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+Pocket Story+コミュのPS#02 -Virgin pain-

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起きてまず自分の耳に穴を空けた。

それまで頑なに「ピアスはしない」と言っていたのに、何故か。切っ掛けがあったんじゃないかと今更思い返してみるのだけど、特に思い当たらない。「あぁ、空けるか」くらいの心境だった。眠くなったから布団を敷く、それくらい自然な流れ。一生染めないと言っていた髪も染めたし、頑なでいる事に飽きたのかもしれない。
そんな急に行動に移そうとしたって道具の用意はない。でも、何とかなるもんだ。耳掻き。耳掃除に使うのとは反対側の部分に、ひょうたん型の小さな木彫り人形が付いている型だった。その人形部分を折って、ただの棒状にして鉛筆削りで研いだ。念の為に先端をライターの火で炙る。消毒、になっているはず。それで自分の左耳の軟骨部分を突いた。けれど微かにへこみが出来ただけ。やり方を変え、突くのではなくドリルの様に回しながらへこみを広げていく。成功。どうにか少しずつ広がり始めた。本当に少しずつ少しずつ、しかし確実に。自分の耳の肉に異物が侵入して行く感覚がある。そして最後の最後で貫通を阻まれる。元は耳掻きだったその棒をどの角度で押し込もうと皮が伸びるのみ。貫通は間近だが、耳の裏側の表皮が相当に頑丈だった。エイリアンの子供が腹を食い破って出て来られないみたいな感じになる。何か別の手段をと考え、画鋲に行き着く。これもライターの火で炙る。消毒、になっているはず。耳をしばらく氷で挟んで冷やす。感覚を麻痺させてから、一気に突いた。
確かな手応え。貫通。麻痺させたのが効いていて、痛みはあまりない。痛みはあまりないけれど、左半身に何か温かみを感じた。麻痺しているだけで体に痛覚の刺激が伝わっているのかと憶測。が、ふと目を向けると自分のパジャマが真っ赤に染まっている。単純な話、耳に空いた穴からの出血。滝の様に溢れ出していた。己の鮮血の温度を感じている左半身。血が染みたのでそのパジャマは捨てた。出来た穴が穴として馴染むまでしばらく時間がかかるので、耳を貫通した画鋲の針の先に1cm角程度に切った消しゴムを刺して固定。ちょっと変わったイヤリングみたいな形になる。ちなみに穴を空けた箇所もちょっと変わっていた。耳たぶではなく、もっと上。目尻の脇から延長線を引いた辺り。
しばらく時間が経って、激痛が襲って来た。耳ではなく何故か頭が痛い。痛みが度を越して、神経がその位置を捉え切れていないらしい。高熱時の様な、それこそ常套句の『頭をハンマーで殴られている様な』痛み。これまでの人生で最上級の痛み。大袈裟ではない。骨折をした経験が二回あるけれど、それよりも確実に上。以降二週間ほどそんな状況が続く。少し、後悔した。

彼女に会って『ズルい!』と責められた。二歳下で、まだ高校生だった。彼女もピアスをしたがっていたのだけれど、なんだか嫌だったので自分が禁止していた。なのに脈絡もなく空けたから、それは責められて当然。禁止を言い渡せる立場になくなってしまったので、彼女が穴を空ける事に対しても承諾した。
彼女は、自分に空けて欲しいとせがんだ。流石に手法まで同じにする必要はないから、一緒に薬局まで行って器具を買って部屋に呼んだ。彼女は穴の位置も同じにしたがったけれど、痛みが半端でないのは自分自身で実証済み。阻止。普通に耳たぶに空けさせる事にする。彼女が器具を左耳に当てる。後は自分がホチキスの様にバチンと針を打ち込めば終了。とはいえ、手法と位置を変えてもそれなりには痛いだろうとは予想が付く。彼女をそんな目に遭わせる事に躊躇いが生まれる。見ると、彼女は明らかに緊張している。たまに深い息を吐いている。お互いに気が滅入ってしまいそうなので、意を決して針を打ち込んだ。一瞬、息を止める彼女。そして直後、『うー』にも『んー』にも『ぶー』にも聞こえる声を発しながらの身悶えが始まった。泣きそう。というか、泣いている。相当に痛いらしい。自分に抱き付いて顔を埋めようとするも、当該箇所をうっかり服に摺ってしまって『うー』にも『んー』にも『ぶー』にも聞こえる声を発する。頭を撫でようとするも、その振動にも痛がりそう。繋いだ手を揺らしてあやす事にする。
彼女を痛い目に遭わせたのには気が引けたけれど、ふと喜びの様な感情が沸いたのにも気付いた。それで、一部の男性が処女にこだわる理由が何となく分かった気がした。自分の場合はその彼女が初めての相手だったけど、あっちはそうじゃなかった。だから彼女が痛がってどうのこうのっていうのはなかった。あえて痛がらせたくはないものの、自分の為に痛みを我慢してくれるのはなんだか献身的に感じられて嬉しいのかもしれない。とか思った。

