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岡村靖幸を世代違いで知ったコミュの岡村靖幸ちゃんdisco

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幼少の頃より父親の仕事柄、ロンドンでの生活や日本国内でも転校の多い子供時代を送る。 小学生時代からビートルズの音楽を愛し、中学〜高校とその音楽への情熱は増していき、高校に入る頃にはすでに作曲はもとより数種類の楽器を操るようになっていた、その才能は弱冠19歳にして作曲家として渡辺美里、吉川晃司などへの楽曲提供を行なうなどプロの作家として開花していた。 作家として活動していたある日、岡村がスタジオで見せたヴォーカルパフォーマンスにレコード会社関係者は岡村の作家以外のアーティストとして可能性を 見出し、86年にシングル「Out of Blue」でEPIC/SONYよりデビューを果たす。

デビュー以降次々にTOP10シングル・アルバムをチャートに送り込み、また全国ツアーにおいてもその圧倒的ステージパフォーマンスで、類まれなる説明不能の異色の才能として独特のポジションを獲得する。また89年には初主演映画「Peach―どんなことをしてほしいのぼくに」が公開される。

90年代に入っても3枚のアルバム、9枚のシングルのリリース、2度の全国ツアーと活動する96年頃を境に徐々に岡村自身の作品や表舞台での活動から遠ざかって行く。逆に作家としての活動では<CHARA>への楽曲提供や<川本真琴>のデビューシングルをミリオンヒットさせるなどプロデューサーとして注目を集める。
2000年に入り岡村自身はシングルを2枚発表し、01年にベストアルバム発売をするのみに留まり、<CHARA>のシングルを手掛けている。02年に<SOPHIA> のシングルをプロデュースするが、表舞台から遠ざかってすでに約6年も経っており、岡村靖幸の表舞台での活躍を熱望する熱狂的なファンはもとよりミュージシャンの間からもその待望論は沸き起こる。そして<朝日美穂>が中心となり、<くるり><クラムボン>など数多くのアーティストが参加した「岡村靖幸トリビュート・どんなものでも君にかないやしない」がリリースされ、参加アーティストが集まりイベントが行なわれるなど大きな話題を呼び待望論がピークに達する。

そしてモデル出身のシンガー<meg>のデビューシングルをプロデュースした後、いよいよ岡村本人のヴォーカルパフォーマンスとしては2年振りにUKガラージシーンでも活躍する<DJ ajapai>のアナログ盤にfeat.Voと作詞で参加しタワーレコード限定でリリースされた。待望論がピークを迎える中、突如以前より親交の深い<石野卓球>と驚愕のユニットを結成する、その名も「岡村靖幸と石野卓球」シングル「come baby」をリリース。

03年、岡村靖幸のロックインジャパン・フェスティバルに8月3日の出演が突如発表された、本当に出演するのか? 様々な憶測が飛び交う中およそ7年ぶりにその説明不能のステージパフォーマンスとともに登場し復活!さらに東名阪のツアーが発表され全5公演は即日完売のプラチナチケットと化し「フレッシュボーイTOUR」と題されたこの歴史的ツアーで21世紀型岡村靖幸としてまさにフレッシュボーイな復活を遂げた。

そして、2004年5月19日、およそ3年ぶりとなるシングル『モン-シロ』とおよそ11年ぶりとなる映像作品『Symposium 〜岡村靖幸 フレッシュボーイTOUR 2003〜』をDef Jam Japanからリリースし、シーンへのカムバックを果たす。次いで7月4日にシングル「ミラクルジャンプ」、そしてついに9月9日に約9年ぶりとなるオリジナルアルバム「Me-imi」リリースし完全復活を果たした。この9年ぶりのオリジナルアルバム「Me-imi」
を引っさげて全国7大都市+追加公演の東京ベイNKホールを含む10公演の「Me-imi Tour」を敢行し、集客・内容ともに大成功をおさめる。

defjamjapanより

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