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「早野たづ子創作人形」の世界コミュの人形を作る原点

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早野たづ子の手記より



昭和20年3月10日の東京大空襲の日。
私は17歳の女学生でした。
浅草に住んでいた私の家族は
火の粉が横殴りに吹きつけ、
髪の毛がチリチリ燃え中、
持、ってきた荷物を棄て、言問橋を渡って逃げました。
橋はそのうち、持ち込まれた荷物や箪笥に火がつき
渡れなくなりました。
橋を渡れたか、渡れなかったかが命の分け目となりました。

火が収まり、荷物を棄てた場所に戻ると
そこは黒焦げの人の山。
あたりはシーンと静まり返っていました。
そこに信じられない事に
4,5歳の男の子がひとりボーっと立っていました。

「お父さんは?」と聞くと
「スマトラ」と答えました。
「お母さんは?」と聞くと
「あっち」と黒焦げの人の山を指しました。
「おにいちゃんは?」
「いない」
「おねえちゃんは?」
「あっち」
また人の山を指しました。

あの強い火勢の中どうしてこの子だけ
助かったのでしょう?
恐怖と寒さでしょうか
ブルブルと震え続けていました。
しかし、私はあまりに凄まじい光景に、
着ていた紺のオーバーで
男の子をくるんでやる事さえ気づかないでいたのです。
このことは、今思い出しても辛くなります。

通りがかりの人から「浅草小学校」が焼け残り
医者もいるという事を聞き、
男の子を連れて行って看護婦さんに子どもを託しました。
「明日きっと来るから、ここで待っていてね」
といって別れ、市川の祖父の家まで歩きました。

翌日弟の洋服を持って、浅草小に行きましたが
男の子はもういませんでした。

毎年3月になると男の子のことを思い出します。
「あの子はあんなに幼いのに
地獄を見なければならなかったのだ。
孤児になり、厳しい戦後を生きていけたのだろうか?」

子どもは平和な世の中で
愛情に包まれて、笑顔でいて欲しい。

このことが50年間幸せに包まれた子どもの人形を
作り続けている原点になっています。

コメント(12)

「子どもは平和な世の中で
 愛情に包まれて、笑顔でいてほしい」

 一針一針、愛の深い想いを込め作られた
 お人形の裏には、厳しくも、悲しい、そして
 つらい、体験の裏打ちがあった・・・

 それが、お母様のお人形のうちに感じられる
 ぬくもりなのでしょう。胸の熱くなる思いで、
 再び、頂いた「写真集」開かせて頂きました+。:.゜:.。+゜+。:.゜:.。+゜+。:.゜
みんみんさん>

戦争中、母は、当時小学生だった、歳の離れた弟にも
少しでも楽しい時を過ごせるようにと
マンガを描いてあげていたそうです。

その弟ももう天に召されましたが。

子ども達は、特に幸せな笑顔でいて欲しいですねハート達(複数ハート)
こんにちは。おじゃまします

この、とてもリアルで穏やかな笑顔のお人形さんたちには
こんなつらい経験と重大な願いが込められていたのですね

日本人にしか作れないお人形ですね

またゆっくり、ここに伺います
なるほど・・・・この素敵なお人形さん達にはそんな深い思いがあったからこそこの表情なのですねぇ。  子育てをしながら、子供をみつめるお母様の愛情はあふれ出るものを感じていましたが、その裏側に更に深い思いがあったことを初めて知りました。 感動です。
いただいた 先生の本の この下りを読みながら
涙しました
わたしのおばぁちゃんは文京区の生まれ
戦争と空襲体験者です
こどものころそんな話をきかしてもらっていたので
かさなりました

たづ子先生の優しさや思いやり
そんな気持ちのこめられた お人魚を
いつか 実際にみせていただける 日を楽しみにしています
そのときは ろんろんさん 
たくo(・_・)o&りんちゃん§・”・§を連れて行きます(*´ -`)(´- `*)ねーっ
ノンノンさん>

東京大空襲の話は母から何度となく聞かされました。
その男の子が生きているとすれば70歳くらい。
その後、どんな運命をたどったのでしょうか?
時々思い出しては胸がしめつけられます。
ぶぅさん>

「子どもは幸せであって欲しい」という願いは
母として皆が共通に持っている思いなのでしょうね。

今なお世界の中では戦争や飢え、虐待のため
笑顔が消えた子どもがたくさんいるのですね・・・
とぉこさん>

とぉこさんのおばあ様も戦争、空襲体験者なのですね。

母も家族ももうちょっと逃げるのが遅かったら
火事で命を失っていたかもしれないと言っていました。
母の小学校のクラスメートはたくさん亡くなっています。

いつかとぉこさんのお住まいの近くで
展覧会が開けますようにって願っていますクローバー
私の家族も下町住まいでやけのはらの話苦労して家を再建した父の話はは幼い頃より聞いて育ちました。

高島屋展が楽しみですわーい(嬉しい顔)
マジョリカさん>

マジョリカさんのお父さまも体験者なのですね。
今のご実家の所にずっとお住まいですか?

高島屋はたった4人しか出品しませんが
新しく作った子達ですので
是非会いにいらしてくださいねハート達(複数ハート)
> ろんろんさん
父は兵役に行っており地獄のような有様はみなかったのですが家を再建するのは並大抵ではなかったそうです

実家は戦後からずっと亀戸です
マジョリカさん>

ずっと亀戸にいらしたのですね。

すべて焼き尽くされ、0から家を再建されたご苦労は大変なものだったのでしょうね。

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