彼女とは二年半付き合った。その間にケンカや言い争いをした事は一度もなくて、結構上手くやっていた。別れを切り出したのはこちらからだ。将来的に自分のやりたい事が見付かって、それに割く時間と彼女に会う時間とのバランスを取るのが難しくなった。そうなる前に何度か彼女にも話をしたのだけれど、依存型でべったり甘えてくる態度は変わらなかった。それがずっと続いて難なく平坦な遣り取りを繰り返していく内、だったら自分のやりたい事にその時間を費やしたいと考えてしまった。
週末の早朝コンビニバイトを終えた彼女をいつも通りに車で迎えに行って部屋で一緒に食事をして、何をするでもなく二人でぼーっとしていた時に「このまま同じなら意味がないから別れよう」と口にした。唐突過ぎたし、彼女には物凄く泣かれた。それでもしばらくして『うん』と一言だけ返してくれて、帰りも車で彼女を家まで送った。
その日は自分でも気持ちの整理が付いていなかったから、胸がいっぱいで何も考えられなくてある意味とても楽な状態でいられた。不安とか自責とか後悔とか、そういうのが何もなかった。次の日の昼くらいになって思い出した様に号泣した。終わったんじゃなく、終わらせてしまったんだなと痛感した。その喪失感は半端なものではなかった。でも彼女とはその後に二度ほど会う機会があって、一度目の時には無理矢理にセックスをしてしまった。物凄く虚しくて、何も満たされなかった。

その後、自分のやりたい事を追い掛け続けて二年が過ぎた頃に挫折を味わった。同じ事をやろうとする仲間と出会って行動を共にしていたものの、ふとした事で軋轢が出来た。『お前はプロとして失格だ』みたいな事を言われて、「言ってるお前もプロじゃないだろう。そうやって都合のいい時だけ印籠みたいに口にする事こそプロを軽く見てるんだ」とか反発した。今になれば目くそ鼻くそ。それでも当時はこの一件で自分の居場所が完全に消失して、何をやるにも手足が出せない状態に陥ってしまった。しばらく人間不信になった。
周囲にいる人々との遣り取りがなくなって思い浮かんだのは、かつて遣り取りをしていた人々の顔。地元の友達とは上京してから一切連絡を取っていなかった。だからこそなのかもしれない。急に会いたくなった。長く音信不通でいれば距離が出来てもおかしくない。にも関わらず友達は久々の会話を喜んでくれて、かなりの長電話になった。

数ヵ月後、思い付きで帰省してみた。到着してまず初めにしたのは、件の友達への電話。その友達は高校の後輩で、学年としては自分の一つ下だった。そして卒業は自分から二年遅れた。自分の母校は定時制だったので卒業まで三年とは限らなくて、六年掛かった先輩もいる。で、全く予想していなかったのだけれど、電話をしたその日が正にその友達にとっての卒業式の日だった。今ちょうど終わった所なんだとか。そういう日ならと思って、自分が地元で行き付けにしていた店に夕飯に誘った。
待ち合わせ場所には四人来た。自分と、その友達と、共通の別の友達、そして自分にとっては初対面の人物。その初対面の彼は、ちょうど自分が卒業した後に入れ代わる様に他の高校から転入して来たらしかった。そして仲の良くなった面子がちょうど自分の周りにいた人々で、自分の話もよく聞いていたらしい。だからなのか、少し話しただけでお互いに疎通の仕方が分かった。なんだか自分と似ている気がする、と思った。
長居した末に店が閉まって、別の場所へと移動。夜中の二時だか三時だかになっていた。場の雰囲気も既に盛り上がりを通り越して、盛り下がっている訳でもないけど最早あえてテンションを上げる気にもならないという気だるい状況だった。
初対面の彼が口を開いた。『名前がさぁ、決まらないんだよ』。他の面子は彼の事情を既に色々と知っている。しかし自分はまるで知らないので、会話の節々から彼の事情を読み取って何処かで話題に合流しようと考えていた。どうやら彼の子供が生まれるらしいのは分かった。自分よりも若くして家庭を持つ人と出会う機会がそれまであまりなかったので、敬意の気持ちが沸いた。『候補の名前をいくつか書いてあっちのお母さんに見せたんだけど、もっと普通のにしろって言われるんだよ。○○○と結構必死になって一緒に考えたんだけど』。

彼は聞き慣れた名前を口にした。自分にとって、自分の声で聞き慣れた名前。二年半の間ずっと呼び続けた名前だった。

彼女が今は身篭って結婚を控えているというのは、あの電話で既に友達から聞いていた。その時はどの感情よりも驚きが先に先に来てしまったので、しばらくはまともに考えられなかった。その後に一人で落ち付いて想像してみたけれど、まるで何も思い浮かばなかった。唐突過ぎると判断の余地がなくなる。かつて自分が彼女に別れを切り出した時、自分も彼女に同じ目に遭わせていたのだなと悟った。

彼と初対面を果たしたその時に、自分と似ている気がした。話題の好みとかそういった感覚的なもののほうが要因として大きかったけれど、それと別の理由もあった。ピアス。彼も自分と同じ位置に付けていた。彼が彼女にとってのそういう相手なのだと気付いて、このピアスはいつ空けたのだろうというのが気になった。元から空けていたのかもしれないし、彼女と出会ってから空けたのかもしれない。出会ってからであれば自発的だったのか、それとも彼女にせがまれたのか。彼女と出会ってからせがまれて空けたのだとすれば、彼は彼女の為にあの痛みを我慢した事になる。献身的な、あの痛み。
あえて聞く事ではなかったから確かめてはいない。けれど、彼はきっと出会ってから自発的に空けたんだろうなと思う。男四人で夜通し酒を飲み明かす語らいの中で彼の人柄を目の当たりにして、ぽつぽつと漏れる彼女への思いを聞いていたらそれを確信した。良い奴だな、と思った。

それからまたしばらくして、彼と彼女と二人の間に生まれた子供に会った。それが最後でもうしばらく何の遣り取りもないけれど、幸せにしていてくれたらいいなと願っている。

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