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対人嫌悪感性研究コミュの「甘え」との違い

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感情には様々あるが、この情念が極端になって周囲に見苦しさを露呈するようになった時、これを「甘え」のせいにする考え方がある。

「甘え」とは必ずしも幼さから来る情念と断定できるのかはちょっと分からないが、多くの場合幼さと無縁ではないだろう。確かに精神的に幼い状況では、容易に感情が高ぶることがある。

このため、極端な感情の高ぶりの原因の一つに「甘え」があることは否定しない。しかし、それが全てということは出来ない。精神的に成熟した状態においても感情が高ぶることはあるのだ。それは非日常的状況下に置かれた場合が考えられる。

ここで問題になるのが、非日常に置かれた人物の状況を日常下に置かれた人物が理解する事は困難であるという事である。例えば、不治の病である事を伝えられた患者の心を他の誰が理解しえようか。これを「甘え」と判断したら全くの誤りである事が簡単に分かるであろう。

しかし現実はこれ程明快ではなく、人によって日常/非日常に対する感受性が異なる。そこで、「この程度の事で落ち込むなんて甘えている。」とか、「こんな事を平気でやれるなんて無神経すぎる。甘えるにも程がある。」等という誤った解釈に至る事もあるのである。

「甘え」と「日常/非日常」の問題は一部重複する部分がないわけでもないが、決定的に違うのは、「正しい理解によって一般性が得られるか」という点である。「甘え」は正しい理解を持ってしても一般性が得られない方であり、「日常/非日常」の問題は、得られる方である。

「日常/非日常」の問題に対して「甘え」と判断するのは、正しい理解を得ずして早計に判断した場合であり、日頃良く見る事であるが、誤った判断である。

コメント(2)

そうですね。その考え方は説得力ありますね。
甘えは・・・、不愉快ですよね。自分の中で甘えと思わないことが人から見れば甘えであったり…、するもんなんですかね?

自分がこれは認められてもいいはず!って思うことでも社会一般、もしくは特定の個人にとっては「甘え」の一言で片付けられるとそれもそれで不愉快です(自己中)

早計に判断するなと。いうことですよね??
社会構造が複雑化し、真の意味でお互いを理解するのが難しくなっているような気がします。そういう背景の下、先入観や無知から来る誤解が氾濫しているように思われるのです。最も可能性が高いと考えられる事を基準にして人は物事を考えます。二者択一であれば、人は可能性が50%を超える選択肢をノータイムで選択すると思います。それで他方の可能性をあまり考慮しない事が多いのです。さらに選択肢が増える事によって個々の妥当性は下がっていきます。それでも確率の論理から抜け出せないでいる場合が多くて、最も可能性の高い選択肢でも10%程度しかないという場合においても、最も高い選択肢を選択しておけば間違いは無いと、判断してしまうのです。こういったことから様々な誤解が生じやすくなっていると考えるわけです。

社会構造の複雑化によって誤解を生じやすくなっている。この認識の元で常に誤解が生じうる可能性があるということを頭の隅においておく事が非常に重要な意味を持ってくると思いますよ。早計に判断するのは危険だと思います。その通りだと思います。

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