろそろ帰ったほうがいいよ。お母さんも心配してるとこまるからね」 と人間の子の太郎が言いました。
「そうだ、お母さんにないしょで出て来たんだった」
 くまの子は、あわてて立ち上がりました。 その子ぐまのかたに、ふさ子がおみやげでふくらんだ ズックのかたかけかばんをかけてやりました。
「これは、お兄ちゃんの古いかばんだから、返さなくていいのよ」
 とふさ子は言いました。
 子ぐまのたろうは、かばんの上からさわってみて、どぎまぎしていました。こんなにたくさん、おみやげをもらっていいものか、急に心配になったのです。
「ビスケットと、チョコレートと、ヌガーと、それに新しいはちみつも一びん入れておいたわ」
 とふさ子が言いました。
 子ぐまの目が、みるみるかがやいてきました。そして、おばあさんと太郎とふさ子の三人に、ていねいに頭を下げて言いました。
「スキーをもらって、あま酒とはちみつをごちそうになったのに、またこんなにたくさんおみやげをもらってしまって」
 その子ぐまに、ふさ子が言いました。
「いいのよ、いいのよ。遠い所を親切にとどけてくれたんだもの、このくらいのことするのは当たり前でしょ」
 子ぐまのたろうは、げんかんに下りると、みんなに向かって、
「あたたかくなったら、山に遊びに来てちょうだい。
 と言いました。「おいら、さわがにのいるところ知ってるし、こくわや山ぶどうや、じゃがいものあるところも……」
 ここまで言ったとき、ふさ子が「しっ!」と口に指を立てて、おばあさんのほうをうかがいました。
「何じゃと、じゃがいももほしいって? ふ
さ子かばんにじゃがいもも入れてやれ」
 とおばあさんが言いました。ふさ子は台所へ行って、五つばかりじゃがいもを持って来ました。
 外へ出たとき、子ぐまのたろうは目をまるくして言いました。
「おいら、ちっとも知らなかった。じゃがいもが、人のつくったものだなんて。お母ちゃんに教えてやらなければ」
 子ぐまは、ふさ子とあくしゅをして別れました。太郎は途中まで送って行くことになり、がんじょうな金具のついたりっぱなスキーをはきました。
 くまの子は、それを見ても、自分のもらった赤と青のスキーのほうが、いいものに思えました。金具も、つっかけるだけの簡単なもので、手をつかわずに、足を入れればはけてしまいました。
 二人は家を後にしました。少し歩いてふりかえると、ふさ子が家の前に立って、手をふっていました。
「きっと遊びに来てね。山のたろうってよんだら、おいら、すぐ出て来るから」
「うん、行くわ。でも、あんまり力が強くならないでいてね」
 とふさ子は、自分の手をおさえながら言いました。本当はお別れのあくしゅをしたとき、子ぐまににぎられたつめあとが、少しへこんで残っているのでした。
 くまの子は、ちょっとさびしそうにしましたが、すぐ元気になって、
「おいら大きくなったら、ふさ子ちゃんと、太郎さんをせなかにのせてあげるよ」
 とさけびました。
「ありがとう」
 ふさ子は、家の前に積もった雪にかくれて、声だけが飛んで来ました。
「スキーをくれた 友だちにも、よろしく言ってちょうだーい」
 と子ぐまはさけびました。
 それからは、山をめざしてもくもくと歩きました。ほらあなのあるさわが見えてきたとき、子ぐまはとなりの太郎に言いました。
「もうここからは、おいら一人で行きますから」
「家の前まで送って行くよ。たろう君がどんなところにすんでいるか知りたいしね。何ていったて、ぼくたちは、たろう兄弟じゃないか」
 と太郎は言いました。
 子ぐまのたろうは、すっかりこまってしまいました。今日あなをぬけ出したのも、母親にはひみつだったのに、もし人間の家に行って、あなを教えたなんてことが分かったら、どんなにおこられるだろうかと、心配になったのです。このおみやげも、母親にはこっそり食べるつもりでいたのです。そんなわけで、もしあなが人に気づかれたと知ったら、すぐにもひっこしてしまうでしょう。母親はりょうしを、それはそれは恐れているのです。ほかの山にひっこしてしまったら、もう太郎さんにも、ふさ子ちゃんにも会えなくなるでしょう。
「でも、ここでいいんです。おいらのお家はまだまだ遠いんだから」
 子ぐまはこう言いましたが、さんざんごちそうになり、おみやげまでもらって送ってきてくれているのに、太郎さんに悪いような気がしてきました。
 それで子ぐまは、こうつけ加えました。
「じゃおいら、帰ったら、このスキーを立てておきます。その下のあなが、おいらのお家だから」
「それじゃぼくは、家から望遠鏡で見るとするか」
 そう言って、太郎はスキーの向きを変えました。
「いろいろありがとう」
 とくまの子は頭を下げました。
「ばいばい」
 太郎はスキーをすべらせて、坂を下って行きました。
 くまの子は、太郎が豆つぶくらいになるまで見送って、また歩き出しました。

 三時間ばかりして、人間の子の太郎は、家の窓から望遠鏡で見てみました。すると山の中ほどのさわの上に、確かに赤いものと青いものが、少し間をおいて、ぽつんぽつんと立っていました。
 そしてそのこちら側には、子ぐまたろうの登って行ったスキーのあとが、くっきりとついていました。山が急なところは、〉〉〉〉〉と、こんな形に、スキーのあとが残っていました。
 夕方から雪になり、夜の間にどかんとつもりました。
 朝、太陽がのぼり、太郎が望遠鏡をあてて見ますと、赤と青のスキーはすっぽり雪の下にかくれてしまっていました。そして子ぐまのスキーのあとも、きれいに消えて、どこにさわがあったのかも、分からなくなっていたのです。                       〈おわり〉

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