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【大正浪漫RP】月の民の拠所コミュの街角の花売り <ヨシノ+薔薇>

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通う学園と道場とを繋ぐ大通り。
その一角に店はあった。

剣士はその店名を知らない。
気に掛けた事が無いからだ。
いや、正しく言えば、気に掛ける余裕が無いから、なのだが。
店を見ずとも、傍を通るだけで何を営んでいるのかがわかる。
良い香りの、店。

毎日のんびり往復するだけだった其処に立ち止まるようになったのはいつからか。
剣士は考え、つと思い出す。
そう、店主に声をかけられてからだ。



「お嬢さん・・・すみませんが」

誰が見ても、少なくとも自分を知らぬ者が見れば、ほぼ確実に自分は男に見える訳で。
声を掛けられたのが自分なのだと、全く以って気付かなかった。

「あれ?あのー、そこの・・・剣士の風体のお嬢さん?」

そう呼び掛けられて、そこで初めて足を止めた。
まさか、という思いで。
今迄、自分以外にこの往来をそんな格好で歩く者は見た事が無かった。

「な…、は?私、私の事か!?」

物凄い勢いで振り返り花屋に近づくと、きょとんと見つめ返される。
声の割に予想よりも若い、それでも自分より年嵩だろう外見には未だ、あどけなさが残っている。
自らを囲む花々よりもやわらかく、花のようにふんわりと少年は笑う。

「ボクの前には他に誰もおられませんよ、可笑しな方ですね」
「可笑しいのは貴方だ花売りの。
 今迄私を一目見て女と云った者など…ほぼ居ないのだぞ?」

何処ぞの女将という前例があるから、皆無とは言えなかったのだが。
そこには触れず、何故判ったのか見極めようと、ひた、と目を見つめる。

剣士は道場に立つ時と同じ気合を込めているのに、少年はきょとんとしているだけだ。
普通なら「飲まれる」筈の空気に全く動じない辺り、全くの阿呆か曲者だろうか、と考えたところで。
少年がふいに、にっこりと笑って言った。

「皆様の見る目が無いのでしょう、こんなに可愛らしいのに」


脳の回路が一部断線したのに気付いた。
怒りか焦りか、鼓動が速く、呼吸がし辛い。
落ち着け、と言い聞かせ、深呼吸を数回。

「で…何故私を呼び止めたのだ?」
「花束を・・・簡単な花束を作らなければならないんですが、どうも決めかねて・・・」
「ふぅん?」
「みんなボクの可愛い花たちだから、どちらかを選べなくて。」

可笑しい事を言う、と思った。
同時に面白く感じた。
しかし。

「それの何処に私を呼ぶ理由が」
「こちらとこちら、どちらがお好きですか?」

尋ねようとした瞬間、何の悪意も無い顔が尋ねてきた。
いつの間にか両手にふたつの花を出現させている。
面食らいつつ見遣れば、其れは真紅の薔薇と橙の薔薇。
花を包み込む薄紙には、其々が良く映えるよう、心配りがなされている。
恐らくは、花への深い愛情故に。

「只の妙な花屋ではなかったのだな…」

優しい気持ちに触れた気がして、ふと心が安らいだ。
呟く声に耳ざとく反応した花屋は、ふ、と笑い、
両手に花束を持ったまま珍妙なポーズをつけて紡ぐ。

「ふ、それは酷いな・・・ボクは世界唯一の、花屋の超絶美少年店主ですからね」

お間違いなきよう、とまで言われて、この花屋の性格面について考える事を剣士は諦めた。
其れよりも、この年で店主という事実に多少驚く。
…気持ちよりも先に、脳が花屋の性格に慣れてしまったのだろうか。
それより良く考えれば剣道師範の名を持つ自分も十分変わっているのだが。


それはさておき、剣士は花に向き直り、もう一度花から視線を逸らして花屋を見つめる。
そしてまた、二つの花に集中する。


「橙色の、ほう」


ただなんとなく惹かれた方を選ぶ。
答えを聞いた花屋は、酷く嬉しそうに、

「ありがとう」

言って、薄い布の様なものを元の包装の上に足し、サテンとオーガンジーのリボンを掛けた。

薔薇が一層綺麗になる。
まるで魔法のように。


「不思議な術を使っているようだな、その指は…ああ、用は済んだのだな。では」


家路―道場へ―急ごうと踵を返す。
途端背後から声が掛かる。

「あの、選んで貰ったお礼に・・・受け取って戴けませんか?」

振り返ると少年のその手元に、先程の小さな薔薇と霞草が握られていた。
一応簡単に包んである。

「な…売り物だろうに、受け取れないぞ」
「大丈夫です、これはボクが栽培しているものですから。この日のお礼に・・・ね」


笑顔のまま押し切られ、花の色香にほだされる如く受け取った薔薇は、ただしっとりと咲いていた。
輝くように咲き塗れる花を手に、ぼうっと道場へ向かう。
自分の小さな手に納まるほど小さく可愛らしい花束を見つめる。
不思議と心が安らぎ、時に躍る気持ちにもなり。
花には人を幸せにする力があるのだろうか、などと思いを馳せながら。

この日の家路はほんの少し長かったように、剣士には感じられた。



この日には、余談がいくつかある。

一つは、道場の生徒たち数人がこの日、珍しく師範から一本を取ったこと。

一つは、女学園の生徒で剣士に想いを寄せる少女が一人、
橙色の薔薇を手に歩く剣士を見て何かを勝手に悟り、甘味処でやけ食いをしたこと。

更に、余談の余談が一つ。
その際、甘味処に付き合わされた同級の少女によると、

「ヨシノ様…はぁ、どなたかお付き合いされている方がいらっしゃるのかしら」
「絶対絶対毛むくじゃらの男なんてヨシノ様には相応しくないわぁっ」

などと、少女は甘味処に居たほぼ全ての時間〜約2時間半〜に渡りぼやいていたという。

折角なので、2時間に渡るぼやきの中の一つ。


「橙色の薔薇には『無邪気なあなたが好き』という意味があるのよっ!」



花屋と剣士がそれを知っているかは、また別の話として。
今日も剣士の机の一輪挿しには、橙色の薔薇が揺れている。

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